C-brand

 

 


 

 

 



 

 

、はじめました。

 

 

【 ご 注 意 】

*ザックスが年上リーマン、クラウドが大学生かつコンビニのアルバイト店員という現代パラレルです。

*ザックス視点です。少し男女のセクシャル要素を含みます。

*エロエロ詐欺をまたやってしまいました。次回こそ…!エロを叶えたまえシェンロン…!(←ジャンル違う)

 

 

幸せについて考えてみた。

 

そうしたら、君の名前しか出てこないんだ、

馬鹿のひとつ覚えみたいに。

 

 

epilogue 2

 

 

苦手なものがあった。

たとえば、「女の子の涙」。笑顔が素敵な子はいっぱいいるけれど、泣顔が可愛い子はいない。

そもそも泣いた時点で冷静に話し合うことは出来ないし、理由が何であれ泣かした男が悪者になる。

 

女の子と一夜を過ごし、そうして「一緒に朝を迎えること」。これも嫌だった。

男ってのは、出すもの出せば幾分利口になる生き物――

酒と夜間照明の効力で、靄がかかったように美化されていた相手が、酒と性欲の抜けた朝日の中では

「こんなもんだっけ?」と興ざめする、なんてことはざらにある。

ブラジャーをつける後ろ姿に余分な背肉がのっていたり、口内雑菌が心配な臭いがしたり、

化粧が剥げて顔の形状が変わっていたり…。

どれだけセクシーな女性でも、あるいは洗練された女性であっても、夜と朝とは大違い。

残念ながらザックスは、朝の彼女たちにときめいたことが一度もない。

 

加えて、腕枕を強請られること、次の約束を問われること、

もっと最悪なのは「貴方の部屋に連れていって」と更なる深い関係を求められること。

別に一夜限りの火遊びとか、やり捨てするつもりとか、そんな酷いことばかり考えているわけではないが、

性欲が解消された朝においては、どれをとっても面倒であるというのが男の本音であった。

 

誰かを縛るような趣味はないし、自分も縛られたくはない。

手作り弁当とか手編みのマフラーとか、ラブレターとか、そういう気持ち≠フ籠ったものが

苦手だったのも、誰にも本気になるつもりがなかったからかもしれない。

揃いで何かを持つ――(いずれゴミになるのに?)

スマホのホーム画面を互いの写真に設定する――(なにそれ、夢見悪いじゃん。)

ひとつのパジャマを二人で分け合う――(女は裸が一番興奮するでしょ。)

生活する空間をともにする。―――(…それだけは、絶対勘弁。)

 

どれだけ従順な女でも、逆に意思の強い凛とした女でも。

巨乳でもスレンダーでも。美人系でも可愛い系でも。ブロンドでもブルネットでも、それは同じだ。

彼女たちと一緒に暮らすことはできない。生涯を共にするなんて、絶対に誰とも出来ない。

それは自由や自我を大事にして生きてきたザックスにとって、ずっと変わらぬ人生のモットーであった。

女にはとびきり優しいのに、その実一人を選ぶことは絶対になく、

彼のプライベートを侵すことは不可能。

若い頃は「プレイボーイ」と呼ばれ、最近ではもっぱら「独身貴族」と呼ばれることも多くなった。

 

 

 

それがこれまでの、ザックス=フェアという男である。

…ただしそれは、「彼」と出逢うまでの。

 

 

 

 

 


 

 

 

「おーい、クラ。起きろって。もう昼だぞ?」

「んん…っ、まだ、ねるの…」

「だーめ、俺が寂しいだろ?起きろって。起きないならチューしちゃうぞ?」

 

日曜の、長閑な昼さがり。二人とも仕事も学校もないのだから、貴重な一日といえる。

ザックスの濃紺のパジャマを着て、ベッドに沈むクラウドの姿。

昨夜おやすみと言って口づけを交わした時もそれは可愛かったけれど、

日の光を浴びている今は、更に非現実的なぐらい、煌めきをまとって美しい。

天使みたい?いやいや、天使も裸足で逃げ出すほどに可愛いのだ。

1時間ほど前から起きろと言っているのに(しかし可哀想で強く言えない)、

惰眠を続けるその姿さえ愛しくて。

桜色の美味しそうな唇をそっと舐めてみれば、花のような甘い香りが香った。

ハミガキのフルーツミントだろうか。それにしても甘い。

 

