ご注意
*「浮気調査団チー○ーズ」のネタ。オチなんてないよ。
*ザックスの彼女(?)が酷いめにあってます。
*恋人いない歴3年半のカンセル氏がお送りします。季節外れですが、クリスマスイブ設定です。



「結婚しなくても幸せになれるこの時代に
それでも貴方と結婚したいのです。」

このCMが流れるたびにチャンネルを変える
独身男のクリスマス・イブ――



ここ最近の、カンセルのマイブームはヴァイツェン(白ビール)だ。
爽やかな柑橘の香り、それに苦みのないホップが飲みやすくて気に入っている。

12月24日、内勤、残業なし。…ついでに予定もなし。
定刻通り19時にあがり、つまみのガーリックシュリンプを買って、帰宅するとすぐにシャワーを浴びる。
冷蔵庫の中でしっかり冷やされたヴァイツエンを取り出して、線を抜けば――これからが世界一楽しいクリスマス会の始まりである。
ふかふかのポケットコイルが自慢のソファに沈みこみ、瓶のままアルコールを口に含んだ。

「ぷは~!うまい!生き返るわ~」
寂しいなんて、思ったら負けである。
こうやって自分の時間を大事にできるのだから、独り身だって案外悪くないものだ。
彼女がいれば、クリスマスプレゼントだ、ディナーだ、高級シャンパンだと金がかかるし、気も使う。
たまには「クリボッチ」とやらを思い切り満喫してみようじゃないか――ちなみに、去年もその前もクリボッチだった事実は置いておくとしよう。

クリスマスに限り、敬虔な仏教徒になると決めているカンセルは、もちろんクリスマスケーキなんてものも用意していない。
そう――イブの夜に、一人分のケーキを買うことがいかに拷問であるかを、身を持って知っているのである。
今夜の酒盛りは、美味いビールと美味いつまみ。それだけで充分だ。しつこいが敬虔な仏教徒なので。
テレビのリモコンを手に取り、とくに目的があるわけでもなくチャンネルを回していく。
歌番組は48人もいるらしいアイドルが踊っていたが、カンセルが興味あるのは三人組の足が綺麗なテクノポップユニットなので、チャンネルを変える。
シネマはB級映画と言われているもので評判がよくないし、ドラマは途中から見てもいまいちストーリーに入りきれない。

どれもこれといった興味がそそられなくて、惰性でボタンを連打する。
と、突如画面上になかなかの金髪美女が映りこんだので、思わずカンセルは手を止めた。
どこかで見たことがある美女だな――と記憶を辿っていると、テレビ画面には「ジェシカ=セロン」と紹介文が出る。
「…天然キャラで売ってる、グラビアアイドルか。」
マシュマロボディだとかエンジェルスマイルだとか、奇跡のEカップベビーフェイスだとか…そんなキャッチコピーで騒がれる人気グラドルだ。
何を隠そう、カンセルは、「おっぱい」よりもだんぜん「足派」である。
そんなわけでこのアイドルに食指は動かないが、半年ほど前に見たネットニュースで話題になっていたので、いちおう見覚えがあったのだ。

たしか、ニュースの見出しはこうだった。
〝ジェシカ=セロン、軍人男性のF氏とホテルで密夜?!朝までベッドで射撃訓練か〟
なんとも下世話である。
たしかその後、公式blogで事実を認めていたとかなんとか――

『つまり、あなたのパートナーは、かつて週刊誌報道されていた、軍人男性F氏ですね?』
国民的司会者ジョーズ=グリコがそう切り出したとき、カンセルはこれが何の番組なのかを理解した。



〝浮気調査団ピーターズ〟



番組のタイトルどおり、いわずと知れた浮気調査のリアリティ番組である。
夫婦または恋人関係にあるものが、パートナーの不倫や浮気を疑い、その調査を番組に依頼するというものだ。
依頼を受けた番組側は、あらゆる手段を使い――それこそ尾行や盗撮など手段を選ばない――事実確認を行い、それを依頼人に報告。
その後、依頼人と番組は問答無用で浮気現場に乗り込み、直接対決をする。

