ご注意
*社会人ザックス(弁護士)と、隣人のクラウド(人妻)が、ボロアパートで出逢って恋におちる現パロです。
 ザックス26歳、エアリス25歳、クラウド19歳ぐらい。ついでにクラの元カレは22歳ぐらい…
*エアリスはザックスの幼馴染。クラ総愛されで、ザックラエアな雰囲気もあります。
*かなり
露骨な性描写あり。引かないでください。




夢を叶えるために、必要なものは3つ。
健康と、強い意思と、そして。

【epilogue】



――築38年の古アパートの壁は、かなり薄い。

隣の部屋で、ガン、と物音がした。
あの男が物に当たって、ゴミ箱でも蹴り飛ばしたのかもしれない。

「他の男のこと、考えるの禁止。」
「そういうわけじゃ、」
「クラウドは、こっちに集中して。」
「…でも……、」
隣の物音がこちらに筒抜けだということは。
すなわち、この部屋の物音だって向こうに漏れてしまうかもしれないのだ。
だから、小声で必死の抗議をする。

「ザックス…そんなの、汚いよ……っ」
「俺のクラウドが、汚いわけねえだろ?」
俺の、と強調されるそのザックスの台詞とともに、下半身に甘い痺れが走る。
「シャ、シャワーも、浴びてない、のに、」
「それは後で、一緒に入ろうな。」
まるで幼い子どもをあやすように、甘やかした声でそう言うけれど。
彼の台詞と、彼の行為のギャップに、眩暈がしそうになる。何故なら。

今、クラウドは愛しい人の前で一糸まとわぬ姿となり、そうして淫らに足を開いて。
控えめなそれを食まれ、彼の口内でどうしようもなく感じているのだ。

こんなこと、誰にもされたことがない。
男のモノをしゃぶれと強要されたことはいくらでもあったけれど、自分がしてもらうことなど決してなかった。
ザックスを見下ろすと、クラウドのものを咥えながら、悪戯っぽく笑う彼と目が合う。
「可愛い反応。もしかして、口でされるのって初めて?」
どうして、こんなことを平気な顔で出来るのだろう。まるで、少しも不快でないかのようだ。
同じ男の陰部を口で慰めるなど、吐き気がこみ上げて仕方がないもの――少なくとも、クラウドはそうだったのに。

「クラウドが、こんなこと許してくれてるなんて。やばい、俺すっげー嬉しい。」

わざと見せつけるように、べろりと長い舌で舐め上げられて、「ひっ」とか細い悲鳴をあげてしまった。
「気持ちいいだろ?すっげえ、愛をこめて舐めてるからな。」
「ばか…っ!」
ベッドの中でも変わらず饒舌なザックスの額を、叩いてやるつもりがぺチンと弱い音しか出ない。
本気で抵抗など、出来るわけがない。だって、こんな気持ちいいこと、今まで生きてきて経験したことがないのだから。

「ふ…っ、ん、あ…っ」
抑えようとしても、声が我慢できない。
唇から零れていく声は、自分のものとは思えぬほど淫らで、なんとか手で覆って抑えようとする。
「クラウドってさ…すげえ、感じやすいんだな。ちょっとキスしただけで震えちゃってさ。可愛い。」
ザックスの指摘通り――
ほんの少し、ザックスの指が肌を霞めていくだけで、唇が触れていくだけで。
体が快感に震えあがって、いうことを聞かない。こんなの知らない。こんなの、経験したことがない。

「そんなわけ、ない…っ、おれは、フカンショウ、って」
「不感症?…あの野郎、」
「おれ、つまんないって…おなほ、っていうのと、おなじだって、」
男の言葉の意味、それはクラウドにはわからなかったけれど。
でもきっと、それが酷く下品な侮辱なのだということは理解していた。

これまでのセックスでは、いつも痛みに耐えることばかり考えてきた。
痛みを嘆けば、もっと酷く殴られたから、けっして呻き声ひとつ漏らさなかったのだ。

「……そう、じゃあよっほど、」
おまえってつまらない体なんだな。そう続くのかと、身を強張らせたとき。
「よっぽど、下手くそな男だったんだな。」
「や、ん…っ!あっ、あ…っ」
ちゅう、と甘い音をたてて乳首に吸い付いてくる、ザックスの唇。
優しく舌で転がされてしまえば、その刺激が気持ち良くて、でももどかしくて、体をのけぞらせてしまう。
痛みは我慢できる。でも、快楽は――我慢、出来ないなんて。



