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*まだ恋人未満なザックラです。

 

「みんな大好き」は

「誰も好きじゃない」と同義だなんて。

誰が言ったんだっけ?

 

 

 

 

青い空、青い海。そして、水着姿の女の子――

 

この夏、最後の休暇。

ザックスとクラウドが遊びに来たのは、コスタデルソルのリゾートビーチだった。

神羅の福利厚生制度を利用して、ペンションの宿泊代はただ、旅行代も半分。

薄給のクラウドは、なかなか遠出を好まないが、今回はザックスの誘いに折れてくれた。

 

 

海といえば、女の子をナンパ!

 

 

背が高くて、筋肉質で浅黒い肌。まさに、「いい男」を絵に描いたようなザックスと。

南の方ではますます珍しい金髪に、透き通ってしまいそうな白い肌。女性以上に美人なクラウド。

二人が組めば、まさに敵なし。

どんな女の子だって、落ちないわけがない。

せっかくの常夏のビーチなのだから、女の子たちと騒いで、楽しく過ごす「はず」だったのに。

それは、ザックスにとっていささか想定外だった。

なんということか、この美人な相棒は、ビキニの女の子に少しの興味も持ってくれないのだ。

 

結局ビーチに出てきても、男同士、二人きり。

 

(いや…それって、本当にクラウドのせい?)

本当は、違うかもしれない。

今朝ビーチについてから、ずっと、目が離せないのだ。

ビキニの女の子から、じゃない。目が離せないのは――

南国の暑さのせいで、少しのぼせているのかもしれない。

 

 

 

 


 

「うーん、いい眺め!」

 

こぼれそうな巨乳を収めた、真っ白なビキニ。

こんがり焼けた肌によく似合う、元気いっぱいの黄色のビキニ。

額にかけたサングラスがきまってる、セクシーな黒いビキニ。

色とりどりのビキニ(を着た女の子たち)が、夏のビーチによく映えている。

 

「なあ、クラウドだったら、どの子がいい?」

そうニヤリと笑って聞くと、お決まりの言葉が返ってくる。

「興味ないね。」

年頃の男の子が、ビキニに興味がないなんて、そんなことあるだろうか?

――いや、ないだろう!

 

「クラウド君、素直じゃないぞ!なあなあ、おまえ、お姉さんタイプとロリタイプ、どっちがいい?

俺が口説いてきてやろうか?」

「興味ないってば!」

機嫌を悪くした親友の肩を、強引に抱く。

その拍子にクラウドが少しよろけて、彼のふわふわの金髪を自分の胸で受け止める。

それはあくまで、親友同士のコミュニケーションであって、深い意味などない。

 

「怒るなって!なあ、黄色とピンクの子、どっちがいい?」

深い意味などないはずなのに、どうしてか。どうしてか心臓がはねて――ちゃかすようにそう聞いた。

本当は、クラウドの答えなんか知っている。

『興味ないね』か『どっちもパス』といったところだろう。

 

 

 

「ピンクがいい。」

 

 

 

「え?!」

その言葉に、どきりとした。

ピンク色のビキニを着た子を、改めてザックスは見る。

ちょうどザックスたちのパラソルから数メートル離れたところに、シートを敷いて、

その体を日に焼いているのだろう。

クラウドと同じ歳ぐらいの、黒髪のロングヘアの女の子。

寄せてあるのか、細身の体のわりに、その胸元には綺麗な谷間を作っている。

確かに、それなりに可愛い。

そういえば、以前クラウドが話してくれたことのある故郷の「幼馴染」の少女に、

イメージが似ているかもしれない。

あくまでザックスの憶測に過ぎないけれど。

 

「ふーん…、そう?俺はあの子、あんまりだけどなぁ。」

少し、嘘をついた自覚はあった。

その子は、クラウドの言うとおり、確かに可愛い。

こんがり焼けた肌、細い足、はりのある胸、さらさらな髪――そのへんのグラドルのような美人だ。

だけど、クラウドが「可愛い」と評価するだけで。何故か、わずかな反発心が生まれた。

素直に可愛いと褒める気になれない。

自分でクラウドに聞いたくせに、おかしいことだけれど。

 

