C-brand

 

 


 

 

 



 

 

、はじめました。

 

 

  

【 ご 注 意 】

*ザックスが年上リーマン、クラウドが大学生かつコンビニのアルバイト店員という現代パラレルです。

*コメディのような、シリアスのような…なるべく明るく書きたいのですが、内容はわりと辛いかも。

後半かなり露骨なR18、かつクラウドが可哀想な状況に陥りますのでご注意ください。

 

 

「トモダチになってください。」

それは、ファミチキひとつくださいのノリで。

 

【前編】

 

 

「クラウド君、もう上がっていいよ。」

「…でも。まだ9時になってません。」

「お客さんほとんどこないし、それにキミ、今試験中だろう。学生の本分は勉強だ。」

「…じゃあ、お言葉に甘えて。お先に失礼します。」

「ああ、気を付けてお帰り。」

 

人の良い店長は、クラウドの金色の髪をわしゃわしゃと撫でる。

まるで子供扱い――童顔であるとはいえ、現在19歳で来年には成人するクラウドにとって、

いささか不本意な扱いではあるけれど。

店長からすれば、実際クラウドなど子供でしかないのだと思い直す。

たしか、息子が一人いるのだと言っていたから、父親の年代なのかもしれない。

 

コンビニ店長――アンジール=ヒューレーは、クラウドの予想に反して実はまだ三十路なのだが、

その老け顔と根っからの翁魂故、従業員たちからは父親のように慕われている。

通称「みんなのオカン」である。

 

制服のシャツを脱いで更衣室から出ていくと、再び店長に呼び止められた。

「それと、クラウド君。」

「はい?」

「お友達に、外じゃなくて中で待つように言いなさい。これからますます寒くなるぞ。」

「…友達、なんかじゃありません。」

「はは、学生の本分は勉強と、それから、」

 

青春だよ。

 

そう言ってクリーム色の紙袋をずいと渡された。

その袋から立ち上る湯気と、柔らかい弾力から、中身が何かはおのずと予想できる。

店長の厚意というのかおせっかいというのか…それに礼を述べて店を後にする。

お馴染のメロディとともに自動ドアが開くとほぼ同時、

「クラウド!お疲れ様!!」

一台だけある公衆電話のすぐ横、そこで駐輪の邪魔にならぬよう縮こまっている人物は、

店長が思っているような関係――友人≠ネどではない。

 

「待っててほしいなんて頼んでないけど。」

「ひどい!冷たい!美人!」

美人は関係ない。そう思うけれども、クラウドも本気で邪険にしているわけではない。

だから、反論するかわりにクリーム色の袋を男に投げつけた。

「ぶわっ!お、怒るなって……、あれ、これすげえあったかい。何?」

「店長から、差入れ。それと、外で待つなって言ってたよ。ご近所に通報されたくないんじゃない。」

店長のことだ、きっとただの善意での提案だとは思うのだけど。

憎まれ口を聞いてしまうのは、ひとえにクラウドの性格故だ。

 

「マジか!目立たないように壁にくっついてたんだけどな…店長にもばれてたのか。」

素材の良さそうなスーツ、ボタンにカラーステッチが遊び心を感じるシャツに、ワンポイントのタイピン。

そして186pもある身長、長い手足、爽やかに流した黒髪。そして、浅黒く精悍な顔つき。

そんな黙っていても視線を集めるような容貌であるくせに、目立たないと思っているのか、この男は。

最近ではご近所の奥さまや会社帰りのOL、女子高生たちの間で専ら噂になっているようで、

コンビニの内外で黄色い声が聞こえるのも日常茶飯事ではないか。

 

噂とは――7番街のコンビニ、超イケメンリーマンなう≠ニいうやつである。

 

