ご注意
*「美 女 と 野 獣」 パロディです。が、結局、原作童話は関係ありません。
*少しだけレノクラ、クラティ要素もあります。
*亀更新。



そういえば、野獣が頑なに渡さんとしていた
宝≠ヘ何なのだろう。
宝石か、金貨か、恐ろしい魔力を秘めた鏡か――

人々は、自身の望むものを期待します。

けれど 息絶えた野獣が
その背に守っていたものは。

Story15.愛を喰らう



「村に戻って、お願い―――クラウド。」
幼馴染の少女は、縋るようにそう言った。

「一緒に村へ帰って、皆に病気のこと説明してほしいの。一人で帰ればきっと私…ただじゃすまない。
 でも二人で説得すればわかってもらえるかもしれないわ。それにクラウドだって、」
『早く帰りたいでしょう?』肯定の言葉を信じているティファに対し、けれどクラウドは頷くことは出来ない。
その答えは――クラウドにもわからなかったから。

村に帰りたい、その気持ちは勿論ある。
一人村に残してきた病弱な母、生まれ育った故郷を襲う疫災。
母たちのことを、一瞬だって忘れたことなどない。
けれど生贄として村を追われてしまった今、病原を明らかにするまでは帰れない。そう思っていた。
その病気がウィルスに因るものだとわかり、そしてそれは誰の手でも、たとえザックスであっても治すことが出来ないと知った今――
ここに留まる理由はない。ない、そのはずだけれど。

「パパが、もし本当にもう、助からないっていうのなら…傍にいてあげたいの。」

ティファは少し唇を震わせたけれど、けれどはっきりとそう言い切った。
それは、肉親の死を覚悟しているともいえる言葉だった。
ティファは、けっして強い人間ではない。
その快活な性格から、一見勝気なように思えるけれど、その実内向的で臆病な面もある。
そんな彼女が、悲しい運命を受け入れようとしている様は、クラウドにとって胸が痛かった。



どんなに祈っても叶わない願いがある。
どれだけ嘆いたって、変えられぬ現実がある。
誰かが、何かがどうにかしてくれるかもしれない
誰かの、何かのせいかもしれない
そんな責任転嫁が、いかに無意味で虚しいものか。それを彼女は知ったのだろう。





**********


――化け物で、ごめんな。

城のエントランスホールで、ザックスが呟いた直後。
ティファはその場で泣き崩れた。
『誰でもいいから』『何でもするから』
だから唯一の肉親を助けてほしいと泣きじゃくる幼馴染を、放っておくことなど出来ず。
クラウドはザックスの傍を離れ、彼女に駆け寄った。
支えてやらねば床に蹲ってしまうティファを、言葉なく抱き留める。
彼女の涙を止めてやりたくとも、ただその細い肩を撫でてやることしかできない。



「ここ、寒いから…部屋に連れていったら。」
ずいぶん長い間泣き続ける彼女を気遣ってか、そう提案したのは意外にもザックスだった。
「おい、いいのか?そいつ、人間だぞと。」
レノは当然反対する。
「……人間、だけど。やっぱ女の子だし。」
「お前が女子供に甘いのは知ってるけどな。けどそいつ、クラウドとやけに親しいし…
 俺たちとしてはどう考えても面白くないだろ、と。」
「クラウドの大事な子なら。仕方がないだろ。」

彼女に対しては一言も声をかけなかったが、それでもザックスなりの情けをかけてくれたのだろう。
城内に入ることの許可を出すと、そのまま彼は静かな足音を立てて遠ざかっていく。
クラウドは言われた通り、ティファの肩を抱いて自分の部屋へと連れていった。
そうして彼女の涙が止まるまでずっと、傍にいた。







――村に戻って。
そう懇願するティファに、YESともNOとも言えず黙してしまったとき。
その沈黙を破ったのは、「邪魔するぞ、と」という呑気な声だった。
行儀悪く足でドアを開けて入ってきたレノは、その両手にマグカップを持っている。
「ザックスが持っていけって言うからだぞ、と。しょうがなくだぞと。」
二人分の温かい飲み物を差し出したレノは、クラウドの髪の毛をぶっきらぼうに撫でた後、
ティファの存在を意図的に無視するように立ち去る。
扉を閉じる間際に、レノは言った。