「ザックスがそう言うなんて、珍しいね。女の子なら、何でもワンワン騒ぐのかと思ってた。」

否定はできない。

以前は、女の子ならば見境なく口説いてたし。みんな可愛いと思っていた。

――が、さすがにひどい言われようだ。

「ひどいぞクラ!おまえ、俺のことなんだと思ってるんだよ。」

「女好き。ナンパ野郎。種馬。」

涼しい顔で、毒を吐くクラウドに、がくりと肩を落とす。

「あのなぁ。俺だって、好みはあんの。」

「たとえば?」

 

うーん、と腕組をして考える。

「やっぱり、女の子はさ。金髪だろ。」

いつから、金髪がいいと思ったかはわからない。

ブロンドヘアの子は、偏見かもしれないが軽いイメージがあって、以前はあまり好きではなかったはずだ。

 

「焼けた肌もいいけどさ、俺はやっぱり白い子がいい。」

ビーチなのだから、小麦色の肌だって魅力的だとは思うけれど。

 

「前は胸にばっか目が行ってたけどさ。でも最近は、小さい子の方がいいかも。

抱き締めたときに、くっつける気がしねえ?」

あんなに巨乳好きだったのに、今はあまり興味がない。小さいのも悪くないと思う。

むしろ、ペタンコだっていい。胸があろうがなかろうが、たいした問題ではない。

 

「それに、俺が彼氏だったらさぁ。あんなきわどいビキニ、着てほしくないね。」

…そういえば今朝。

クラウドに、無理やり水着の上からパーカーを着せたのは、何故だっただろう。

日に焼けないように、と必死で言い訳しながら、何を隠そうとしたのか。

 

 

今、いったい何を考えている?誰を、想っている?

 

 

「ザックスって、そんなに好みにうるさかったっけ。」

首をかしげるその仕草。見上げてくる、その潤んだ瞳。

少し汗ばむ白い肌。パラソルの下にいてもなお、キラキラ日の光を反射させて輝く金髪。

それはただの好み≠フ域ではなくて、絶対的な誰か≠フことだなんて。

まさか、そんなこと――

「じゃあさ。クラウドは、どんな子がいいんだよ。」

慌てて話題をそらせたつもりが。クラウドの答えを聞いたとき、失敗したと思った。

 

 

「だから、ピンクがいい。」

 

 

面白くない。あまりに、面白くない。

そのピンク色のビキニの子は何も悪くなどないのに、その子に苛立ちすら感じる。

どうやってその子から、クラウドの関心をそらせようか、と。

どうしてか焦って、女の子たちに背を向け、その反対側に視線をやった。

すると、いわゆる「海の家」で、ゆらゆらと揺れる『氷』と書かれた旗が目に入った。

 

クラウドが、今度は悪戯っぽく笑ってみせる。

「……ピンクがいいって、あれの話。」

 

クラウドの指さした先には、ザックスの視線と同じくカキ氷≠フ屋台。

「氷いちご」がいいのだという意味を理解して、内心ほっとため息をついた。

「あ、あれか!なんだ、びびった。」

――なんで安心しているのか、自分でもよくわからないけど。

「変なの、ザックス。」

悪戯が成功した子供のように、いや、まるで小悪魔のように…くすくすと笑うクラウドが。

憎らしくも愛らしい。

 

「お兄さんをからかうもんじゃ、ありません!」

クラウドを軽く小突くと、仕返しとばかりに軽い力で引っ叩かれる。

また小突き返すと、今度はザックスの上にクラウドが覆いかぶさるようにして、技をかけてくる。

「参った、ロープ!ロープ!」

ほとんど素肌に近い状況での、この密着感。心臓が高鳴る。

別にクラウドは、本気の力で技をかけているわけではないし、少し強引にすれば簡単に

引き剥がすことなどできる。

だけど、そうする気にはなれず、ぽんぽんと地面をたたいて降参の意を示した。

「ソルジャーのくせに、情けないの。」

「うーん、暑くて力が出ない!なあ、カキ氷、食べようぜ?買ってくるよ。」

 