唇を啄んでみても起きる気配はいっこうにないので、もう少し寝かしてやることにする。

腹も減っているので、一緒に遅い朝食をとりたいのだが、結局のところこの子の嫌がることは出来ない。

彼が顔を押し付けていた枕をそっと抜き取ると、少し強引に自分の腕を滑り込ませた。

「…まくら、かたい……」

「そう?低反発腕枕、癖にならない?」

クラウドは、ザックスオリジナルの『筋肉腕枕』に不満を呈したものの。

二、三度頭の位置を移動させると、落ち着く場所を見つけたのかまた大人しくなった。

こういう、寝言で可愛くないことを言われるのもたまらない。

この前は、寝言で「バカザックス」と言われて思わず勃起した。あれの破壊力は異常だ。

 

彼の柔らかな髪を梳きながら、自身の携帯チェックをする。

これまで半端で薄情な関係を築いていた女性達とは、全て縁を切った。不要なアドレスも削除した。

一日何件も受信していたメールやラインも、今はだいぶ減っている。

現在ザックスの連絡相手は専ら、職場か、友人のカンセルか、そして最愛の恋人か――

そして最近スマホデビューしたのだという故郷の母ぐらいである。

 

つい先日、それこそ数年ぶりに故郷にいる母に電話をした。

別に用があったわけではなく、なんとなく声が聴きたくなっただけ。

クラウドが「ザックスってお母さん似なんだ。会ってみたいな。」と、ザックスの幼少時代の家族写真を

見て愛おしげに言ってくれたから――なんだか、自分まで家族が愛おしく感じたのだ。

電話のついでに、一緒に住み始めた相手がいることを報告すれば、母親はそれこそ大興奮し、

次の日にはスマートフォンを購入していた。そしてしきりに「彼女の写真を送ってくれ」と言ってくる。

そのしつこさに負けて、一枚、二人で映っている写真を送ってしまったのが悪かった。

それからというもの、「今度はクラウドちゃんだけで映ってる写真がいい」だの「寝顔が見たい」だの

「うなじを撮れ」とか「猫耳も似合うんじゃないか」などといった、マニアックで図々しい要求に

発展している。

 

近いうちに、実家に連れていってやりたい。

実は恋人が男だと知っても、ザックスの両親はそれほどショックを受けない気がする。

父親は優しさが取り柄のような大人しい男であるが、その器のでかさは息子として尊敬している。

そして母親に関しては、もはやザックスと瓜二つであるからわかる。

…間違いなく、彼女はクラウドに骨抜きになるだろう。

 

メールチェックを終えると、ホーム画面に思わず目を細めた。

クラウドの照れたような、怒ったような…そんな微妙な表情がすごく愛らしいその写真は、

ザックスのお気に入りで、彼には秘密でホーム画面に設定しているのだ。

クラウド本人にこの秘密がばれるのは時間の問題だと思うけれど、そこで恥ずかしいからやめろと

叱られるのさえも楽しみなのだから、自分は末期だと思う。

 

ベッドサイドのテーブルから、愛らしく太ったシャチのぬいぐるみを手に取る。

この部屋の鍵がついたそれは、ザックスのシャチで、クラウドのものは彼の枕元においてあった。

彼のシャチにも、勿論この部屋の合鍵がついている。

もしかすると、昨夜はそれを握りしめたまま眠ったのだろうか。

…そうだとしたら、なんて可愛いことをしてくれる。

初めての「お揃い」は、ザックスにとっても思った以上に嬉しくて、

同僚のカンセルには何度自慢したかわからない。

「うるせえバカップル」「リア充爆発しろ」「インポになりやがれ」とどんなにディスられても、気にしない。

二匹のシャチを仲良くベッドサイドテーブルに戻すと、腕の中の柔らかい金髪に顔を埋めた。

 