「うわーうまそう!冬はこれにつきるよな!」

店長から貰った肉マンとあんマンに目を輝かせる男は、そんな他人の声を知ってか知らずか。

人の好奇の視線になど少しも動じずにいるのだから、相当に鈍いのか。

それとも女性に騒がれることなど、慣れているのかもしれない。

「クラウドは肉マン派?あんマン派?」

「男は黙って肉マンだ。」

「うわっ、かっこいい!抱いて!」

などと軽いのりでおちゃらけながら、その紙袋から肉マンをひとつクラウドに手渡すと、

「熱いから気を付けてな」なんて気遣いの言葉までくれるのだから、相当なタラシである。

 

「クラウド、明日もシフト?」

「明日から試験期間だから…次のバイトは再来週の月曜から。」

「再来週月曜ね、了解。」

「別に待ってろなんて言ってないからな。」

「はいはい。」

 

この男、いったい歳はいくつなのだろう。

若い容姿をしているのに、上質なスーツのせいか、はたまたこの「大人の余裕」ともいえる

態度のせいか、実はクラウドよりもだいぶ年上なのではないかと予想している。

彼の白い歯であんマンに齧り付く際、手袋をとったその指先に――

指輪がない事実、それに少しだけ安堵した。

別に、何も期待などしていない。

再来週の月曜日に待っていても、待っていなくても、どうだっていいことだ。

だって二人は友達などではないし、彼の年齢だって知らないし、結婚しているかどうかも知らない。

赤の他人だから。

 

クラウドは彼の名前――ザックス=フェア≠ニいう名しか知らないのだから。

 

 

 

 

 


 

クラウドが生活費のためコンビニでバイトを始めたのは、数か月前、大学に進学したときのことだ。

シフトの調整がかなり自由で、試験期間などは休みもすんなりいれられ、

都会に立地するコンビニゆえ給料も相場といったところ。

何よりも店長であるアンジールの人間性のおかげで、これまで何の障害も悩みもなく

順調にバイトを続けてこられたのである。

学生の本分は勉強、というのが店長のモットーであるため、給与のよい夜間シフトに入れないのは

残念ではあるが、奨学生であるクラウドにとってたしかに勉学も大切だ。

勉強とアルバイト、どちらもバランスよく継続していくこと。それが目下クラウドの目標であって、

それ以外の学生らしい過ごし方――

たとえば「コンパ」とか「サークル」とかそういったものとは無縁の生活である。

 

同じアルバイト従業員には、よく「典型的な苦学生だな。悪い遊びを教えたくなるぞ。」と

からかわれることもあるが、大学での授業は充実していて別段不満などない。

卒業後社会に出て、望む企業に就職し、そして故郷で入院中の母に楽をさせてやりたい。

我が家の経済状況では、本来高校卒業後すぐにでも就職するべきだったのに、

「急いで大人にならなくていいの。勉強も遊びも、今しかできないことをやりなさい」と、

大学進学を勧めてくれたのは母だった。

都会での一人暮らしにはそれなりに入用で、母は予定していた手術を取りやめてまで

息子に自由と可能性を与えてくれたのだ。

「おまえ、いい子なんだな…お小遣いあげたくなるんだぞ、と」と涙を流したのは、

やはり同じアルバイト仲間であったが、フリーターにもらう施しなどいらんと突っ返している。

 

 

 

 

そんな質素だけれど平穏な生活の中で、「ザックス=フェア」と出逢ったのは。

冬の到来を感じはじめたとき、二か月ほど前のことだ。

「トモダチになってください!」

缶コーヒーをカウンターに持ってきたその男は、レジ打ちをしていたクラウドに向かって一言そう言った。

言われた意味がわからず、自分に言ったのかも判断できず…

相手の視線から逃げるように横を見やれば、店長アンジールがおでんを煮ていた。

「ああ、俺と友達になりたいのか」と空気の読めない店長は男に握手を求める。

「や、おっちゃんじゃなくて。こっちの子。」

それでもしっかり握手をしてしまうぐらいには、男も人が良いのかもしれない。

 

