ご注意
*社会人ザックス(弁護士)と、隣人のクラウド(人妻)が、ボロアパートで出逢って恋におちる現パロです。
 年齢操作あり。(ザク26歳、クラ19歳ぐらい?)
*クラウドに可哀想な過去があります、ご注意ください。
*エアリスはザックスの幼馴染。クラ総受で、ザックラエアな雰囲気もあります。




貴方の言葉、体温、匂い。
貴方の持つ全てが、生きていく力になる。

【後編】




あの時のことは、もう、ぼんやりとしか思い出せない。



素朴だけれど、温かい家庭だっと思う。
母子仲睦まじく暮らしていたストライフ家に、大きな不幸が訪れたのは、クラウドが5才の年の12月24日――

冷たい雨が降る、クリスマスイブの夜だった。

まだ幼かったクラウドにはとても大きく感じられた、母の手作りクリスマスケーキ。
物心ついたときにももう、あまり大人に甘えたような記憶はないのに、その夜ばかりは大はしゃぎで。
母の膝の上を強請って、ずっと抱きしめてもらっていた。

記憶の中の母は、とても優しくて、美しく…そして、儚いひと。

クラウドがケーキに蝋燭を挿すと、それに母が火を灯す。
そうして彼女は、その華奢な指先でクラウドの髪を何度も梳いてくれる。
メリークリスマス、クラウド
まるで優しい子守唄のように、祝福の言葉を口にした。
真っ暗な部屋の中で、蝋燭の明かりに照らされた母は、なおいっそう美しかった。
今にして思えば、あの時見た微笑みこそ…クラウドの人生において、最も世界が美しく思えた瞬間だったのだ。

この「幸」が「不幸」に暗転したのは、世界がひっくり返ったのは。
クラウドが思い切り息を吸い込み、ふうと吹きかけて蝋燭を消したときだった。

ガシャン!と窓ガラスが割れる音がした――暗闇の中で、母がクラウドの名をかばうように叫んだ。
男の荒ぶる声がして、金属なようなもので「何か」を叩く音がした。
部屋の中は月明かりさえもない真っ暗闇で、恐くて仕方がなかったけれど…
それでも柔らかい母の体に抱き締められていたから、クラウドは決して泣かなかった。
母にしがみ付きながら、再び部屋の灯りがつくのを待っていたのだ。

けれど、どれだけ待っても灯りはつかなかった。
いつの間にか恐ろしいほどの静寂が訪れて、 おかあさん、おかあさん、そう何度呼びかけても返事はなかった。

…もう二度と、母は動かなかった。





後から知ったことだけれど、クラウドの母は夫から激しいDV を受けていたという。
クラウドを生んだ時から始まったという暴力。母はわが子を護るため、男の元から逃げ出した。
けれど、追ってきた夫により母は殺された――
5歳のクラウドを胸に抱きながら、少しも痛みや苦しみを嘆くことなく、断命したのだ。

その後10年と少し、身内のいないクラウドは孤児院で育てられた。
けれどその施設環境は劣悪で、院長である男は酒に溺れた暴力漢。
クラウド含め、施設にいた少年少女たちはみな、その館長により酷い暴力を受けた。
16歳の時、制度に従い施設を抜け出すことが出来たけれど、その後出逢ったひと――彼も、クラウドを力で支配した。





クラウドにとって、暴力は日常で、当たり前のこと。
どうして殴られるのか、どうして詰られるのか…疑問に思うことさえ、忘れてしまった。

自分は殴られるべき人間、その程度の人間だから。
だから殴られたってしょうがないのだと、受ける暴力を肯定した。

…彼に会うまでは、ずっと、そうやって生きてきたのだ。






********


カン、カン、カン、

階段を上ってくる軽やかな足取りが、誰のものなのか。
その足音だけで、もうクラウドには確信がある。
本来18段ある階段をたった6歩で上がりきってしまうのは、その長い脚を使い二段飛ばしが出来る彼しかいないからだ。

先ほどまで読んでいた本に栞を挟み、立ちあがる。
これではまるで、彼の帰りを待ちわびていたよう――そんな気恥ずかしさはあったものの。
それでもやっぱり待てなくて、玄関ドアの施錠を外した。
と同時に、開かれる扉。そこにはクラウドの読みどおり彼がいた。

「こら!確認しないでドアを開けるんじゃありません!」
「…だって、わかってたもん。ザックスだって。」

見ず知らずの他人を部屋に招き、風呂や食事を勧めるようなザックスは、今どき珍しいほどのおせっかい°C質だ。
ひとを疑うことを知らない、お人よしなひと――
そのくせ、クラウドに関することになるとそれは180度変化する。「超」がつく心配性になるのだ。
まるで童話の中の「お母さんヤギ」の台詞そのままに、「誰がきても絶対開けるなよ!」と、毎日口酸っぱく言い聞かせられている。

