ご注意
*「トモダチ、はじめました。」その後のお話。
*ザックスが年上リーマン、クラウドが大学生かつコンビニのアルバイト店員という現代パラレルです。
*一度結ばれた二人が、「二度目の試練」にもだもだしたりする…緩い話。
*やっぱりクラウドはお尻狙われたりしますので、ご注意ください。後編EROです。


毎日オマエの作る味噌汁が飲みたいって、
そんな冗談みたいなこと 君は真顔で言うから。

どうしよう、笑いがとまらない。

【前編】


「なんかお前、綺麗になったよな。」
「…は?」


不愉快さを隠そうともしない冷淡な声と表情で、相手に応えるものの――
それに少しも怯むことなく、飄々としているマイペースなB型男が、レノという男であった。
シャープなはずのその右頬は不自然に盛り上がっている。また唐揚げでもつまみ食いしたのだろう。
「前から男にしちゃ可愛すぎるだろって顔してたけど、まあしょせん乳くさいガキだったし。
 なんか足りねえなーと思ってたんだぞ、と。それが最近急に、」
色っぽくなった。そう言いながらレノは、次の食糧を物色し始める。
レジ横で煮ているおでんの木蓋を開ければ、もうもうと美味そうな湯気がたった。

「商品を食うな。」
「後でちゃんと金払ってるぞ、と。」
「そう言う問題じゃない。仕事中だろ。」
「仕事中だからだぞと。タバコ吸えねえから口さみしいんだって。」
大目に見てくれよ、と。そう悪戯っぽく笑うレノに、ついしょうがないかと憎めない気持ちになる。
クラウドの恋人も、禁煙中は口さみしいんだと言いながらキスを強請ってくる。 そんなことを思い出してしまったから。

「お、ハンペン煮えたな。」
さすがに、つまみ食いというには質量が大きいのではないか。
せめて一口で口に入るつくねにすればいいのにと、小さな溜息をつく。
するとレノが先ほどの続きとばかりに、問うてきた。
「で、何があったんだぞと。」
「なに。なんの話?」
「だからおまえが、そーいうため息ひとつエロくなったのはなんで?って話。」
「意味わかんない。」
「だってさあ。明らかにお前目当ての客ふえてんし、レジ打ってるときによく告白されてるだろ、と。
 まあ、前からそういう客いたけどよ。なんだっけ、あのザックスってやつとか。」
「………。」

突如出された恋人の名に、さすがに動揺する。
そういえば、ザックスと一緒に住んでいることを知っているのは店長であるアンジールだけだ。
以前「家出」をしたとき…後日ザックスと荷物をとりにレノの部屋を訪れたのだが、 彼は留守だったので結局二人が顔を合わせるようなことはなかった。
「そういや、最近あいつ見ないな。まあ、この時間は普通に会社か。 俺みたいに自由を愛する男じゃなけりゃあ。」
隠していたわけではないけれど、レノは彼との関係に全く気付いていないようだ。

これまで毎日といっていいほどに、アルバイトの帰りはザックスに迎えにきてもらっていた。
けれど仕事が繁忙期に入ったらしく、彼の帰宅は以前に比べずいぶん遅い。
アルバイトの帰りに迎えに行けない、だから気をつけてひとりで帰るんだぞ――
と、いう風には収まらないのがザックスという男である。
夜道を可愛いクラウドひとりで歩かせるわけにはいかない、俺が迎えに行けないときはカンセルをよこすから、 それでも無理なら信用できる個人タクシーの運転手がいるからそれを使ってくれ、 いやでもやっぱり心配だから護身用のスタンガンでも買うか、待ってろアキバに売ってるか調べる―――
と、クラウドを守らねばスイッチが入ってしまったザックスに、クラウドが提案したのだ。
「バイトは午前に入ることにするから、落ち着け」と。

そんなわけで、あと30分もすれば昼どき。
正午前になれば、昼食を買いに来る学生やサラリーマンでそれなりに慌ただしくなる。
そのピークを越えたらそのまま駆け足で大学に行って、授業を3コマうける予定だ。
多少余裕のないスケジュールだけれど、その分夜の時間は空く。
家で勉強もできるし、彼が帰宅する前に味噌汁ぐらいは作ってあげられるだろう。
もともと不器用で包丁ひとつ握ったことがないクラウドだけれど、それでも彼のために何かひとつでも してあげたくて覚えた唯一の料理、それが味噌汁だった。
出汁のきいていない、たいして美味しくもないそれであっても、彼は幸せだと言って喜んでくれる。

