ご注意
*「美 女 と 野 獣」 パロディです。が、結局、原作童話は関係ありません。
*クラウド←ティファ要素あり。
*オリキャラ変態おじさんにより、クラウドもティファも酷い目に遭いますのでご注意ください。
*亀更新。



少年の大きな瞳が、こちらを見上げます。

そのふたつの宝石に映りこんでいたのは、
とても醜悪な化け物たちでした。

ひとの不幸を笑い、ひとの幸を疎む
…ひとでなしの顔。


Story17.愛を刻む



ひと月ほど前。クラウドがひとり、馬でニブル山を登ったときには、半日以上の時間を要した。
けれど、チョコボは馬とは比べものにならないほど脚力があり、スピードもスタミナも想像以上。
チョコボを気遣い、それなりに休憩をはさんで山を下ったけれど、それでも4.5時間後には村を見下ろすことが出来た。

「ここからは歩いて下ろう。ティファ、いいか?」
昼間の雪山で、黒チョコボの羽毛は目立つ。
何よりも、歓迎されるとは思えない自分たち二人の立場や、村での疫病。…それらにザックスのチョコボを巻き込むわけにはいかない。
自分たちに何か危険があったとき、チョコボの脚があればとても助かるけれど、でも――
二人に逃げる場所などない。村以外に帰る場所などないのだ。

「チョコ、ここまで乗せてくれてありがとう。…さよなら。」
「クエエ、クエ……」
レノいわく、チョコボには強い帰巣本能があるという話であったけれど。
しかし、チョコはもと来た道を戻ろうとはせず、なおも二人の後を付いてきてしまう。
「チョコ、俺たちは大丈夫だよ。お願い、早くザックスのところに帰ってあげて。」
そう、チョコボの瞳をじっと見つめて懇願する。

チョコボはクラウドの髪に自身の頬を擦り付け、甘えるように小さく鳴いた。
こんなに懐いてくれているのだ、離れがたいのはクラウドも同じだけれど。
「…ザックス、寂しがりやなんだ。あのひとの傍にいてあげてほしい。…俺は一緒にいられないから。」
胸は痛むけれど、チョコボを振り向かずに歩き始めた。





***********


潜むようにしてニブルヘイム村に入った二人は、まずクラウドの実家へ向かう。
一人息子を失ったと思い込んだままであろう母のことが気になるし、村人の様子について聞くことができるのは母しかいない。
小さな家の裏手にまわり、薬草を育てているプランターの底から、自宅の鍵を見つける。
もう何年も使うことがなかった、立てつけの悪い裏口の扉を小さく開けると、二人は滑り込むように中へ入った。

裏口は、台所に繋がっている。
ちょうど昼時前であるこの時分、常であれば母はここで火を使っていることが多い。
母は病弱で、床に臥せっていることが多いけれど、料理を初めとする家事はいつも手を抜かないひとだった。

「母さん…?」
だが、台所に母はいない。それどころか、最近炊事をした形跡もなく、うっすらと埃をかぶっている。
昼間だというのに、家の中は薄暗い。カーテンを閉めているからではなく、家の中のほとんどの窓に板が打ち付けられているのだ。まるで、廃屋のように。

「なんで、こんな…」
貧しくてとても小さな家だけれど、いつだって清潔に片付けられていた。
台所には東の日差しが入り込み、眩しいぐらいだった。そこで、母が料理をする音が好きだったのに――
ひと月留守にしていただけで、まるで知らない場所みたいに思える。
狼狽するクラウドに、ティファは眉を下げた。

「…クラウド。私、貴方に頼まれていたのにごめんなさい。クラウドが生贄になってからも、それでも病気が治らないって…、村のひとがクラウディアさんを責めて、窓を割ったり石を投げ入れたりしたの。だから、クラウディアさんもかなりまいってしまって、」
「母さん!」
もう声を潜めることも忘れて、クラウドは母を呼びながら寝室へ駆け込む。
ザックスと離別した今――もしも母を失ってしまったら、もうクラウドには生きていく意味がない。

