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キミに贈る、5文字の言葉。

Birthday Call

、世 

 

ご注意

・「キミに贈る、5文字の言葉。」その後のお話。(これだけでもたぶん読めます。)

4か月遅れ、まさかのクラ誕。

・まさかの完全プラトニック。

・ザックラ大前提、クラ←ティ要素を含みます。

 

 

26歳の誕生日、

大好きな君に 贈る言葉。

(何も持たない自分だから、唯一のものをあげたいんだ。)

 

 

「本当言うとさ。あれから五年も経ったなんて――――今でも、信じられないんだ。」

 

ザックスが目を覚ました≠フは、つい二ヶ月ほど前のこと。

だから、時間の流れを実感できていないのも当然といえる。

 

あの、ミッドガルが一望できる丘の上で。

神羅の兵に銃撃され、最愛の人が大剣を背に旅立ち、やはりもう駄目なのかと生死の淵をさまよった。

でも、死にたくない、死にたくない、死んでたまるかと。

音を刻むことを止めようとする自分の弱い心臓に、何度も何度も言い聞かせた。

そうして、運命はザックスの味方をした――

幸運なことにこの身は人の良い町医者に救われ、五年もの間昏睡状態にあったものの、

今から遡ること二カ月ほど前に意識が戻ったのだ。そして日々リハビリに励み、

約束したクラウドの26歳の誕生日≠ナある今夜、こうして彼の前で立つことが出来ている。

 

「…俺にとっては、」

26歳になったという彼の声は、当然かつてのような可憐なボーイソプラノではない。

けれどそれは男性的だとはお世辞にもいえなくて、性の境界線が酷く曖昧なものに思えた。

男の色気と、女の憂い――それが同時に共存しているような。

その声が好きだ、と思った。

端正な横顔から紡がれる、その美しい音を。聞き漏らすものかと聴覚を集中させる。

それはいつか受話器の声が全てだったあの頃を思い出させるけれど、でも、今は電話越しなんかではない。

手を伸ばせば、触れられる距離にいる。

 

「俺にとっては、長かった。永遠みたいに長かった。…途方にくれるぐらい。」

最後の方は、真夜中の静寂の中でさえも、聞き取れるぎりぎりの微かな呟きだった。

だが、ザックスにはちゃんと聞こえた。

「途方にくれるぐらい」その言葉の意味は解らずとも、それはあまりに悲しく響いた。

 

この五年という歳月、クラウドに何があったのだろう。

クラウド含むパーティーが星を救った立役者であること――それはザックスも噂で知っている。

世間で語られる武勇伝はとても眩しいものであるけれど、現実とはそんなに華やかなものではない。

闘うということは、人を殺めるということは、必ず「痛み」を伴うものだ。

過酷な戦いの中で、どれだけ傷ついてきたのだろう。

きっと、誰よりも自分に厳しいクラウドのことだから…自分を慰めも癒しもしないで、ただひたすらに傷ついて。

 

クラウドの過去を聞いてもいいだろうか、と。一瞬迷って、彼の表情を窺う。

まだ涙を湛えたままの瞳が、真っ直ぐに――こちらが目のやり場に困るほど一途に、見つめてくる。

今までこんな風に、クラウドからの視線を浴びた経験など無かった。

いつだって見つめていたのはザックスの方で、彼は眼が合うだけで俯いてしまっていたから。

 

「…あ、あのさあ、クラウド。俺の顔、なんかついてる?なんか変?」

 

視線に耐えきれず、つい問うてしまう。

いまだザックスの生存を、夢か、あるいは弱い心が見せる幻なのかと、自身を疑っているのかもしれない。

クラウドは、ただ呆然とザックスを見つめていた。

いつかのような、ガラス細工のように煌めく水色の瞳ではなく、それはザックスと同じ深い魔晄の輝きだった。

 

「さすがに、そんなに熱い視線向けられると。けっこー恥ずかしいんだけど。」

 