パラソルの下、じゃれあう二人――それはまるで、恋人同士のようだなんて。

緩んでしまう顔を抑えることもできずに、鼻歌まじりに、小銭を握りしめてカキ氷を買いにいった。

彼の好きだという、苺味を。

 

 

 

 

 


 

「キミ、可愛いね!」

「そのブロンド、本物?すげー綺麗じゃん!このへんじゃ珍しいよな。」

「めちゃめちゃ白いな!俺、日焼け止め塗ってあげよっかー?」

 

(――ちょっと目を離したすきに。)

ザックスが海の家で、カキ氷を買いに行っている間に。

そのザックスが目を離した、ほんの3分程度の時間で、クラウドのいるパラソルの周りには

数人の男たちが群がっている。

 

彼に目を奪われてしまうのは、どうやら自分だけではないらしい。

水色のサーフパンツに、タオル地の白いパーカーを着るクラウドは、一見、女の子に見える。

というより…その細い手足や、折れそうな腰は、どう見たって男には見えない。

 

「消えてくれる?この熱い中、うっとーしい。」

 

常夏の楽園で、絶対零度の言葉を返すクラウド。

その可愛い顔から、まさかそんな辛辣な言葉出てくるとは、予想だにしなかったのだろう。

男たちはぽかんと口をあけて、ばかみたいにフリーズしている。

ようやく、意味を理解したのか、一人が口を開いた。

 

「ちょっと可愛いからって、調子にのってんじゃ、」

ねえぞ、と男が乱暴な言葉を口にしかけたとき。

クラウドの表情がぱっと変わって、眩しいほどの笑顔になった。

「ザックス!」

それは別に、ザックスに対して笑ったのではなく、正確には――

ザックスが持っているカキ氷に対してなのだろうけど、それでも嬉しい。

普段ポーカーフェイスのクラウドが、こうしてザックスの前でだけ、表情を変えてくれる。

 

クラウドに群がっていた男たちは、そのクラウドの笑顔に顔を赤くさせる。

さっきまでの怒りは、どこへやら。

一方でクラウドは、もはや男たちの存在などどうでもいいのか、

ザックスの手からカキ氷を受け取ると、ひとさじ掬って口にいれた。

「美味しい。」

カキ氷の冷たさに、目を細めるクラウド。

男たちは、ますますその表情に見入って、立ちすくんだ後。

しまいには、持っていたビールだとか焼きそばだとかをクラウドの前に積んで、

「さっきは悪かった。よかったら食べて」と頭を下げながら、すごすごと去っていった。

 

可愛さとは、恐ろしい。

おそらくこの一瞬で、男たちを本気で堕としてしまったのだろう。

「おまえ、すっごいもてんのな…。」

つい正直な感想が口をついて出てしまい、少し後悔した。

『男にもてる』『男受けする』という事実は、クラウドにとって鬼門だ。

同じ男に好意を寄せられても、確かに気分が悪いだけだろう。

 

「うるさいな。女だと勘違いしたんだろ。ザックスのせいだ。」

「えっなんで俺のせい?!」

理不尽に責任をとわれ、慌てる。

「ザックスが、パーカー着てろって言うから。脱げば俺だって、ナンパなんかされない。」

たしかに、脱いだとしたら。男だというのは、誰から見てもきっと明らかだろう。

だけど、仮に脱いだとしても、クラウドの可愛さが変わるわけではない。

男だってこれほどの可愛さだ、やはりナンパだってあるのではないだろうか。

…女の子から声をかけてくることだって、あるかもしれないし。

 