あと少しだけ寝かしてやって、彼が目覚めたら。

新鮮な野菜と濃厚チーズと厚切りベーコン、それにふわふわの卵を挟んだバニーノを焼いて。

ミルクをたっぷり入れたカフェオレもいれてあげる。

そうして、揃いのマグカップを買いに行くぞって、デートに誘おうか。

甘く、けれど清涼感のある髪の香りに包まれながら、午後の予定にザックスの心は弾んだ。

「あー、おれ、やばい幸せかも…。」

 

 

これまでザックスの人生で否定してきたものこそが、まさか幸せそのものだったなんて――

 

 

 

 

 

 


 

 

「――――おい。ちょっと待て。」

 

カンセルの抑止に、ザックスの箸も止まる。

社内のスカイラウンジで、見事な彩の手製そぼろ弁当を口にしながら、ザックスは眉を顰めた。

 

「ちょっとちょっとカンセル!ここからがクラウドの可愛いところなんだよ!あいつさ、マグカップ選ぶときに

青がいいとか言ってさ、青が好きなの?って聞いたら、真顔でううんザックスの瞳の色が好きだって

言うんだぜ。そんな口説き文句をさらっと言っちゃうとか、天然男殺しだよな、いや俺殺し?!

少女漫画にあるじゃん、あのトゥンク…!って効果音。俺マジあれ状態だったわ。

ああ、俺はもちろん水色のマグにしたよ。なんでってあいつの瞳の色が好きだからって…

おいカンセル言わせんな恥ずかしい!!でもさ、せっかく買ったのに、割っちゃったらどうしようって、

あいつあんまり使いたがらないんだ。大事にしてくれるのは嬉しいけど、やっぱり使いたいじゃん?

だからさ、もっとお揃い増やせばいいじゃんって、箸も茶碗もペアで買ったんだ。

あとは下着もお揃いがいいんだけど、俺の買ってるブランドってクラウドは規格外なんだよな。

あいつ自分はMだって言い張るんだけど、あのちっちぇえ尻でMなわけねえっつの。

おい、性癖の話じゃないぞ、サイズだよ!サイズの話!性癖はSに見せかけてベッドではMだったり…

そういうのも俺好きだ。むしろ萌えポイントだ。って違う違う、サイズだよ、サイズ。

S?いやSSかな?たぶんそうだな。あれだけ華奢なんだもんな。体重も軽すぎるし。

まあ羽が生えてんのかもしんねえけど。だからあんだけエアリーなの?いやむしろフェアリーなの?!

とにかくあのウエストの細さ、尻の可愛さは奇跡だよマジ俺好みすぎる、」

「うるせえ黙れって言ってんだ!」

 

カンセルが食していた豆乳バーを握りつぶして、その先がぼろっとテーブルに落っこちた。

「なんだよカンセル。俺の弁当わけてやろうか?おまえ給料前だからって、豆乳バーが昼飯って

いくらなんでもひもじいだろ。そりゃ腹も減ってイラつくって、」

「余計なお世話だ!つか、俺ダイエット中!コレステロール値が気になってんだよ最近。」

「マジか。オマエもすっかり親父だな〜。」

「おまえと同期だ馬鹿野郎。なんでおまえは腹筋割れてるし、そんな若作りなわけ。」

「そりゃいい恋してますから!!…って、なんでカンセルが俺の体のこと知ってるんだよ。恐いぞ。」

「秘書課のセクシー美女が言ってたらしいぞ。ザックスさんの逞しい腹筋にまた抱かれた〜いって。」

「…………すみません。」

 

来る者拒まず、去る者追わず。そんな過去の女性遍歴が、今は耳に痛い。

「まあいいや。今は、そういう話じゃなくてだな。おまえそれ、絶対おかしいだろ。」

「なにが?」

「一緒に住んでるんだろ?その子、クラウドって子と。」

「まあ、まだ数週間だけど。」

「尻まで見てる。むしろ尻の穴に指つっこんでる。」

「おいカンセル、想像したら殴るぞ。薬塗ってあげてるんだから、そんなん当たり前だろ。」

「その子、怪我の調子はどうなんだ。」

「ほぼ完治。頬に、うっすら傷があるけど。いずれ消えると思う。」

「そんで、同じベッドで、抱きしめながら寝てると。」

「当然。あいつめっちゃいい匂いすんだもん、サイズ感もちょうどいいし。もう離せる気がしない。」

 