「いつもこの時間、バイト入ってるだろ?俺のマンション近いから会社帰りにいつも寄るんだけど、

すっげえ可愛いなって思ってて。おつり出す手が丁寧とか、小学生が持ってきたアイスの当たり棒

受け取るときの顔が優しくなるとか、あとばあちゃんに銀行どこって聞かれてわざわざ荷物持って

送ってあげたりとか…とにかく俺、そういうとこ見てずっと気になってて。」

「…そうですか、ありがとうございました―」

深々と60度のお辞儀、これはお礼ではなく「あの自動ドアからさっさと出ていけ二度とくんな」を

暗に意味するお辞儀である。

 

「俺!ザックス!ねえキミは?なんてーの?ストライフって、ラストネームだろ?」

名札を指差す男は、クラウドのブリザードが吹き荒れるような冷たい態度にも耐えることなく、

むしろ目を輝かせてそう続ける。まずい、もしかするとこいつMなのだろうか。

「この子はクラウド君、真面目で正義感が強くてとびきり可愛い大学1年生だ。」

「ちょっ!店長!」

「クラウド、ね!じゃあこれ、クラウドに差入れだから!」

そう言って、先ほど支払いをした温かい缶コーヒーを置いて去って行った。

レシートの裏に、彼の電話番号とメアドと思しきものを書き残して。

 

 

 

 

 


 

「あれから2か月は経つのにさあ…クラウド、電話もメールもくれないし。」

「あのレシート、棄てたし。」

「えっ!マジで?!」

「不要レシート入れにぶちこんだ。」

「ひどい!冷たい!でも美人!」

本気なのか冗談なのかわからないが、ザックスは涙目になっている。

「だってあのときは、気持ち悪いストーカーのホモ野郎かと思ってたし。そういう奴よくくるし。」

「え、俺以外にも?!」

そう、あんな風にレジ打ち中にアプローチされたのは、別にザックスが初めてではない。

以前にも45人ほどあったのだ。

何故か女性ではなく、男性ばかり――であったから、自分の顔がいわゆる「男受け」するのだと

19年間生きてきて初めて気づいてしまった悲しい現実である。

 

「くっそ、クラウドにストーカーとかマジで許せねえ…」

「自分は何だと思ってんの。」

「俺はクラウドのトモダチ。あるいはナイト。恋の奴隷ともいう。」

「って思い込んでる人のこと、ストーカーっていうんだよ。」

「ひどい!冷たい!でも好き!」

好き、おふざけの延長のように発せられたその言葉に、クラウドの耳が一気に熱を持った。

 

 

 

「……好きだよ。」

 

 

 

繰り返されるバリトンの囁き、見つめてくるザックスの優しい瞳、こぼれる白い息――

それにどう返したらいいのかわからなくて、もう数メートル先に見えてきた三角屋根のアパートへ、

自分の住まいへと走って逃げだした。

ドアを閉めたその後で、少し後悔する。

明日からテスト期間、数日会えないのだから、こんな別れ方をすべきじゃなかった。

窓の外から表を除けば、ザックスが遠くの角を曲がっていくのが見えた。

たしかここからそう遠くないと言っていた彼のマンション――けれども、正確な場所をクラウドは知らない。

もしも追いかけて言って、姿が見つからなければどうしようもないし、もしも見つけたとしても。

 

…誰かと、住んでいるかもしれない。

 

あのとき、レシートを捨てたりしなければ、「さっきはごめん」でも「気をつけて帰って」でも、

何かしらのメッセージを送ることができたのに。

 

カーテンを閉めて床に座り込むと、目の前に積んである本の「要塞」めいたものが目に入った。

レポート課題や試験勉強のため、昨夜も深夜まで勉強していたのだ。けれど、

(あれ…こんなに綺麗に積んでたっけ…)

そのときなんとなく感じた違和感、それの正体に気付くことは出来なかった。そのときは、まだ。

 

 

 

 

 


 