この直接対決がいわゆる「修羅場」で、これまでも暴力沙汰や警察の介入などに発展したことも数知れない、なんとも過激な内容になっている。
はてには激昂した調査対象者によって、司会者が刃物で刺されるなどというとんでもない事態まで起きており、一部ではヤラセではないかという見方もある。
が、エンターテイメントとして面白いので、ことの真偽はどうであれ、人気番組であるのは間違いない。

――このように、カンセルは番組の趣旨を理解している程度で、実は真剣に見たことはなかった。
というのも、カンセルは根が真面目であるため、どうも「浮気」を笑いのネタに見ることが出来ないからだ。
まあ、実のところは…過去三回ほど、お付き合いしていた女性に浮気された経験があり、ちょっとした地雷になっているというのが一番の理由である。

どうせヤラセだろ、などとつまらなそうに悪態をひとりごちながら、チャンネルを変えようとした。
が、そのとき電子レンジがチン!と軽快な音をたてたものだから、リモコンを置いて席を立つ。
冷凍のチーズポテトを温めていたのだ。
ダイニングでレンジを開けながら、耳だけは自然と聞こえてくるテレビの音を拾っていた。

『最近、彼の態度が変わった気がするの。以前は月に何度か会っていたのに、夏ぐらいからかしら…なんだかそっけなくなった気がして、不安なのよ。 電話は出てくれないし、メールもそっけないし…。会いたいって言っても、仕事を理由に会ってくれないの。 たしかに彼は軍人だから、ミッドガルから長く離れることもあるって聞いていた、だから最初は本当に仕事なんだと思っていたわ。 でも、もう三か月もデートしていないのよ!もしかして、彼の心が離れたんじゃないかと心配で…半月ほど前、思い切って彼のマンションを訪ねたの。 出逢った頃から、彼の部屋には絶対あげてもらえなかったけれど、どうしても我慢出来なかったのよ。 そうしたら、彼仕事でミッドガルにいないって言っていたのに、普通に部屋にいたの。 会いたかったって思わず彼に抱きついたら、「今トモダチがいるから帰ってくれ」って…。酷いでしょ? だから私、思わず彼に言ってしまったの。「私とトモダチどっちが大事なの」って。そうしたら彼、少しの悪気もなく笑顔で答えたのよ。 「そりゃ~トモダチでしょ」って!彼をひっぱたいてマンションを出てきて、あれから彼には会っていない…。 でも、今思えば――あのとき、きっと女が来ていたのよ。彼、浮気しているんだわ!許せない、相手の女!』

『――それは、とても辛かったですね』
胡散臭いほどに深刻そうな口調で、司会者のジョーズは相槌をうつ。
「いやいやいや、なんで相手の女を許せないんだよ。恨むならその最低な男だろ!」
突っ込みどころ満載の女の訴えに、カンセルは思わず声を上げてしまう。
真剣に見るつもりはなかったのに、あまりに馬鹿馬鹿しいその主張を聞いていると、逆に続きが気になってくる。
さすがは人気番組である。

『実はジェシカの恋人は、かの巨大軍事企業〝神羅カンパニー〟に勤める有名なソルジャーなのです。 マスコミに取り上げられる機会も多く、ファンクラブまであるとのことですので、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。」
(……ん?)
熱々のチーズポテトを口に放り込み、ビールを一口流し込んだところで、聞き捨てならない司会者の言葉にカンセルは眉を寄せる。

『当番組は、彼の所属する神羅カンパニーと、今回の調査について協議・相談を重ねました。そして、最終的に社内の撮影や取材についてOKの許可をいただいたのです。』
(なんでOK出すんだよ?!)
これだから世間知らずの若手エリートは!
サラリーマンと軍は縦社会なので本人に言えるわけもないが、心の中でラザード統括をディスる。
(いや、それにしても有名ソルジャーって…)

あの神格化された、ソルジャーセフィロスだけはないだろう。そもそも彼は、母親とチョコボの話題にしか興味がないと聞いている(失礼)。
ジェネシスは自分の美しさに酔っているタイプで、コミュ障っぽいので彼女がいるとは思えない(失礼)。
アンジールは、温厚誠実なタイプで浮気なんかするわけない。今は子犬の飼育に多忙を極めていると専らの噂であるし。
と、いうことは――じわりと滲んでくる嫌な汗を誤魔化すように、また一口爽やかなビールを口に含んだ。