 

 

 

 

「で、なんでまだセックスしてないわけ?!おまえら順番おかしくね?」

 

 

 

 

 

思わず声を張り上げたカンセルの声に――正確には社内においてはタブーであるそのキーワードに――

他のテーブルにいた女子社員たちが騒ぎ出す。

「やだーあそこ、なんかエッチな話してる!」

「あの二人、いつもこの時間にいるよね。どっちもいいかんじじゃない?ねえどっちがいい?!」

「私、黒髪の方がいい!セクシーだし、絶対いいカラダしてるよ。脱がしてみたい。」

「私は乱暴に脱がされたーい!肉食でしょ、ああいうタイプは間違いなく。」

「えー栗毛の方もなんかインテリ眼鏡でいいかも。言葉攻めとか似合いそうじゃん。」

 

かしましい声で、なかなかなか過激なトークを繰り広げる女子社員に、

気まずい気持ちになってカンセルは咳払いをする。

カンセルは派手で積極的な女性よりも、控えめな大和撫子タイプを好む。

それなりに出世をして、それなりにモテるカンセルであるが、「最近の」若い女たちのあけっぴろげな

キャラクターはどうも苦手なのだ。まだ20代後半であるのに、古風な男かもしれない。

それに比べザックスは、女性に騒がれれば礼儀とばかりに、笑みを返したり手を振ったりしている。

 

「…俺、今。心底お前がインキンタムシになればいいと思ったわ。」

「ちょ!実はカンセル、俺のことそーとー嫌いだろ?!恐いこと言うのマジやめて!」

「俺も、恥ずかしがりやで健気で、仕事のストレス癒してくれるような――可愛い嫁さんが欲しい。」

「羨ましい?」

「正直、かなり。」

 

じゃあお裾分け、なんて言いながら。

スマホのホーム画面で恋人の写真を見せびらかしてくる男に、カンセルは溜息をついた。

「…そんだけ、大事にしてるってことか。」

どんな女性よりも、確かにカンセルの好みであるその天使のような親友の恋人に、

悔しいやら嬉しいやらで、複雑な心境だ。ただ、これだけはいえる。

柄にもなくもどかしい親友の恋愛を、きっと誰よりも応援しているということ。

 

「…どうかな。ただ、あいつに嫌われたくなくて、手が出せないのかも。情けねえ、」

「聞いてる限りじゃ、鬱陶しいぐらいラブラブじゃんおまえら。」

「そうだけど。やっぱ、恐い。」

「……そういうもん?」

 

 

 

「あいつの中に俺が入って、もしもちょっとでもあの男と俺がかぶったら―――

それって、セックスじゃないじゃん。レイプと変わんねえだろ?そんな可愛そうなこと、出来ねえよ。」

 

 

 

 

愛しているから触りたい。けれど、愛しているから触りたくないのだと。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

PM8:00

まだ半数以上の人間が残務にあたったり、休憩室で喫煙していたりする中で、

ザックスは自身のパソコンを閉じた。そしてデスク周りを片付けると、席を立つ。

クラウドのアルバイト先に迎えに行くようになってからは、無駄な残業はいっさいせず、

限られた時間で最高に効率の良い仕事をするよう意識している。

その代わり朝は1時間早く出社するようになったが、早起きは得意であるし、

早朝は電車もそれほど混んでいないから都合がいい。

 

周りに挨拶をしてオフィスを出る。

夜であっても、朝であっても、明るい笑顔で。それだけは、忘れないようにしている。

疲れた、しんどいという顔をするのは簡単、けれど出来る限り笑顔でいたい。難しいことではない。

そうすれば、周りも笑顔が増える。上司の眉間の皺はとれるし、部下の猫背も自然に伸びる。

そんな風に、ひとの細やかな表情や姿勢に、いい意味で機敏になったのは。

間違いなく、クラウドと出会えたからだと思う。

 

たとえば、隣に座る同僚の幸せを、普通に願うような――

たったそれだけのことを、彼と出会うまでは考えたこともなかったのだ。

人の幸せはおろか、自分の幸せにさえ興味がなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

7番線に電車が参ります。危ないですので黄色い線の内側まで…

 