「誰が来るかわからないだろ?悪徳商法のセールスマンかもしれないし、怪しい宗教の勧誘かもしれないし、変質者かもしれないし、それに…」
「ごめん…気をつける。」
ザックスが何を心配しているのか、クラウドにはわかっている。
たしかに、足音だけで判断して鍵を外したのは、軽率だったかもしれない。
…いくら1分でも早く、ザックスの顔が見たいからといって。

「でも――正直、さっきのは新妻っぽくてぐっときた。可愛いから許す!」
消沈したクラウドの気持ちを知ってか、今度は冗談めいた口調に変わる。
彼は本当に、人の感情の機微を読むのがうまい。
それは、クラウドのように人の顔色を窺っているのではなくて、ただ単純に優しいからだ。

「ただいま、クラウド。」
「……おかえりなさい、ザックス。」

そっと額に落とされる、親愛の口づけ。
こんな風に優しく触れてくれるひとは、亡くなった母だけだったとう思う。






カン!カン…、ガン!

危なっかしいぶれた歩行の、粗雑な足音。そうして、その後ろから付いてくるのはハイヒールの足音。
アパートの階段を上がってきたのが誰なのか…クラウドにはすぐにわかってしまい、情けなくも手が震えるのを自覚した。
「もう…飲みすぎじゃなぁい?」
「たいして飲んでねーよ。それより、今夜は泊まっていくだろ?」
「それはいいけどォ、またあの子を追い出すの?な〜んか可哀想になってきちゃう、」
「―――あいつはもう、」

開かれたドア、そしてザックスの背中ごしに。階段を上りきった男と目が合った。
ザックスがいるからか、男は酷く警戒し言葉にはしなかったけれど。だが、その眼が言っている。
この裏切り者、と――そうクラウドを責めている。
震えが治まらない。
もはや立っていることもままならなくて、気付けばザックスの服の端を握りしめていた。

ザックスは、隣人――
クラウドの「恋人だった」男が、すぐ後ろにいることを知っているだろうに、振り向かなかった。
まるで男の存在を意図的に無視するように、クラウドだけを見てにかりと笑んだ。

「なあなあ、クラウド。今夜は何が食いたい?」
「…………俺は、なんでも。」
何故、今そんなことを問うのだろう。
クラウドの冷えた指先にそっと触れたザックスは、きっとクラウドの震えに気付いているはずだ。
「何でもいいは駄目。俺は、クラウドの食いたいもんを作りたいの!」
「…じゃあ、シチュー食べたい。出来れば白いやつ、」
「クリームシチューね、了解!」
まだ玄関の外だというのに、何の躊躇いもなくダウンコートを脱いだザックスは、それでクラウドを包み込むと。

「でも、たしか人参きらしてたんだ。だからこれから、スーパーまでデートしようぜ!」
「デートって……わあ!」
「へへ、こうしてれば温かいだろ?」

コートに包まれたクラウドを軽々と抱き上げると、そのまま抱き締めながら歩き出す。
いったい、このひとは何を考えているのだろう。
足に引っかけていただけの靴は脱げ、玄関に転がる。それなのに構わず、ザックスは扉を閉めてしまう。
そうして、ゆっくりと202号室の前へ――

「こんばんは。今夜は冷えますね。」
「そ、そうですね…っ、」
202号室。例の部屋を通り過ぎるとき、ザックスは男の方ではなく、その隣にいた女へ挨拶をした。
派手な雰囲気の彼女は顔を赤らめ、恋人に抱き上げられているクラウドを羨ましそうに見ている。
かつて「恋人だった」男は――拳を堅く握りしめ、わなわなと震えている。
ザックスと目が合うのを恐れているのか、深く頭を垂れたまま、こちらを見ようとはしない。

カン、カン、カン…

完全に払われてはいない雪で、足場の悪い階段。
クラウドを抱いたまま階段を降り始めたザックスに、下手に動くのは危ないだろうと声だけで制止した。
「ザックス、危ないよ。」
「大丈夫。俺がおまえを落すわけないだろ?」
「……そう、だけど。」
まるで、宝物を抱くように。優しく、けれどしっかりと抱え直されてしまえばもう、クラウドには何も言えなかった。




「俺は絶対に、おまえを傷つけない。」




わざと男に聞こえるように、ザックスは言った。
たまらなくなって、彼の体温を求めるように逞しい肩へと顔を埋めると、背を優しく撫でられる。
もう大丈夫、大丈夫だよ。そう、その優しい手の平が繰り返す。