『ジェシカのパートナーは、今をときめく若きソルジャー――そう、ザックス=フェア氏です!』
「ぶふぉおっ!!!!!!!」
口から入って嚥下されるはずだったアルコールは、しかし全部、綺麗に鼻から飛び出していく。
爽やかな柑橘の香りが、今はむしろ鼻に激痛と絶望を与えてくれる。

『我々は、社内や彼の自宅近くを張り込み、長く辛抱強い調査を行いました。そして今日、結果を手にしています。―――ジェシカ、覚悟はいいですか?』
『いいわ…っ。』
『では、VTRをご覧ください。』





********



『―――我々はジェシカのパートナーをひと月近く尾行した。彼は軍人、敵の気配に聡いはず…。それはこれまでにない緊張感と慎重さが求められる、極めて難関なミッションであった。』
(いや、絶対気付かれてるよカメラ……。)
カメラは、ザックスの日常を追いかけていく。
社内のトレーニングルームで筋トレを行う姿、シャワーで汗を流す姿、遅刻してアンジールにどつかれている姿。
本人は神羅のイメージ撮影だとでも思っているのか、ときおりカメラに向かってウィンクしたり、髪をかき上げてみせたり、Vサインまでしている。これのどこが隠し撮りだ。

『軍人の一日は、訓練に明け暮れ、次々と任務をこなし…想像以上にストイックで我々も驚かされた。だがしかし、彼を撮り続けるうちに、フェア氏のプレイボーイっぷりを知ることになる。』
神羅ビルの受付嬢に「口紅の色、セクシーだね!」「香水変えた?」などと口説くさまが映りだされる。
ザックスにとって、その程度のリップサービスは挨拶に等しい。
タイプでもタイプでなくても関係なく「可愛い」「綺麗だ」「食事でもどう?」を連呼するようなやつなのだ。
むしろ、女性は褒めなければ失礼だと、本気で思い込んでいるらしい。

『フェア氏は、その甘いマスクと巧みなトークで、出逢う女性を次々と口説いていた。若い女性から、熟女まで――まさに節操がない。』
今度は神羅ビルの食堂で、配膳のおばちゃんの手を握っているザックスが映りだされた。
肉じゃが大盛りで!と必死にお願いしているだけなのだが、何故か割烹着姿の熟女もいけるという誤解が生まれているようだ。
さすがに不憫である。

『我々は、ファア氏の交友関係を調べ上げた。彼は非常にアクティブな性格で、男女ともに交友関係が広い。 クラブやバーで朝まで飲むことも多かったと、周囲の人間は証言している。 だがしかし、我々が尾行する限り――そういった飲酒や歓楽の場に、彼が足を運ぶことは一度もなかった。 むしろ、仕事が終わるとどこにも立ち寄らずに帰宅するのだ。』
『まさか…誰かと住んでいるの?!』
時計を気にしながら、いそいそと自宅マンションへと入っていくザックスがVTRに映し出され、ジェシカは思わず叫んだ。
『ジェシカ、大丈夫ですか?』
司会者に気遣われ、少し落ち着きを取り戻した彼女は、大きく深呼吸する。
『大丈夫、大丈夫よ。だって、もしかするとペットでも飼っているのかもしれないもの。』

VTRの続きが流れる。
画面は切り替わり、スーパーで買い物をするザックスだ。
新鮮な野菜を選ぶ目利きは主婦顔負けで、かなり手慣れている。
レジうちの若い女性に「バイト頑張ってね!」なんてウィンクしている以外は、なんてことない映像だ。
『我々は、彼の休日にも張りこみを続けた。周囲の評判や噂とは異なり…彼はスーパーへ買い物にいったほかは、どこにも出かけなかった。』
『そうだわ…!きっと、猫よ!そういえば、以前に聞いたことがあったの。最近、警戒心の強い子猫を餌付けしているんだって。』
自分に言い聞かせるように、ジェシカはそう主張する。

『フェア氏は、なかなか尻尾を掴ませてはくれない。だが――我々は、ついに決定的な瞬間をカメラに捕らえたのだ。』
そこでまた映像が切り替わり、マンションのエントランス前でバイクに寄りかかるザックスが映る。
よほど寒いのだろう、マフラーで顔を半分以上うめているが、それでも何かうきうきした様子は隠しきれていない。
そこに、エントランスから駆け寄ってくる小さな影――



『現れたのは…ブロンド、ブルーアイ、そして眩しい程の白い肌をもつ、絶世の美少女だったのだ。』



可愛い――この子は、マジで可愛い。
カンセルはスレンダーで清廉、儚げな女性がタイプであるため、正直もろ好みである。
ストレートデニムの美しいシルエットから察しても、きっと美脚なのも間違いない。そこは一番大事だ。
(ザックス、羨ましいぞこの野郎!)

