キミが恋に堕ちる確率、何パーセント?
「俺。ザックスが好きなんだけど。」
プライドも倫理観も、全て全て投げ出して。一生分の勇気を振り絞って、そう告げた。
その、一世一代の告白は――
「俺も、ちょー好き!」
そう、あっさりと返された。そして続く言葉。
「だってオマエ、昔飼ってたニャンコみたいなんだもん!猫缶開けたくなる!」
―――軽く殺意すら覚えたことを、覚えている。
「だから、オマエ荒れてんのかよ、と。」
「うるさい!レノのばか!ばかばか!」
今日は花の金曜日――。
ねじりハチマキをしたオヤジが店主のこの居酒屋は、芋焼酎で有名。
お洒落な雰囲気とは無縁な店内は、仕事帰りのサラリーマン達で賑わっていた。
そんなむさ苦しい男達ばかりの空間で、一人、浮いているのは。
「ばかってクラウド…それ、八つ当たりだろと。」
「飲まずにやっていられるか!ザックスのアホ!トンマ!ふにゃチン野郎!」
少年の存在感のある声が店内に響いた瞬間、周囲の空気が凍りつき、しんとなる。
赤毛の男が「いや。あいつは、かなりのイチモツだぞ。」とどうでもいいフォローをする声だけが響いた。
――1時間ほど前のことだ。
赤毛の青年と金髪の少女が連れ立って店内に入ってきて、その瞬間にいたるところから歓声が上がった。
店の中は薄暗いにも関わらず、少女の金髪と白い肌は輝くように浮き立っていた。
ミッドガルではなかなか珍しいその容貌に、酒を楽しんでいた中年男達は皆、感嘆のため息をつく。
中には『天使さまじゃ〜』と拝み出す、酔っ払いまでいた。(中小企業の社長らしい)
赤毛の男――レノは、店中の視線を一身に受けながら、少し得意気な気持ちだった。
どうやらカップルと思われたのか、気前のいい店主のオヤジから『憎いね色男!』と冷やかされ。
山盛りのポテトフライや焼き鳥の盛り合わせなど、頼んでもいないのに様々なサービスが出てくる。
「顔がいいって、財産だよなと…」
レノは改めてその金髪の美少女、と誰もが思っている美少年≠眺める。
「なに?なんか顔についてる?」
カウンター席で、隣あわせに座っているこの至近距離。
近くで見れば見るほど、その顔の作りは芸術的なほど整っていて、さんざん美女とお付き合いをしてきた
レノであっても、思わず見とれてしまう。
だが、少年――クラウド本人は、店の過剰サービスが自分の功績だと全く気付いていない。
その天然っぷりがまた、可愛らしいことこの上ない。
「いや、それより。今日はオマエの話に、付き合ってやるってことだっただろ?」
「…うん。なんかごめんね、レノさんにまで迷惑かけちゃって…」
などと、大そういじらしいことを言う、金髪の少年。
それが、小一時間ほど前の話だ。
――そのクラウドは、どこに?
1時間近く飲み続けたクラウドは、あっという間にベロベロに酔っ払っていた。
レノにからむは、反対隣に座っているおっさん(赤の他人)のハゲ頭をぺしぺし叩くは、
あげくのはてに、先ほどの『ふにゃチン』発言。
周囲で聞き耳を立てていた中年男達は、クラウドの粗相(?)に、蒼白な顔をして固まっている。
スラムに舞い降りた天使≠セと思っていたのに、その理想像がガラガラと音をたてて崩壊していく。
「なあ、レノ。俺だってさ、女の子が好きなんだよ。ティファ可愛いなって思ってたし。
でもさ、気付いたらザックスのことしか考えられなくって。あいつが誰にでも優しいって知ってる、
知ってるけど、優しいから、俺、」
普段、口数が少ないクラウドとは思えない饒舌ぶり。
いつのまにか「レノ」と呼び捨てになっているし、口調も粗雑だ。
「オヤジ!もう一杯!」
焼酎をロックで飲む彼は、かなり男らしい。…ただしその愛くるしい外見を除けば、だが。
「ティファって誰。てかさ、ザックスは誰にでもイイ顔すっけど、オマエのことは特に甘やかしてる気が
するぞと。」
「そうなんだよ!俺、優しくされるのとか慣れてなくって、だから好きになったってしょうがないだろ?!