…ひとの手のひらが、誰かを傷つけるためじゃなくて、慰めるためにあるんだってこと。
ザックスに出逢わなければ、きっと、一生知らないままだった。






********


「…で、これはいったいどういう状況?」
「もう、ザックスってばまたヤキモチ?残念ながら、私はさっき来たばかりだもん。クラウドといちゃいちゃするのはこれからなの!」
「いや、それもどうかと思うけど、そうじゃなくて、俺がドン引きしてんのはこのでっかい、」
「あら、気付いちゃった?」
「そりゃ気付くだろ!天井にまで突き刺さってますけど?!このでっかいクリスマスツリー!!」

ザックスの部屋――1K の小さな間取りに、異様な存在感を放つ大きなクリスマスツリー。
これは先ほど宅配業者とともにやってきたエアリスが、ちゃっかりと運び込んだものだ。
部屋の中にある主要な家具は、シングルサイズのパイプベッドと、テレビ台、小さめのコタツ。
それの他に、2メートル以上あろうかというツリーが仲間入りしてしまったため、もはや缶詰状態。
足の踏み場がない…とまでは言わないけれど、なかなかの密度である。

クラウドが朝起きた時には、すでに外出していたザックスが昼過ぎに帰宅――
何やら両手いっぱいの食材を抱えて戻ってきた彼が、この部屋の状況に驚くのも当然だった。

「だって今日は24日!三人でクリスマスパーティするって、言ったでしょ?ツリーがないと、やっぱり雰囲気が出ないじゃない。」
「いや、限度!限度があるから!なんなのこれ、怪物みたいな圧迫感なんだけど?!」
「まあそれは…ネット通販の落とし穴よね〜。でも本当にCM通り、昨夜購入してもう届いたんだよ!」
「amazonでポチったのかよ!」
「だって、クラウドの喜ぶ顔が見たかったんだもん。」
「……まあ、そういうことなら、」
「ちなみに、請求はザックスに行くからね?」
「やっぱりそうきた!」

二人の掛け合いを見ていると、微笑ましい気持ちと、そして羨ましい気持ちになる。
ザックスとエアリスは、本当に仲がいい。
二人の間には遠慮がなくて、互いを理解し合っている。まるで本当の兄妹のようだ。
けれど、ハンサムなザックスと綺麗なエアリスが並ぶと、それはあまりに理想的な恋人同士そのもの。
先週、街中を三人で歩いた時だって、ザックスとエアリスを見て誰もが見惚れていた。
きっと、ため息が出るほどにお似合いの二人…なのだと思う。
クラウドだって時折気後れしてしまうほど、確かな絆で結ばれたザックスとエアリス。
…二人とも否定していたけれど、きっと彼らは。

「まあいいよ、クラウドのためだってんなら…それで、これ付ければいいの?」
「ザックスは、上の方を飾りつけてね。無駄にでかいんだから。」
「はいはい。――ほら、クラウドも。」
「………え?」
「サンタクロースがくる前に、準備しておかないと!」

色とりどりのオーナメントや、サンタクロースやトナカイなどの小さな人形。
それらを両手の平で受け取ったクラウドは、どうしたらいいのかと暫し立ち竦む。
なんだかんだで楽しそうにツリーを飾りつけていくザックスを手本に、クラウドもオーナメントをひとつ、枝にひっかける。
きらりと煌めく青い球体のむこうで、ザックスが優しく目を細めた。


…幸せだな、と思った。
何かを壊すのではなく、何かを作り上げていくことは、とても。


「俺、こういうの…やったことなかった。」
ぽつりと呟くと、ザックスとエアリス、二人が小さく息を呑んだのがわかった。
「小さい頃、やらなかった?」
ザックスが控えめに問うてくる。
「どうかな。もしかしたら、母さんとこうやって、ツリーを飾ったのかもしれないけど…あんまり、覚えてないんだ。
 母さん――俺が5歳のとき、亡くなったから。」
こんな風に、自分のことを話すのは慣れていない。

自分の不幸を誰かに嘆くのも、誰かに同情されるのも嫌だった。
いや、それだけじゃない。ただ単純に――過去を打ち明ける勇気がなかったのだ。

エアリスがザックスに視線をやると、彼は首を横に振る。
「クラウド、貴方のお母さんは…ご病気で?」
かつてのクラウドであれば、このエアリスの問いに対して誤魔化したかもしれない。
けれど、この二人に嘘をつきたくない。
母以外で唯一、優しくしてくれたザックスとエアリス――彼らにだけは、誠実でいたかった。

「母さんは、俺を護ってくれたんだ。俺の……父さんの、暴力から。」
「それって……」
「俺の父さんは、母さんを殺して刑務所で自殺した。二人とも、隠していてごめんなさい――俺は人殺しの、」
「クラウド!!」

