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クラウド君の恋愛マニュアル。

 

主人の帰りを待っていたのは、最強最愛の猫耳メイドでした。

 

 

玄関を開けると、そこにいたのは猫耳メイド――そんな、男ならば誰もが嬉しいだろうシチュエーション。

むろんザックスにとっても、それは例外ではない。

何を隠そう、ザックスは大のメイド好き。

ついでに、大の猫好き。

(猫好き≠ニいうのは、当然性的な趣向ではないのだが。)

 

「ご主人様、お食事の用意、できています。」

目の前の猫耳メイドは、ザックスに擦り寄るように体をピタリとくっつけ、上目遣いで見上げてくる。

瞳をうるうるさせて、頬を紅潮させて。――あまりに、凶悪だ。

なんでか、体温が一気に上昇して。心臓がバクバクと音を立てる。

「え、えっと、めし…?てかオマエ、まだそれ続けんの?」

きっとクラウドは、何かの罰ゲームでこんな格好をして、メイドの真似事を嫌々しているのだろう。

この罰ゲームは、いつまで続けられるのだろうか?

 

「ごはんと、俺……どっちがいい?」

「へ?」

「どっちが、食べたい?」

 

クラウドのセリフに、ぎょっとした。あまりにたちが悪い罰ゲームだと思う。

クラウドにこんなことをさせている、彼の友人達にイラツキすら覚える。

「クラウド、そういうこと、冗談でも言うもんじゃないって。

俺だからいいけど、他のやつに言ったらマジで、その……食われるぞ。」

自分だからいいものの、もし他の誰かにそんなことを言ったら。

男の理性が崩壊して、クラウドに襲い掛かるだろう。それほどまでに、なんとも愛らしい姿なのだ。

 

男の本能≠熈自分の凶悪な可憐さ≠焉A全くもって理解していないだろう、目の前の彼。

まるですがりついてくるかのような、クラウドから。ほのかに甘い香りがする。

(いつもの匂いじゃないな…。)

香水まで、つけているのだろうか。

普段からクラウドは、どうしてかいい香りがする。

女の子の香水の匂いとは違う、もっと甘くて柔らかい香り――

本人には内緒だが、密かにザックスはクラウドの匂いが好きだった。

彼が近寄るたびに、動物のように匂いをかいでしまうのは、ザックスの癖だ。

 

(なんか、女の子みてえ…。)

今、クラウドから香るコロンの香りは、最近女の子たちの間で流行っているものだったなと思う。

普段の匂いの方が、ザックスとしては好みだが。

だがこの香りも、クラウド本来の甘い体臭と混じって、また心地よくザックスの鼻腔をくすぐる。

 

クラウドを見下ろすと、ザックスは無意識に彼の胸元を上から覗いてしまう。

胸元が大きく開いたメイド服。

クラウドの綺麗に浮きだった鎖骨が、丸見えだ。

そして胸なんかあるわけないのに、その胸襟から谷間が見えそうな気さえする。

(クラウドは、男だってば!)

たとえ甘い香りがしようとも、折れそうなほど華奢な肩でも。

そこら辺の女の子より、魅力的であっても。

 

クラウドがザックスの背中に、腕を回す。

そうすることで、より二人の体がぴぴったりと密着してしまう。

「ク、クククラウド…、ちょっと、くっつき、すぎでは」

男とくっつく趣味などない。相手がクラウドでなければ、胸倉つかんでフルボッコにしてやりたい体制だ。

だが、なぜかクラウドを突き放す気にはなれなかった。

本当は、むしろ。

思い切り抱き締めてしまい衝動に駆られたけれど、でもそんな勇気はあるはずもなく。

遠慮がちに、彼の背中に両腕を回す。

 

ザックスとしては、都合がいいような、悪いような微妙な心境だった。

この腕の中のクラウドの感触を味わっていたい気もするし、かといってトモダチ%ッ士である二人が

こうして意味もなく抱き締め合っているのは、何かおかしい。

そしてこの壊れたように早鐘を打つ、心臓の音が――彼に聞こえてしまうのではないかと、不安になる。

いったい、なんなのだろう。この体の芯が熱を持つような、感覚は。

 

(まさか、俺…クラウドに欲情してんのか?)

男相手に?

(そりゃ女の子より可愛いけど)

トモダチ相手に?

(そりゃ、どんなダチより大切だけど)

この可愛げのない、クラウドに?

(そーいうツンデレなとこ、すげえ好きだけど…ってしっかりしろ俺!!!)

 

「ねえ……?早く、食べてほしい。」

クラウドの吐息が、ザックスの首元辺りにかかる。

ざわりと、全身が栗だつようだ。

「食べて、って。それって、その……。」

情けなくも、声が震える。もう、理性なんか――

 

 

「夕ごはん。冷めるから。」

「え?」

急にザックスから体を離すと、ふわりとスカートを浮かせて、クラウドはキッチンの方へと入っていく。

「あ、飯…?そう、ですよね。」

あらぬ期待をしてしまったことに、恥じらいつつ、一人ごちる。

(クラウドは友達だろ?!なに考えてんだよ!)

