ご注意
*映画「恋人はゴースト」のザックラパロディですが、設定や世界観は普通にFF7CC時代です。
パロというかオマージュ。ほとんど映画に関係ありません。
*ラブコメですが、シリアスな要素も含みますのでご注意ください。




いくら幽霊だからって、
勝手にいなくなるのは許さない。

4.成仏禁止令




「――心、ここにあらずって感じね。」

煙草の臭いとアルコールの臭い、それに女の香水の臭い。
嗅ぎ慣れたはずのそれらが今の自分にはどうも不快で、思わず眉を顰めた時だった。

「そっちから声をかけてきたくせに。私と話すのつまらない?それとも…私って魅力ないかしら。」
数時間前に出逢ったばかりの女は、甘えるようにこの胸にしなだれかかってくる。
彼女のブロンドヘアに手を伸ばしてみるも、思ったよりもその髪は傷んでいて、
(…なんだ、本物の金髪じゃないのか。)
よく見れば髪の根元が黒い。まつ毛も黒い。
ミッドガルで金髪なんて珍しいなと、思わず声をかけてみたものの…どうやら「偽物」だったようだ。

「ごめんね。やっぱり俺、帰るわ。」
「え?!」
「もう遅いしさ、帰る足なくなっちゃうかもしんないし。」
「でも、まだ10時前じゃない。それにホテルならこの辺りに幾らでも、」
「駅前のスーパー、11時までなんだよ。」
「は?スーパー?」
「――うちで、晩飯作ってやりたいからさ。」



女の制止の声や、煩いぐらいのダンスミュージックから逃れるように、足早にクラブを出る。
まったくもって無駄な時間を過ごしてしまった、と思う。
(真っ直ぐ帰れば良かったな…。いくらムシャクシャしてたからって、)
そう、何でもいいから気を紛らわせたかったのだ。
それには「飲酒」と「女遊び」が手っ取り早くて――というよりもそれ以外の手段を知らなくて――
もはや習慣と呼べるほどには通い慣れたクラブへ、足を向けたのだ。
いつもであれば、その喧騒や騒音の中で、無駄に時間が過ぎるのを待つのだけれど。
今夜はどうも落ち着かない。時計ばかりが気になる。
女に指摘された言葉通り、「心ここにあらず」――今頃、部屋に独りで居るのだろうトモダチ≠フことばかりが頭に浮かぶ。

(テレビぐらい、付けっぱなしにしてくれば良かったかな。それか音楽とか。何にも触れないんじゃあ…きっと、退屈してるだろ。)
一人ではテレビの電源さえ入れることが出来ないクラウドは、さぞや不便で退屈な時間を過ごしているに違いない。
ザックスが家を空けてから、半日以上経っているのだから。






「ザックス、朝だよ。出勤しないの?」と。
疑うことを知らぬ、例の子猫のような大きな瞳で問われたのは、今朝のことだ。彼と奇妙な同居生活を始めてから4日目の朝になる。
クラウドは、ザックスの現状≠知らない。
まさか「実をいうと最近ずっと、会社をさぼってるんです」なんて言えるわけもなく――しょうがなしに、久しぶりに出社した。実に一か月ぶりの社会復帰である。

…といっても、とくにミッションに志願しているわけでも、任命されているわけでもない。
ただの基礎トレーニングとバイタルチェックのみというスケジュールであり、惰性に時間が過ぎるのを待つかと斜に構えていた。
だが、久しく現れたザックスの存在に、周囲は騒然とする。



その空気が――なんとも居心地が悪かったのだ。



まるで腫れものを扱うように、誰も近寄ってこない。
時折、上司や同僚、部下達が控え目に挨拶をしてくるけれど…彼らは同情や涙憐、中には嘲りを含んだ表情で笑いかけてくる、それだけだ。
深く踏み込んでくるものはいない。調子を聞いてくるものはいない。この一か月いったい何があったのかと問う者は、誰ひとりとしていない。
ソルジャー統括のラザードでさえ、ザックスが長く出社を拒んでいたことを責めることはせず、ただ「ずいぶん痩せたな」とこちらを気遣うだけだった。

結局のところ。皆、知っているのだ。
ひと月前のミッションで「ザックスに起きたこと」を知っている。その後ザックスが一度だけ。






一度だけ―――自害を試みたことを、知っている。








*************

「クラウド、ただいま。」
ばたばたと遠慮のない足音を立てながら、狭い玄関を通り過ぎてリビングへと入っていく。
返事はない。気配もない。……匂いもしない。
「クラウド?どこだ?」
左側の寝室へと進み、ドアを開けてみる――が、やはり彼の姿はない。
「いるんだろ?クラウド、」
ユニットバスにもいないし、もうひとつの寝室にもいない。