「やぁん、きもち、い…っ!」



淫らにも、そう更なる愛撫を強請ると、ザックスは嬉しそうに笑んだ。
「可愛い声。もっと聞かせてよ。」
胸の飾りをくりくりと舌先で遊ばれて、ときおり指で摘ままれて、ジンジンとそこが熱くなる。
女性の体じゃないのに、そんなところ感じるわけがないのに、ザックスから与えられる愛撫は常識を壊していく。

「すっげー白くて、綺麗な肌……痕付けるの、もったいないぐらいだな。おっぱいもピンクで可愛いし、すげえ敏感。 ここもさあ、俺と同じものとは思えない。このちっちゃいお尻なんかもう、たまんねえぐらい俺好みだし。」
「そ、そんなこと…いわない、で、」
「可愛い。クラウドは、世界一可愛いよ。」
恥ずかしくて、耳を塞ぎたくなるほどの賞賛。
けれどもっと囁いてほしいと思わずにはいられない愛の言葉。
ザックスは自分の欲を吐きだすためじゃなく、苛立ちをぶつけるためでもなく。クラウドを辱めるためでもない。

ただ――クラウドを、甘やかしてくれているのだ。セックスとは、そういうものなのか。

体中…それこそ、きっとザックスの唇や指が触れていない場所など、きっとどこにも残っていない。
ただひとつ、「そこ」を除いては――

「…触っていい?」
どこを触るのか、と聞き返さなくても、彼の言葉の意味はわかっていた。
けれど、どう応えたらいいかわからない。
こんなにも、ザックスと触れ合うことは幸せでたまらないのに、そこを触れられてしまえば。
甘い夢が終わってしまう、そんな風にさえ思うから。

「大丈夫、痛くなんかしない。無理だと思ったら、途中でやめるから。」
痛くしない、なんて――それは、いくら優しいザックスだって、やはり難しいことだと思う。
だって、そこは本来セックスで使うべき場所ではないのだ。
体が抉られるような、引き裂かれるような…あの激痛は避けられない。
でも、ザックスが望むなら、我慢は出来る。痛みに耐えるのは得意だから。

「…っ!や、なにそれ…っ」
「ごめん、まだ冷たかった?」
ぬるりと何かを塗りこまれて、慌ててザックスに問うと、彼は何か液体を手に垂らしている。
そうして、それを彼の手の平で温めてから、またクラウドの後肛に手を伸ばした。
「甘い匂い……。」
「クラウドが好きそうな香りだなと思って。一応、一番肌に優しそうなやつにしたんだけど、気にいった?」
「……これ、なに?」
「ローション、だろ?」
「きゃあ!」
ザックスの中指が、何の抵抗もなしにその中心へとぬるりと入り込んでしまい、クラウドは慌てた。
あまりにあっけなく入ってしまったから、逆に覚悟が出来ていなかったのだ。
本来、指一本だって、ねじ込まれるのは激痛を伴うはずなのに。

「うそ、ゆび、はいっちゃった…」
「…こういうの、使ったことない?」
「ない…」
「……………あいつ、マジでぶっ殺したい。」
「あ、あっ…やっ、」

ヌチュヌチュと濡れた音を立てながら、ザックスの指が出入りしていく。
こんな風に指で探られたことなどなかったから、彼の意図がわからない。
彼のボクサーパンツを押し上げているそれを、早々にねじ込んで達してしまえば、ザックスの体は楽になれるのに。
どうして、まだ入れようとしないんだろう。

「ざっくす、どうして…いれない、の」
「だって、まだ慣らしたりないだろ。傷つけちまう。」
「…………ざっくす、あっ、あん…っ!」
ザックスの額から汗が流れ落ちて、それがクラウドの鎖骨を濡らしていく。
それは今、他でもなくクラウドのために彼が耐えてくれている証拠であって、その事実にたまらなく煽られてしまう。