冗談めかして言ってみるけれど、それはあながち虚言でもない。

クラウドと向かい合うのが、恥ずかしいだなんて。

触れられる距離にいるのに、指一本、動かすことも出来ないなんて。

 

 

 

まるで、初恋を再び味わっているようだ。あるいは、再び、恋に堕ちたのかもしれない。

 

 

 

 

 


 

 

約束していた八番街のカフェで――そこはひどく廃れていたけれど――

再会した二人は、かつての時間を取り戻すかのように、カウンターに腰かけて寄り添っていた。

崩れ落ちた屋根からは、月明かりが射し込む。

星が煌めき、「あの夜みたいだ」とクラウドが呟いたのに、給水塔の思い出のことかと聞いた。

クラウドは首を横に振る。

 

「ザックスと、いつも一緒に見てただろ。」

「…それって、」

「二人ぼっちで、さ。」

「…うん、」

「俺、夜が好きだった。変だけど、日光の下にいるよりも、星の小さな明かりの方が安心できたんだ。」

「逃げてた、からな。」

「星を見て、ザックスが綺麗だなって笑った。それ見たら俺、まだ生きてていいんだって思えて――」

「クラウド!」

クラウドは覚えている。二人きりの逃避行を。世界の果てで見上げた、夜空を――…

 

たまらず、その肩を抱いて彼の唇を奪おうとしたけれど、

「……やっ…」

顔を背けられて、それを拒絶されたのだと知る。

「ごめん、俺。一人で舞い上がって…悪い。」

情けなくて恥ずかしくて虚しくて、抱き寄せたクラウドの肩を解放してやる。

「違う…、そうじゃない、ザックスのこと、嫌なんじゃなくって…俺、」

「うん?」

言いたいことを言葉にできないクラウドの性格。それを知っているから、ゆっくりと時間をかけて待ってやる。

 

 

 

「…ザックスに、話さないといけないことがあるんだ。聞いてくれる?」

知りたかった。彼の過ごしてきた時間、楽しいこと悲しいこと、美しいこと醜いことも含めて、全部。

「ああ、聞かせて。」

全部全部受け止めて、そうして自分の一部にしてしまいたかった。

 

 

 

「俺は、ザックスを見殺しにした―――」

 

 

 

あまりに重い言葉から始まった彼の過去の話は、想像以上に熾烈なものだった。

神羅との戦い。セフィロスとの確執。記憶やアイデンティティの崩壊、仲間との別れ。

そうして、エアリスの死―――

エアリスが星に還ったのだということは、本能のどこかで感じていたことだったけれど、

彼女が世界やクラウドを守って命を落としたという事実までは想像もしていなかった

クラウドは、ゆっくりと言葉を口にする。痛みを噛みしめるかのように。

 

とても悲しい、過去の話だった。

 

あの、人体実験のビーカーの中で見つめ合うことしか出来なかった日々。

あれほどの苦しみがあるかと思っていたけれど、今こうして彼の話を聞けば、もしかするとそれ以上に

過酷な戦いに身を投じてきたのかもしれない。そう思った。

 

「……だから、俺は、ザックスに好かれるようなやつじゃない。本当は、ただの人殺し――」

「オマエになら、殺されたって良かった。」

たとえ彼の言葉が全部真実だったとしても、この想いは変わらない。

むしろ、痛みを抱えるクラウドが、これまで以上に愛おしいとさえ、

 

 

 

 

「そんな言葉で、今更。俺から逃げようとすんな。ばか。」

 

 

 

 

「でも」とか「だって」とか。

クラウドの震える呟きは、やがて呻き声のようなものに変わった。

 

「………よく、頑張ったな。」

 

ザックスの知る限り、誰よりも繊細なクラウドが。いったい何度、命を投げ出したいと願ったのだろう。

その苦しみを背負った中で、それでも今日まで諦めないでいてくれたこと嬉しかった。

彼が生きてくれたことが、どうしようもなく嬉しい。

 