「…なんだよ、幽霊のくせに夜遊びか?せっかく、シチュー作ってやろうと思ったのに…」
急に出てきたと思えば、いなくなったりもするらしい。
一度昼間に、ザックスとバイクで街に出かけたのだから、たしかに外出は可能なのだろうけど。
でも、もう23時過ぎだ。こんな時間に一人で外出するなんて危機管理がなっていないし、そもそも門限違反である。

無性に面白くなくて、いささか乱雑な物音を立てながら野菜を刻み、シチューを煮込む。
少し迷った後、結局「二人分」のスープ皿になみなみとミルク色のそれを注いだとき、ふわ、と金色が視界のすみで揺れた。
「クリームシチューだ。すごくいい匂いだね。」
「おわ!!クラウド!」
鼻がくっつきそうなぐらい、シチューに顔を寄せるクラウドに、微笑ましい気持ちにもなるが――
しかし、黙ってはいられない。今後の為にも、ルームメイトとして言うべきことは言っておかねば。

「オマエ、今何時だと思ってんだよ。こんな時間までほっつき歩いて…」
「今、何時?」
「0時前…ぐらいじゃね。たしか寮の門限は22時だろーがっ!」
「ザックスだって、門限過ぎてるんじゃないの?」
「俺はいいんだよ、俺は!ぶっちゃけ顔パスで入れてもらえるし、そもそも危なくねえだろ。」
「危ないって、何が?」
「夜のミッドガルを舐めんなよ!オマエみたいな顔したやつは、あっという間に路地裏に連れ込まれて裸にひんむかれて」
「俺のこと、誰にも見えてないから。」

あ、そうだった。説教の途中でその事実に気づき、気まずさに慌てて咳払いする。
「で、どこ行ってたわけ?」
「どこにも行ってないよ。」
「え、」
「っていうか、覚えてない。ザックスがいない間…俺、何をしているんだろ。どこにいたんだろ。」
「……そう、なのか?」

クラウドには、ザックスといる間の記憶しかないらしい。
そうだとするならば、それ以外の時間は消えてしまっている可能性だってある。
「悪い、」
「なに?なんでザックスが謝るの。」
「もっと早く帰ってくれば良かったな。ごめん。」
もしかすると、そのまま消えてしまう可能性だって――無いとは言えないのだ。

「……別に、一緒に暮らしてるわけじゃないんだから。そういうの、変じゃない。」
「一緒に暮してるじゃん。まだ4日目だけど、俺はルームメイトだと思ってる。」
「………ザックスは、」
「なに?」
「ザックスは…俺に、出ていってほしいんじゃないの?」

たしかに、もともとの出会いは、部屋(ベッド)の縄張り争いのようなもの。
先に住んでいたクラウドと、後から住み始めたザックス。死んでしまったクラウドと、生きているザックス。
…どちらに居住権があるのかという、言い争いをしたのが始まりだ。
けれど、クラウドはひとつ勘違いをしている。ザックスはこの部屋に住みたいのではない。

「正直なところを言うと―――…」
「うん…」
「出ていかれたら、困る。」
「え、」

少し不安そうに見上げる彼の顔に、ぐっと距離を縮めて視線を合わせる。
こんな風に誰かと目を合わせて話すこと、嘘や偽りがなく本当≠言葉に出来ること、
それが久しぶりであることに気付いた。

「俺はこの部屋がいいんじゃない。オマエがいるから、この部屋がいいの。」

すごく、すごく些細なことだけれど。
たとえば、嫌な夢を見たときに起こしてくれること。作った料理に鼻を寄せてくれること。晴れた空の下を、バイクで走ることが出来ること。
「いってらっしゃい」と玄関で見送ってくれること。
彼が部屋で待っていると思うと、早く帰りたい気持ちにさせられること。
そういうのが、結構悪くないと思っているのに――居なくなられたら困る。
たったの数日間しか時間をともにしていないというのに、この執着。これって普通なのだろうか。
しかも、元来ザックスは、人にも物にもたいしてこだわりを持たない性分であるのに。

「でも…もしかすると俺、地縛霊とか怨霊とかかもしれないじゃん。ザックス、俺に呪い殺されちゃうかもしれないよ。」
「はは!そういう心配してくれる時点で、殺す気ないだろ。俺のこと。」
「そうだけど、でも、恐くないの?…気持ち悪くないの?」
「いや、むしろオマエ。そんだけ可愛い姿してて、気持ち悪い要素ってどこにあんの。」