「――で、彼女ってどんな子?おっぱいバーン?お尻ぷりん?太ももむっちり?」
「誰?」
「おいおい、隠すなって。彼女、できたんだろと。」
「そんなのいない。」
「嘘つけ!前にデート行った子だろ?そういやあの後少ししてからじゃん。お前が変わったのって。」
「…べつに変わってなんか、」
「お前、全然気付いてないんだな。」
「なにが、」

「童貞卒業したって、顔に書いてあるぞ。」

かあっと、顔が赤くなるのがわかる。それをレノは「わかりやすいんだぞと!」とからかってくる。
正確には、「童貞じゃなくなった」わけじゃない。
それだって違うかもしれないけれど――しいていうならば「処女喪失」だ。
正しい表現は見つからないけれど、なんにせよ、大好きな人と肌を重ねた事実に変わりはない。

「一度知っちゃうとさあ、はまるだろ?」
セックスの気持ち良さ。そう恥ずかしげもなく言うレノに、もはや顔をあげることさえ出来ない。
今は仕事中だ、興味ないね、と。そんな得意の台詞さえも出てこない。
「照れんなって。男はみんなそうだろ。初めてのときは俺も衝撃だったわ。 つくづく男に生まれて良かったって思ったぞ。
 女だったら処女膜ぶちやぶられて痛いだけだもんな、と。」
露骨なセリフの連続にクラウドはたじろいでしまうが、けれどひとつの疑問が浮かぶ。

「初めてって………そんなに痛いの?」
女の体と男の体では、違うものだろうか。
小さな穴に男の巨大化した性器をねじ込むのだ、男でも女でも大差はない気がする。
むしろ本来受け入れる造りでない男の体の方が、負担がある気がするのだが――
だが、ザックスに初めて抱かれた時、クラウドは。

「痛くなんか、なかった…」
「その女、処女じゃなかったんじゃねえの?カマトトぶってるだけでさ、」
「初めてだった。絶対に。…でも、痛いどころかむしろ、」
――頭がおかしくなるほどに、気持ちが良かった。

女性との性経験がないクラウドにとって、挿入するということがどれだけ快楽を得られるか知らない。
でも、ザックスの口でしゃぶられたり舐められたりしたから、その気持ち良さはある程度想像出来る。
けれど――あの、ザックスに腹の中を掻き混ぜられ、力強く突き上げられる衝撃は。
あの恐ろしいほどの快楽だけは、もはや想像の域を超えるといっていい。
ザックスよりも、きっと自分の方が気持ちよくしてもらっている――― そう確信したぐらいだ。
ザックスにそれを言えば、「死ぬほど嬉しいけど、それは違う。絶対俺の方が気持ちよくなってるから」 そう言って笑っていたけれど。


「じゃあよっぽど。体の相性が良かったんだぞ、と。」
「……そう、なのかな。わかんない。本当は俺だけが、良かったのかもしれないし、」
「自信ないなら、俺の凄技レクチャーしてやるぞ、と。いいかクラウド、俺の右手はかつてゴールドフィンガー といわれ幾人もの女をとりこに、」
レノがいささか品のない笑みを浮かべたその瞬間、

「こらレノ!おまえはまたクラウドにいらんこと吹き込んでるな!レジはいいから品出してこい!」
客入りが多くなるのを予想してか、事務室から出てきた店長アンジールはレノの頭を勢いよくはたく。
「俺だけかよ?!店長、クラウド君だって俺と男子トークしてましたー」
「どうしたクラウド?悩みなら俺が聞くぞ。一人で抱えちゃいかん、」
「なにこの扱いの差!」

店長に抗議しながら、言われたとおり午後前の品出しをするためレノはバックヤードへと入っていく。
「仕事中に騒いですみません…。」
クラウドが素直に謝ると、アンジールは優しく目を細める。
「あの青年とは仲良くやっているか?クラウドのシフトが午前だからな、ここしばらくあの忠犬っぷりを見ていない気がするよ。」
「仕事、忙しいみたいで…いつも帰ってくるの、真夜中近くです。」
「そうか、大変だな。食事は二人ともちゃんととれているのか?」
「店長に教えてもらった味噌汁作ったら、すごい喜んでた。絶対しょっぱかったのに、美味しいって、」
彼の笑顔を思い出して、つい普段より饒舌になってしまう自分に気付き…なんだか恥ずかしい気持ちになる。
これではただの惚気だ。