「…クラウド。村に、戻るのか?」

「クラウドは私と一緒に、」
「お前に聞いているんじゃない。」
ティファの発言を厳しく拒んだレノは、いつもの飄々とした口癖が抜けていた。

「………レノさん、…俺、」
「いや、やっぱり、俺に応える必要はない。むしろ部外者は俺の方だってのにな、悪い。」
「レノさん、俺…ティファを一人にはできない。母さんのことも、村のことも心配だ。でも…でも、」
「ザックスを捨てられない?」
レノは悲しそうに、クラウドの首にかかる彼のドッグタグを見つめていた。

どうすることが「正解」なのか、いくら考えてもわからない。
クラウドにとって大事なものはひとつじゃない。母もティファも村も大事だ、そしてザックスも。
けれどもし、ひとつしか選べないというならば――その答えはすでに出ていた。
たとえ薄情と非難されようとも、鬼畜と罵倒されようとも。全てを捨てる覚悟がクラウドにはある。
他の何にも代えられぬほど、彼を愛しているから。



「なあ、クラウド。傍にいるのが愛ってやつなら――捨ててやるのも、愛だと思うぞ。」


「え?」
「ザックスが何を望むか、お前にはわかってるんだろ?」

思わず耳を遮りたくなったのは。レノの言葉は、真っ直ぐに真実を突いてきたからだ。
クラウド自身、いつから気付いていたのだろう。
たぶん、熱にうなされて、ずっと傍にいて≠ニザックスに縋ったあの時だったか。
いやもしかすると、もっと最初の時から。
――いつかくる未来を知っていた気がする。
最終的にザックスが何を望むのか、何を選ぶのか。何を捨てるのか。それを知っていた気がする。
一時的に時間を止めることは出来ても、この城で永遠を得ることは叶わない。そう知っていた気がする。


「今夜は吹雪くらしい。明日は天気も快復するだろうから…朝には、俺はここを発つ。…元気でな、クラウド。」
思わず、というように――レノは、クラウドを抱きしめる。
きっともう、レノと会うことはない。少なくともレノはそのつもりだと、それがわかる惜しむような抱擁だった。

「…妹のこと、話してなかったな。」
「え?」
「まだ、14だったんだ。」

レノの湿った吐息が、クラウドの旋毛を揺らす。
もしかして、泣いているのだろうか。そう聞くことは出来なかったけれど。
「ちっちゃくて、どんくさくて、泣き虫で。いつも俺の後付いて来てさ。
 俺が守ってやんなきゃいけないって、ずっと思ってたんだ。けど、」
「うん、」
そういえばレノは、一度だけその過去を口にしていた。――妹を亡くしたのだと。

「あいつ、ソルジャーどころか軍人でもない、ただのガキだったのに。ソルジャーとの通謀は死罪だって言って…
 教会のやつらに追われてな。ミッドガルのゲートまでなんとか逃げたけど、結局二人ともとっ捕まってさ、」
「レノさん、」
「妹がお兄ちゃん助けてって泣くと、あいつらは余計に面白がった。
 大丈夫、終われば逃がしてやるからなんて言って―――
 さんざん犯した後、ゴミみたいに道端に転がして、そんで頭を撃ち抜いたんだ。」
「レノさん…っ」
ザックスだけではなかったのだ。
人々に傷つけられ、狂うほどの悲しみの中生きてきたのは。

「投獄された俺を助けたのは、ザックスだった。
 あいつの顔を見たとき、助けにきてくれた相手だってのに思いっきりぶん殴っちまってさ。
 お前のせいで妹は死んだって、お前のせいで捕まったって叫んだら、あいつは俺にただ、ごめんって言った。
 死ねなくてごめんって、俺なんかが生まれてきてごめんって。言葉になってなかったけど、そう言ってた。
 唇が、そう動いてた。」
レノとザックスの過去を想うと、息ができないほどに胸が苦しい。

「ザックスは傷だらけで、血まみれで、骨みたいになってて…
 歯も舌も抜かれててさ、まともに喋ることも出来ない状態だった。
 その時冷静になって、初めて気づいたんだ。きっと、想像を絶する拷問を受けただろうこと。
 息をするのも罪悪感を感じるぐらい、誰かに、世の中に、責められてきたこと。…自分を責めてきたこと。」
涙が、出そうだ。
そう思ったときにはもう、涙腺が壊れてしまったかのように止まらなかった。