柔らかい金の髪をそっと撫でると、クラウドの瞳から涙が一粒零れた。

そうしてそれは、嗚咽とともに次々と流れていく。

いつだったか夢に折れた15歳の少年が、ザックスの腕の中で一度だけ泣いた、あの頃のように―――

 

 

 

 

 

 


 

 

「クラウド!よかった、遅いから心配したじゃない。」

「…ティファ、ただいま。門限過ぎたかな。」

「そうね、罰で明日はお風呂掃除してもらおうかな…って、え?あなた…」

 

もうとっくに店じまいをしたセブンスヘブンのバーカウンターで、おそらくクラウドを待っていたのだろうティファは、

待ち人の後ろにいる男の姿を見るや驚きの声をあげた。

当然だ、忘れることはできないだろう。

ニブルヘイム事件の際、僅かではあるがともに時間を過ごした男、ソルジャーの「亡霊」が現れたのだから。

 

「ザ…ザックス?!あなた、ザックスよね?!」

「久しぶり!ティファ、めちゃくちゃ美人さんになったな〜。」

そう軽いノリで「生き返っちゃいました」と告白するザックスに、ティファは目を白黒させるばかりだ。

 

「な、なんで、生きてるの?どうして?どうやって?」

「うーん?正直、よくわからないんだ。何がなんでも死んでたまるかって、そう思ってたことしか思い出せない。

死にかけて、実際、五年近く眠ってたし。外れの小さな病院で、長い間ずっと世話になってたらしい。

医者のじいちゃん、ヨボヨボなのに俺のリハビリまで面倒みてくれてさ。何十年も前に、戦争で息子を

亡くしてるらしくて、放っとけないってすげえ親切にしてくれたんだ。」

「五年…も昏睡、状態で?それでよく…」

今になって目が覚めたのは何故だろう。医者はあまりに奇跡的だと驚いていた。

けれどザックスには何か≠ェ力を貸してくれたのだと、そう根拠のない確信がある。

 

「クラウドが泣いてる、起きろ!って。たぶん、あの声、エアリスかな。」

「え?」

 

「ライフストリームの中で、ぼやけた思考回路でさ。右も左も上も下もわかんない、身体の感覚も

すげえ曖昧で、ただ彷徨ってるってかんじだった。本当にそこにいるのかもわかんなくて、このまま融けて

消えてなくなるのかなって思ってたら…でっかい声で叱られたんだ。

――いつまで寝てるのさっさと起きなさい!って。あんなおっかないの、ゴンガガの母ちゃんか

エアリスぐらいしかいないし。」

そういえば、初めて出逢った時からエアリスには頭が上がらなかった。

おせっかいで強引で、愛に満ちていて…そんなところが実母によく似ていたから。

 

「あの時は、エアリスが星に還ったなんて確証なかったし、夢かと思ってたけど。今ならわかる。

…あの子も、クラウドのことが好きだったんだな。」

「あの子もって…」

目を見開くティファに対して、曖昧に笑うことしか出来なかった。

たった今再会したばかりであるのに、互いの想いがわかってしまう。

ティファが、クラウドを支えて生きてきたこと。ザックスが、クラウドを糧に生きてきたこと。

 

どちらも同じひとに、想いを寄せていること。

 

ティファはクラウドのはめていたグローブを、とても大事そうに抱え直す。

「そっか…そういうこと。幼馴染って、本当損よね。タイミングが難しいのよ。」

「ティファ、俺は――俺、クラウドの幸せを壊したいんじゃない。そうじゃなくって、幸せにしてやりたいんだ。」

「クラウドも、私にそう言ってくれたんだよ。私を…私たちを、幸せにしたいって。」

ティファの真っ直ぐな視線に、思わず視線をそらしてしまう。

クラウドを想う気持ちが負けているとは思わないけど、彼が辛い戦いに身を投じているときに支えたのは

他でもない彼女なのだろう。ザックスの知らぬ時間が、二人の絆を確かなものにしていたに違いない。

クラウドはただ黙したまま、けれどティファの視線に気後れすることもなく、見つめ返している。

まるで二人は、互いのことを理解し合っているかのようだった。

この、クラウドに世界一相応しいはずの彼女から、ザックスは大切なモノを奪おうとしているのだ。

 