もう、痛くてもいい。壊されてもいい。なんでもいいから、このひとに奪ってほしい。
この世界一優しいひとに、自分の持つ全てをあげたい。
それがちっぽけでつまらないものでも、他の男に脚を開いた汚れた体であっても、それしか持っていないから、せめて。

「おねがい…いれて…!」
他に誘う術を知らなくて、ただ泣きながら、愛しいひとにしがみ付いた。
「クラ……ッ!」
クラウドの名前を、一度だけ呼ぶ。
そしてさっきまであれほど饒舌だったザックスは、もう言葉を失ったように黙した。
違う――そうじゃない、

「う……っ!んんんっ!ん――っ!」
「…っ、く………っ、」
ザックスも、耐えているのだ。
歯を必死で食いしばって、耐えている。
ようやく愛するひとと繋がることが出来た、この幸福の激流に。


ズ…ズプン!!!


「んあっ!!あ、ぁ、あ…っ、」
「い、痛い…か?クラ……」
「……………おなか、くるしい、けど……いたく、ない。」
「良かった…このまま、慣れるまで、ちょっと待とうな。」
ハッ、ハッと短く呼吸をするザックスは、まるで餌を前に「待て」をしている肉食獣のようだ。
けれどこの優しい肉食獣は、クラウドがよしと言わなければ、きっと自分が飢え死のうとも食べようとはしない。

「こら…、なに、考えてんだよっ」
正直、まだ凄まじい圧迫感に息もうまく出来ないけれど。
でも、ザックスが少しでも気持ちよくなるようにと、自分の腰をゆらゆらと動かした。
ヌプ、ヌプ、と結合部から音が鳴る。滑りはかなりよく、内部の膜が引きつられるような痛みはない。
おそらくはザックスの陰茎にも、大量のローションを塗ってくれたようだった。

「ざっくすに、きもち、よくなって…ほしい、からっ、」
「ば、ばか…!違うって、俺がおまえに、気持ちよくなってほしいの…っ!」
ザックスは、そう言ってくれるけれど。
痛みを抑えることが出来ても、受け入れる側の男が、挿入で快感を得るのはやはり無理なことだ。
だって、本来ここは性行為で使うべき場所じゃない。
あくまで女性の膣に見立てた、セックスの真似事であって――
「……ごめん!少し、動く、」
耐えきれない、というように。ザックスが一度だけ、腰を揺らした。


「あ…っ?!」


一度、たった一度、ザックスが腰を動かしただけだ。
それなのに、ザックスの大きく膨らんだその陰茎が、ゆっくりと奥深くへと入り込んだ瞬間。
切なく甘い痺れが、全身を駆け巡った。
「なんだよこれ……っ、おまえ、マジで、すげえいいんだけど、」
「……な、に、これ…」
「クラも、気持ち良かった?」
「…だ、め、もう、突いちゃ……だめ、」
もう一度それを知ってしまったら、きっと気付いてしまう。
だから、もう動かないでと、涙ながらに懇願する。
けれど、このひとが――クラウドの気持ちいことを、止めてくれるはずはない。

ズ…
「ま、まって、」
ヌチュ、ヌチュ…
「ちょっと…っ、まって、ん、んん、」
ズプ!ズプ!ズプ!
「や…!やめ…っやめて!」
「俺に必死に抱きついてくれて、やめろって。もっと突いてほしいって、強請ってるようにしか見えないけど?」
「いや……っおなか、へんになっちゃ……っ!おく、おしちゃ、だめ……っ!!!」
「クラウドのお尻、すげえちっちゃいからさ。ほら、腹の奥の方まで、全部届いちゃってるよ。奥のとこぐりぐりされんの、そんなに気持ちいい?」
挿入時よりも、少し彼のペースを取り戻したらしいザックスは、また厭らしく甘い言葉でクラウドの羞恥と興奮を煽る。