「白い肌ってのは、日に焼けたら赤くなって痛いんだぞ。」

「…でも、俺だってザックスみたいな方がいい。」

クラウドは、自分の白い肌が嫌なのだと以前からよく言っていた。

ザックスのような日に焼けた肌に、憧れるのだと。

「それに、パーカー着てると、暑い。」

そう言って、少し胸元のファスナーを下ろしてみせた。

 

 

その胸元から、目が放せない。

 

 

通りすがりのサーファーと思われる兄さんたちも、立ち止まってクラウドを見やる。

「だめ!脱ぐのはだめ!チャックも上まできちんと上げる!」

「なんだよそれ。ハイスクールの先生じゃあるまいし。」

ザックスの言葉を、冗談だと思っているらしく、可笑しそうに笑う。

 

 

そう、あくまでこれは、冗談なのだ。

クラウドの肌を、クラウドの笑顔を、クラウドの視線を、誰にも渡したくないなんて。

そんなこと――

 

トモダチ¢且閧ノ、この執着心は何なのだろう。

抱く気持ちに後ろめたさを覚えて、それを誤魔化す様に、自分のカキ氷をスプーンでかき混ぜた。

「一口、ちょうだい。」

ザックスのブルーハワイのカキ氷を、ねだるクラウド。

「えっと、く、クラウド?」

これは、もしかしなくても。食べさせてくれと、言われているのだろうか。

「一口だけ。」

再度ねだられて、ええい!ままよ!と、クラウドの口に一口運んだ。

情けなくも、手が少し震えてしまう。

 

クラウドの口が薄く開く。

白い真珠みたいな歯と、赤い舌がちらりと見えて、思わずごくりと喉が鳴った。

氷いちごで赤く色づいたのだろうその舌は、言いようのないほど扇情的で、艶かしい。

ザックスの手によって氷が口に運ばれた後、そのプラスチックの小さなスプーンを、彼がぺろりと舐める。

彼は無自覚なのだけだろうが、そのあまりに淫らしい仕草に。

思わず、「うっ!」とザックスは唸ってしまった。

「なに?」

「な、なんでもない。」

なんでもない。なんでもない。

そう自分自身に言い聞かせながら、下半身をタオルで隠した。

 

さすがに、もう誤魔化すのは限界かもしれない。

この想いを誤魔化すのは、もう、

 

 

 

 


 

「クラウド、シャワー浴びるだろ?」

 

さんざんビーチでふざけあって、笑いあって。

二人でビーチバレーをしたり、ビニールボートで遊んだり。

とにかく、くたくたになるほど、はしゃいだ。

女の子などナンパしなくても、充分に楽しい。クラウドが笑うだけで、楽しい。

 

日も沈んで、コテージに戻ってきた二人は、先にザックスがシャワーを浴びた。

クラウドは『海風が気持ちいいから』と言って、バルコニーで涼んでいたはずなのに――

 

「クラウド?」

部屋の中にもバルコニーにも、どこを探してもいない。

飲み物を買いに、近くの自動販売機にでも、行ったのだろうか。

彼が視界から消えると、不安で仕方がない。

1分1秒だって、目を離したくないなんて…さすがに、過保護すぎるかもしれないけれど。

 

慌てて部屋から飛び出して、あたりを探す。

昼間と違い、静まりかえったビーチまで出てきたとき、小さく水が跳ねる音が聞こえた。

魚が跳ねるような控えめな音を立てて、何かゆらゆらと泳いでいる。

目を凝らして、水面を見やると。

 

 

 

 

人魚が、泳いでいた。

 

 

 

 

まるで絵本の中の、人魚のお姫さまみたいだ、なんて。

メルヘンチックなことを考えて、少し恥ずかしくなった。

だけど、それはあまりに幻想的で、現実的な光景とはどうしても思えない。

水を得た魚のように、いや、まさに人魚のように、優雅に泳ぐその姿。

月明かりの下、キラキラ煌く水面。キラキラ煌く金の髪。そして――

 

ザバッ!

