ご注意
*映画「恋人はゴースト」のザックラパロディですが、設定や世界観は普通にFF7CC時代です。
パロというかオマージュ。ほとんど映画に関係ないかも。
*ラブコメですが、それでもタイトルどおり死ネタ風なのでご注意ください。




ねえ、生きているうちに
キミと出逢いたかったよ。

1.住人はゴースト



「――…死にたくない。」


震えるその声が自分の声だとわかって、どうしようもなく情けない気持ちになった。
「し、にたくない……、しになくないよ、」
でも、止まらない。
恥ずべき言葉も、恐怖も、体から抜け出ていく血液も。止まってはくれなかった。

「頑張れ、絶対助けてやるからな!」
逞しい仲間の肩に担がれたとき、相手の汗の匂いが微かに香った。
硝煙、火薬、砂埃、そして血の臭いが充満している戦場で、唯一仲間から感じる「生」の匂い。
死にたくない、ともう一度強く思った。けれどもう、言葉は出てこなかった。出せなかった。

「おい、しっかりしろ!医療班がきたぞ、もう少しの辛抱――」
仲間の声が遠のいていく。意識が遠のいていく。




走馬灯―――だろうか。




リズムを刻むことを止めようとする愚鈍な心臓、それを確かに感じながら。
入隊して間もない頃、死が怖いかと上官に問われたことを思い出していた。
あの時自分は上官が望む答えを知っていたから、「名誉と引き換えならば、覚悟は出来ています」と背筋を正して答えたのだ。
上官は大きく頷き、この肩を叩きながら「よく言った。皆も同じ志を持つように」と続けた。
模範解答だった、あの時の答えは間違っていなかった。正しかったはずだ。だって軍人なんだから。

死ぬ覚悟がある。それは嘘じゃない。だけど。
だけど、だけど――「死にたい」わけじゃなかったのだ。

自分は決して特別な人間じゃないし、秀でてもいない。
客観的に見れば、たいして面白い人生でも、誇れる人生でもないだろうけど。
だけど、それでもまだ16歳なのだ。細やかでもやりたいことは沢山あるのだから。



やり残したことがあるのだから。



たとえば、母にプレゼントを買いたかった。
来月は母の誕生日だ。毎日こつこつと金をためて、ようやく幾らかのお金が作れたのだ。
死んだ父が贈ったという唯一の指輪、それぐらいしか持っていない母だから、アクセサリーがいいかもしれない。

たとえば、ビールを飲んでみたかった。
ほとんどの同僚は飲酒も喫煙も経験済だというけれど、自分はまだ成人していないからと手をつけたことがなかった。
タバコは体力が落ちるから吸いたいと思ったことはないけれど、麦色のアルコールとしゅわしゅわと音をたてる泡はすごく美味しそうだった。
どんな味がするんだろう、やっぱり苦いんだろうか。一度ぐらい、飲みたかった。

それに、8番街にあるカフェに入ってみたかった。
若い女の子たちがオープンテラスで食べていたフルーツケーキやフルーツタルト。あんなに綺麗な食べ物は、故郷の田舎村では見たことがない。
メニューはもとより、店の外観や店員、聞こえてくるBGMさえもあまりにお洒落だったから、田舎者の雰囲気がいまだ抜けていない自分一人では…とてもじゃないけれど店に入る勇気がなかった。

ソルジャーになりたかった。
試験には三度落ちてしまったけれど、まだ夢を諦めたわけじゃない。
成りたい自分になって、故郷の親や幼馴染に胸を張れる自分でいたかった。

友達になりたいひとがいた。
憧れたひとがいた。
…護りたい、ひとがいた。
――――けど。




全てもう、叶わない。「そのうち」「いつか」…そう思っていたことは、もう実現しない。何故なら。




クラウド=ストライフ1等兵戦死――2階級特進で少尉に命ずる。







******************



「いい加減にしろよ。」

ミッドガルの若者が集う人気のナイトクラブ「Loveless time」――
時刻は0時を回ろうとしていたが、金曜の夜を楽しむ若者達にとっては、まだまだこれからが佳境と呼べる時間である。
軽快でアップテンポなダンスミュージックに紛れて、こちらに向けられた批難の声。
その声は、この喧騒には相応しくない、冷静で穏やかな声だった。
「なにが、」
右手には巨乳のグラマラス美女、左手には美脚のスレンダー美女。まさに両手に花を抱きながら、景気よく好みの洋酒を5.6本空けたところだった。
だが、まだ足りない。あと少し強めのアルコールを飲ませれば、女はこの胸にしなだれかかってきて、面倒な駆け引きもなく余裕でお持ち帰りできる。…という予定なのだ。