「クラウド…………?」

簡素なベッドに横たわっていたのは、記憶よりもまた一回り痩せた母だった。
顔色は恐ろしいほど白く、喉もしゃがれているけれど、生きている。
「母さん、無事で良かった…!」
「クラウド、貴方どうして…?!こんな、こんなことって………っ!」
死んだと思っていた息子が目の前にいる。
その事実を夢か幻か、あるいはついにお迎えがきたのかと、なかなか信じられないでいる母。
気を動転させる母に、これまでの経緯を説明する。

生贄として城を訪れたが、そこに住む男「ザックス」に命を助けてもらったこと。
彼はいっけん乱暴で粗雑だけれど、実は小鳥や花が好きな、とても心の優しい男であったこと。
村の奇病は彼のせいではなく、ウィルスという病原によるもので、「抗菌薬治療」か「魔法治療」でないと治せないらしいこと。
そして今、それらの治療ができるものは――ザックス含めて――誰もいないこと。

クラウドの母は、涙を流しながら、しっかりと頷いてクラウドの話を聞いてくれた。
息子の生還を喜びながらも、けれど隣にいるティファを見やると、悲しそうに目を伏せた。
「ティファ………本当に、残念だけれど。貴方のお父さん……昨夜遅くにね、息を引き取ったのよ。」
「そんな…パパ…っ!」
覚悟していたとはいえ、最期のときには傍に居たい――その願いは届かず、ティファの父は逝ってしまった。
崩れ落ちてしまいそうなティファに手を差し出すと、彼女はクラウドの胸に縋るようにして泣いた。
気の利いた言葉をかけてやれたらいいのだけれど、何も言えない。
ただ、何があってもこの幼馴染は自分が支えてやりたいと、しっかりと抱きしめた。





ティファが泣き続けること、数時間――。
ずいぶん長い間彼女の涙は止まらなかったけれど、クラウドがその背を撫で続けていると、次第に落ち着いてきたようだった。
「ありがとう…クラウド。もう、大丈夫だから。私、きっとすごくみっともない顔してるよね。」
大丈夫なわけがない、唯一の肉親を失ったばかりなのだ。
それでもティファは、なんとか気丈に振る舞おうとする。
「大丈夫なんて顔、しなくていい。」
クラウドがその涙に濡れた目じりをそっと拭ってやると、ティファは微かに笑んだ。


「本当に、大丈夫だと思う。…クラウドがいてくれるから。」


ひとが悲しさや寂しさを乗り越えるには、ひとりでは難しい。
ザックスが自分に寄り添ってくれたように、自分も彼女の心に寄り添ってあげられたら。







***********


ティファの父であり、ニブル村の村長であったブライアン=ロックハート――
彼が逝去した今、次の村長ないし代理の権限を持つのは、サンドロ=マルコーという大地主の男である。
ひと月ほど前、この村で最初に死んだニック=マルコー。彼の父親だ。
ニックとクラウドは良好な仲ではなく、金を払うから足を開けと強要してくるような青年だったけれど、その父親であるサンドロとも――正直、顔を合わせたくはない。
サンドロは、息子以上の好色家で、しかもまだ年若い少年少女を好む性癖があるようだった。
誰にも、母にも言ったことはないけれど…クラウドがもう少し幼かった頃、男には幾度も悪戯されかけたことがあるのだ。



「クラウド。本当に、サンドロさんのところに行くの?私、あのひと好きじゃない。いつも、嫌な目つきで見てくる気がするし…」
ティファと同様に、それはクラウドも感じていることだ。
けれど、病気のことを説明し、村全体を統率してもらうには、権限があるものでないと意味がない。