 

勢いよく、水面から飛び出してきたのは、当然、人魚でない。あくまで人間。

そう、クラウド本人だ。

 

あろうことか―― 一糸まとわぬ姿で。

 

「あ、ザックス。いたの?」

何でもないことのように、水に濡れた素肌をザックスにさらすクラウド。

夜の闇の中で、その白い体は、まるで光を撒くかのようだった。

「……いきなり、いなくなったから。びっくりした――」

頭がうまく回らない。

ただ、その体から視線がはずせなくて、食い入るように見つめてしまう。

 

同じ、男の体とは思えない。

それ以前に、本当に同じ人間?

 

 

 

まるで、足を得て、初めて地面を踏んだ人魚のような。

 

 

 

クラウドは、岩にかけてあったタオルを取り、少し乱暴に髪を拭きながら。

「ごめん。昼間はパーカー着てたから、ちゃんと泳げなかっただろ。だから、」

泳いでみたかったのだ、と。

 

「服、とって。」

岩にかかっているクラウドのシャツを指して、彼がそう言う。

だけど、体が動かない。もう、何も考えられない。

 

 

彼のことしか、考えられない。

 

 

「ちょっと、聞いてる?」

クラウドが、ザックスの正面に立つ。

すらりとした細い体は、女のような膨らみなどいっさいないけれど、それでも美しかった。

これほどまでに目を奪われてしまう体に、今まで生きてきて出会ったことはない。

彼の肌から零れ落ちる水滴、そのひとつひとつでさえ、まるで宝石のよう――

浮世離れしたその美は、絶対に汚れを知らない天使のようにストイックに思えるし、

同時に、これ以上ないほどに男を誘う堕天使のようでもある。

 

 

 

それはあまりに禁欲的で、あまりに淫靡な――危険なバランス。

 

 

 

「……女の子が、好きだったんだ。」

何ら脈絡のないザックスの発言に、クラウドはわからないといった風に聞き返す。

「…え?」

「みんな、好きだった。好きだって言ってくれるのは嬉しかったし、普通に可愛いと思ってた。」

クラウドが、少し眉をしかめる。

「……そう、だからなに。」

 

「くれるって言うなら、何でも欲しかったんだ。だけど、」

一歩踏み込むと、クラウドとの距離が近すぎるほどに接近する。

それに少し戸惑ってか、彼は一歩後ろへと下がろうとする。

けれど、後ろは岩で行き止まり。トン、と背に岩の壁があたった。

クラウドが、困ったようにこちらを見上げる。

…そんな困った顔を、させたいわけじゃないのだけれど。

「だけど、もういらない。 一人しか、いらない。」

 

  

みんな大好き≠ネんて言いながら、その実、誰も愛してなんかいなかった。

……この子に出会うまで、そんなことも知らなかったなんて。

 

 

「ザックス…?」

少し不安そうな、クラウドの瞳。

だけどきっと、自分の方が、怯えた目をしているのだろう。

クラウドの肩に手をおくと、彼はびくりと体を揺らした。

それがクラウドの、無意識な拒絶のような気がして。

 

 

 

「嫌だって、言わないで。アンタなんかいらないよって、言わないで。」

 

 

 

こういうときに、かっこいい口説き文句のひとつでも、言えたらいいのに。

口から出てくる言葉は、自分でも笑ってしまうほど情けない言葉ばかりだ。

だけど、なりふり構わずにすがりたいほどに―――必死だった。

…すがってでも、選ばれたかった。

 

 

 

「どうでもいいけど、服とってよ。」

 

 

 

がつん、と頭を殴られた気がした。

『どうでもいい』『興味ない』は彼の口癖だけれど、さすがにこの場面で言われるのは。

「…ごめん……。」

クラウドに、彼のシャツを渡して、後ろを向く。

彼の肌を見ないようにするためと、自分の顔を見られたくなかったから。

泣きそうな、顔を。

 