「ごめん。でも俺――クラウドのことだけは、諦められない。…ごめんな、ごめ…」

「ザックス、勘違いしないで。」

繰り返すことしか出来ぬザックスの謝罪を、ティファははっきりと遮った。

 

「私たちは、思い出に負けたりしない。クラウドは私のヒーローなの。幼馴染なの。…家族なの。

貴方が今更出てきたって、私たちの過ごしてきた時間は消えないし、絆も変わらない。

…絶対に、誰にも奪えないの。」

ザックスにクラウドとの思い出があるように、彼女にもある。誰の手にも奪えない、尊い記憶が。

 「だから、だから……クラウドは、大切な家族、だから。幸せになってほしいから、」

 

 

 

「だから…さよならだって、出来るんだよ。」

 

 

 

彼女の強気な瞳が、ゆらりと震えた。

――泣かせてしまう。そう予感したときには、ザックスの隣にいたクラウドが勢いよく踏み出していた。

ザックスに抱かれればあれだけ儚いクラウドが、泣き崩れる女性を抱きしめればとても力強く見える。

迷いのないその抱擁は、なんて男らしいのだと。ザックスは素直にそう感じた。

 

「ティファ…」

「クラウド、お願い…」

「うん。」

「ちゃんと、私をフってください。そうしたらもう、門限もうるさく言わないし。…自由にしてあげるから。」

―――諦めてみせるから。そう、涙ながらに強請る。

「私は、ずっと…ずっと、貴方が好きでした。」

 

 

「ごめん、ティファ。」

 

 

これだけ健気に愛してくれる女性を、彼女が望むままにふってしまうクラウドは、やはり潔い。

ティファの痛みに目を背けてしまう自分よりよっぽど。…そうザックスは思う。

「ティファがピンチのときには飛んでいくし。デンゼルやマリンのことも守ってやりたい。

ティファ達のこと…家族として、幸せにしてやりたい。一緒に生きていきたいんだ。嘘じゃない。」

「知ってるよ。本当、罪作りだよね、クラウドって。」

「でも、ティファ――」

「知ってるよ。…それでも、一緒に死んではくれないんでしょ?」

 

人生を共に生き、終えるときでさえも添い遂げたいと思えるひとは、一人だけ。

クラウドは小さく頷いた。

そのクラウドの答えに、彼女はひとつ決意したように愛した男の胸から離れていく。

「…ザックス。」

そうして涙を指で拭うと、ザックスにむかって微笑んだ。夏の花のようだった。

 

 

 

「貴方が命を懸けて守ってくれたものは、私の宝物でした。…今、それを返すよ。」

 

 

 

彼女の手のひらが、クラウドの薄い胸を押しやった。

ふいを付かれてよろめいたその体は、ザックスの両腕で抱き留められる。

彼女の宝物を、世界の宝物を、そっと腕の中に包みこんで。

そうしたらもう、「ありがとう」その言葉しか言えなかった。

彼を愛してくれた彼女に、彼を支えてくれた彼女に、彼の幸せを誰よりも望んでくれた彼女に、

ありったけの感謝の想いをこめて。

 

 

 

 

 


 

 

「なんか、クラウドの部屋ってかんじだなー」

「なにそれ。どうせ、AVのひとつもなくてつまんないとか、そういうことだろ。あいにく、子供たちも

 入ってくるんだ。教育上よくないものは置いてない。」

「えっ、じゃあ、AV見たことあんの?!」

「それ、男についてんのかって聞いてるのと同じだと思うんだけど。バカにしてる?」

 

 