呆れたように指摘してみれば、「可愛いっていうな!」と膨れっ面をしてくるのだが、その反応がすでに可愛すぎるというものだ。
よしよし、と頭を宙で撫でてやると、彼はぴたり動きを止めて大人しくなった。
これはザックスの手の平を、受け入れてくれているということ。
なんだか今にも、この子猫の喉がゴロゴロと鳴りそうな気がする。やっぱり超可愛い。




「なあなあ!晩飯食ったら、映画見ようぜ。DVD借りてきたんだ。」
「でも、もう消灯だよ。」
「そんなん守ってるやついねえよ。オナニーするやつだって、真夜中にエッチなDVD見るだろ?それと同じ。」
「ぶ…っ、同じなの?」
「『シックス・センス』と、『ゴースト ニューヨークの幻』、あとは『エクソシスト』。クラウド、どれが見たい?名作映画ランキングに入ってたからさ、適当に借りてきた。」
「そこは俺に遠慮して、あえて避けるべきジャンルだと思うんだけど。ザックスって、馬鹿なんだね…」

もう耐えられない、と。クラウドは声に出して笑った。
綺麗に並んだ、真珠のように白い歯がいいなと思った。笑った顔がいい。すごくいい。

「ザックスって、変わってるね。」
「……デリカシーないってこと?」
「うん。デリカシーないし、節操もないし、落ち着きもないし、」
「おい、悪口言いすぎだろ。」
「それに、悪意もない。」
「え、」
クラウドの大きな大きな瞳が、優しく細められて。
「アンタに、何があったのか知らないし、どんな悪夢を見てるのかわからないけど…」
幽霊というよりもむしろ、



「――ザックスは、優しすぎるから。だから、苦しんでるんだね。」
むしろ、許しを与える天の使い≠フようだった。







********



未練――執心が残って思い切れないこと。諦めきれないこと。




「未練を叶えたら、たぶん俺、成仏できると思うんだ。」
8番街のオープンカフェで、日の光をいっぱいに浴びながら、彼は言った。
太陽の下、隣の席に運ばれてきたフルーツケーキを覗き見ながら、目を輝かせるクラウドは――
どう考えても「幽霊」らしくない。らしくないのだけれど、やっぱり幽霊であることに変わりはなくて、幽霊ならではの悩み≠抱えている。


いわく、「どうやったら成仏できるのか」ということ。


「成仏って、しなきゃいけないもん?」
「そりゃあ…だって、俺、幽霊だし。」
「幽霊が成仏しなきゃいけないって、誰が決めたんだよ。」

以前クラウドも言っていたような理屈だ。
もともと幽霊の定義や概念なんてものは、きっと生きている人間が勝手に思いはせたイメージに過ぎないのではないか。
事実、クラウドは俗に言われる幽霊とは異なり、深夜2時の病院や廃校に現れるのではなく、
太陽の照る昼間の2時にこうしてオシャレなオープンテラスに座っている。
その容姿は血まみれでもミイラでもなく、むしろ瑞瑞しささえ感じさせる健康的な美少年だ。
まあ、たしかに痩せすぎだとは思うけども。

とにかく、数日前に見た映画「ゴースト」とか「シックス・センス」みたいに死者が天に召されてハッピーエンド、だなんて。(エクソシストはオープニングで見るのを止めた。だってあれ超恐い。)
そんなのは幸福の形のひとつのパターンであって、全ての幽霊に当てはまるとは限らないだろう。
たとえばそう、死んだ後も俗世で、言葉通りセカンドライフを満喫したっていいんじゃないか。

――と、クラウドにはそれらしい理屈を並べてみるけれど、結局のところ。
もう少しこの子と過ごしていたいという、ザックスの個人的な我儘。実際はこれに尽きる。

「でも…いつまでもここにいたら、ザックスの迷惑になるから。」
「迷惑じゃねえって!何でそうなるんだよ。」
「今はよくても、そのうち、きっと俺のこと邪魔に思うよ。だって、」
「なんだよ、」
「……俺がいたら、彼女、部屋に呼べないじゃん。」

クラウドがそう呟いたのとほぼ同時のタイミングで、若い女性店員の声が重なる。
「お待たせ致しました。アフタヌーンティセットとホットチョレート、それにブレンドコーヒーでございます。ご注文は以上でよろしいですか?」
「うん、ありがとう。」
何となしに、女性店員と目が合う。
ブルネットのポニーテールにピンクのチークが愛らしい。利発で元気いっぱいのイメージの女の子。
制服の上からでもわかるなかなかのバストは魅力的で、常であれば電話番号ぐらいは聞いておくだろう美少女である。だが――