けれどアンジールは変わらず暖かな眼差しのまま、「今度また顔をみせるように言っておいてくれ」と クラウドの髪をガシガシと撫でた。
アンジールは父親のような包容力と、兄のような親しみやすさがある。 クラウドにとっては信頼できる大人の一人だ。
この人になら聞けるかもしれない。 馬鹿にせず、呆れもせずに聞いてくれるかもしれない。
「…店長、あの、変なこと聞くようですけど……」
「なんだ?」
「普通、男って、」
クラウドが言いかけた言葉に、馴染のメロディが重なる。
大学生と思しき男子3人組が、賑やかな笑い声をあげながらレジの前を通り過ぎていく。
近くに勤める会社員達だろう、IDカードを下げたままのサラリーマンや、 制服姿のOLも次々に入店してくる。

一人二人とレジに並び始めれば、あとは客は増えるばかりで、あっという間に二つのレジは行列になってしまった。
品出しが終わったらしいレノが(けだるそうにしているくせに、 器用で仕事が速い男だ)3つ目の簡易レジを開けて助勢に入る。
そのまま顧客対応に追われてしまって、結局アンジールとの会話は中断したままになってしまった。
でも、やはり聞かなくて良かったかもしれない。
いくら男同士とはいえ、聞かれた方も困るだろう。





男は――いや、ザックスは。いったいどれぐらいの頻度のセックスを望んでいるのか、なんて。
そんなあけすけなこと、誰にも聞けるわけがない。




*****




初めてザックスと肌を重ねてから、1か月以上たつ。
そうだというのに、あれ以来「二度目」の機会が――二人には無い。

ザックスの仕事の帰りが遅く、かつ朝も早い時間に出勤するものだから、そもそも二人が顔を合わせる時間だって僅かだ。
それでも、ザックスの帰りをクラウドはパジャマ姿で待っているし、
そんなクラウドを彼はぎゅうぎゅうと抱きしめて降るようなキスをくれる。
好きだ愛していると繰り返し、惜しみなく愛の言葉をくれる。
早朝6時前には家を出るザックスを、朝が弱いクラウドは送り出してやることができない。
でもザックスは二人分の朝食をしっかり作り、さらに昼用の弁当までふたつこしらえて、
今日も好きだ、今日も可愛い、今日も俺の天使だと愛のメモも忘れない。
言葉をかわす時間も少なく、肌を重ねることができなくても、 ひとつの四角い空間にいられる事実はあまりに幸福だ。
そうクラウドは思うし、たぶんザックスだって。

でも、こんなに真綿にくるまれるような柔い幸福の中にいても、
「もっと」――そう望んでしまう。
優しいキスも優しい愛の言葉も優しい抱擁も、どれもたまらなく嬉しいのだけれど、
あの日、そうしてくれたように。―――情熱的に、痛いぐらいに、狂おしいぐらいに求められたい。




クラウドはいわゆる、セックスレス…セカンド・バージン≠ノ悩んでいた。





*****


(こないだの週末は、ザックスが出張でいなかったし、その前は俺の課題の締切があったから…
 その前は母さんのとこ二人で行ってたし、さらに前はたしか俺が風邪気味だったし……)
タイミングが悪いだけだろうか。 それとも、そもそも。
(ザックスは………………俺となんか、したくないのかな。)
愛されていないとは思わない。
自分の母に文字通り土下座をして、愛を誓ってくれたザックスだ。
毎日その甘い声で甘い眼差しで、溢れるほどの愛をもらっている。
けれど、だからといって、体まで愛せるとは限らない。
一度きりのセックスが狂うほどに気持ちが良かったのはクラウドだけで。ザックスは違うのかもしれない。
どれだけの経験があるのか、明確に聞いたわけじゃないけれど。
きっと幾人もの女の体を知るザックスが、貧相で痩せっぽちなな男の体で、
うまい下手という次元でさえない、動くことすら知らない完全な受け身のクラウド相手で…
満足できるだなんて到底思えなかった。




かちゃり、静かに鍵がまわる音が聞こえた。
0時を少しまわった頃――
眠たい目をこすりながらリビングで彼の帰りを待っていると、 ほとんど物音をたてずにスーツ姿のザックスが入ってくる。
「クラウド、ただいま!また起きててくれたんだな、ありがと。」
「お帰りなさい…別に、まだ眠くないだけだし。」
「おい、いきなりツンデレとかまじ可愛いからやめて。襲いたくなる!」
そう言いながらも、どうせ彼は自分に手を出してはこない。優しく髪を撫でるだけの手に、物足りなさを感じてしまう。