一瞬、何が起きたのかわからなかった。二人に勢いよく体当たりされて、ぎゅうと体を圧迫される。
「ごめん、ごめんな…俺、辛いこと言わせて、本当にごめん…っ!」
「ごめんね、クラウド…これからはお母さんの分も、私たちが守るから…!」
胸の中にエアリス、背中から覆いかぶさるように抱きついてくるのはザックスだ。
二人に同時に抱き締められて、慰められて、もう、耐えられなかった。
我慢していたものが、抑えていたものが、強がっていたものが…全部全部、渇いた唇から零れていく。

「出逢ったときの父さんは、とても優しいひとだったって…母さんが言ってた。父さんは母さんを愛していたのに、俺のせいで手をあげたんだ。 お前さえいなければ、そうすれば母さんは自分のものだったのにって、いつも父さんは怒ってた。 悪いのは生まれてきた俺だから、だから、俺なんか殴られて当たり前だと思って――…、」
歪な形をしていようとも、父は母を愛していた。
自分の思い通りにならないならば、いっそ壊してしまいたいと思うぐらいに――
「そんなの、愛じゃない。」
ザックスは、穏やかに、けれど力強くそう言い切った。

「自分のものにならなくたって、思い通りにならなくたって、幸せになってほしい。そう思えるのが愛だ。 本当に愛していたら、心だって体だって…傷つけるなんて出来ない。俺は絶対、傷つけたくない。」

ザックスらしい、愛し方だと思った。
少しの虚偽や誇張もなく、欺瞞もない、ストレートな愛の言葉。
こんな風に思われるひとは、なんて幸せな女性だろう。
こんなひとと添い遂げられたなら、なんて幸せな人生だろう。
愛や信頼を惜しみなく伝えてくれるザックスの言葉は、クラウドにとって永遠の憧憬といえる。


ひとの言葉が、誰かを傷つけるためじゃなくて、誰かと分かり合うためにあるんだってこと。
ザックスに出逢わなけれければ、きっと一生、知らないままだった。


「…そうだね、俺も今はそう思う。選んでもらえなくても幸せになってほしい――そう想うひとが、今はいるから。」


びくり、と背中ごしにザックスの体が強張った。
(大丈夫なのに、)
二人の関係に水を差すなんてこと、絶対にしない。
自分のものにならなくても、自分を選んでもらえなくても、幸せになってほしい。
大好きだけど、大好きだから、




(ザックスには、エアリスと…、幸せになってほしいよ。)





*********


「メリークリスマス!」「かんぱ〜い!!」
カチン、とグラスが合わさる軽快な音がして、部屋の中は賑やかな笑い声で満たされる。

クリスマスイブの夜に、ホームパーティ ――
そんなもの、クラウドの人生においては全くの無縁であったから、その力の入れようには驚かされた。
コタツテーブルの上には、これでもかというほど様々な料理が並べられている。
いちおう3人で作る予定だったのだけれど、キッチンが狭かった為、結局はザックス一人でそのほとんどを作ってくれた。
その間に、エアリスとクラウドは部屋の飾りつけを担当した。
フェルトで作った星や、折り紙の輪っかを繋げたガーランド等、手作り感満載ではあるけれど。
あれだけ簡素だった室内は、あっという間にカラフルな子ども部屋のように姿を変える。
途中、ザックスがオーブンレンジを使った際にブレーカーが落ちて慌てたりもしたが、夕飯前には無事準備を終えることができた。

「ほら、クラウド。サラダばっか食べてないで、ちゃんと肉も食うんだぞ?」
「ふふふっ」
「なに笑ってんだよエアリス。」
「だってザックス…そのトナカイのカチューシャ、すごいシュールなんだもん!全然可愛くない!」
「エアリスが買ってきたんだろ!だいたい、なんで二人はサンタクロースで、俺だけトナカイのコスプレなわけ。仲間外れよくない!」
「だって、ザックスはネタ要員だもん。」
「イジメよくない!!」
相変わらずの二人のやり取りに、クラウドは笑いっぱなしだ。
クリスマスを祝うどころか、こんな風に賑やかな食卓を囲うことさえ、もうずっとなかったというのに。

「ザックスのトナカイ、俺は可愛いと思うけど…」
ぽつりとクラウドが本音を漏らせば、二人から間髪置かずにツッコミが返ってくる。
「可愛いのはおまえだ!!」「可愛いのは貴方よ!!」
本当に、息の合った二人だ。