「わあ……」
焼き菓子やケーキの乗った三層のアフターヌンティスタンドを目の前にして、天然で頬をピンクに染めているクラウドの反応。
それになんともいえない、くすぐったい気持ちになる。
思わず目を細めてしまうと、女性店員は何かを勘違いしたらしい。 配膳は済んだにも関わらず、「あの、甘いもの好きなんですか?」とザックスとの会話を続けようとしてくる。
「正直、俺は甘いの苦手なんだけど。連れがこういうの、食ってみたいっていうからさ。」
ザックスの応えに、当然これらが一人分の注文ではない事実――おそらくは、デートの待ち合わせであることを想像したのだろう。
女性店員はそれ以上の会話を諦めて、引き下がっていった。

「モテ男め。いつもそうやって、女の人たらしこんでるんだ。」
「え、俺は何もしてないだろ?」
「あの人に笑いかけてたじゃん。イケメンに微笑まれるだけで勘違いするひと、いると思うよ。」
実際のところ、彼女に対して笑いかけたわけではないのだが。だが、そんなことよりも。
「つまり、クラウドからすると俺ってイケメンってこと?」
「…確認する必要あるわけ。アンタ、絶対自分のこと格好いいと思ってるタイプだろ。」

否定はしない。たしかに、顔には自信がある。だが、そんなのはただの見てくれ≠フ話だ。
(中身を知れば…きっと、皆幻滅するけどな。)
さっきの女の子だって、クラウドだって――本当≠知ればみんな離れていく。
愛せるわけがない。ザックスでさえ、自分を愛せないのだから。
(前はこんな風に思うこと、なかったのに…情けねえ。)
いつだって自分に自信を持っていたし、前を向いていられた。相手の視線から目を反らすなんてこと、絶対にしなかったのに。

「…ごめん、なんか気に障った?」
「いや?俺より、クラウドのが美形じゃん。オマエみたいなタイプは、きっと年上のお姉さんにモテモテだろうな〜。ぶっちゃっけ、ガールフレンド何人いた?」
一瞬強張ってしまった顔を、無理矢理笑みを作ってことさら明るい声で返した。
「恋人が二人以上いたらおかしいだろ。」
「そう?恋愛してりゃあ、そういうこともあるんじゃん?っていうか、覚えてんの?」
「覚えてないけど。」
「まあ、母ちゃんのことも、この店のことも思い出したんだから――何かきっかけがあれば、思い出せるだろ。」



そう、今二人が座っているカフェテーブル。
それは8番街ではなかなか評判の、オシャレなオープンカフェだ。
二人が出逢ってからおよそ10日目。また週末がやってきて、以前一度そうしたようにまたバイクで街へと出かけた。
映画が好きだというクラウドのため、話題の新作を大きなスクリーンで鑑賞した。というのも、部屋のテレビでこの映画の宣伝を見た時、「そういえばこの映画、見たいと思ってたんだ」と彼が言ったからだ。

そうして映画を見た後、偶然このオープンカフェの前を通り過ぎ――クラウドが立ち止まったのだ。やはり「そういえば俺、ここに入って見たかったんだ。」と言って。
クラウドの母を突然思い出した時のように、きっかけがあれば記憶の扉を開いていくらしい。
若い女の子たちばかりが集う店であるが故、生前は男一人で入る勇気がなかったこと。色とりどりのスイーツを食べてみたかったこと。
――そんな何とも可愛い、クラウドの「未練」を聞いたザックスは、当然のように店に飛び込んでいた。

「俺、こんなすごいの食べたことないよ。王様になったみたいだ。」
目をキラキラと輝かせて、三段のケーキスタンドに乗った焼きたてのマフィンに鼻をよせる。
ブラックコーヒーに口を付けながら、クラウドの無邪気な反応にやはり目を細めてしまう。

土曜の昼下がりということもあって、店のオープンテラスは若い女の子たちで賑わっている。
そんな中、男一人でティータイムをしているザックスはかなり目立つようで、女の子たちの色めくような声が辺りからは聞こえてくる。けれど、これだけの数の女の子たちに囲まれていても。
今、ザックスが可愛いと思えるのは一人だけで――

「すごくいい匂い。なんだか、本当に食べてるみたい。」
実際に食べることは出来ないけれど。香りだけならば感じることが出来ると言うクラウド。
ザックスは甘い菓子が好きではないから、ほとんど残してしまうことになるだろうが、彼の喜ぶ顔が見られたのだから充分だ。
「そっか。」
見返りや評価を期待するでもなく。駆け引きがあるわけでもなく。ただ単純に、相手を喜ばせたいと思うこと。
そういえば、こんな気持ちを誰かに抱くのは、あまりに久しい。