「もう、着たよ。」

だから、そうクラウドに言われても、振り返れなかった。

きっと今、自分はいつものように、上手に笑うことができない。

本当ならば、ここで冗談だったと、笑って誤魔化さなければいけないはずなのに。

 

 

 

「ザックス。こっち、向いてよ…」

 

 

背中に伝わる体温。

クラウドが、そっとザックスの背に寄り添ったのがわかった。

(―――冗談なんかに、出来るわけない。)

だってこんなにも、こんなにも、

 

 

 

「こっち、向いて。ほかの子、見ないで――」

 

 

 

心臓が、握りこまれるかのような衝撃を感じた。

実際、クラウドの手で、言葉で、掴まれてしまったのかもしれない――

そう思うほどに、胸が張り裂けそうだ。

ほとんど無意識に振り返ると同時に、クラウドを抱き寄せた。

水の中にいたからか、冷たくて気持ちがいいクラウドの体温――彼がいまだに裸なのだと気づいて、

少し迷ったけれど、抑えることなど出来なくて全身でかき抱いた。

潮の匂いと、クラウド独自の甘い香りがする。

それを吸い込むかのように、彼の髪に自分の顔を埋めた。

 

「見てない。本当は、ピンクの子も、黄色の子も、どうでもいい。」

どんな色も、クラウドの前では全てがくすんでしまう。

どんな形だって、彼の前ではあまりに無意味だ。

「…じゃあ、何色がいいの。」

 

何色だろうか。彼の色を表現するとしたら。

まぶしいほどの金色だろうか、透き通るような水色だろうか、どこまでも純粋な白だろうか、

淡く色づいた桃色だろうか、それとも――

キラキラ輝くこの子を、この想いを、どんな言葉で表現したらいいのだろう。

「……七色?」

「それはさすがに、欲張りなんじゃない。」

ザックスの答えを、気が多いのだと勘違いして、呆れたようにクラウドが言う。

「そうじゃなくて。俺にとっては、クラウドがそう見える。」

少し赤く染まった、まるで桜貝のような可愛い耳たぶに、そっと唇を寄せて囁いた。

 

「クラウドがいい。」

 

彼の小さな手が、遠慮がちに自分の背中へと回される―――…

たったそれだけのことが、ザックスにとっては、あまりに奇跡的な瞬間だった。

 

 

キラキラ、キラキラ。

七色に煌く、夏の奇跡。七色に煌く、想い人。

 

 

 

 

 

ごめんね。冗談なんかに、できないよ。

だって、恐いぐらいに本当のこと。

 

キミに選ばれないなら。

いっそ、になって消えてしまいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「―――クラウドって、人魚なの?」

 

「は?」

「この辺からさ、七色のヒレが生えてきて。泳いで逃げちゃわないか心配…」

確かめるように、クラウドの腰下――つまり、小さなその尻に手を這わすと、当然非難めいた声が上がる。

「ちょ…なに、尻触ってんだよ!

「いや、尻を触ってるわけじゃ…なかったんだけど、すっげー可愛い尻。

思わず、そのまろやかな尻を両手で揉んだ瞬間、クラウドから見事な往復ビンタを食らった。

 

「往復ビンタって、本当にあるんだな〜。漫画の世界だけだと思ってた。」

両頬をさすりながら、クラウドの着替えを覗き見る。

というよりも、あまりに夢中になっていてガン見していた

「うるさいこの変態!チカン野郎!いい加減、じろじろ見んな!」

先ほどまで、裸でも堂々としていたクラウドが、

ザックスの気持ちを知ったとたんに恥ずかしがるのが、可愛らしい。

 

「チカン?なに言ってんの!俺は人魚姫に恋した王子さまであってチカンなどという俗物では決して

「王子ならプラトニックを貫けよ!」

 

 

 

 

 

 

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C-brandMOCOCO (2010819

オチなんてないらしい。

 

 

 

 


 

 

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