「えーゴホン、ゴホン。宴もたけなわではございますが〜そろそろお楽しみの、プレゼントタイムです!」
クラウドが大きな苺の乗ったケーキを頬ばり、それがハムスターみたいで可愛いとザックスが写メを撮っていると、 エアリスがカチンカチンとシャンパングラスを鳴らした。
「待ってました!」と口笛を吹くザックスに、クラウドは愕然としてしまう。
クリスマスパーティといえば、プレゼント交換――そんな一般的な慣習に、今この瞬間まで全く思い当たらなかったからだ。
つまり、クラウドは…二人へのプレゼントなど何も用意していない。
内心戸惑うクラウドをよそに、プレゼント交換なるものは始まってしまう。

エアリスが用意したのは、手作りのスヌードだった。
ザックスには黒を基調としたもの、クラウドには淡い水色を基調としたもの。
毛糸の縄編の他、ラビットファー、それにチェック地の柔らかな布がパッチワークされていて、かなり手が込んでいる。
裏地は全てふわふわのファーになっていて、とても温かいうえに軽い。エアリスの器用さには、ザックスも脱帽のようだった。
「おお…っ!さすがエアリスだな。クラウドとペアだし、やばい嬉しいんだけど。」
「ちなみに、私のは白です。」
「三人でお揃いかよ!つけづらいな!」

ザックスが用意したのは、ショートブーツだった。
エアリスにはキャメル色のファーつきブーツ、クラウドには色違いの淡いグレーだ。
ユニセックスなそれは、男女どちらでも使用できるデザイン。
そういえば、以前三人で買い物に出かけたときに、たくさん試着を勧められたが…その中のひとつだったと思う。
履き心地がとにかく良くて、ファーがふわふわしていて温かいのだ。
試し履きしたときはすごく気にいったけれど、当然クラウドに手を出せるものじゃない。買うつもりなんて毛頭なかったのに。
「さすがザックス、女心わかってる!クラウドとお揃いなんて嬉しい!」
「ちなみに、俺のは黒だから。」
「三人でお揃い?!履き辛いわよ!」
本当に本当に、息の合った二人だ。





「あの、ごめんなさい…。俺、二人に何も用意してないんだ。」
二人から贈られた素晴らしいプレゼントを前に、クラウドは思い切って打ち明けた。
気が回らなかったのも事実だけれど、実のところ、金がない。
かといってエアリスのように器用でもないから、人に贈れるようなものを手作りすることも出来ない。材料費だってそれなりにかかっただろう。
クラウドとて、来年にはアルバイトを始めるつもりだ。そしていずれは、ちゃんと就職したいと思っている。
だが顔の傷が治るまでは、どこの企業も怪しんで雇ってはくれない。だからザックスに甘える形で、この半月ばかり世話になってしまったのだ。

「恥ずかしい話、なんだけど……本当は俺、貯金が全然なくて、」
ザックスは、きっと知っている。
ポケットにいれて隠し持っていカードローンの請求書――それが先日なくなっていた。
再送を頼もうと金融会社に連絡すれば、すでに完済しているという回答だった。
隣人の男に請われるまま、借り入れを繰り返してしまったその金額は、決して小さなものではない。
ザックスに聞いたけれど、彼は「なんのこと?」と素知らぬ顔をしていた。
…優しい嘘をついてくれたこと、それぐらいクラウドにはわかっている。

「お金を渡せば、優しくしてくれたから…だから俺、借金、までして。」
そうまでして、優しくされたかった。いくら殴られたって、いくら罵倒されたって、いくら乱暴に抱かれたって――
ほんの少しの気まぐれみたいな優しさで、全て救われる気がした。愛されていると思えた。そう、思いたかったのだ。
「でも、これからは…ちゃんと働く。これからは、二人のためにお金を使います。」
二人に与えられるだけじゃなくて、ちゃんと返せるようになりたい。
「それは、違うでしょ?」
エアリスが、まるでわが子を嗜めるように言った。

「クラウドは、もっと欲張りにならないと。自分の欲しい服を買って、自分の食べたいものを食べて、自分の行きたいところに行って。 自分のためにお金を使って…自分の幸せのために、生きていいのよ。」
「でも……俺は二人に、返したい。たくさん、優しくしてもらったから。」
ザックスとエアリスは、顔を見合わせて微笑んだ。そして二人の手のひらが、クラウドの頭をそっと撫でる。
「俺たちがおまえに優しくしたいのは…何かを返してほしいわけじゃない。そりゃ、同じだけ想ってくれたら嬉しいけどさ、 一方通行でもいいんだ。おまえが幸せになれれば、それでいい。」
それは、クラウドだって同じ気持ちだ。
ザックスとエアリスの優しさに触れるうちに、きっと、感化されてしまったに違いない。