そういえば、生活の中で小さな違和感を覚えたのは、ザックスと出逢った2か月前頃だったと思う。

たとえば、郵便物…公共料金の明細や母からの手紙が届かなかったり。

干していた洗濯物が、風のせいか野良猫の仕業か、無くなっていたり。

アルバイトの帰り道で、後ろから足音がついてきたり。

外に居ても、家の中に居ても、風呂場や便所に居ても――視線を感じることがあったり。

 

「どこが小さな違和感だ?!警察に行けよ!お前それ、」

「だって気のせいかもしれないし。」

「実際、パンツ盗まれてんだろ?!」

「数日たつと、ベランダに戻ってくることもある。気持ち悪いから捨てたけど。」

「あったりめえだ!それ絶対、どっかの変態がお前のパンツに自分のイチモツこすり付けて

俺の精液まみれのこのパンツ履いてほしいなーってご丁寧に返してきたんだぞ、と!」

「なにそれキモイ。ストーカーじゃん。」

「だから、ストーカーだって言ってるんだぞ!」

 

クラウドは立派な男であるのに、加害者は男だと決めつけているアルバイト仲間のレノには

少し怒りを覚える。けれども、女よりも男にもてるのは事実、それに何よりもその返ってきたパンツは

異臭がしてしかもカピカピになっていたから、おそらくは大方レノの予想通りなのだろう。

 

「おまえ、男にモテモテだもんな。」

「うるさい鼻に割り箸つっこむぞ。」

「中身は男の中の男っていうか…男には厳しいけど女子供に優しいし、

喧嘩っぱやくて口より先に手が出るし、おでんひとつ煮れないんだけどな。」

「男は台所に立たない生き物だ。」

「や、おでん煮るのも俺たちの仕事だから!」

 

試験が終わり、およそ二週間ぶりのアルバイト。

勤務時間中は無駄口を叩くまいとしているのだが、悪天候のせいか客入りが皆無といってよい。

あまりの退屈さに、横から話しかけてくるちゃらいフリーターの雑談の相手をついしてしまった。

 

 

「ザックスだっけ、あいつは大丈夫なのか?」

「大丈夫って、なにが。」

「だから、あいつがその犯人ってことはないのかって。あいつ、お前にいきなりレジで告白して、

それから毎日お前の帰宅待ち伏せて、家まで付いてくるんだろ。

それだけで立派なストーカー行為だぞ、と。」

「ザックスはストーカーじゃない。」

「顔がいいからって、信用しないほうがいい。ストーカーが不細工のキモオタとは限らないんだぞ、と。」

「たしかに変人だけど、そういうことするやつじゃない…。」

「お前、あいつの何を知ってるんだ。なんの素性も知らないくせに、」

「知らない、けど………でも、」

「でも?」

 

「トモダチ、だもん。」

 

窓ガラスの向こうに視線をやれば、電話ボックスの隣に見覚えのある黒髪が見えた。

中で待っていいと言ったのに。いくら屋根になっているとはいえ、酷い雨なのに。

「時間になったから、俺もうあがる。お疲れでした。」

「あっ、まだ話は……っていうか、またあいつと帰るのかよ。いいかクラウド、男はみんな狼なんだぞ、

覚えておけよ、と」

「狼?ただの犬だよ。…ザックスは。」

それも、雨の日も風の日も、主人の帰りを健気に待つ忠犬だ。けっして利口ではないけれど。

 

大慌てでポロシャツを脱いで、コートを着込み、ボディバックを背負う。

慌てていたせいで傘を更衣室に置いてきたしまったことに気付いたけれど、

引き返す時間ももったいなくてそのまま自動ドアから出て行った。

男の持っている大きな傘に、ついでに入れてもらえばいいのだ。

「ごめん、ザックス。待った?」

「え?………いや、全然。さっき来たばっかだし。」

驚いたような彼の表情に、クラウドは自身の発言の愚かさに気付いた。

「待った?」だなんて、別に約束しているわけじゃないのに。いったい何を言っているのだろう。

 