「お、やった!なめこの味噌汁じゃん!」
「今日はちゃんと、出汁いれた。……ちょっとしょっぱいけど。」
「しょっぱいの好き、てかクラウドが好き!マジで嬉しい。」
「………あっそう、」
「なんか、いいよな。ベタかもしんないけど、やっぱこーいうのって…新婚、ってかんじ?」
ザックスのくせに、何故そこで照れるのか。
自分で味噌汁を温めながら、照れ隠しに首に手をやるその後ろ姿が可笑しい。

「そういえば仕事、やっと落ち着きそうなんだ。」
「え、」
「この週末はずっと、クラウドと一緒にいられる。っていうか、一緒にいたい。」
「うん、わかった。」
「…本当にわかってる?」
「うん。わかったって、」

「だから、死ぬほど抱くから覚悟しといてって言ってんの。」

彼はこちらを振り向きもせず、おたまで味噌汁を掬いながらついでのようにさらりと言った。
その言葉がクラウドの脳で正確に処理されるのには、いささか時間がかかる。
だってキスもハグもない、ムードもない状況で。突然の台詞だったから。

ガチャン!
不自然な食器の音に、彼の後ろ姿をもう一度見やる。
その首筋は―――真っ赤に染まっていた。






******


仕事終わった!\(^〇^)/20:30の電車に乗る。クラウドは飯くった?
お疲れ様。まだ食べてないよ。
じゃあ、腹へってるかもしれないけど、ちょっと我慢できる?シチュー作るよ。
食べたいけど、ザックス疲れてるだろ。作れるの?
平気、むしろ体力ありあまってる。料理もセックスも余裕。(○・v・)ε・●)
バカ、変態、駄犬。
やばい、そうやってベッドの中でなじられんの想像した…
既読スルー。
おいwスルーしてないじゃんww
ちょ…マジでスルーすんのやめて!クラウド怒った?ごめん、俺が悪かった。
クラ?クラウド〜マジでごめんな。もうすぐ会えるって思ったら、俺すげえテンションになってて
朝オマエの顔を見たばっかなのに、変だよな。でも、1秒でも早く会いたい。
大好きだよ。
今すぐ抱きしめたい。
キスしたい。
クラウド、愛してる。
――ザックス、恐いラインいくつも送ってくんな!
だってオマエが無視するから!
手より足動かせよ。
え、足?

…早く帰ってきて。

送信ボタンを押した瞬間、羞恥と後悔に襲われる。
口下手なクラウドだけれど、だからといってメールなどの活字の表現が得意なわけではない。
けれど相手の顔が見れない分、というよりザックスの熱い視線に見つめられていない分… やはりメールやラインでは幾分素直になってしまう。
早く帰ってきてくれだなんて――まるで早く抱かれたいと強請っているようだ。
あまりに恥ずかしい。

けれど、彼からの返信はない。既読になっているのに。
この時ザックスはクラウドの言葉に従って―― 返信をするよりも1秒でも早い帰宅のために、ビジネス街をスーツ姿でダッシュしていたというのだが。 それは後にわかることである。




≪1番線に電車が参ります。危ないですので黄色い線の内側までお下がりください…≫
スマートフォンをショートコートのポケットにしまうと、黄緑色のラインが入った電車へと乗り込んだ。
都心部を周回するその電車は、内回りも外回りもそれなりに込んでいる。
人の流れに従うように社内の奥へと進んでいき、反対側のドア前まで辿りつく。
電車で酔ってしまうこともあるので、遠くの景色でも眺めていようと、窓の外へと視線をうつした。

目的の駅までは30分程度――
(ザックス、怒るかな。こんな時間に一人で出歩いて…って説教する気がする。でも、)
でもきっと、怒った後でありがとうと言って喜ぶ気がする。
その顔が見たいから。いや、本当はクラウドの方が、1秒でも早く彼に会いたかったからかもしれない。


クラウドは、ザックスの勤務先の駅へ向かっていた。 そこで彼を迎えるために。





ガタン、ガタン、ガタン…
車輪の音を聞きながら、先ほどの彼とのラインのやりとりを思い出す。
朝オマエの顔を見たばっかなのに、変だよな。でも、1秒でも早く会いたい。
ザックスの言葉のとおりだ。
毎朝毎晩顔を合わせて、おやすみのキスを交わして、ひとつの枕と一枚の毛布にくるまって寝ているのに。
ほんの少し距離が離れただけで、寂しいと思う。顔が見たくなる、触れたくなる。
かつてアルバイトの帰り道のたった20分だけの逢瀬で満足していた自分が、今では信じられない。

ガタン、ガタン、ガタン、
――死ぬほど抱くから、覚悟しといてって言ってんの。
数日前に言われた言葉を、いったい何回脳内リピートさせたことだろう。
恥ずかしいから忘れたいのに、本当に忘れたいわけがなくて、 これからの甘い予感に自然心拍数があがってしまう。