「きもちい…、へんに、なっちゃう……ぐらい、」
「うん、俺も。俺も、おかしくなるぐらい、気持ちいいよ。」

ザックスが気持ちいいと言ってくれると、ザックスが感じてくれているのがわかると、それがたまらなく嬉しい。
どうか今、自分が感じている以上に。もっともっとザックスには、気持ちよくなっていてもらいたかった。
ザックスが望むこと、何でも叶えてあげたい――

「なあ、クラウド…聞いてもいい?」
「な…、に?」
ギシギシと激しく揺らしていたベッドの音が止み、代わりにチュ、チュ、とリップ音が部屋中に響く。
クラウドの涙や涎を舐め摂るように、ザックスはキスの雨を降らしていく。
キスをくれるのはすごく嬉しい。
嬉しいのだけど、でも、どうしてあんなに激しくしていたピストンを止めたのかと疑問に思う。
今だって、クラウドの肛に食い込んだままのそれは、これでもかというほどに猛っているというのに。

答えを求めるようにザックス瞳を覗きこむと、彼は優しく目を細めた。
いつもの、ザックスだ。その眼が、いつだってクラウドを宝物だと語っている――のに。
それなのに、この微かな違和感はなんだろう。
クラウドの大好きなその蒼い瞳の奥で、鋭い何かが、ぎらりと光った気がした。
ザックスの聞きたいこととは、いったい、





「俺と、隣の男と――どっちが好き?」





どうして、今更。そんなことを聞いてくるんだろう。
「な、に…?どうして、あっ!あっ!あん!」
いまだ挿入したままだった固く太いペニスを、腹の奥底に押し付けられて。
ザックスの問いに応えるまでこの甘い責め苦は終わらないのだと、彼は無言で伝えてくる。
「ざ、ざっくすが、すき…」
「じゃあ、俺のセックスと、あいつのセックス、どっちが気持ちいい?」
「あ!あん!はあん!ざ、ざっくす、のが…きもちいい…」
「じゃあ、俺のおちんちんと、あいつのそれ。どっちが大きい?」
「そ、そんなの…いえなっ!あ!あん!ざっくす…っ、ざっくすの、おちんちんのほうが、おっきい…っ」

もしかして、ザックスはクラウドを責めているのだろうか。
過去は変えらないけれど。それでも、この体を他の男で汚してしまったことを、やはり許してはくれないのか。
だから、こんな風にクラウドを言葉で罰しているのだろうか。辱めるために?苦しめるために?
(――違う。ザックスは、そんなことしない。)
「なあ、クラウド。教えて。」
酷く優しい口づけは、触れるのが恐いほどに愛おしいのだと、そう言っている。





「俺のこと……世界で一番、愛してる?」





もしかして、と思った。
ザックスは、愛の言葉を無理に聞きたい≠フではない。たぶん――





「……あいしてる。ザックスのこと、だれよりも愛してる!!」





もはや、泣きじゃくるようにそう告白すると、ザックスも泣きそうな顔で頷く。
そうして、小さく「ごめんな」と耳元で囁いた。





「俺も、愛してるよ。誰よりも――お前≠謔閧焉Aクラウドを愛してる。」





パン!
「んあ!」
「…っ、」
パン!パン!パン!
「あっ!すき、だいすき……ざっくす!ふぁあん!」
「うん、俺も…っすき、大好き…っ」
どこまでも貪欲に入り込んでくるザックスの熱に、もうどうしたらこの快楽の渦から逃れられるのかわからず、
ただひたすらに彼の名を――愛するただ一人の名を、呼んでいた。

「ざっくす、ざっくす、ざっくす…っ!!」
「クラウド…っ!!!」
パンパンパン!と激しい音を立てながら、執拗なほどに打ち付けられる腰。
絡み合う肉は、離れようとしても、繋がろうとしても、ただただ気持ち良くて。
幾度も幾度も、互いの体を貪った。

「もう、だめ…っ」
「俺も、もう無理、かも…っ、このまま、出していい?」

いったい、何を出すのだろう。
もうザックスに与えられる快楽に溺れるばかりで、何を問われているのかわからなかった。
ただ、何をされたってザックスならば構わないのだと、彼の逞しい腰に両足を絡ませる。
それを合図というように、ザックスに思い切り奥深くを押し上げられ――


ズンッ!!!