でも、雨が氷に変わって、かじかむような酷い寒さの中――クラウドを待っていてくれたことが、

純粋に嬉しかった。もしかすると、もう来ないかもしれないと思っていたのだ。

最後に会ったときは、あんな別れ方をして気まずい思いをしただろうし。

…二週間も経てば、ひとの気持ちなど変わるかもしれないし。

 

「…おいで。送るよ。」

恥ずかしくてマフラーに顔を埋めるクラウドを、ザックスは酷く優しい声と、そして優しい手の力で

そっと引き寄せた。そうして当然のようにクラウドの方へと傘を傾けると、大切そうに肩を支えたまま

ゆっくりと歩き出す。

いつだってザックスは、クラウドの歩幅に合わせるように。その長い足でゆっくりと歩くのだ。

 

「別に、頼んでないし。」

「そっか。」

「そもそも、俺は女じゃないし。送るとか必要ないし。」

「そっか。」

「でも、でも………迷惑、とか思ってるわけじゃない、から。」

「…そっか。」

なんて拙い言い方だろう。もう少し素直に、そしてスマートに気持ちを伝えられたらいいのに。

 

情けなさに俯くと、ザックスの綺麗に磨かれた革靴やアイロンの通ったスラックスが、

降りしきる雨で濡れてしまっているのが目に入る。

どうして、ザックスは毎日クラウドに会いにきてくれるのだろう。

クラウドのアパートにつくまでの20分間、雑談をしながら並んで歩いて、家まで送り届ければ

去っていく。たったそれだけのために、どうしてその靴や衣服を汚してまで。

 

期待する答えはあるけれど、それに期待しすぎるのは恐ろしい。

だって彼のことは名前以外何も知らないし、気まぐれに興味を持っているだけかもしれないし、

一見オープンに見えて、実は自分のことはほとんど語らないミステリアスな一面があるし、

もしかするとまったく別の目的があってのことかもしれないし――

好きだよ

けれど、2週間前に紡がれたその言葉に、どうしたって期待してしまう。

あの言葉が真摯で熱のこもった告白に思えてしまうのは、

クラウドが恋愛経験のない子どもだからだろうか。

 

「クラウド。玄関のドア閉めたら、すぐ戸締りするんだぞ。二階だって窓に鍵かけること。」

アパートの質素なエントランスで、まるで心配性な母親のようにそう繰り返す。

どうして、こんなに親切にしてくれるんだろう。誰にでもそうなのか、それとも。

「………散らかってるけど、」

「ん?」

「部屋、汚いけど…あがっていく?」

お茶ぐらい出す。

そう、そっけない態度で誘うのが精いっぱいだった。

こんな拙い誘い文句ひとつで、全身に熱を帯びていくのがわかる。凍りつくような寒さだというのに。

 

 

 

「いや、やめとく。」

 

 

 

短く、軽く、けれどクラウドにとっては鉛のように重く刃のように鋭利な、拒絶の言葉。

指先が震えていく。雨のせいでも寒さのせいでもない。

「そ、う…」

言葉まで震えてしまって、もう、一秒でも早く彼の前から去りたかった。

恥ずかしい、情けない、みっともない――ありえないことを期待していた自分が、あまりに惨めだ。

 

 

「もっと、警戒心持てよ。知らない男を、部屋に入れるもんじゃない。」

 

 

穏やかな口調だったけれど。

その言葉の意味は、少し責めるようなものだった。

「…なんだよ、それ。ザックスは知らないひとじゃ、ない…」

 

 

「オマエ、俺の何を知ってるんだよ。」

 

 

――あいつの何を知ってるんだ

レノの言葉が、ザックスの言葉が、幾度も幾度もリフレインする。

何を知っているか、なんて。何も知らない。けれど、

「知らないから、知りたいって…思っちゃだめなの。」

「え?」

「からかってるだけなら、もういい!二度とくるな!」

「ま、待ってクラウド…違くて、俺はただ、」

 

一秒でもはやく去りたい。泣顔なんて、惨めなものを晒す前に。

二階への階段をいっきに登り切り、そのまま自室へと逃げ込んだ。

「ハア、ハア、ハア…っ」

階段を駆け上ったからか、感情的なったからか、呼吸が息苦しい。動機が止まらない。

窓の外には、歩き出した彼の後ろ姿が見えた。

窓に打ち付ける激しい雨と、止まらぬ涙のせいでその姿は次第に歪んでいった。

 

(なにか…手が、おかしい…?)