「貴方の幸せが、私たちの幸せだよ。」

きっと、大袈裟じゃなく、世界で一番優しい二人―――
この二人の幸せこそが、クラウドにとっての幸せ。

ひとの幸せを無条件で祈れること、それを彼らが教えてくれたのだ。






**********


22時前、エアリスは帰宅した。
エアリスは断ったけれど、ザックスは送ると言って譲らず、二人で玄関を出て行った。
二人の邪魔になると思ったから、クラウドは当然付いていかない。

誰もいないアパートの一室は、不気味なほど静まりかえっていて、隙間風が獣の呻き声のように聞こえてくる。
これではまるで、留守番中に怯える幼い子供のようだと、苦笑する。
クラウドは子供じゃない。独りでいることなど慣れている。誰かに置いていかれることだって、慣れているのだ。

カン、カン、カン、カン…

錆びた階段を上がってくる足音。これは、ザックスの足音――――ではない。
嫌な予感がして、部屋の明かりを素早く消した。居留守を取り繕うしかない、と思ったのだ。

「おい、クラウド…いるんだろ?」
やはり、ドアの前に立っているのは…ザックスではなくて。かつての「恋人だった」男だ。
「あの男がいないのは知ってる。ここ、開けてくれよ、頼むからさ……」
酷く、弱った声だった。まるで、クラウドに縋るかのような、そんな。
「あ、あけない……っ」
開けない、そう言葉で拒否しているのに、どうしてか足が勝手に向かってしまう。


まるで男によって、見えない鎖で引っ張られているように。解けない呪いのようだった。


「俺、お前がいないと駄目なんだ…こないだ見たとき、お前すごい綺麗になってて…やっぱり、俺にはお前しかいないってわかった。 女なんて我儘ばっかだし、化粧落としたら化けもんだし、股も緩いしさ。 お前とは全然違う。俺の言うこと、いつも素直に聞いてくれたのは、クラウド、お前だけだったよ。」
ドアを開けてはいけない。
でも、開けなかったら、この人は永遠に去っていく。
そしてまた――独りぼっちだ。


「クラウド、愛してるんだ……だから、開けてくれ。」


――そんなの、愛じゃない。
ザックスの言葉が、ザックスの体温が、ザックスの匂いが。ぶわりと全身をかけめぐる。
弱い心に力を与える、魔法のようだった。
愛していたら、心だって体だって、傷つけるなんて出来ない。俺は絶対、傷つけたくない。
この部屋の壁は、一か所だけ、べこりと大きく凹んでいる。
クラウドを202号室から連れ出してくれたあの日、ザックスが殴りつけた壁――
彼が拳をふりあげるのは、クラウドを護るときだけ。絶対に、クラウドを傷つけることはない。
おまえが幸せになれれば、それでいい。
それが愛だというならば、この男の言うものは、愛じゃない。そしてそれは、クラウドも同じだ。


「俺は―――愛してない。きっと、最初から、アンタを愛してなんかいなかった。」


愛と思ったなにかは、錯覚だった。
ただ、誰かに必要とされたかっただけ。独りじゃないと思いたかっただけだ。
けれど真似事でしかないレンアイは、一緒にいればいるほどに、孤独も寂しさも深まった。
見返りなんかなくても、たとえ叶わなくたって、ただ幸せになってほしいのは――




クラウドが愛しているのは、ザックスだ。




「ざけんなクラウドォッ!!!あけやがれこのクソビッチがッ!てめえのケツに酒瓶ぶちこんでやらあ!!」
ガシャン!とガラスが割れる音がした。
おそらくは酒瓶を割り、それでクラウドを傷つけようというのだろう。
これは、脅しではない。本気だ。
これまでだって、ザックスにはとても言えないような酷い辱めを――男にはさんざん、虐げられてきたのだ。
(恐い…こわ、い……っ)
ドンドンとけたたましく叩かれるドア。スコープを覗くことさえ出来ないクラウドは、逃げるようにベッドへと潜り込む。
毛布を頭からかぶり、ザックスの紺色のカーディガンを抱きしめた。

大丈夫、もう大丈夫だよ

ザックスの言葉、ザックスの体温、ザックスの香り。その記憶を必死になぞる。
大丈夫、たとえ彼がそばにいなくても、彼とともに生きていけなくても。もう今までの自分じゃない。
彼と出逢わなかった頃の、弱い自分じゃない。独りで乗り越えられるはず――


ガチン!


錠が外れる音がした。そして、ゆっくりとノブが回る。
(来ないで…殴らないで…もう俺に、触らないで…!)