「きゃあんっ!!!」
「……っ!!!」


熱い――腹の中が、とにかく熱い。
愛するひとに、自分の体の最も深い場所で射精されたのだと知ると。
…どうしてか涙が溢れてきて、もう止められなかった。

「…あっ、…あ、あ、」
「……ふ、……っ」

ポタ、と雫が落ちてくる。汗だろうか、それとももしかして。
「ざっくす……ないてる、の?」
「泣いてないよ。」
嘘だとわかった。
慰めてあげるはずの手のひらは、けれど彼の頭を一度撫でただけで、もう力は入らなかった。




なあ――全部、聞こえてんだろ?




ザックスの声が、微かに聞こえる…ような気がする。
彼は、何と言っているのだろう。誰と話しているのだろう。
もう、よく聞こえない――…





クラウドは、俺のものだ。お前はそこで、死ぬほど後悔してろ。








********



…なんだか、左手の指先がくすぐったい。
もぞもぞと背後で動く人物に、いったい何をしているのだろうかと、黙って見守る。

「…メリークリスマス、クラウド。」
クラウドを起こさぬようにそっと囁かれたその言葉は、いつかの母を思わせる。
子守唄を謳うような、優しい祝福。
今すぐ振り向いて、このひとを抱きしめたい衝動に駆られるけれど、
背後にいるザックスが何をしようとしているのか理解して。そのまま大人しく、寝たふりを続けた。

シーツの上で。クラウドの左手薬指に、するりと何かが嵌められる。
カーテンから差し込む朝日が反射して、そのプラチナ・リングがきらりと輝いた。

「あれ…あれ?すげえ緩くない?なんで?!」
相当慌てているらしい。先ほどまで密めていた彼の声が、どんどん大きくなる。
「ふふ…っ、」
「へ…?」
我慢できなくて、思わず笑ってしまった。
ザックスの失敗に笑ったのではない。
彼の詰めの甘ささえも愛しくて仕方がない、そう思ってしまう自分が可笑しかったのだ。
「……たぶん、7号ぐらいだよ。」
「ぬあああ!!!起きてたの?!俺すごいかっこわりい!!」
後ろから抱きしめるようにしていたザックスは、大袈裟なほどに飛びのく。
が、狭いシングルベッドの上では、10センチ後ろがすでに行き止まりだ。

クラウドが振り返ると、まだ互いに裸であることを知る。
ザックスも全裸のまま、ベッドの上で尻もちをついている――つまりは、クラウドの眼前に全てが丸出しの状態だ。
呆れながら毛布をかけてやると、彼が目を瞬かせながら当然の疑問を口にする。

「でも、前は11号だった…」
「宝石店でサイズを測ったときは、少し指が腫れてたんだ。まさか俺に指輪を買ってくれるなんて、思わなかったから…あの時は言わなかったんだけど。」
「そうなの?!」
「左手の指三本、骨折してて。固定はずっと前に外れたんだけど、まだ完治してなかったんだ。」
「そう、だったのか…。」
「今はもう、なんともないよ。」
ザックスが眉を下げる。申し訳ない気持ちになって、素直に謝罪した。

「ザックス、言わなくてごめんね。せっかく高い指輪、」
「違うよ。指輪のサイズなんて、いつでも直せるからいいんだ。そうじゃなくて、おまえが怪我してたの気付かなかった自分が――情けねえなって。」
「…そんなこと、」
「本当俺、かっこわるいな…」
「そんなことない。」

ザックスは、クラウドにとってヒーローそのもの。
もしも、ザックスが隣に引っ越してこなければ、クラウドはいまだに202号室にいた。
痛い、悲しい、寂しい――そんな声にしない希求は、誰にも気づいてもらえぬまま、あの男と堕ちていたかもしれなかった。
気付いてくれたのは、ザックスだったから。
アパートの壁の向こう側で、言葉に出来なかったたすけて≠彼が拾ってくれたから。