ザックスが悪いんだ!あのフニャチン野郎!」
「いや、だからあいつは結構でかいし下半身魔人ってあだ名も…」
どうでもいい訂正をきっちりするレノに、苛ただしげにクラウドは言う。
「知ってるよ!いっつも女の子のお尻追いかけてるじゃんか!……知ってる、知ってるもん…
どうせ、俺なんか……」
レノも、周りで固まっていた男たちも、はっとした。
今の今まで焼酎ビンを片手にわめいていたクラウドが、急に泣きベソをかくはじめる。
頬を赤らめ、その宝石のようなアイスブルーの瞳から涙が零れて。
そして知ってるもん≠ニいうあまりにいじらしい、そのセリフ。
それらは確実に、レノや店主を含む、全ての男達のハートをわしづかむ。
ぐわっと、強烈に。それほどの可愛さ――(ぶっちゃけ、ただの酔っ払いなのだが。)
一気に、店内のテンションがあがる。
男達から、口々に掛け声があがって。
「頑張れ!かわいこちゃん!!」
「そんなふにゃちん野郎には、マムシエキスでも盛ってしまえ!」
「おじさんが、お小遣いをあげよう!」
酔っ払いが一致団結する様は、大変、鬱陶しいものである。
そして酔っ払いの戯言ゆえに、参考にも得にもなりはしない。
だが。
「そうだ、猫耳メイドだ!!」
誰かが叫んだその一言が、まるでドラ○もんの『ぱんぱかぱーん、スモールライト!!』
という決め台詞のように木霊した。
「それだ!!」
レノが大きな声で、それに賛成する。
「え?」
クラウドが目を瞬かせていると、レノはクラウドの細い両肩をつかみ、真剣な顔で続ける。
「いいか、クラウド。男っていうのはな――とても愚かで、闇をもった生き物なのさ。」
いつものおちゃらけた様子ではないレノの態度に、クラウドが酔った頭でありながらも、ごくりと喉を鳴らす。
何かとても大事なことを、レノは言おうとしている。そんな予感がした。
「男には、譲れないものがある。それはな――夢をみることだ。ちがうか?クラウド。」
レノの言葉に、クラウドははっとした。
(そういえば、ザックスも――夢を持てって、いつも口癖のように言ってる。)
クラウドは小さく頷いて、先を促す。
「つまりだ。それは――萌えだ。」
「は?」
「メイド萌えだぞと!」
レノは、男の愚かしさに自嘲するかのような…そんな乾いた笑みを浮かべた後、一気に続けた。
「禁じられたメイドとのメイクラブ!しかも絶対服従という加虐心を煽る一言!
そう、『ご主人様』とメイドに呼ばれることこそ、男の夢だ!!違うか?!」
「…え、どうなんだろ…。なんか違う、んじゃ…」
酔っ払っていた頭が少し覚めてきて、しどろもどろに答えるが、レノの勢いに押されてしまう。
「そうだな、たしかにそれだけじゃ、スパイスが足りない。メイド喫茶もメイド居酒屋も、
今じゃ珍しくもなんともないし。厳しい競争社会なご時勢だ。だから」
「あ、あのレノ…さん?」
「だから一歩進んだサービスを!そうだ、猫耳をプラスだ!!これぞ究極の萌えアイテム!」
おおーっ!!ブラボー!!
と、店中がスタンドオーベーション。
「そうだそうだ!」とか「それで堕ちない男はいない!」とか。
中には「金を払うから、おじさんの猫耳メイドになって」とかいう危ない客もいたが。
「よし、今から調達にいくぞ!善は急げだ!」
そのまま強引に腕をひかれ、店を後にする。
クラウドの後ろからは、中年男達の熱いエールがいつまでも聞こえていた。
「ただいま〜!クラ〜、もう帰ってる?」
ザックスが任務から帰ってきた。
3日間遠征だったにもかかわらず、相変わらず元気な男だ。
だが部屋に入った瞬間、持ってたバスターソードも手荷物も、全て床に落とす。
びっくりするのも、当然だろうか?