いつもの電車に乗り込む直前、恋人に今から帰るという旨のメールをうつ。

住まいの駅までそれほどの距離ではない、もうすぐあの子に会える――

今朝会ったばかりなのに、毎日会っているのに、こんなにも恋しいのはどうしてだろう。

 

「マネージャー、お疲れ様です!」

そのとき、声をかけられた。

振り向くと秘書課の女性社員。知らない仲ではなかった。

彼女はすでに軽く飲んでいるのだろう、少し頬が紅潮している。

「コールマンさん、お疲れ。もう出来上がってる?うらやましいね。」

「もう、マネージャーったらつれない!前みたいに、キャシーって名前で呼んでくださいよ〜」

「今そういうの、セクハラだなんだって厳しいんだって。」

「同意ならセクハラじゃありませ〜んっ。エッチだって、同意だったから訴えなかったでしょ?」

「……キミ、酔いすぎ。」

 

彼女とは知らない仲ではない――そう、一度だけ、夜をともにしたことがある。

 

お互い本気ではなかった。

ザックスは母国に戻ってから一度も特定の恋人を作らなかったし、

そもそも彼女も恋人関係を望んだりはしなかった。

彼女は会社の執行役と不倫関係にあって、学生時代から付き合っている彼氏もいるらしい。

一度飲み会で、そんな類の暴露や愚痴を聞かされ、酔った勢いでのワンナイトラブに至った。

アドレス交換さえしていない。本当に、一晩限りの肉体関係だった。

 

二人、人に流されるようにして電車に乗り込む。

何か適当な言い訳をして、自分だけ一本電車を見送ればよかった。

そう後悔したのは、彼女が満員電車の中、甘えるようにすり寄ってきたからだ。

コートを着込んでいるが、下はかなりのミニスカート。

男を誘うような網タイツの脚が、ザックスの腿に絡められる。

…下半身を刺激するように、身体を押し付けながら。

そして、コートの間から見える胸をしきりに寄せながら、「酔っちゃった」「体が熱いの」と囁いてくる。

ザックスのシャツには、人混みに押されるのを理由に、彼女が遠慮なく頬を擦りつけてくるものだから。

ファンデーションや口紅の跡が派手に付いてもおかしくないだろう。

 

もしこの状況が、1年前の自分であったならば。

きっとこのまま、ホテル街で有名な駅で降りて、無意味な夜を過ごしたかもしれない。

…いつか、そうしてしまったように。

けれど、今はそんな願望は欠片もない。迷いもないし、僅かだって揺れたりはしなかった。

当たり前だ、これから愛する人を迎えに行って、二人手を繋いで同じ部屋に帰る。

今日は金曜日なのだから、少し夕飯は豪華にして―――

断られるかもしれないけれど、一緒に風呂に入らないかと誘ってみるのもいいかもしれない。

なんて、またカンセルに「順番おかしい」って批難されるかもしれないけれど。

 

「ねえ…次で降りない?」

上目遣いでそう強請る彼女に、そんな気は毛頭ないのだと首を横に振る。

さすがにこれだけの人混みであれば、身体を突き放すことは出来なかった。

「ごめん。俺、恋人いるから。そういうつもりはない。」

「恋人がいるから何?奥さんいたって、男は私と寝たがるわ。」

「…キミが、どんな恋愛しててもいいけど。俺は恋人を裏切らない。」

「じゃあ、私と恋人になればいいじゃない。体の相性、最高だったでしょ?今日なら安全日だから、

生でしてあげてもいいわよ。」

「――あのさ、ここ、公共の場。そういうの勘弁して。」

 

いくら酔っているとは言っても、満員電車で話す内容ではない。

そもそも、ザックスにその気はないのだから、下手をすれば逆セクハラか逆痴漢だろう。

 