「ティファは、母さんと俺の家で待っていて。俺がひとりで行ってくる。…もしも、俺が戻らなかったら、」
「私も行く!」
「ティファ。俺たちの状況が安全かわかるまでは、連れていけない。」
「いやよ!クラウドはそうやって、いつも一人で危ないことしようとする。クラウドは私のヒーローだけど、私は弱いお姫様じゃない。私だって、クラウドと闘いたいの…っ!」
「ティファ…」

彼女を説得することは出来そうになかった。
ザックスに隠れていろと諭されたとき、クラウドとて従わなかったからだ。

結局、人目を避けられる日没後。クラウドとティファは二人で家を出て、サンドロの屋敷を訪れた。
騒ぎになる危険性もあるが、まさか許可なく侵入するわけにもいかず、正門のベルを揺らす。
すぐに出てきた召使は、若い二人を見ると驚きに目を見開き、一度屋敷内に駆け戻っていった。
しかし数分後、二人は何事もなかったかのように屋内へ通される。
年老いた女性の召使は、にこにこと笑顔さえ作っていた。どこか、無理に張り付けたような――面のような、不自然な笑みだった。

二人が通された応接には、食事や飲み物が次々と運ばれる。
「旦那様からのお心遣いですよ。」
そう言って紅茶を注ぐ召使の手は、ガタガタと震えている。怪我か、あるいは体調が悪いのだろうか。
食事が喉を通るわけもなかったが、召使に強く勧められたため熱い紅茶だけすすり、二人は主を待つ。

そこへ、応接の扉が開き――あの男、サンドロ=マルコーが現れた。
村長であったティファの父も、サンドロと同じぐらい資産家であったが、その人間性はまるで真逆だ。
ティファの父は、他人にも自分にも甘えを許さないような、厳格でストイックな男であった。
しかしサンドロは、一見人当たりは良く陽気にも思えるが、金使いの荒い好色家で、その体型は贅沢をそのまま体現したような男である。

でっぷりと肥えた腹をさすりながら、男は二人に歩み寄ってきた。
「クラウドとティファ!無事で本当に良かったよ!君たちのことは、わが子のように思っていたからね。」
サンドロは生贄二人の帰還を、まるで疎んでいない。それどころか、喜んでくれている。
ティファを贄として村から追いだしたのは、次期村長である、他でもないこの男自身のはずだ。
それはつい二日前の話――それなのに、この態度の変化はなんだというのだろう。

「サンドロさん、ティファの父までも亡くなってしまったこと、聞きました。その疫病のことで、お話があるんです。」
「おお、そうか。私も、お前たちに聞きたいと思っていたんだ。」
「実は、山の上の古城に棲んでいたのは、恐ろしい野獣ではなく、医学知識のある男でした。そのひとに教えてもらったんです、この病は」
ガシャン、とカップが床に落ちる音がした。そして、クラウドの肩に倒れこんでくるティファ――
驚いて彼女の肩を支えようとするけれど、でも、クラウドも手が痺れて力が全く入らない。

「……安心しなさい、死にはしないよ。ただほんのすこし、茶にニブルカブトの根を混ぜただけだ。手足の自由が利かないだけで、意識ははっきりしているだろう?」

彼女を胸に抱き留めたままソファに倒れこんだクラウドは、なんとか起き上がろうとするけれど、どうしようも出来なかった。とくに下半身の痺れが強く、もはや感覚さえもない。
「お前たちに聞きたいことがある――どんな手をつかって、野獣から逃げてきたんだ?」
「逃げてきたんじゃ、ない……っ!病気は野獣のせいではないと、村に知らせに来たんだ!」
かろうじて、言葉を発することは出来る。必死で経緯を知らせようとするけれど、しかし。

「逃げてきたわけではない、か。…そうだな。たしかにお前たちは、野獣に生かされて村に戻ってきた。―――何が目的だ?」
「だから、病気のことを話そうと…」
「私の財産か?それとも私の村を支配するつもりか…?!」
「違う!」
「黙れ!この汚れた肉が!!」
男は銅の燭台を手に取ると、それでクラウドのこめかみ辺りを殴りつける。