この感触、臭い、どうしようもなく嫌な予感がする。

 

ピカッ!

 

唸るような雷鳴とともに光った空が、クラウドの闇に包まれた部屋を一瞬だけ照らす。

「ひっ…!」

クラウドの右手には、どろりとした粘液――。

それは何者かが部屋のドアノブに残していった、狂ったメッセージであった。

 

 

 

 

 

 


 

「クラウド君、もうあがっていいよ。」

「でも…まだ時間よりだいぶ早いですけど。」

もう試験期間ではない。

いくら外は雪が降っているから客入りがないとはいえ、まだ深夜勤務の交代も来ていないのだ。

「最近、変質者が出るらしいらしいからな…少しでも早く帰った方がいい。」

「変質者?」

「被害にあったものはいないらしいが。近所のひとが怪しい男の姿を見て、通報したらしい。」

それは、もしかすると彼だろうか。そう思ってガラス窓のむこうを見るけれど、その姿はない。

 

あの雨の日。あれから、ザックスはこなくなった。

仕事なのか、彼女とデートなのか、もうクラウドになぞ興味が失せたということなのか――

あのとき降っていた雨が雪に変わり、一週間たった今でも姿を現すことはない。

「彼も…今日は迎えにこないんだろう?雪の日は人通りも少ないから、早くお帰り。」

「……今日、じゃなくて。もう二度と、こないと思いますよ。」

「そうか。それは……寂しいな。騒がしいが、面白い子だったのに。」

くしゃくしゃと髪を掻き混ぜてくるその指先は、いつもと同じようでいて微妙に優しい。

慰めようとしているのだろう。

帰り際におでんまで袋にいれてくれて、「あったかいもの食べれば、寂しい気持ちも楽になるぞ」

そう優しい言葉とともに受け取った。

 

いつもより20分は早くあがったから、家に帰ったらおでんを食べて、ゆっくり風呂に入って。

そうして提出はまだ先だけれどもレポートを進めておこうか。

帰り道、雪を踏みしめながら、この後の予定を脳内でとりとめなく考えていた。その時だった。

 

「こんな夜道に、一人歩きは危険ですよ。」

 

人通りも街灯も少ない並木道で、スーツ姿の男とすれ違った。

突如かけられた言葉、その背恰好、「もしかして」と一瞬クラウドは期待した。

「とくに、キミのような可愛い子は。僕が家まで送りましょう。」

「……結構です。」

高い上背も、スーツを着たシルエットも、低めの声も似てはいるけれど。

それは、クラウドが望んでいる男などではなかった。全くの別人である。

 

「そう言わずに。最近、ここらで変質者が出ると噂なんですよ。」

「そうですか、ご親切にどうも。でも俺、男なんで。」

街灯のない薄暗い道であるから、クラウドを女と勘違いしている可能性もある。

「だからこそ、ですよ。」

「…は?どういう意味…」

「なんでも、その男はコンビニで働く可愛い男の子を待っているらしくて。雪の中、何時間でも。

―――ちょうど邪魔者もいなくなったことだし、それって好都合じゃないですか。」

「……言ってる意味が、わからな…」

「男の穴の方が、女より締まるって言ってんだよ。」

ぞくり、とその男の笑顔に背筋が凍った。

 

「ねえ、邪魔者って誰のこと?」

 