対面の席でタバコを吸っている友人のグラス、それが空になっていることに気づき、「ついでに俺の分のウォッカも持ってきて」と頼んだところ――冒頭の叱責が返ってきた、というわけだ。
友人を顎で使おうとしたことを怒ったのだろうか。
席を立つような仕草をしたから、追加の酒を持ってくるつもりなのだろうと踏んだだけだ。
もしや、ただ用をたしにいくだけだったのか。

「わりいカンセル。お前も飲むなら、ついでと思っただけだよ。いいや、自分で行くよ。」
「…そういうことじゃねえよ。」

不自然なぐらい、静かで穏やかな声だった。こういう時の友人は、たいていがそう、
「カンセル、なんで怒ってんだよ。その冷静過ぎる声、逆に恐いんだけど。」
「察しがいいな。」
友人――カンセルは短くなった煙草を灰皿に押し付けると、空いた右手を左右に振った。
両腕に抱いている美女ふたりを撒け、と。そう言っているのだ。

「ごめんね、子猫ちゃんたち。カンセルが構ってくれないって、拗ねてるからさあ。悪いんだけど、今日はお開きで!」
「え〜〜!」
「今夜エッチしてくれるって言ったじゃない!」
「ごめんごめん、また今度ね。絶対連絡するからさ。」
巨乳と美脚――二人の美女を笑顔で見送り、大袈裟に肩を落として見せる。

「…で、なんでカンセル怒ってるわけ。せっかく美脚のほうはカンセルに譲ってやろうと思ってたのにさ〜」
「アホか。俺はおまえと兄弟になるつもりはない。そんなことより――」
「だからなに、」
まだグラスに残っていたアルコール、それを一気に煽ろうとしてカンセルに奪われる。
「あ、俺のウォッカ!」
「うるせえ!お前は飲み過ぎだ。」
「金曜ぐらいいいだろ、嵌め外したって。」
「月曜から木曜まで健全だったとでも?知ってんだぞ。」
「……、」
「毎晩毎晩、酒と女に逃げやがって。いい加減にしろって言ってんだよ。」
「逃げてなんか、」
ない、そう言おうとしたけれど、カンセルの視線に思わず口ごもる。そして視線をテーブルに移した。


「お前が、俺と話すときに目を背けるなんてな。…こんな風になるなんて思わなかったよ。」
向けられる真摯で真剣な視線は、あまりに居心地が悪い。どうにかしてこの空気を茶化したかった。
「……カンセルさあ、心配しくれんのはありがたいけど。なんか勘違いしてない?別に俺はいたって通常運転だって。そりゃちょっとモテ期到来っての?女の子が寄ってくるからさあ、火遊びしすぎちゃったかもしんないけど―――それも生きてる悦び≠カゃん。」





「そんなに、戦場が恐いか。」





カンセルの問いに、言葉がつまる。
その一瞬の躊躇を機として、カンセルはバシ、と小さく友の頬をうつ。
殴るというほど本気ではなく、かといって冗談の戯れではなく。意識を失っている相手を覚醒させるような、そんな力だった。

「もう、のらりくらりするのはやめろ。女のマンションやラブホに入り浸るのは禁止。酒も禁止。ドラックは論外。」
「ドラックなんかやってねえ、」
「今のところはな。」
「………っていうか、自分の部屋にいたって女の子が勝手にきてくれるし、」
「お前が女を連れ込んでるヤリ部屋、あそこに帰るのも禁止な。」
「それじゃあ帰るとこねえじゃん。なんだよ、まさかカンセルの家にでも泊まれっての?ぜってえ嫌だよ、どうせ修行僧みたいな規則正しい生活させられんだろ、」
「俺はそれでもいいが。それが嫌だっていうなら、」
カンセルが投げた「何か」を反射的に受け取れば、それは古びたアンティークキーだった。

「なにこれ?」
「第1兵寮の707号室。ちょうど空き部屋らしい。喜べ、二人部屋なのに一人で広々使えるぞ。」
「は?」
カンセルはにこり、と優しい笑みを作った。この菩薩のような人畜無害スマイルは彼の最終兵器といえる。
「南東角部屋、日当たり良好の2LDK。ベランダからの眺望も良し。なんと家具もついてるから、今日からすぐに帰れるぞ。」
「おい…」
「女子禁制(食堂のおばちゃん除く)、禁煙禁酒、門限22時、消灯24時。健全なライフスタイルをお約束。」
「まさか……、」
万が一逆らえば。
お前の18年生きてきた時間の中で、最も恥ずかしい情報や写真をツイッターで拡散させるぞ。
という脅しが垣間見える、恐ろしい笑顔でカンセルは残酷な宣告をするのだ。