なぜならザックスを出迎えたのは、いつもの『ルームメイトの少年』とは明らかに違う。
玄関に正座していたのはメイド――しかも、ただのメイドではない。
可愛らしい猫耳をつけた、いわゆる『猫耳メイド』である。
(猫耳メイドなんて、マニアックすぎないか?)
レノに連れていかれた、ウォールマーケット。
まず「男男男」という怪しげなボクシングジムで、ブロンドのカツラを手に入れて。
そしてスランプに悩む仕立て屋のオヤジを脅して、メイド服を作らせ。
あげく「ミツバチの館」という娼館で、猫耳とセクシーコロン、それにランジェリーまで貰ってしまった。
首周りが広く開き、背中は丸見え、スカートもひざ上でふりふりしている。
掃除や炊事をするメイドの制服としては、ふさわしくない気がする。…とても機能的とはいえないメイド服。
このメイド服を試着した姿をレノに見せたとき、レノは鼻血を吹いて失神した。
(レノさん、体調悪かったのかな?)
などと見当違いのことを考えるクラウドが、レノの心中など理解できるわけがない。
クラウドは大きく深呼吸し、まず第一声を口にする。
「…お帰りなさいませ、ご主人さま。」
男であるならば、メイドが好きだ。≠ニレノは言っていたけれど、さすがにそれは偏見だと思う。
実際、クラウドはメイド服にときめきはわかない。ただの制服に過ぎないと感じる。
だが実は――ザックスが、かなりのメイド好きだというのは知っていた。
彼の部屋には、「ツンデレメイドのご奉仕」というAVが転がっていたから。
だからこそ、これにかけてみたのだ。
「くくく、くら?!?!なにそれ?!どーしちゃったのお前??」
どもりすぎだ。ザックスは、目をしろくろさせて、口をパクパクしている。
かなり動揺しているらしい。
(くそっ、失敗か?)
ザックスが喜んでくれるかと少し期待していたのに、彼はまるで、宇宙人でも見たかのような顔だ。
やはりメイドだけならともかく、猫耳までつけたのはマニアックすぎたかもしれない。
ザックスが無類の猫好きだからといって、さすがにやりすぎてしまった。
「おま、おまえ、それ、なに?!なんの罰ゲーム??誰に言われたんだ?!てか他のやつにもそんなかっこ、
見せたのかよ!?」
ザックスが、早口で捲くし立てながら、ずかずかと詰め寄ってくる。
(あ、かなり近い。)
ここまできたら、ヤケクソだ。レノのアドバイスを信じて、先に進むしかない。
クラウドは思い切って、ザックスに擦り寄ってみる。
「ご奉仕する…にゃん。」
このセリフで男は絶対に堕ちる―――と、レノが教えてくれた。
(ちきしょう、まじで恥ずかしい!ほんとにこれでいいのかよ?!)
こんなことをして、本当にザックスを落とせるのだろうか?
いささか冷静になって考えてみれば、友達にメイドの格好で迫られて、嬉しいわけがない。
実際、もし立場が逆で。ザックスがメイドの衣装を着て、玄関に座って自分を待っていたら――
(……かなり、嫌だ。)
ザックスには悪いが、考えただけでおぞましい。
だったらザックスだって、下手をすれば「気持ち悪い!」と鳥肌をたてるかもしれない。
もしかして、友達扱いすらして貰えなくなるのでは…
本来ネガティブなクラウドの思考は、急降下していく。
恥ずかしさから、顔が赤くなるのを自覚する。
そして男でありながら、こんな女装を通りこした、変態さながらの格好をしている情けなさで、涙も浮かんでくる。
頬を染めて、涙目でザックスを見上げて――それをザックスがどう捕らえたのか。
ザックスが、急に顔を赤らめる。
それこそ、わかりやすいぐらいに、耳まで赤くして。
クラウドの背に遠慮がちに回された腕が、小さく震えている。
「おま、えな…ご奉仕って、意味わかってんのかよ…」
なんの罰ゲームかしんねえけど、そんなことすんなばか、と言われて頭をわしゃわしゃされた。
ご奉仕の意味?メイドの仕事なんか、決まっている。
(炊事洗濯、だろ?)
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