もうすぐ、朝日が昇ろうとしていた。

大きな格子つきの窓がひとつだけある、シンプルなクラウドの寝室で、他愛もないことを語り合う。

窓を開けて涼をとっていたから、互いに控えめな声で。

けれど、時間が経つにつれ再会の歓びを実感してきて、自然に笑いが零れてしまう。

ついテンションが上がってしまってから、「隣は子供たちの部屋なんだ」と人差し指を唇にあてられ、

慌ててトーンを落とすもののその仕草にドキマギしてしまう。

 

そう、五年ぶりに再会したクラウドは、雰囲気が変わった。…と、ザックスは思う。

 

華奢な肩も、白い陶器のような肌も、まばゆいほどの金の髪も、その魅力は変わらないけれど。

ときおり目をふせる仕草、潤んだような瞳。甘いだけじゃなくて、セクシャルな香り…

これが、あのときの少年だろうか?

 

いつもザックスを見上げて、憧憬の眼差しを向けていた――夢を追い求める少年。

不器用で、素直じゃなくて、いつも背伸びをしていた。それがたまらなく可愛かった。

きっとこの子が成長すれば、さぞや綺麗な青年になるのだろうと。…そう、思っていたけれど。

 

「…思い違い、だな。」

「え?なにが?」

 

ザックスの想像を遥かに凌駕して、クラウドは美しく成長していた。

あれだけ背が低いことを気にしていたのに、以前はザックスの胸ぐらいしかなかった身長が、

今は顎の辺りまであるようだ。

服装だって、かつてはカジュアルなボーイズファッションがよく似合っていたのに(ザックスが好んで

着せていたのだが)、今のクラウドは黒衣を身に着け、それがまた白い肌を妖しく惹きたてている。

黒と白、そして光と闇を纏って、

 

 

…それは神聖さと、淫猥さの危険なバランス。

 

 

「…クラウドは、変わったなと思って。」

「そうかな?自分じゃ変わってないつもりだけど。」

窓辺に腰かけている二人は、まだ少し距離がある。

もう少しくっついてみたいけれど、逃亡中のあの頃のように、理由もなく抱きしめることはまだ出来なかった。

それでも、クラウドは先ほどからずっと、ザックスの袖をつかんで放さない。

きっと彼は無意識なのだろうけれど、そういうところは変わっていないと思う。

――寂しがりやで、甘えたで。そのくせ、不器用で。

 

(変わったのは…何だろう)

 

神羅にいたころ、唯一の友人であるザックスと過ごす時間を除けば、彼は独りでいることが常だった。

真面目で、優秀で、年若く、そして稀有なほど美しいクラウドに対して。

周りはいつも妬みや畏れを抱いていた。

…そして、どんなに頑張っても夢は叶わないのだと、現実でさえも彼に牙をむいた。

 

 

 

でも、今は違う。世界が、彼を愛した。

 

 

 

世界に愛されるクラウド――

彼が星を救った英雄になりえたのは、そのジェノバの力だけではないのだろう。

剣の技や、魔力だけではない。彼は昔から聡い少年だったけれど、その知識故ではない。

 

(おまえが、弱くて、優しいから。)

 

傷ついた人の痛みを知る弱さ=B力のない人々の声を聞き、手を差し伸べる優しさ=B

そんなクラウドだからこそ、彼の周りには多くの者が集まり、共鳴し、彼を愛するのだろう。

ザックスが、彼に惹かれてやまないように。

 

「ティファに、先こされちゃったけど。俺も言っておきたい。」

「何を?」

 

 

「俺も……ずっと前から、好きだったよ。」

 

 

飾った言葉が何も出てこない。それがありのままの、気持ちだった。

「でも、わかってる。クラウドは、俺だけのものじゃないって。」

それが寂しくないと言ったら、きっと嘘になるけれど。

「だけど、それでいいんだ。」

彼女が、世界が、彼を必要としていること。その想いが誰よりもザックス自身がわかるから。

 