『しかも少女は、フェア氏のマンションから出てきたのです。』
『い、妹さんかもしれないわ!』
どう見たって、似ていないのは明らかだ。
しかし、最初は浮気を疑っていたジェシカも、いざ土壇場で現実を突きつけられると受け入れ難いらしい。
なんとか現実から目を逸らせようとする。

だが、映像の中のザックスは、その金髪美少女に抱きつくとむぎゅむぎゅとじゃれついている。
挨拶のハグというには、かなり無理がある「子犬風すきすきわんわんホールド」全開だ。
そのまま美少女を抱き上げると、バイクの後部座席に座らせてやる――まるでお姫様を馬にエスコートする王子様のごとくである。
それだけじゃなく、あれほど寒さに震えあがっていたくせに、自身のマフラーを躊躇いなく外すと彼女の首に巻きつける。
そしてメットをかぶせてやり、その無機質な金属の上からちゅっと口づけをした。
とどめとばかりに、自身の腹に彼女の手をしっかり回させてから、バイクは走り出して行った…。

『だ、誰よこの女!私のザックスにベタベタして…!彼、こういう風にくっついてくる女はタイプじゃないって言ってたわ。きっとうんざりしているのよ!』
どう見ても、ベタベタくっついているのはザックスの方である。
むしろ相手の子はときおりザックスを小突いたりと、可愛い抵抗をしている。
いいな、こういう彼女欲しい――と、思ったのはカンセルだけではない。きっと視聴者の皆も同じだろう。

『我々は、さらに彼らの後を追った。彼らは海沿いのお洒落なシーフードレストランで昼食をとり、その後海岸の砂浜を散歩していた。 彼らの仲睦まじいその様子は、デートといって疑いようがないものだった。』

真冬の海だから水には入らなかったが、砂浜の上を追いかけっこする彼らはまるでCMのように絵になっている。
綺麗な貝殻を見つけたと言って無邪気に差し出すザックスと、照れながらもそれを大切そうに受け取る少女。
ザックスが砂浜に相合傘を描き始めると、恥ずかしいことするな!とさすがに少女は頬を膨らませたが、そんなやり取りもまた微笑ましい。
恥ずかしがり屋でうぶな少女の愛らしさに、カンセル含む視聴者は胸キュンした。

くしゅん!とこれまた可愛らしいくしゃみをした少女を、ザックスはおいでおいでと呼び寄せる。
そして自身のダウンコートの前をあけると、彼女をコートで抱き包んだ。
これはいわゆる、恋人二人羽織―――

『…………』
『…………』
ジェシカも、司会者ジョーズでさえも、思わず言葉を失ってしまった。
蕩けるような笑顔で少女を抱きしめるザックスと、大きな瞳からぽろりと零を落とした少女の表情が、高精度カメラによりアップで映し出されたからだ。
まるで、映画のワンシーンのような。この世で最も美しい恋を見せられているような気がして、カンセルも瞬きすることさえ忘れて魅入ってしまう。

ザックスがこんな恋をしているなんて、親しくしているカンセルも知らなかった。
たしかに最近、あれほどしていた女遊びも夜遊びもしなくなったことは気付いていた。
社内の女性を口説いていても、それは本気ではなくあくまで軽口で、むしろ女側にアプローチされるとさらりとかわす。
合コンの参加率はめっきり減ったし、付き合いで参加しても女の子を持ち帰りするようなことはなくなった。
二股三股、いや五股ぐらいは当たり前だったザックスが可笑しい――
と訝しんだカンセルは、「まさか性病でもうつされたか?」なんてザックスに聞いたことがあったけど、「縁起でもないこというなよ!」とそこは否定していた。残念。
だが、性病よりももっと深刻な病に、彼はかかっていたのだ。