そのトモダチ≠フ後ろ姿に――ザックスは、改めて驚愕した。

 

メイド服は、背中側がこれまた広く開いていて、半分以上の素肌が露出している。

その丸見えの肌は、輝くような白さで、産毛すらほとんど生えていない。

そういえばさっき、さりげなく彼の背中に手をまわしたとき。まるで絹のような感触だった。

(すっげえスベスベだった。………俺、どうかしてるな。)

もう一度、触りたい――なんて。本当に、どうかしている。

 

クラウドを追いかけて、ザックスもキッチンに入っていくと。

猫耳メイドが、鼻歌まじりに鍋に火をかけている。

それはザックスの好きなロックの曲だが、クラウドの鼻歌になるとイメージががらりと変わる。

なんとも、愛らしいメロディだ。

 

無意識にザックスは、クラウドに近寄る。

あまりに美しい背中に再度見とれながら、その背中に垂れる、ブロンドの髪に手をかける。

本来の光るような金髪の色にほど近い、ロングヘアのウィッグ。

いつものショートカットのうなじも好きだが――長い髪もまた恐ろしく似合っていて、少しも違和感がない。

そのロングの巻髪は、緩くカールされていて、派手というよりお嬢さまな雰囲気だ。

 

そして頭の上にちょこんと飛び出た猫耳。

前々から、クラウドは猫っぽいと思っていたけど、こんなに猫耳が似合う子はこの世にいない。

そう、断言できるほど――あまりにザックスのツボを刺激させていた。

猫耳がなくても。彼は、昔溺愛していた、子猫のようだと思う。

気まぐれで、素直じゃなくて、でも本当はどうしようもなく甘えたで。

…だからこんなにも、放っておけないのだろうか。

 

思わずクラウドの髪(ウィッグ)を自分の指にからませ、感触を楽しむ。

クラウドが振り返って、はにかんで笑う。

(なんか、恋人みたいだ。いや――新婚夫婦?)

照れくさくて曖昧な笑みを返しながら、なんでか甘いこのムードが、嫌いじゃないなと思う。

 

「ハンバーグ?」

「うん。ザック…ご主人さま、好きでしょ?」

わざわざご主人さま≠ニ言い直すクラウドに苦笑する。どうやら、まだこの罰ゲームは続くらしい。

「すげえな…。クラ、料理なんて作ったことないだろ。」

小さな鍋に入っているのは、デミグラスソースのようだ。とても美味しそうな匂いがする。

皿に盛られたハンバーグも、少し形は崩れているけれど、いい色に焼けている。

普段の料理担当は専らザックスで、クラウドは台所に立ったことすらないというのに。

 

キッチンの隅におかれた料理本が、目に入る。

彼氏の喜ぶお料理レシピ≠ニ書かれているそれ。

なんでか、胸がくすぐったい。

たとえ罰ゲームであれ、クラウドがこの本を読んで、自分のために不慣れな料理をしてくれたのだと思うと。

自然と、顔が緩んでしまう。

(クラウドみたいな――嫁さんがいたらいいのに。)

そう考えて、自分の考えに疑問をもつ。

 

今まで、結婚願望なんて少しも無かったはずだ。

むしろ、若いうちに遊んでおきたくて、女の子をとっかえひっかえにしていた。

女の子は皆、可愛いし、好きだと思う。

――だけど、それ以上でもそれ以下でもない。

中には、ザックスに結婚を望む女の子もいたけれど、「結婚」の二文字を聞いた瞬間にサヨナラをしてきた。

結婚は男を縛るものでしかない、そう思っていたのに。

 

 

なぜだろう、今頭をよぎった未来ならば。悪くないと思うのは。

 

 

 

 

クラウドに勧められるまま、リビングのソファに座ると、クラウドが不自然なほど至近距離に座る。

クラウドのスカートが、ザックスの膝にふわりとかかる。それほど、密着していた。

メイド服のスカートは、かなりミニ丈で、ひらひらした裾からはクラウドのすらっとした足が伸びている。

白く、細い太もも。そしてもっと細く、もはや折れそうな足首。

(生足かよ…。)

まるでモデルのような、美脚。無駄毛がないのは、体質なのだろう。

ペディキュアは塗っていないけれど、爪先までも完璧な美しさだった。

赤く塗られた爪よりも、クラウドのピンクの爪の方がいい。

(本当に、こいつって軍人?いや、男なのか?)