ティファの想い。デンゼルや、マリンの想い。

彼の元に集った、仲間達。

かつての英雄ですら、きっと。

 

皆が、彼を必要としていた。彼がいなくては、幸せになどなれなかった。

 

「なんで、そんなこと言うんだ。そんなわけないだろ?俺はザックスが想うような人間じゃないよ。」

彼の言葉は、まるで十年前と変わらない。

「自分なんか」、といつだって自分の価値を見いだせないでいる。

それはあの時のままだけれど、だけど、クラウドは知らない。

――クラウドは、変わった。

正確には、クラウド自身は変わっていなくて、その無垢な心も、弱さも、優しさも。あの頃のまま。

だけど、周りが変わった。彼を、愛した。

 

 

他でもない彼自身が、周りを変えたのだ。

 

 

ザックスがクラウドの金髪を掻き混ぜて笑いかければ、彼は悲しそうな顔をした。

もしかすると、うまく笑えていなかったのかもしれない。

だけど、寂しいけれど、それだけではないのだ。――強がりでも、諦めでもなくて。

 

 

「オマエは、世界の宝だよ。俺の、宝物だから。」

 

 

だから、と。彼に、言葉を伝える。

「オマエが、俺だけのものじゃなくていい。オマエが、全部俺のものにならなくても――」

クラウドの瞳が揺れる。そうじゃない、別に、突き放そうとしているわけじゃない。

誤解してほしくなくて、クラウドの頬を引き寄せた。絶対に、目をそらさないようにと。

 

 

 

「俺は、オマエだけのものだよ。」

夢も誇りも命でさえも、彼に捧げたように。これからも残りの人生をすべて捧げていく。

 

 

 

クラウドから、涙が零れた。

それがひどく惜しく感じて、零れ落ちる雫を、無意識に目で追いかけていた。

クラウドの細い顎を伝って、首筋にぽとりと落ちた瞬間、

「ザックス…!」

まるで、責めるかのように。慰めるかのように。どちらの意図があったのか、わからない。

きっと、優しくて厳しい彼のことだから、両方なのだろう。

――噛み付くように唇を奪われた。

 

 

 

それは、二人にとって、初めてのキスだった。

 

 

 

ただ唇を合わせるという行為が、こんなにも甘く切ないものなんだってこと。

彼と出逢うまで、そんなこと知らなかった。何ひとつ、知らなかった。

 

 

死んでしまいそうなほどの孤独も。死んでしまいそうなほどの、幸福も。

 

 

クラウドは何も言わない。

ただ、下手くそな口づけを交わした後、ザックスの胸に顔をうずめている。

何を言っても、ザックスの考えは変わらないと理解したのかもしれない。

それとも、ザックスがそれを望んでいないと知っていたからかもしれない。

ザックスのが望むものは、ただ、腕の中の大事なひとの涙を止めること。

それだけだったから、ひどく優しいリズムで背中を撫でてやった。

 

「そうだ、クラウド。誕生日プレゼント、何が欲しい?何でも買ってやる。なんでもしてやる!」

五年もの間、彼をさんざん泣かした。どんなことしてでも、それを埋めたいと思う。

「何でも?…そんなこと言って、いいの。」

ぐすぐすと鼻を鳴らすクラウドはたいそう愛らしいが、その言葉に少しだけ恐怖を感じる。

それはザックスにとって、いさささか痛いところだ。

「え?!えっと、そうね。実は俺、目覚めてから二ヶ月ぐらいなもんで。…実はあんまり、

 貯えがないんだけど」

まさか、クラウドの性格的に、そんな高いものを強請るとも思えないが。

 

「……甲斐性ナシで、ごめん。」

肩を落とすザックスに、クラウドは目をぱちくりと見開く。まつ毛がバシバシと音をたてそうだ。

涙が止まってくれたことは大いに良かった。でもその愛らしい仕草は本当に26歳なのかと問いたくなる。

「アンタも、変わったな。昔のアンタだったら、そんなこと言わない気がする。」

「そう?」

「いつも嫌味なぐらい自信があって、何でも出来るって顔してて。そういう、男だった。」

 