「野獣に喰われた肉は汚れる。お前たちは、もう人間ではない。――野獣の僕に成り下がりよって!」



そのまま燭台で、続けざまに殴打される。
せめて腕の中のティファだけは守ろうと、自由がままならぬ力を振り絞って、彼女を自身の体で覆った。
「や、やめて…クラウドを、ぶたないで!おじさん……っ」
ティファも意識はあるらしく、サンドロに懇願するけれど。
男は狂ったようにクラウドをいたぶり続けた。

頭を強く叩かれるうちに、体中の痺れが徐々に消えていく。 おそらくは、頭への強い殴打が刺激となり、脳が徐々に覚醒していったのだろう。
まだ、逃げ出すことは出来そうにないけれど。もう少し時間を稼げば、もしかすると、好機があるかもしれない――

「私たちは、野獣の僕じゃないし、何も命令されてない。ただ、故郷に帰ってきたかっただけよ…!どうして、どうしてわかってくれないの…?!」
涙ながらにそう言い募るティファに、サンドロはニイ、と醜く口角をあげた。
「――それならば、証明してもらおう。」
「しょうめい…?」
「お前たちが、本当に汚されていないのか。おじさんが見てあげようじゃないか。もし、お前たちの言うとおりだったら、村に戻ることを許そう。…次期村長である、この私がね。」
にやにやと下卑た笑みをうかべる男を目の前に、とてつもなく嫌な予感がした。

「証明、って…どうやって、」
ティファがそう聞き返した瞬間、クラウドの体は彼女から勢いよくはがされ、床に転がってしまう。



「――――処女検査さ。」



「な、に…言ってるの?いや!触らないで!!」
「やめろ!ティファに触るな!」
「大人しく足を開けと言ってるんだ!」
「いや!いや!やめて!!クラウドには、クラウドにだけは、見られたくない!!」
「…健気だなあ。聞いたか?クラウド。お前は自分の番が来るまで、そうやって這いつくばっていなさい!」
再度、後頭部を思い切り踏みつけられ、視界がぶれる。

気を失っては駄目だ。ティファを守らなければ。目を閉じては駄目――
唇を噛みきると、血液が口の端を伝っていく。この痛みでなんとか意識を保とうとした。

けれど、あっという間に衣服を剥かれ、下着までも脱がされてしまうティファ。
彼女を前に、自分は手を伸ばすことさえ出来ない。護ると誓ったのに、それなのに。

「ほう…たしかに、まだ処女膜が残っておるな。」
ティファの脚を無理やり開かせた男は、まじまじと彼女の体を眺めたあとで、大きなため息をついた。酷くつまらなそうに。
「だが、いかんせん、すっかり体が成熟している。まったく、これだから贅沢に育てられた娘は…成長が速過ぎてつまらん!」
ティファは嗚咽をあげるほど泣きじゃくっていたけれど、しかし、男が自分の体に興味を失ったと知ってその涙を止めた。
「―――それに比べて。」

コツコツと革靴の音をたてて、男が大理石のうえを歩いてくる。
「それに比べて、クラウド。お前の体は本当にたまらんなぁ…。白い肌、細い腹、それに小さな尻。死んだ息子も、お前に目をつけていたようだが…まったく、血は争えん。」
男が、クラウドのベルトに手をかける。
瞬間、そのベルトをクラウドは自分で引き抜き、それでおもいきり男の顔面を叩いた。

呻く男を前に、逃げようとするが、しかし――思っていたよりもまだ、下半身の痺れが残っていた。
すぐさまクラウドが床に倒れこんでしまうと、男はその華奢な背中に馬乗りになる。
「このクソガキ!大人しくしろ!」
「ま、まってください…っ、大人しくします、でも………彼女の前では、脱げません!」
クラウドの大きな瞳でじっと見上げられたサンドロは、頬や鼻のてっぺんをじわじわと朱に染めていく。