「――ザックス。今日からお前はここに住め。」






*************


「7階でエレベーターなしとか…どんだけ経費削減だよ。」
老灯が点滅する、薄暗く埃臭い廊下を歩きながら、改めて環境の劣悪さに溜息がもれる。
カンセルに渡されたルームキーは、神羅の所有する3つの大型寮のうちのひとつである「第一兵寮」、すなわち一等兵に宛がわれる住まいである。
ミッドガルに出てきた当時、ザックスも例に漏れず寮には世話になったものだが、実のところほとんど記憶にない。
というのも、ザックスが一般兵に従事していたのはほんの僅かな期間で、ひと月もしないうちにソルジャーへの昇進が決まったからだ。

神羅のエリート兵士であるソルジャーには、いわゆる高級マンションが進呈され、寮とは違い時間の制約や生活の規制もなく、施設も充実している。
が、「女関係」にも充実し過ぎてしまったがために、ザックスの部屋には毎夜毎夜違う美女が訪れ、カンセルの揶揄どおりただの「ヤリ部屋」となってしまった。それが現状である。



たしかに最近、はめをはずし過ぎた自覚はある。
酒や女に逃げているといわれれば、否定は出来ないけれど―――…









「…707号室、ここか。」
深夜2時、静まり返った廊下。ガチャリと錠を回す音が、やけに響いた。
だがカンセルの話によれば、この部屋に住む者は現在いない。
自宅のような気軽さで、ルームキーをシューズボックスの上に投げ捨てると、ずかずかと室内を進んだ。
正直なところ、だいぶ酒がまわっていたので、どこでもいいから早く寝てしまいたい。

小さなリビングを通り過ぎ、右か左か――とくに考えもせずに左へ進んだ。
一等兵には、4,5畳ほどの小さいながらも個室が宛がわれ、リビングを挟んで左右に位置している。
つまりは、左右どちらの部屋にいってもベッドにありつけるのだ。
ザックスの選んだ個室のドアからは、うっすらと光が漏れている…ような気がした。



ドアを開いた瞬間、ふわ、と甘い風が通り抜けていく。
花の匂いか、シャボンの匂いか、わからないけれど清廉なその空気に、思わずザックスは深く息を吸い込んだ。
「……ここ、マジで男が住んでたの?」
思わず、そうひとりごちる。
カンセルの話によれば、およそ一か月前から空室になったとのことだったが、それまでは例に漏れず兵士が暮らしていたはずだ。
それなのにこの部屋には、男子寮に当然ある男臭さも汗臭さも、埃臭ささえもない。
前の住民が使っていただろう書棚もデスクもよく整理されていて、愛らしいミルキーブルーのベッドシーツもとても清潔そうだった。

吸い寄せられるようにベッドに倒れこむと、すん、とまた香りを吸い込む。
花が挿してあるわけでも、ルームフレグランスが置かれているわけでもないのに、なんていい香りがするんだろう。

重くなっていく瞼に逆らわずにいると、きらきら、と何かが窓際で光った気がした。
白とミルキーブルーのストライプ柄、というこれまた愛らしいカーテンから差し込んでくる煌めき。
光が漏れているように感じたのは、おそらくは月明かりで、その優しい光に酷く安堵した。







――――この部屋は、居心地がいい。
女を抱かずに、他人を騙さずに、涙を流さずに眠りについたのは、一か月ぶりのことだった。








**************



久しぶりに、深い深い眠りにおちていた。
小さなシングルベッドと小さな枕は、身長185pというザックスにとって少々手狭であったけれど、体が収まらないほどではない。
一人で使うには事足りる大きさである。一人で使う分、には。




――ドサッ!




何か、柔らかいものが自分の胸の中に落ちてきた。
いや、柔らかいものが落ちてきた「気がした」だけであって、実際には重みや弾力など感じられない。
けれど、たしかに何かがある。ザックスの右手に包まれるように、何かが―――いる。



「え、…………ぎゃあああああああっ?!」
「うわあああああああああああ!!」



自分の叫び声に重なる、もうひとつの悲鳴。
女のように甲高い声ではなく、かといって男のように野太いそれでもない。
少年期独特の、透き通るようなボーイ・ソプラノである。

「な、ななななななな、アンタ誰だよ?!」
「……え、俺?」
「ひ、ひとの部屋でなに勝手に寝てるんだ!!」
「ひとの部屋って…いやいや、ここ俺の部屋だから。まあ今日からだけど。」

突然ザックスの腕の中に飛び込んできて、なんだか知らないがタンカを切ってくるこの何者か。
エリート兵士であり、上級士官にあたるソルジャーに対して、なかなかの度胸である。
狭いシングルベッドの上で胡坐をかきながら、改めて相手を観察してみる。