まさか、ザックスがこんな――『本当の恋』をしているなんて。

(八方美人の色男も。変われば、変わるもんだな…。)
人懐こくて、いつもたくさんの男女に囲まれていて、誰とでも打ち解けるザックスだけど。
他人との間で〝見えない一線〟をいつも引いていたように思う。
好きだと言われれば笑顔で受け入れるけど、さよならを言われても笑顔で受け入れる。
良くも悪くも、人に執着しない。良く言えば博愛で、悪く言えば薄情だ。
(――きっと、この子に会うまでは。)

少女の涙を唇で掬い取ったザックスは、何か三文字の言葉を呟いた。
「泣くな」と言ったのか、「好きだ」と言ったのかわからなかったけど――結局、その子はもっと泣いていた。






********


画面が切り替わり、カンセルははっとした。
二人の狂おしいほどの純愛を目にして、思わず涙ぐんでいたことに気付いたからだ。
ティッシュで鼻をかむと、すでに冷え切ったガーリックシュリンプをひとつ摘まんだ。

スマートフォンを手に取り、LINE画面を開く。
祝福の言葉か冷やかしの言葉か、あるいはインポの呪いか――何を親友に伝えようかと思案したところで、結局、何もうたずに画面を伏せた。

今夜はクリスマス・イブだ。きっと今頃、彼女と最高の夜を過ごしているのだろう。
揶揄を入れるのは明日にするとして、今日だけは邪魔するまい。

『ジェシカ…まだ、続きを見ますか?』
『………見るわ。』
いやもうやめとけよ、とカンセル含め全ての視聴者が思っただろうが、彼女もこのままでは引き下がれないのだるう。
ジェシカの顔色は、片栗粉のように血の気を失っていたが、それでも最後までVTRを見る覚悟を決める。

『今夜はクリスマスイブです。仕事を終えた彼が、いったい誰の元へ向かうのか――ジェシカか、それとも金髪の少女のところか。』
答えは分かりきっているが、なんとも残酷なナレーションだ。
(いや、待てよ。クリスマスイブって………これって今日じゃ?!)
神羅ビルから出てきたザックスは、早足で帰宅を急いでいる。
カメラが追いかけると、途中、ケーキ屋に入っていくのが映される。SNSでも話題になった、有名スイーツ店だ。
『クリスマスケーキを予約していたようですね。限定10個の超プレミアム生チョコレートケーキです。ワンホール10000ギルするそうですが、物怖じせず買っていくとは…さすが高収入なソルジャーですね。』
『………彼、甘いものはあまり食べないって言っていたのに、どうして……』
ジェシカの顔色はますます悪くなっていく。白を通り越して、いっそ青魚のようである。

ザックスは、今度は花屋に入っていく。
『フェア氏は、白い薔薇を一輪買いました。その薔薇には水色のリボンが巻かれています。』
ジェシカの顔色は青色を通り越して、もはやナスビのようであった。

『――VTRはここまでです。ジェシカ、フェア氏はいま、自宅のマンションにいます。 少女が部屋に入っていく姿は確認できていませんが、今夜はクリスマスイブ…おそらく、フェア氏が独りでいることはないでしょう。』
大きなケーキに、気障な薔薇。たしかに、ザックスが誰かとイブの夜を過ごすのは間違いない。

『ジェシカ。彼のマンションに―――乗り込みますか?』
ジェシカは紫色だった顔色を、今度はケチャップのように変色させて、血走らせた目をカッ!と見開く。
『行くわ…っ!』
どこがエンジェルスマイルの天然娘だ。マジで恐いわ、とカンセルは戦慄した。





*******


『――ここからは、生中継で放送致します。我々は今、ジェシカのパートナー、ザックス=フェア氏の部屋の前まで来ています。 神羅カンパニーから今回、特別な許可を頂き、中に入ることが出来ました。』
(だからなんで許可する?!)
これだからゆとり世代のエリートは!
相撲協会と軍は縦社会なので本人に言えるわけもないが、心の中で再びラザード統括をディスる。
画面左上にはLIVEと表示されていて、たしかに生中継されているらしい。
(…そういえば、廊下に人の気配がすんな。マジでテレビが来てるのか!)
そう、カンセルの部屋は、ザックスの部屋の隣――このマンション自体が、神羅からソルジャー達に宛がわれた高級マンションなのである。