「出逢って少ししか経ってないけどさ。お前、ひとのために泣いてばっかのところとか、
 なんか妹と似てるし――、それに、ザックスがすげえ大事にしてるから。
 …俺も、お前のことが好きだった。」



じゃあな、見送りとか苦手だからいらないぞ、と。
そう、再び呑気な声を無理矢理に出して、からからと笑いながら部屋を出て行った。





**********


「ザックス――入るよ。」
コンコン、
控えめに青い扉をノックをすると、部屋の中から小さな声が聞こえた。了承の返事だ。
ドアの向こう側も、常どおりの深い暗闇――窓の外は吹雪のせいで月明かりもない。
真の暗闇というものは、人の心を臆病にさせる。
ここに踏むべき地はあるのか、そもそも視力が自分にあるのか、それさえも不確かで不安になる。
言いようのない息苦しさを感じながら、数歩踏み出すと。両の手を前に広げた。

「ザックス。」
名を呼ぶと、相手はクラウドの訪問を待っていたかのように、その伸ばした両手をとってくれる。
そのまま逞しい胸で抱き留めてもらえば、瞬間、闇への不安が不思議なほどに消えていった。
「…ティファって言ったっけ。あの子、一人にして大丈夫なのか。」
「うん。明日は早いから…もう寝かせてきた。」
「そっか。」
「ザックス、あのね。俺がここにきたのは…」
「ん?夜這い?クラウドに寝込み襲われるとか、マジ浪漫だよな〜」
冗談めかしておちゃらけようとするザックスに、クラウドは眼を閉じて肯定した。

「そうだよ。」
「え、」
「夜這い、しにきた。」
「え?!」
よほど驚いたのか、クラウドを包むように抱いていたその体を放そうとするザックスに。
逃がすものかと、一歩また踏み込んでその体を預ける。


「ザックス、あのね。明日…」
「ごめん、聞きたくない。」
「明日の朝、雪がやんだら、」
「聞きたくない!」


これまでクラウドに対して絶対に聞かせたことのなかった、ザックスの怒鳴り声。拒絶の言葉。
それに言葉がつまる。
けれど、言わなくてはいけない。自分の言葉で、ザックスへの想いを。彼への感謝と、そして、



「わかってる。ちゃんと全部、わかってるから―――頼むから、言葉にしないで。」



彼に告げなくてはいけないのに。
今までありがとう、そして、




『さよなら』、と。




レノに言われなくても。
ザックスが選ぶもの、ザックスが捨てるもの。
それをクラウドはもうずっと前からちゃんと理解していた。知らないふりをしてきただけで。

クラウドがいかに傍にいたいと願っても、全てを捨てる覚悟があっても、
光の世界から離れ、彼とともに闇に落ちることを選んでも。
――ザックスが、それを許さない。絶対に。彼は、クラウドの不幸だけは絶対に許してはくれない。
彼は、クラウドを選んではくれない。

傍にいるのが愛ってやつなら――捨ててやるのも、愛だと思うぞ
彼に捨てられる前に、否、優しい彼に捨てさせる前に。自分が彼を捨てねばならないのだ。



「…俺が、アンタのことなんか大嫌いになって、二度と会いたくないって思えるぐらい。酷くして。」
離別の言葉の代わりに、そう彼に告げる。
「いいよ。そのかわり明日になったら、」
ザックスは先ほどまでとは違い、静かに、穏やかに、慈しむように。まるで愛を囁くように言った。



「明日になったら、黙って出ていって。初めからいなかったみたいに、全部夢だったんだって思えるように。」



ありがとう≠熈さよなら≠烽「らない。
手に入らぬとわかっている愛ならば、言葉の欠片だって残さず、この腕の中から逃げていってほしい。

勢いよくこの体をベッドへ押し倒し、衣服を引き裂く乱暴な手――
その暴力には不釣り合いな、優しすぎる口づけが落ちてくる。
あまりに彼らしくて愛しいけれど、それでは足りないのだと言って彼に縋った。

どれだけ乱暴にされてもいい。痛くても苦しくてもいい。
この肉を食いちぎるほどに暴いてほしい。
どうか一生消えぬ傷を、この体に刻んでほしい。






…これが、最後の夜だから。






愛しい、俺の野獣――


一緒に生きていけないなら、
貴方の血となり肉となりたい。

お願い、残さず俺を食べて。






3か月ぶりの更新がこんなんですみません。(2015.01.26 C-brand/ MOCOCO)


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