「ザックスが、料理をするとき、掃除機をかけるとき、洗濯物を干すとき…下手くそな鼻歌を唄うだろ。呑気で、ちょっと馬鹿みたいに陽気なやつ。」
「え、なに、なんで急に俺の悪口?」
「そうじゃなくて。あれが、すごく好きだったんだ。」
「…………それって、いつの話、」
「最初から。……ああいう人を好きになりたいなって、本当は、最初からずっと思ってた。この壁が無ければ会えるのにって、いつも、馬鹿みたいなこと――」

あの日、202号室から助け出してくれただけじゃない。
出逢った日に、温かいコーヒーをくれただけじゃない。
もっと前から、それこそザックスがこのアパートにやってきたその日から、クラウドは彼に救われていた。
恋に堕ちたのは、きっと、彼よりもクラウドが先だった。





「助けてくれて、ありがとう…。」





サイズが合わなくても、きっと、一生外れない指輪。
だって、きっと何度この指から零れ落ちても、必ずザックスがはめ直してくれるから。








********



カン、カン、カン…!

ザックスを真似て、階段をふたつ飛ばしてみるけれど。もともとのリーチが違うので、かなりしんどい。
少し乱れた吐息が、新年の澄んだ空気を白くしていく。
一番上まで何とか昇りきると、そこには――
古びたトランクを引きずった、あの男が立っていた。

「よお…クラウド。」
優しい、というよりも。媚びるような嫌な呼び方だった。
かつての自分が、この声色に愛情を感じたのだとしたら、とんだ錯覚もいいところだ。
「………。」
話すことなど、何も無い。
頑なに黙したまま、男の前を通り過ぎようとすると。男がその高い上背を利用して、立ちはだかってくる。
「待ってくれ!ただ、最後にどうしても話したかったんだ。」
「……最後?」
そういえば、家賃滞納の為、男は昨年のうちにアパートを退去する予定だったと聞いている。
ギリギリまで粘った結果、今日こうして出ていくのだろう。

「お前には、酷いことしちまったよな?本当に、俺は最低だったと思う。でも、もう心を入れ替えたんだ…!」
必死に言い募る男の言葉を、やけに冷めた気持ちで聞いてしまうのは。
いくら世間知らずのクラウドであっても、そう易々と信じることは出来ないからだ。
激しい暴力の後、必ずと言っていいほど男は優しくしてくれた。
そうしてすぐにまた、酷く殴られ、辱められた。その繰り返しだったのだ。

「そう…、でも、もう俺には関係のないことだから。」

ただクラウドに謝罪をしたいというだけならば、もう引き下がっているはず。
けれど、彼がクラウドの歩を阻めるようにしてるからには、きっと、つまらない話の続きがあるのだろう。

「冷たくするなよ!お前、マジで綺麗になったよなあ…出逢った頃は、そういえばそんな顔だったなあって。あの頃は楽しかったじゃん?二人でバイクに乗ったりしてさあ、」
この男は、何を言っているのだろう。
いつも傷だらけで、顔が醜く腫れていたのは、他でもなく男の暴力のせいだ。
バイクに乗せてもらったこともない。大方、他の女との思い出を勘違いしているのだろう。
振り返ってみれば、男と過ごしてきた日々で、大切にしたい思い出などひとつもない。
ただ、毎日殴られて、辱められた――それだけ。

それに比べ、ザックスはどうだろう。
彼とはまだ、一緒に住んでひと月程度だというのに、もう数えきれないほどの思い出がある。
それこそ毎日、いや一分一秒が、大切な記憶といえるぐらい。

「…最近、毎晩あいつとヤってんじゃん?すげえエッチな声で喘いでさぁ…本当たまんねえよ。ぶっちゃけお前の声で抜いてる。てっきりお前は、不感症なんだと思ってたのによ。」

男はにやりと嫌な笑みをうかべて、クラウドの腰に腕をまわしてくる。
あまりに不快で、とっさに振り払った。
いったいこの男のどこに魅かれていたのか、欠片も思い出せない。
もはや生理的に受け付けないほどに、気味が悪かった。

「なあクラウド。これからは、俺ももっと優しくするからさ。だからまた俺とやりなお」
「アンタとは、本物じゃなかったんだ。」
友情も、恋愛も、セックスも。全部全部、本当のそれじゃなかった。
本物≠ェどんなものなのか、ザックスが教えてくれた今――いかに過去がまがい物だったか、クラウドにはよくわかる。