『ジェシカ、覚悟はいいですね?』
『いいわ!』
『では、GO!!』

まるで軍隊さながら。物音ひとつたてず、カメラがドアの前を取り囲む。
インターホンを押すのはジェシカだ。そしてすぐに、感情を爆発させるように叫んだ。
『ザックス!!いるんでしょ?!出てきなさい!!』
時刻は23時少し前。近所迷惑……主に隣人であるカンセルにとって本当いい迷惑である。
テレビからも、廊下からも聞こえるヒステリックな女の声に、耳を塞ぎたくなった。

『…………なに、なにごと?』

普段は楽天的で、明朗快活、子犬スマイルが評判のザックスだが、さすがに不機嫌そうな表情と低い声で玄関から出てくる。
『何時だと思ってんの。明日カンセルに怒られたらどうすんだよ。――しかも今、すっげえいいところだったのに…』
上半身は裸。見事に引き締まった腹筋には、うっすらと汗をかいている。
ボトムは履いているものの、ベルトはしていない。
髪は少し乱れていて、それがやけにセクシャルな雰囲気を醸している。
(…これは、痛い目みるな。)

『ザックス、貴方…女を連れ込んでいるでしょう!知ってるのよ!』
『女?なにそれ?っていうか、これテレビだろ?なに、今まで撮ってたのって、俺のファンクラブ用のイメージビデオじゃなかったわけ、』
『しらばっくれないで!この浮気者!!』
『浮気って………?なにわけわかんないこと言って、っておい!ばか、入るな…っ』

ジェシカはザックスを押しのけ、玄関ドアから室内へ突入する。
女相手だからと掴み掛ることが出来ないらしいザックスは、つい彼女の横暴を止めきれずに見逃してしまう。
ザックスが彼女を追いかけたのをいいことに、カメラもちゃっかり後を追った。

『出てきなさい!この阿婆擦れ女!』
これは事務所的にOKなのだろうか、とこちらが心配になるほど本性丸出しのジェシカは、ずかずかとリビングを通りすぎて奥の部屋へ――
(まずい、その部屋は…っ)
何度もザックスの部屋へ遊びに行ったことがあるし、そもそもカンセルの部屋も同じ間取りであるからわかる。
そこは、よりにもよって生放送で映していい場所じゃない――寝室だ。

クリスマス・イブ、時間は深夜、若い男女がすることなんてひとつだけ。




『おい、ジェシカやめろ!おまえらカメラ止めろよ!』
瞬間、ザアっと砂嵐になる。ザックスがカメラを叩き割ったのだろう。
しかし、数十秒後、また映像が戻る。
(ザックス――2カメだこのばか!つめが甘いんだよ!)

撮られていると気付いていないのだろう。ザックスが、ジェシカに帰るようにと説得している映像が再び映し出された。
ジェシカは鬼のような形相で、ザックスを振り切ると寝室のドアに手をかける。だがそこまでだった。

『―――マジで、帰れ。迷惑なんだよ。』

ジェシカの手を強く掴んだザックスは、低く冷たい声で言い放った。
『…どうして…、そんな言い方するの?貴方が悪いんじゃない、私というものがありながら、他の女と…』
『さっきから、なんで怒ってんの?まじでわかんないんだけど。』
パン!とジェシカはザックスの頬を叩いた。
寝室に入られることはあれほど怒ったというのに、女に引っ叩かれるのはどうでもいいらしい。
目をぱちくりさせて、首を傾げている。
『ずっと、電話もメールもくれなくて!デートもしてくれない! イブに他の女とこっそり会っていて、怒らないわけないでしょう?!私たち、これで付き合ってるって言えるの?!』




『………いや、付き合ってないよな?』




―――ピシリ、と空気が凍りつく。
予想はしていた。たぶんカンセルだけじゃなく、司会者のジョーズも、視聴者も、誰もが予想していた。
過去に恋人関係にあったにせよ、あるいはただのセフレ止まりだった可能性も高いけれど…どちらにせよ今現在、彼女の恋心は一方的なものであること。
けれどもっと穏便に、空気を呼んで、オブラートに包んだ言い方があるだろう。
これだからマイペースなO型鈍感男は!