しつこい女に辟易しながら、最寄りの駅まで我慢して、そのまま別れるつもりだった。

だが、ザックスが降車しようとすると、彼女も腕に引っ付いてくるではないか。

「離れて。」

人ごみが疎らになったホームの隅で、今度ははっきりと、強い口調で拒絶した。

それでも腕を放そうとしないので、強引に振り払う。

女性相手に良心は痛むが、これは暴力ではない。仕方のないことだろう。

1年前のことは、俺が悪かった。軽はずみに、無責任なことをしたと思ってる。

でも今はもう、俺はそういうことをキミと出来ない。愛してない相手とは寝ない。絶対に。」

 

「ばれなければいいじゃない。男は浮気する生き物だもの、絶対なんて、『絶対』ないわ。」

「あいつに隠し事して、後ろめたい思いして、そんなの耐え切れないし。そもそも、」

過去の自分の過ちが、全ての原因。彼女を批判すべきでない。それはわかっているけれど。

結局、クラウド以外にはどこまでも薄情で冷酷になれる自分は、きっと酷い人間なのだ。

 

 

「…アンタじゃ無理。勃たねえよ。」

 

 

女の平手が、ザックスの頬をうつ。

続けざまにブランドの鞄で、数回勢いよく殴られた。

いくらホームの隅とはいえ、帰宅ラッシュの時間帯、さぞや悪目立ちしていることだろう。

絵にかいたような「痴情のもつれ」だ。皆が好奇の視線を寄せている。

けれどこれで、彼女は気が済むはず。女性と別れる際は、ビンタと引き換えぐらいがちょうどいい。

ずるずると関係が長引くことがなくなり、後をひかないからだ。

 

「インポ男」とか「このクズチン」とか「包茎野郎しね」とか…

こんなことを言う女性だったかと、こちらが唖然とするほどの下品なスラングを並べ立てて、

女性はホームに入ってきた電車へと乗り込んでいった。

これは後でわかることだが――彼女は不倫相手の妻に関係がばれて糾弾され、

それが長く付き合っていた恋人にもばれて婚約を破棄されたらしい。

(後日社報で、退職が発表されることになる。)

ザックスがプラットホームで遭遇した彼女は、恋人と食事をして終わりを告げられた直後だったのだ。

 

「いってえ……、」

どちらかというと、ザックスは女の媚びやメイク等、「作り物」には鈍くない方であったけれど、

しかし、ここまで豹変するとは考えが及ばなかった。女性とは、強く、そして弱い生き物だと知る。

そもそも包茎じゃない。かぶってなどない、そこは断じていえる。

 

予想通りファンデーションがべったりついたスーツを手で払いながら、帰路につこうと振り返った。

―――そのときだった。

そこに絶対いてはいけない人、

「え…く、クラウド?!」

他人からどう思われても痛くもかゆくもない性格のザックスだが、しかし絶対、見られたくなかった相手。

最愛の恋人が、呆然とこちらを向いて立っていたのだ。

 

「………なんで、いるの?そっち迎えにいくって、言ったじゃん。」

言うべきはそんなことではない。

まずは誤解を解くなり、謝罪をするなりすればいいものを、自分の失言に後悔した。

「ごめん、なさい…」

なんでクラウドが謝るのだ。違う、謝るべきはザックスの方なのに。

「俺、今日バイト休みになって……、駅まで迎えにいったら、ザックス驚くかなって思って…。

いつも一番前の車両に乗るっていってたし、だから、おれ、」

「いや、違うんだ。オマエのことを責めてるんじゃなくて…」

怯えたように言うクラウドに、必死で言葉をつくそうとするも。

けれど人間、心底焦った状況では相応しい言葉が出てこないものなのだ。

 

 

「今の人…だれ?」

「会社の、社員で…秘書課で愛人やってる、いや、俺の愛人じゃなくて、お偉いさんの、」

何をいっているのだろう。

そうではない。クラウドが聞いているのはそんなことではないはずだ。

 

 

 

 

 

「恋人?…お、奥さん?」

 

 

 

 

 

パァーーーーーーーーーーーーンッ!!!

ザックスの否定の言葉は、プラットホームに勢いよく入り込んできた快速電車によって、かき消される。

そして次の瞬間には。

最愛の恋人は、人の波と闇に融けるように駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

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C-brandMOCOCO (2014.5.5

ザックラ痴話げんかが死ぬほどすきです。仲直りエチも死ぬほど好きです。(黙れ)

 

 

 

 


 

 

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