「――じゃあ俺が、その本物ってやつを壊してやるよ。」





「え?」
交わそうとした時には、もう手遅れだった。
鉄筋の階段に向かって、勢いよく鳩尾を蹴り飛ばされる。
階段から、足が離れる――このままだと、後頭部から三メートルの高さを落下してしまう。




死ぬ、かも、




「俺が、おまえを落すわけねえだろ?」
階段の途中で、クラウドの体を全身で抱き止めてくれたのは――当然、ザックスだ。
「スヌード忘れたって言って、戻ってこねえからさ。心配で。」
「…あ、りがとう……」
乱暴な男だとは思っていたけれど。 まさかこんな、命に関わるような仕打ちをされるとは思わなかった。
恐怖に体が震える。
「言ったよな?今度こいつに手を出したらどうなるか。」
「うるっせえんだよ!ヒーローぶりやがって!!」

廊下に置かれていた消火器を手にすると、あろうことか男はそれでザックスに殴りかかろうとする。
「クラウド、下がってろ。」
クラウドを庇うため、あえて相手の凶器を受けるつもりなのか、ザックスは右手を前に構える。
ザックスが、怪我をしてしまう――
それを目の前にしたとき、考えるより先に、ごく自然に。


ザックスより一歩前に、踏み出していた。


「おい!クラウド!!」
不思議と恐怖はなかった。
このひとを護りたいと思うと、それだけでもう、手足の震えは治まる。弱い心に、力が湧いてくる。
だから――


ゴキンッ!!!


「ぬおおおおおおっ!!!」
「ク、ラウド…さん?マジで?」
クラウドの足が、これ以上ないほど素晴らしい場所へヒットする。
男は白目をむき、その表現しがたいほどの激痛に地面をのた打ち回った。
それも当然――クラウドが容赦なく蹴り上げたのは、男の急所。すなわち、股間だ。



「俺のザックスに触るな。…この下衆野郎。」



冷たく言い捨てれば、男は涙を流して苦痛に悶えながらも、こくこくと死にもの狂いで頷いた。
先ほどまで拳を握っていたザックスは、クラウドの想定外の暴挙に意を削がれたのか。
男には同情こそしなかったけれど、しかし、自身の股間をそっとさすっていた。





********




「なんか、俺たちってすげえ注目集めてない?悪目立ちしてる気がする。」
「ザックスの買ってきたブーツが、三人お揃いだからでしょ。」
「いやいやいや。それを言うなら、エアリスのスヌードが三人同じのつけてるからだろ。」
「…俺は、どっちもすごく気にいっているけど。」
「クラウド!俺もすげえ気にいってる!」「私も超お気に入り!」

元旦の初詣にやってきた神社で、参拝の順番待ちをしている時も。やはり、二人はとても賑やかだ。
長い待ち時間で、疲れた顔を隠せない家族連れや、喧嘩を始めるカップルもいる中。ここの空間だけは笑顔が絶えない。
ザックスが笑うから、エアリスが笑うから、どうしたってクラウドも笑ってしまう。

「俺の今年の抱負は〜え〜ゴホン、ゴホン、家内安全!無病息災!」
「ザックス、わりと本気で言ってるでしょそれ。」
「当たり前だろ!クラウドの安全と健康、それが俺にとって一番の願いだもんね。」
「それで、クラウドの抱負は?」
「エアリス!ノーコメントも辛い!!」
いつもの二人の掛け合いに笑いを堪えきれず、目尻の涙を拭いていると、エアリスに問われた。

今年の抱負――

「バイトが決まったんだ。それで、真面目に働いて、お金をためて、勉強もして…」
ザックスは、許してくれるだろうか。
うんうん、と頷くザックスの笑顔を正面で受け止めながら、少し躊躇する。
「それでね、二人には…とくにザックスには、お金いっぱい借りてるし、今も面倒を見てもらってて、そういうの返すの遅くなっちゃうんだけど、」
微かな不安が胸を燻ったけれど。でも、ザックスならきっと、いや必ず――頷いてくれる。
「そんなの返さなくていい。好きでやってんだから。それより、稼いだ金は自分のために使えばいいんだよ。」
思った通り、ザックスは優しい。今はそれに甘えてしまうけれど、でもいつかは。