クラウドへと伸ばされた男の手が、寸でのところで振り払われた。

背後から、抱きこむように体を引き寄せられ、その優しい力と淡い男の香りに目頭が熱くなった。

「雪の中ナンパとか、もっとTPOわきまえろよ。…また通報されんぞ。お前だろ、コンビニの前で

目撃されてる怪しいやつって。」

「…ふん、それは君じゃないのか。君もコンビニの前で、いつもその子の帰りを待っていたじゃないか。」

「なんで知ってんだよ。」

「僕はその子の恋人なんだ!その汚い手を離せ!このストーカー男が!」

「ストーカーはてめえだろうが!」

ザックスが男の腕を簡単に捻りあげれば、男は情けない悲鳴をあげる。

 

「は、はなせ…はなせえええ!」

「どうする?クラウド。このままへし折る?警察に突き出す?」

「……ううん、いい。消えろ、この変態。」

変な恨みを買っては困る。

クラウドはともかく、なんの関係もないザックスが逆恨みされてしまうようなことは避けたい。

だから、男を逃がすようにザックスに指示した。

ザックスが腕を放すと、男は雪に何度も躓きながら走り去っていった。

 

 

 

「クラウド。最近これなくて悪かった。」

「……待ってないし。約束、なんか、してなかったし。」

「そうだけど。でも、言い訳させて?」

指を握られ、そのまま優しく手をひかれる。雪で転ばぬよう、配慮してくれているのだろう。

並木道を抜ければ、三角屋根のクラウドのアパートが見える。

せっかくこうして会えたのに、手を、繋いでいるのに。タイムリミットはあまりに短い。

 

「今朝まで、出張に行ってたんだ。最後に会ったとき言おうと思ってたんだけど…オマエのこと

泣かしちまって、結局言えずじまいで。」

「泣いてない。」

あのとき、ザックスの前で涙など流していない。

「うん、でも、部屋で泣いただろ。それぐらいわかるよ。」

「…俺だって、わかるもん。」

「ん?」

 

「俺、ザックスのこと何も知らない。知らないけど、でも……ザックスは俺に酷いことはしない。

それぐらい、わかるもん…っ」

「クラウド…!」

抱き寄せられた力に抗うこともなく、その胸に顔を埋める。

「あのな?勘違いしないでほしいんだけど。俺、オマエのことからかってなんかない。

 軽い気持ちでもない。本気だから。本気で、オマエに恋してるから…」

「だったら、恥かかせんな!馬鹿!」

「怒るなって。」

よしよし、とまるで子供をあやすように、背をゆっくりと撫でられる。

 

「俺、マジでオマエにいかれてる…部屋になんかあがったら、絶対おまえに酷いことするってわかる。

好きだけど、大好きだから――大事にさせて?」

 

アパートのエントランスで、最後までクラウドの手を優しく引いてくれたザックスは、

名残惜しそうにそっとその手を離していく。

「えっと…その、まずは携帯番号から交換してください。」

照れくさそうに頭をかくザックスに、クラウドは思わず笑ってしまう。

「おい、笑うなよ。」

「…だって。なんでそんなに緊張してるの。童貞?」

「ちげーし!ってかクラウドがそういうこと言っちゃ駄目だし!」

ああ、やっぱり見た目どおり、恋愛経験は豊富なんだろうなと。

どうしようもないことだと思っているのに、そんな彼の過去にさえもちくりと胸は痛んでしまう。

 

 

 

「…童貞、じゃないけど――もう、オマエだけだから。」

 

 

 

番号とメールアドレス、それにラインの登録をすませると、ザックスは愛おしそうに画面をひと撫でした。

その仕草、無意識なのだとしたらそうとうたちが悪い。

 

 

 

「帰り道の、20分だけじゃ全然足りない。今度一日かけてデートしようぜ。それでもっと、」

――俺のこと知ってほしい。

あの甘すぎるバリトンの囁きとともに、頬にそっと唇を寄せてきた。

 

 

 

 

  

NOVEL top

C-brandMOCOCO (2014.01.20

という、夢で見た設定でした。夢ではコンビニじゃなくてお花屋さんだったけど。

スーツの大人ザックスが好きすぎて辛いです。

 

 

 

 


 

 

 

inserted by FC2 system