そうかもしれない。

確かにクラウドのいうとおり、ソルジャー現役時代は、自分にそれなりに自信があった。

恋人に困ったこともない、ソルジャーという夢も容易に手にいれた。

だけど、ひとつ、どうしても欲しかったものは、手に入らなかった。

失うことを恐れて、手に入れる努力すらしなかったのだ。

 

「格好つけてた、だけかも。クラウドの前ではさ。…いい男のふり、したかったから。」

 

臆病なのは、今も昔も変わらない。

「……がっかりする?」

「がっかりした。」

その否定的な答えとは違って、彼は優しく目を細めてみせた。

 

 

「そういうとこ、気づかないで。見たいとこだけ見てた自分に。がっかりした。」

 

 

目の奥が、つんと痛んだ。

気を抜いたら、クラウドの前だというのに情けなく泣いてしまうかもしれない。

「ヒマワリ畑で、泣いてた。あれが、本当なんだろ?」

「――え、」

「独りが恐いって、泣いてた。それが、本当のザックスなんだろ?」

 

本当は、少しも強くなんかない。

あのとき、孤独に死んでしまいそうだったのは、耐え切れずに、先にすがったのは。

紛れも泣くザックスの方だったのだから。

クラウドはその弱い自分を、ずっと受け止めてくれていたのだ。

 

 

 

 

「…くれるっていうんなら、それが欲しい。」

 

 

 

 

都合のいい夢を見ているのかもしれない――

そう茫然とするザックスの心中を知っているかのように、繰り返す。

「そのままのザックスが欲しい。」

泣き虫で、空気が読めなくて、約束の時間を守れなくて、そのうえ強姦魔で。

と、耳に痛い言葉を次々と紡ぐクラウドに、全てが真実なだけにザックスに反論などできやしない。

 

「どんなザックスでもいい。たとえば別に、浮気したっていいんだ。甲斐性なしの無職でもいいし。

腹が出てきてもいいし、加齢臭がしてもいいよ。」

「ちょ…!さすがにそんなに酷くねーだろ!」

ひでえ!と脱力すると、クラウドはくすくすと笑う。

「……その代り、長生きしてよ。」

そう愛に満ちた瞳で請われれば、ザックスとて負けてはいられない。

 

「言っておくけど!俺は浮気なんかしないし、愛する奥さんのためだったら朝から晩まで働くし、

でも土日は家族サービス頑張るし!ビールっ腹にならないよう気を付けるし、枕も毎日洗濯するし!

クラウドが呆れるぐらい長生きしてやるし。…もう絶対に、オマエを置いていったりしないし。」

過去の過ち――を、二度と繰り返したりしない。

 

 

「離さない。」

 

 

それは、ザックス自身への戒めであり、決意でもある。

「撃たれても、斬られても、ティファにぶん殴られても。

…クラウドに、アンタなんかもういらないよって、言われても。」

それが自分にとっては、この心の臓を貫かれるよりも痛いだろうけれど、それでも。

 

 

「死ぬまで、離してやんないよ。」

 

 

それは、言葉のあやなどではなくて、大袈裟な言い回しでもなくて。

こと切れる最期の、その最期の瞬間まで、絶対にこの腕から離さないという誓いだった。

 

 

 

永遠を願っても、けれど刹那のように

過ぎていく 尊い一生の中で。

 

愛と感謝の言霊を、

愛しいひとに紡いで 生きていく。

 

――なあ、クラウド。

生まれてきてくれて、ありがとう。

あ り が と う 。

 

 

 

NOVEL top

C-brandMOCOCO (20131214

とどのつまりは…ざっくんとクラウドは、ティファ宅の斜め向かいのご近所で、

イチャイチャ何でも屋をやってればいいと思います。

 

 

 

 


 

 

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