『だって…あんなに、愛し合ったじゃない!私のこと可愛いって言ってくれたし、好きだって、愛してるって、あれほど!』
『―――言わないよ。』
ザックスは、真っ直ぐにジェシカを見ていた。嘘を言っていないのがわかる。
『可愛いとか好きって言っても。愛してるって言ったことは無い。』
『…嘘よ!愛してるって言ってくれたわ!私だけを愛してるって!』



『俺が愛してるって言うのは、クラウドだけ―――あいつ以外には、絶対に言わない。』



絶対に、と力強く言い切るザックスに、ジェシカはもう言い返すことは出来なかった。
ザックスの言うとおり、どれだけ優しくしてもらっても、何でも買ってもらっても、最高のセックスをしてもらっても…愛しているという言葉だけは終ぞもらえなかったのだ。
『よくわかんないけど。俺が曖昧な態度をとってたから、ジェシカに辛い思いさせてたってこと…だよな?』
頭をかきながら、申し訳なさそうにそう言うザックスは、ひとの怒気を自然と萎えさせてしまう。
つくづく、おそるべし子犬スキルである。
『ごめん、ジェシカ。無責任なことして。謝るよ。』
『違う、違うの……!私は…謝ってほしいんじゃない。ただ、あなたに愛して欲しいだけなの、』



『それは出来ないよ。俺は死ぬまで、あいつしか愛さないから。』



がくり、とジェシカはその場に崩れ落ちた。
『なんということでしょう!これは浮気――というよりも、そもそも付き合っていたと思っていたのはジェシカだけだったようです。 そして、最後はきっぱりとフラれてしまいました…!なんとも切ない結末になってしまいましたが、皆さんお楽しみいただけたでしょうか? パートナーの浮気が気になって、夜も眠れないそこの貴方。当番組までご連絡下さい!それでは、また来週!!』
『…え、っていうかまだ撮ってたわけ?』
ザックスがぎょっとした顔でカメラの方に向き直ったその時。



『ざっくす……なに、さわいでんの……?』
ガチャリ、と寝室のドアが開いた。隙間から姿を現したのは、他でもなく――



『ちょ、まって、出てくんな!!クラウド!!』
しかし、ときすでに遅し。
2カメは、しっかりとその姿を映してしまったのだ。

司会者のジョーズは、マイクをごとりと床に落とした。
カンセルは、ビール瓶をガチャンと床に落とした。
ジェシカは、鼻水をたらりと床に落とした。

素肌に白いシーツをまとっただけの、ブロンドの美しい天使が、眠たそうに目をこすりながら出てきたのだ。
その左薬指にはめられたプラチナリングが、照明スタッフの持つライトに反射してキラリと輝く。
レフ板の必要がない艶やかな白肌と、首筋や鎖骨に残された幾つもの鬱血跡を、シーツの隙間から覗かせている。
だが…それだけじゃない。カンセルの三度の飯よりも大好物な、生唾ものの細く美しい素脚をカメラは捕らえた。
そして、その素足の内側をとろりと伝っている〝白いなにか〟―――

『え……………、わああああ!!お、おきゃくさん?!』
『クラ!てめえら俺のクラウドを見んじゃねえ!マジで殺すぞ!!』
クラウドと呼ばれた天使を必死で抱きしめ、周りから隠そうとするザックスの後ろ姿。
それを見たのが最後で、あとはもう何も覚えていない。




気付いたら朝だった。

カンセルだけじゃない、司会者ジョーズも、ジェシカも、カメラマンも、ADも、そして視聴者も。
天使のあられもない姿を前に、その場で鼻血をふいて卒倒したのである。




〝浮気調査団ピーターズ〟
この番組の、ときに流血事件(ただし鼻血的な意味)を起こすほどに過激な放送内容は、どうやらヤラセではないらしい。

合掌―――










たぶんザックス氏は、悲願叶って、クラウド君とクリスマスイブに初エッチ。
中○し後に幸せ~~な余韻に浸ってたらインターホン押されたもんで、ザックス超不機嫌だったんですね。
クラのお尻のアフターケアが出来てないわけですし。そりゃ怒るわ。
(2018.02.06 C-brand/ MOCOCO)


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