「ただいま〜クラウド!また雪ふってきたよ、さっみいい!」
あの男――ではない。
玄関で靴を脱ぐシルエットは、疑いようもなく…ザックスだった。
「あれ?なんで部屋の中、真っ暗なの?」
「お、おかえりなさい…」
ザックスがしっかりと施錠をしたのを確認すると、ほっと息を吐く。

「もしかして、クリスマスツリー鑑賞中?エアリスのamazon衝動買いにはびびったけど、やっぱでかいツリーはいいよな。すげえワクワクしてくるし!」
「うん、そうだね…すごく、きれい。」
「クラウドのそれ、秘密基地みたいだな。俺もまぜて!」
「ふふ、ザックスって、こどもみたいだ。」
クラウドが頭からかぶっている毛布を要塞のように見立てているのか、
そこに潜り込んできたザックスは、クラウドを背中越しに抱きしめた。
電気を消していて良かった。ツリーがあって良かった。ザックスらしい勘違いをしてくれて良かった――




「…それで、どうして泣いてるの?」




ザックスの一言に、びくりと体が震えてしまった。
「な、泣いてなんか…」
「あいつが来たのか。」
いつもより低く、冷たい色を帯びたザックスの声。決して誤魔化すことは許されなかった。

「おれ…あけてないよ。ちゃんと、いやだっていった、だから、」
なんて拙い弁解だろう。
「おこらないで……っ」
けれどザックスの言葉が、まるでクラウドを淫奔だと責めているように感じて。必死で否定したかったのだ。
「……そうじゃない。ごめん、嫌な言い方して。俺が怒っているのは、おまえを部屋に独りにした、自分にだよ。」
すり、と頬を擦り付けられる。
そのじゃれるようなザックスの行為に、徐々に緊張の糸が融けていく。



「恐かっただろ、ごめんな。独りにしちまって。…開けなくて偉かったな。」



ザックスの言葉、ザックスの体温、ザックスの匂い。
今はただ、少しでもこのひとを記憶に残しておきたかった。
このひとが、エアリスとともに人生を歩んでいくときに…自分ひとりでだって、ちゃんと生きていけるように。
誰かに怯えた時、自分に負けそうになったとき、ザックスの存在が自分を生かす全てになるはずだ。

彼らと過ごせたクリスマス、彼らと飾り付けたクリスマスツリー。
この美しい記憶を忘れなければ、この素晴らしい出会いを忘れなければ、きっと独りでだって生きていける。

「俺、ザックスに出逢えて良かった。」
「俺も。欲を言えば、もっと早く逢いたかったけど、」
「……そう、だね。」
もし、もっと早く出逢えていたら、この人の唯一の存在になれただろうか。
この体が汚される前に、人生を踏み外す前に、彼と出逢えていたら、なんて――そんな不可能なもしも≠ヘ考えるだけ哀しいことだけれど。
「そうしたら、おまえをもっと早く、幸せにできた。」
ザックスの優しさは、ときに恐ろしくなる。
勘違いして自惚れて、もしかするとこの人に選ばれるのではないかと、有り得ない夢想に取りつかれそうになるのだ。

「……そういうのは、エアリスに言うべきだよ。」
「なんで、エアリス?」
「結婚――するんだろ?こないだだって、指輪を見にいったし…」
「…………………………たしかに見にいったな、三人で。だからっておまえ、」
はああああああ、と盛大な長い溜息とともに、恨めしそうな声。




「誰の指輪を見に行ったか、わかってなかったわけ。」




瞬間、唇に何かがぶつかった。
暗闇の中で、それがキスだと気付いたのは、彼の唇と思しきそれが…二度、三度と執拗なほどに重ねられたからだ。
「ざ……っ、」
「おまえが幸せなら、俺のものにならなくてもいいって言ったけど。でも、おまえを幸せにするのは俺がいいし、俺よりおまえを大事に出来る奴はいないって思ってる。だから、誰にも譲る気はないよ。」
「え…?」
「俺って全然意識されてないなって思ってたから、正直、こういうのはまだ我慢してたんだけど。」
「んっ!んん…っ、」
「おまえ、俺の服を握りしめて泣いてるし。そりゃ、期待するだろ。」
「く、るし……!」
息も出来ぬほど唇を求められて、互いの舌や唾液が絡み合う。

あまりに気持ちよくて、あまりに恐かった。

ザックスに触れられるのは、好きだ。
戯れのように手を繋ぐのも、慰めるように額へ口づけされるのも、包むように抱き締められるのも。
でも、こういうキスは恐い。だって、この先はもう――。
彼の手が、迷いながらもシャツの中へと入り込んでくる。