 

一瞬、この綺麗な足を持ち上げて、彼の体に割りはいっている自分を想像してしまう。

…イクときは、この小さな足の指が反り返るのだろうか。

そこまで考えて、あまりに浅ましい妄想に、首をふる。

煩悩を振り切るように、食事を始めようとすると。

 

「ご主人さま。はい、あーんして。」

「え?…ええ?!」

これも罰ゲームの続きなのか。

クラウドが、スプーンにザックスの好きなハンバーグをのせて、口に運んでくれる。

思わずバカみたいに口をあけると、口に広がるハンバーグの味。

「あち!」

「あ、ごめん、ごめんなさい…。」

 

クラウドの細い指が、ザックスの薄い唇を撫でる。

そしてあろうことか――クラウドが二口目のスプーンに、ふうふうと息をふきかけているではないか。

ごくり。

思わず生唾を飲み込む。

クラウドがふうふう≠オてくれたハンバーグ。

それが再び、ザックスの口に運ばれて。

どうしてか、一口目のそれよりも数百倍、美味に感じた。

「おいしい?」

「美味いよ。すっげえ、美味い。」

バカみたいに、何度もこくこくと頷く。決してお世辞ではない。

今まで食べてきたどんなご馳走よりも、最高の味がするのだから。

 

クラウドが嬉しそうな顔で、微笑む。

普段、あまり笑顔を見せてくれない分、ザックスも嬉しくなって壊顔する。

「オマエ、いい嫁さんになるな。」

「え?」

しまった――と思った。あまりに目の前の彼が可愛くて、つい本音が出てしまった。

クラウドは、女扱いされることを嫌う。

いつも軍内で性的なからかいを受けては、相手をKOしてきたり。

はたまた本気で想いを寄せられては、「死ね」と一刀両断してきた。

(やばい、殴られる…!)

 

ソルジャーである男が、何を怯えているのか。

だがザックスにとって、クラウドの怒りはベヒーモスのパンチよりもダメージが強い。

以前、何が原因だったか…クラウドを怒らせて2週間口を利いてもらえなかったときは、

マテリアの発動がいっさいできなくなるは、夜はいっさい勃たなくなるはで、あまりに辛い経験となった。

つまり、ザックスにとって、あまりに精神的ダメージが強すぎるのだ。

―――この少年に、嫌われるというただそれだけのことが。

 

「いや、その、それは…言葉のあやであって。別に、お前を女扱いしてるとかじゃ…」

しどろもどろになりながら、言い訳をする。

 

 

「ザックスの、お嫁さん?」

「え…?」

 

 

一瞬、なんと言われたのか、理解が追いつかなかった。そして一気に動揺した。

心を読まれたかと、思ったから。

「そう、だな。ハンバーグ、すげえ美味いし。オマエといると、楽しいし。それに、ツンデレだし。」

動揺のあまり、よくわからないことを口走ってしまう。

ツンデレだし≠フ意味がわからない。

そもそも、これではまるで、クラウドを口説いているみたいだ。

クラウドがこんな風にくっついているのは、あくまで罰ゲームであって。彼は大事な、トモダチだというのに。

――そう、トモダチだ。

トモダチ相手に、これ以上邪な考えを持つのは、裏切りもいいところではないか。

 

「だから、」

もう、クラウドを直視できなかった。

このままだと、胸を締め付けるような感覚に、理性を持っていかれそうだった。

裏切りたく、ない。

 

 

「だから、オマエみたいな女の子に――出会えたらいいな。」

 

 

ガシャン!

クラウドの手から、スプーンが落ちる。

はっとしてクラウドの表情をうかがうと、彼は硬直して、その瞳はどうしようもなく悲しそうだった。

どうして、そんな顔をするのだろう。

「クラウド…?」

 

 

「……ばかみたい。」

「え?」

「俺、ばかみたい!」

 

 

そう叫ぶように言ったかと思うと、クラウドは勢いよく、メイド服を脱ぎ始める。

ぎょっとしたザックスが、慌ててそれを静止する。

「すとっぷ、マジでストップ!」

「うるさい!こんなカッコ、もうたくさんだ!」

乱暴に白いエプロンを外し、背中のチャックを下ろすとそのふりふりしたメイド服を脱いでいく。

「クラウド、待って、ほんとそれはまずい!」

何がまずいのかよくわからないが、ザックスはこれ以上ないほど焦って彼を止めようと必死になる。

だが、クラウドは構わずメイド服を脱ぎ捨てると、ザックスに向かって投げ捨てた。

 

目の前が真っ暗になり、自分の顔にメイド服を投げられたことを認識したザックスはというと。

その服からクラウドの匂いを無意識に嗅いでしまって、その自分の変態ぶりに呆れてしまう。

慌てて服を顔から放すと、目の前の光景に、唖然とした。

それは、心臓に毛の生えたザックスといえど、ショック死してもおかしくないほどの衝撃。

 

メイド服を脱ぎ捨てたクラウドは――白く光るような肌を露出させ。

下着一枚と、猫耳だけという、なんともいえないマニアックな格好でソファに座っていた。

涙目でこちらを睨みつけるその表情は、大そう可愛らしいのだが…

「なに見てやがる!このフニャチン野郎!」

と、どこで覚えてきたのか、最低最悪なスラングを並べ立てて威嚇してくる。

 

だが「なに見てやがる」と言われようとも。

食いいるように魅入ってしまうのは、いた仕方ないのではないだろうか。

なぜなら、そのクラウドのつけている下着というのが――

 

黒のランジェリー(総レース)だったのだから!

 

 

 

 

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