(……今夜、するのかな。)
そう宣言されているのだから、きっとそうなるのだろう。
初めて肌を重ねたあの夜のように、体中の全てをザックスに見られて、撫でられて、舐められて、
そしてきっと1ミリの隙間もないほど抱きしめあって。
本当は1度のセックスでもう、彼は自分の体に興味を失せたのだと思っていた。
――思うほど良くなかったと、やはり男の体だと、子供相手は面倒だと。
もしそうならば、彼に対して申し訳なくて、虚しくて、寂しい。
そしてそれでも変わらず優しくしてくれるザックスが、やはり好きだとも思う。

(でも、ザックスもしたいって…思ってくれてるんだ。少しぐらいは。)
どうしてもというほどじゃなくても、二度としたくないとまでは思われていないらしい。
自分の想いと同じだけ求めてもらうことは出来なくても、彼に必要とされていることが嬉しかった。
ザックスはいつもクラウドを愛でて、愛の表現や言葉をたくさんくれるけれど、 やはりクラウドの方が彼を好きだと思う。
だってこんなにも毎日ときめいているのだから。
それに何よりも。 彼になら腹を抉られてもいいと思っているのだ、想いの天秤はどう考えてもクラウドの方が重いだろう。



≪○○駅、○○駅です。××線と×××線はお乗換えです。≫
ふわふわとどこか浮ついた思考の遠くで、電車のアナウンスが聞こえる。
あと一駅で、目的地――彼に会えるのだ。
交通の要でもあるその駅で降りていく人は多く、車内は一度がらんとしたものの。
入れ替わりでそれ以上の人々が乗り込んできて、あっという間に缶詰め状態になる。
鞄の位置を変えることができないほど、身動きひとつとれない混雑だ。

もともと、人混みが苦手なクラウドだ。
満員電車にのった経験もあまりなく、想像以上の圧迫感に困惑してしまう。
でも、たった一駅の我慢だ。
これを辛抱すればもうすぐ彼に会える。
きっといつも使うと言っていた改札で待っていれば、ザックスの方から気付いてくれる気がする。
そして驚いた顔をして、少し怒って、でもすぐに優しく笑ってくれて―――

(…………気のせい、かな。なんか後ろの人…)
後ろから漂う整髪料の臭いがきつい。それに、まるで覆いかぶさるように体が密着している。
これだけの混雑だからしょうがない、そうわかっているけれど、でも。
(気分悪い…)
背面、すぐ近くから聞こえてくる荒い息遣い。
かつて住んでいたアパートで、男に乗りかかられた時を思い出してしまう。
(………なんか、尻にあたってる…?)
きっと、気のせいなのだろう。尻に何かを押し付けられている気がするのは。
振り向くのが恐い。離れろと口にすることも出来ない。
かといって、腕を動かすことも出来ないこの車両では、なす術がない――
(気のせい、気のせい、大丈夫気のせいだから…っ)
本当に気のせいだろうか。

突然、その手が痛いほどに尻を揉みし抱き、後ろの男の動きが荒くなった。
ようやく自分の置かれている状況を正確に理解した時、吐き気がこみ上げる。
「可愛いお尻だねえ…」
耳元で囁かれる、中年男性の声。
「すごくエッチな顔しちゃって。ねえ何を考えてたの?」
全身に、ぞわりと鳥肌が立つ。
「このまま、二人きりになれるとこいかない?キミの欲しいもの、おじさんがぶちこんであげるよ。」
「―――…っ」


≪**駅、**駅です。お忘れ物のないようご注意ください…≫


ドアが開いた瞬間、男の顔を見ることもできないまま、無我夢中で車両から飛び出る。
脚がもつれそうになりながら、必死に階段を駆け下りた。
男は追ってきているのか、追ってきていないのか――
それを確認することも出来ないまま、とにかくこの場所から遠ざかりたい一心で走る。
恐い。恐い。恐い、


ドン!!
ろくに前も見ずに走っていたから、人に衝突しても当然。
けれど瞬間香るマリンブルーの匂いに、驚きで目を見開いた。
「おわっ、クラウド?!ちょ…なんで?!」
「ザ…、」
「なんでこんなとこいるの?なんで、」
「ザックス…」
「――なんで泣いてんだよ。」



帰宅ラッシュ時、しかも金曜日で賑わう大都会の駅構内で。
少しの躊躇いもなく、その優しい腕はクラウドを抱きしめた。




お約束のお清めえっちに続きます。(2014.11.03 C-brand/ MOCOCO)


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