「嫌だ!!」

襲いくる恐怖に耐え切れなくて、ザックスの体を思い切り押し返した。
恐かった、恐くてたまらなかった。ザックスとのキスが不快だったわけじゃない。

ザックスに、セックスを求められたことが―――恐かったのだ。




「………ごめん、一人で舞い上がって。本当、俺、空気読めないんだよ。」
クラウドの拒絶がよほど衝撃だったのか、しばらく言葉を失ったように茫然としていたザックスは。
けれど場を和ませるように、朗らかに笑ってみせた。まるで、傷ついていないと誤魔化すように。

「シャンパン飲み過ぎたかなー?なんか俺、ムラムラしちゃって!」
ザックスの体温が、背中から離れていく。
「あ、明かりつけるな。俺、シャワーあびて頭冷やして」
明るく振る舞おうとするザックスが悲しくて、申し訳なくて。
クラウドから距離をとろうとする彼のシャツを、思わず引っ張ってしまった。
そんな風に縋ることしか出来なかった。

「……、ザックス。あのね、おれ、ザックスが嫌なんじゃなくって、」
「好きだ。」

伝えようとした震える言葉は、音になる前に。彼の潔い告白にかき消された。
「俺のこと、今すぐ選んでくれなくてもいい。」
「………、」
「おまえが、あいつのことまだ忘れられないっていうなら…俺がいつか絶対、忘れさせてやるし。」
「…あの人は、もうどうでもいい。」
「おまえが、エアリスの方がいいっていうんなら…俺だって女子力つけてやる。スヌードも編むし。」
「ぶっ!」
「こら!俺、真面目に告白中!」
ザックスは、いつも真っ直ぐで。けれどその行先は、クラウドの想像よりも斜め上のはるか彼方上空だ。





「俺を、おまえの生涯で最後の…恋人にしてください。」





信じられない――夢、じゃないだろうか。
こんな、何の価値もない自分で、本当にいいのだろうか。
「俺、女じゃないよ。」
「うん、世界一可愛い男の子だろ。」
あんなに素敵な女性が傍にいるというのに、
「エアリスじゃないし、」
「エアリスは幼馴染だってば。そりゃ美人だし大好きだけど、オカズにしたことさえねえよ。」
どれだけ願ってももう、綺麗な体には戻れないのに、
「それに俺は。すごく、すごく…汚いよ。」
「そう思うのは、おまえが汚れてない証拠だろ。」

価値のない自分。
そのはずなのに、彼が価値があるのだと繰り返せば、それは鈍く光り出す。
ほんの少し、自分に、価値が生まれる。



「…俺も、好き。ザックスの恋人になりたい、です。」
「クラウド!」
「でも、」
「でもはいらない!お願い、俺の恋人になって!」
潰されそうなほど、強く抱きしめられる。彼の強引さ…それさえも愛おしい。
けれど、好きだからこそ、出来ないことが――クラウドにはある。それは。



「でも、でもね…恋人になりたいけど……セックスは、痛いから、したくない……。」



「ごめんなさい」そう素直に謝罪すれば、ザックスはぽかんと口を開けたまま固まった。
「……え?痛い?だから、嫌なの?」
「うん。すごく痛いだろ、あれ。」
「俺に、触られたくないんじゃなくて?」
「違うよ。いっぱい血が出るから恐いし、怪我が酷いと治療代もかかるだろ。痣が増えるとバイトの面接が受けれらないし、」
「そんなのセックスじゃねえよ!」

思わず声を張り上げたザックスは、気まずそうに視線を泳がせる。
そしてまるで子供をあやすように、優しく金の髪を撫でる。

「………好きだって気持ち、伝え合うためにセックスするんだろ?傷つけるためじゃない。」

そうなんだろうか。
少なくとも、クラウドにとっての性行為は、男による「暴力の延長」だった。
殴りつけて鬱憤を晴らそうとする男の狂気と、腰を打ち付けて果てようとする男の狂気は、全く同じようにしか見えなかった。
「俺は、そういうこと。ぶたれたりするのと、同じだと思ってた、から…」
憎しみや苛立ち、鬱憤やストレス、それに性欲。この体はそれらを解消するための、ただのはけ口なのだと思っていた。
男に抱かれるたびに、自分にはこの程度の価値しかないのだと、酷く虚しい気持ちになった。
いっそ、自分をやめてしまいたいとさえ、

「――クラウド。」
いつものザックスとは違う、セクシャルで甘い声。
耳元で名前を囁かれて、ぞくりと全身が栗だった。





「俺が、本物のセックスを教えてやる。」









(2017.01.01 C-brand/ MOCOCO)
長くなってしまったので、途中できりました。次はいきなりのR30エロッスです…_(:3」∠)_

あけましておめでとうございます!
ザックスとクラウドとザックラーさんにとって、幸多きハッピーホモYEARになりますように。


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