(おおっ、髪の毛キラッキラだなあ…、暗闇でも浮かんで視えるし。)
ライトをつけていないのに、窓から差し込む月明かりだけでキラキラと金髪が煌めき、まるで光を撒くかのようだった。
(すっげーほそ!薄っぺらいし…ちゃんと内臓はいってんの?)
ザックスよりも一回り以上小さく、その肩も腰も酷く華奢、腕まくりした兵服から出ている腕も折れてしまいそうな細さだ。
(てか兵服って!!男じゃん!!マジかよ!)
内心、やはり消沈してしまう。
(男……だっていってもなあ、目でっかいし、なんかニャンコみたいだし。)
その大きな大きな瞳。ビー玉のようにうるうると輝く瞳を無理に釣り上げて、警戒を訴えてくる。まるで懐かない子猫のようだった。
(――うん、可愛いわ。)
細い顎、無駄のないフェイスライン、形の良い鼻と眉、そうして白く美しい肌――
そう、あまりの美しさに透き通ってしまいそうなぐらい。

この子は誰なのだろう。
最近は無茶な女遊びばかりしていて、相手の顔も名前も覚えていないぐらいだったけれど、男を相手にしたことだけは誓って無い。
ということは、毎夜代わる代わる訪れるセックスフレンドの類ではなく…きっとこの子とは、今夜が初対面のはずである。

「俺、ザックス。ねえキミの名前は?なんてーの?」
初対面、だけれど。ザックスにとって、口説く行為と時間の概念はイコールではない。
気に入った子を見つければ、目があった瞬間に口説き、10秒後にはキス、そして30分後にはベッドインーー
それが自他ともに認めるプレイボーイことザックスの得意技である。
「…ちょっと、なに、」
「んー、うまそうな唇だなって、」
「は?!なに言って、」
「ちょっと黙ってて?もっと雰囲気出さなきゃ、ね。」
もう10秒たったし、とりあえずキスでもしようか。と、唇を強引に重ねようとしたそのときだった。


「ぎゃあ!!」


可憐な唇を奪うはずが、ベッドから勢いよく落ちてしまう。しかも顔からだ。
「いってええええええええ…」
「な、ななな…いきなりなにすんだよ、この変態!変質者っ!!」
「いや、ちょっと待って。そんなことよりオマエ今、」
「そんなことってなんだよ!俺、初めてだったのに……っ」
ふるふると震えながら自身の唇を覆い、涙ながらに訴えてくるその様は初々しくてとても良い。すごく良い。
良いのだけれど――今はそれどころじゃなくって、





「オマエ、マジで透き通ってんじゃん!!!!」





「はあ?!そんなわけないだろ!」
床で腰を抜かしたように叫ぶザックスに、金髪少年は手を振りかざす。
こんなに可愛い子なのに、なんて手癖の悪い――、と、殴られるのを覚悟で身構えたが。
すい、とその腕はザックスの頭をすり抜けていく。

「わああああああああ!!」
「ほら!!やっぱり!オマエ透き通ってるぞ!」
「違う!違うもん…っ、う、う、」
不躾にも、思わず相手を指さしてしまったザックスだったが、さっそく後悔した。
その大きな涙には水膜が張って、今にも零れてしまいそうだったからだ。まずい、この子を泣かせてしまう。




「……と、とりあえず落ち着け?オマエ名前は?」
「……………名前……。…あ、あんたに教える義理はないね。」
「オマエ、自分の名前覚えてないんだろ。」
「違うもん!」

もんってなんだ。
可愛い反抗に、本来であれば恐ろしいほど不可解な相手であるはずが、どこか微笑ましい気分になってしまう。
少しの間考えてから、もしかすると、とザックスは閃いた。
このような状況下においても、背筋が美しく伸びている立ち姿。これはもう、動作が身に染み込んだ職業軍人そのものだ。
ザックスはコホンと咳払いしてから、先ほどよりもわざと低く厳格な声で命を出す。




「その制服、一等兵だな。貴官の所属と階級、名前を言え!!」
「イエッサー!第7部隊、クラウド=ストライフ曹長であります!」
滑らかに出てきた答えと、教本通りの美しい敬礼。それに驚いたのは、ザックスよりも本人のようだった。




「…俺、まさか………」
「うん、」
軍人、突然空いたというこの部屋、触れることの叶わぬ透き通る体、飛んでいた記憶。
導かれる答えはひとつしかなくて、ザックスも眉を下げた。






「もう、死んじゃったんだ………」






ぽろりと零れてしまった涙もまた、床に染みを作ることは無い。
その雫はきらきらと星屑のように煌めいて、そうして夜の闇に融けていった。










死ぬまできっと、ザックラーです。(2016.02.22 C-brand/ MOCOCO)


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