「だから―――貴方の、寝室に連れて行って。」



男がクラウドに目を奪われているそのとき、床をすべらせて〝あるもの〟を投げた。
それはしゃがみ込んでいるティファの、腿の下あたりに入り込んでいく。

クラウドがティファに授けたのは、あらゆる毒草に対して解毒作用がある錠剤――自身で調合した解毒ハーブだった。
もしかすると疫病に多少の効果があるかもしれないと、持ってきていたものだ。

ひと瓶しかないけれど――それで、彼女を助けたい。
サンドロの興味は、今、完全にクラウドに向けられている。
男に気付かれぬようにその解毒剤を使用すれば、きっと彼女だけでも逃げられるだろう。

ティファに目配せすると、彼女はクラウドの狙いを正しく悟り、そして止めようとする。
「待って、クラウド…!」
サンドロはクラウドの体を軽々と担ぐと、こちらの提案どおり寝室へと向かう。
「大丈夫。男なんだから、身体を見せるぐらいどうってことないよ。」
「でも、それだけじゃ―――」

ティファの声は、扉の向こうに消えていった。
ザックスに体を暴かれたことがある以上、クラウドにもおそらくは〝その先〟があるだろうことはわかっていた。
だが、彼女を助けるにはこうするしかないのだ。
クラウドには、ザックスやレノのような力も知恵もない。
情けないが、低俗な誘いぐらいしか…武器になるようなものがないのだ。

(いや―――武器、ならある。)
そういえば。ブーツの内側に、レノからもらったナイフがある。
男に担がれながら、そのナイフと、それを受け取った時のレノの言葉を思い出していた。



〝なんでも人を信じるな。〟
〝お前が思うほど、ひとは善意だけじゃない。〟
〝武器がなければ、守りたいもんを守れない。〟



どれだけ綺麗ごとを並べ立てても、現実は、レノの言葉どおりだった。
信じるに値しない人間はいる。人は人を裏切れる。醜く、暴力的な性を抱いた人間も確かに存在するのだ。
この身を守るためだ、もうこのナイフを抜くしか―――





***********


「さあ、クラウド。ここなら二人っきりだ。おじさんに、お前の体をよく見せておくれ…っ」
ベッドに顔を押し付けられ、両手を後ろ手に縛られた状態で――尻だけを持ち上げられる。
ボトムと下着をずり下ろされると、男の湿った息が尻に当たった。
ハアハアと荒んでいく男の息遣い、汗ばみ暴力的な力で尻をつかむ男の手、それに男の体臭――
あまりに気持ちが悪くて、嘔吐しそうだった。

「クラウド……。やはり、お前は処女じゃないな。これは、男を銜え込んだことのある穴だ。ほら、おじさんの指も美味そうに銜え込んでいくぞ。」
「うわ…?!や、やめろ…!!」
尻の穴に指を突きたてられ、乱暴に抜き差しされる。
「もったいないな…こんなに可愛い穴なのに。野獣の肉人形になってしまったなんて。」
「いた、いたい…っ」
「でも、安心しなさい。おじさんが綺麗にしてあげよう。そうすれば、また村で暮らせる――そうだ、おじさんの養子にならないかい?お前となら、きっと仲良く暮らせる。」
ガチャガチャとベルトを外す音が聞こえる。
何をされるのか理解して、クラウドは死にもの狂いでもがいた。足元のナイフを必死に探る。

この男は、結局のところ、信仰や伝統などどうでもいいのだ。
ただ、自分の欲を満たすためだけに、信仰を歪ませ、伝統を利用しているだけ。性欲と金に狂った、醜い人間。
――こんな男に犯されるぐらいなら。