「ありがとう、ザックス。…俺の未練、また叶えてくれて。」



――未練。

その言葉に、胸がざわつく。
別にザックスは、クラウドの未練を叶えてやったつもりはなかった。
ただ、彼の望みを叶えてやりたかっただけ。彼の喜ぶ顔を見たかっただけだ。
「未練、ってやつ。もし全部叶えたら――オマエ、成仏するのか?」
「うーん…わからないけど。幽霊って普通、そういうものなんじゃないかな。」

クラウドは、成仏したいのだろうか。
この世からいなくなること、消えてしまうこと。それが恐ろしくはないのだろうか。
クラウドはザックスとは違う≠ヘず。彼には未来があって、希望に満ちていて、もっと生きたかったのではなかったか。
簡単に成仏を仄めかすクラウドの言葉に、無性に苛立った。いや、焦燥に近い感情。

「成仏、したいのか。」
「だから、したい、とかじゃなくって。」
「なんだよ。」
「しなきゃいけない、だろうなって。だって俺…………死んじゃったんだ。いなくなるのが自然だよ。」
どこか不機嫌なザックスの声色に、クラウドも困惑しているのだろう。
なぜ責められているのかわからないと、彼の大きな瞳は訴えてくる。
「もし成仏したとして、次に行くのが天国だかなんだか知らないけど。そっちがいい場所とは限らないだろ。だったら、いいじゃん、ここにいれば。」
「ここって、」



「だから、俺とずっといればいいだろって言ってんの。」



いったい、自分は何を言っているのだろう。
クラウドの主張通り、常識的に考えて――出来るものなら「成仏」した方が自然のはずだ。
生まれ変わりというものがあるのか、天国や地獄というものがあるのかは知らない。
けれど、クラウド以外の死者がそこらを歩き回っていないのだから、死ねば皆、どこかへ召されるか消滅するのが理ということだ。
クラウドの存在はイレギュラー。普通に考えれば、この世にいるべきでない存在。
それでも、ザックスとしては―――クラウドは、いるべき存在なのだ。

「なんで、ザックスはそんな風に言ってくれるの。」
「トモダチだから。」
迷いないザックスの返事に、クラウドは困ったように笑んだ。
「……そういうこと、言われると。本当に成仏できなくなっちゃうよ。」
「いいよ。オマエの面倒は俺がみるし。行きたいとこ連れてってやる。見せたいもん見せてやる。」
「ザックス、部屋に彼女呼べないよ?女タラシのくせに。」
「いいよ。オマエと部屋でDVD見たり、酒飲みながら話したりする方が楽しいし。」
「欲求不満になるよ。女タラシのくせに。」
「おい、女タラシって二度言っただろ。」

互いに吹き出し、思わず声を出して笑ってしまう。
周りからすれば、一人で笑っているように見える自分はさぞや奇妙に映るのだろう。
そうわかっているけれど、抑えることが出来ない。



この子といると、自然と湧き上がる生きている喜び=\―それを抑えることが出来ないのだ。



「とにかく、いきなり成仏すんなよ。勝手にいなくなったら怒るからな。」
「別に、ザックスが怒っても恐くなさそう。」
「じゃあ、泣く。そんで涙と鼻水、オマエのベッドシーツにくっつけてやる。」
「絶対やめろ!あのベッドシーツ、母さんが作ってくれたんだからな。」
本音を冗談の中に隠そうとするけれど、うまく出来ているだろうか。
出逢って間もない少年を、繋ぎ留めておきたいと必死になっている自分。それがどうしてか、まだ答えはわからないのだけど。


「じゃあ――もうちょっと、ここにいる。」
もうちょっとって、どれぐらいだろう。そんな曖昧な譲歩では、不安は消えない。
「ザックスが、俺に成仏しろって言うまでは。…アンタの傍にいるよ。」
その言葉で、ようやく安堵する。

テーブルの上に置かれたその小さな左手に、それよりもだいぶ大きい自分の右手をそっと重ねる。
実際に触れているわけじゃないのに、それでも震えてしまう情けないこの右手――
それにクラウドはきっと気付いていたけれど、彼は馬鹿にすることも、呆れることもしなかった。



「…ザックスって、寂しがりやなんだね。」
またひとつ、優しい赦しをザックスに与えながら、穏やかに目を伏せるだけだった。









なんてダラダラした文章…(2016.05.04 C-brand/ MOCOCO)


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