「それで、お金を稼ぐには、何か目標があるってこと?欲しいものがあるとか?」
エアリスが、嬉しそうに尋ねてくる。
――自分の幸せを、祈ってくれる誰かがいること。
「欲しいものあるなら、俺に言ってよ!クラのためなら何だって買ってやるし!」
ザックスが、すぐに甘やかそうとする。
――自分の幸せを、ともに実現しようとしてくれる誰かがいること。




ひととの縁は、なんて素敵なことだろう。なんて、生きてく力になることだろう。




「俺――大学に、復学したいんだ。…入学してすぐ、辞めちゃったから。」
夢を語るときに、下を向いてはいけない。決して俯かずに、二人を真っ直ぐに見据える。
「素敵!」そう、すぐにエアリスが賛同してくれた。
ザックスが、「もっと早く言ってよ!」と嬉しそうに髪を掻き混ぜてくる。

「どこの大学?なんの勉強してたの?」
「K大の…」
「わあ!あの国立大学じゃない!クラウドってやっぱり、すごく頭いいんだ!」
「法学部」
「―――え、」
ザックスが、目を見開いた。

いつからか、自分には無理だと投げ出していた夢。
自分なんかが叶えられるわけがないと、いつも下を向いて生きてきた。
どこかに落としたたまま、もう自分では見つけられなかった「自分の価値」。
それを、このひとが、拾ってくれたから。



殴られていいわけがない。おまえみたいな子は、抱きしめられて当然だ
ザックスの言葉は、いつもクラウドの背中を押す――…




「5歳の時から、ずっと、弁護士になるのが夢だった。」




母が、父の暴力を受けて亡くなったあの日から。
母のように暴力から逃げるひとを、救いたかった。
あるいはもしかすると――父のように暴力に逃げてしまったひとを、なんとかして止めたかったのかもしれない。

「あのね、…すごく難しいってわかってるし。やっぱり俺なんかじゃ……叶えられないかもしれないけど、」
雲を掴むような、星を追いかけるような、遠い遠い夢。
俯かないと決めたけど、努力をする覚悟はあるけれど、それでもやっぱり実現出来るとはいえない。
神様でもない限り、未来を知る由はない。たぶん、誰にも、




「叶うさ。」




誰も知らぬ未来を、まるで彼は知っているかのように。
慰めや励ましとは違う、力強い肯定だった。

「夢を叶えるのに、必要なことは3つだ。」
神様じゃない――
それなのに、ザックスの言葉は何よりも信じられる。そんな気がする。
「ひとつは、健康であること。これは今から神様に頼むから問題なし!ふたつ、強く願うこと。これはエアリスが一緒に願ってくれるから百人力!」
「…三つめは?」
かなり強引なザックスの理論は、あまりに彼らしい。
斜め遥か上空をいく彼の言葉は、いつも突飛でいい加減な発想なようだけれど、彼は至って大真面目だ。
そしてその実、真理をついている。





「夢を一緒に追いかける、最高のパートナーがいること!」





もちろん、俺以外は認めない――
神前でそう宣言されてしまえば、クラウドの未来はもう、決まっている。

幸せになることが、決まっている。

ザックスとクラウドは二人同時に、鐘楼の鈴縄に手にかける。
互いの指に煌めくのは、生涯の愛と献身を形にした、誓いのリング。
「せーの」というエアリスの合図とともに、二人は思い切り、鐘の音を響かせた。








(2017.01.03 C-brand/ MOCOCO)
完結です。きっとこの後クラウドは大学に通いながら(絶対ザックスが学費出すと言い張る)、
ザックスの弁護士事務所でアルバイトをしつつ(バイトするなら自分の事務所でとザックスは言い張る)、
念願叶って司法試験に合格。
そして二人で何でも屋…じゃなかった何でも相談できる弁護士として、弱きひとの力になるんだろうな。

原作迷子な現パロでしたが、最後までお付き合いくださった方、本当にありがとうございました


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