「近寄るな!!」

後ろ手に縛られていた布をナイフで裁ち、刃を男に向って構える。
ニブルカブトの根は、下半身に強い痺れが出るため――まだ立てそうにはなかったが、両の手はしっかりとナイフを握ることが出来た。

「そのナイフで、私を殺すのか?」
「近寄れば…殺す、」
「人殺しは大罪だ。お前も、お前の母も火炙りになるぞ。」
「……っ、」
「それに、そんな震えた手で。人を殺せまいよ。」
「――――っ!」


男の言うとおり――――殺せない、と思った。
誰かを守るためじゃなく、自分が助かりたいがために人を殺めてしまったら。
それはザックスやレノが憎む〝人間〟と同じになってしまう気がするから。

「さあクラウド。いい子だから、そんな危ないものは寄こしなさい。大丈夫、痛いことなんてしない。一緒に気持ちいいことをするんだよ。」
「ち、近寄ったら、刺す……」
「お前に出来るわけがない!」
そのナイフの切っ先は、男の方ではなく、クラウドの細い首元に充てられた。



「それ以上近寄れば……自害します。」



「ばかばかしい」と男は一笑した。どうせ本気ではないと、男は前を寛げたままクラウドににじり寄ってくる。
目を瞑り、ぐ、と喉仏にナイフを突き立てようとしたそのとき、



「ひとを殺せないからって、自分を殺そうとするなんて―――本当に、馬鹿がつくお人よしだな。」



ナイフが、全く動かない。
おそるおそる目を開けると、ナイフは何かに捕まれていて――違う、誰かの手だ。
「けど、そういうところが放っておけないし。…惚れてる。自分でももう、どうしようもないぐらい。」
誰かの手が、クラウドの背後から伸びて、ナイフをしっかりと握りしめているのだ。
「……諦めようと思っても、出来ない。」
ぽたりとぽたりと、刃を包むその手のひらから赤い血液が零れていくのが見えた。

「誰だ貴様は…?!」
「誰だと思う?」
「そ、その顔……っ!ま、まさか、お前が……?!」
「人の顔を指差すなよ。傷つくだろ。」

ナイフを握っていない左手で、クラウドの背後にいた何者かは、サンドロの頬を平手で叩く。
たった一度だけの殴打で、男はベッドの上から弾き飛ばされ、壁にぶつかって崩れ落ちた。





「手………血が、いっぱい、出てるよ。」
「こんなの舐めとけば治る。それより、おまえの方が傷だらけじゃねえか。待ってろ、今治すから、」
そう言う誰かの手のひらに、クラウドはそっと口づけた。
「ばか、血がつくぞ、」
「舐めとけば治るって、アンタが言ったんだろ。」
「でも、俺の血なんて、汚いし、」
手を引こうとする男の手を、そっと握りしめた。すると、向こうも遠慮がちに握り返してくる。

「―――後ろ、振り向いてもいいの?」
「………でも、おまえに、嫌なもん見せちまうかもしれない。」
この期に及んで、なおも恐がりな彼に、クラウドは笑ってしまった。
「俺がアンタの顔を見て、なんて言うのか。――俺にはもう、わかってる。」
「……なんて言うの」

思い切り振り返り、彼の腕の中へ飛び込んだ。
そうして、彼の首に両腕を回し、じっと見つめ合う。
「δράκος(野獣)――」
男の顔左半分に、大きく刻まれた烙印。ニブルルヘイムの古字であるそれを、クラウドは読み上げた。
びくりと肩を震わせる男に、もう一度、ゆっくりと、繰り返す。

「愛しい、俺の野獣―――」
愛の言葉を、繰り返す。









愛しい、俺の野獣――


その烙印は、もう悲しい傷跡じゃないよ。

たった今から、
貴方に贈る 愛の言葉になるから。








きっとザックスは、原作物語のように城で待っているだけではないと思います。
そして変態オヤジ書いていると、おまおれ?ってなる私…(土下座)
(2018.01.21 C-brand/ MOCOCO)


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