C-brand

 

 


 

 

 



 

 

クラウド君の恋愛マニュアル。

 

俺に堕ちろ!このフニャチン野郎!

 

 

「オマエみたいな女の子と、出会えたらいいな」

――そのザックスの言葉が、意味するものは。

彼に選ばれたようで、絶対に選ばれることはないという事実だった。

その言葉を聞いた瞬間、頭の中が急速に冷えていく感覚がした。

いったい、自分は何を勘違っていたのだろう?

 

別に、ザックスの恋人になりたいとか、結婚したいとか。

そこまで、高望みをしていたわけじゃない。

同性である現実はどうあったって変えられないし、女の子大好きな彼が趣向を変えるとは思えない。

いや、たとえ自分が女だったとしても。

何も持たない自分が、彼に選ばれることなどないだろう。

そんなことはわかっている。手に入らない人だと、知っている。

 

…ただ、少しだけ。

少しだけ、彼に好かれたかっただけだ。

 

「バカみたい。……俺、バカみたい!」

こんなメイドだか猫だか、女装を通り越した、わけのわからない格好をして。

それでいったい、彼の何が手に入るというのだろう。

抑えようのない虚しさが襲って、忌々しいメイド服を乱暴に脱いでいく。

どうしてか横でザックスが「やめてくれ!」と必死で懇願しているが、そんなのは無視だ。

勢いよく脱いだメイド服を、ザックスに向かって投げつけてやった。

 

ザックスはというと。

どうしてか目を白黒させて、こちらを凝視している。

「何見てやがる!このフニャチン野郎!!」

知りうる限りの最低最悪のスラングを並べ立てて、ザックスに向かって怒鳴りつける。

全く、八つ当たりもいいところだ。

想った相手に、想い返して貰えないという事が、ただ腹がたって、腹がたって。

――――悲しかった。

 

「そ、それ……。」

ザックスはクラウドの言葉に対して、少しも怒りを見せず、ただ呆然としていた。

「なんだよ!なんか付いてんのかよ!」

苛立ちは治まらず、喧嘩口調のまま、そうザックスに返す。

そう怒鳴りつけた後で―――クラウドは、気付いた。

 

 

ザックスの視線が注がれている先、それは……自分の体。

そう、クラウドがつけている下着――

それは、レノの知り合いという「蜂蜜の館」のお姉さんから貰った、黒のランジェリーだった。

レースを贅沢にあしらったブラジャーに、お揃いのパンティー…。

その黒い下着は、雪のように真っ白なクラウドの肌によく似合う上、

程よいレースの透け感がたまらなく、男の欲望を刺激するのだという話だ。(あくまでレノ談)

こんなものまで、ご丁寧につけてしまった自分の几帳面さ(?)に、今さらながら後悔する。

いったいどうして、「真の女装は、下着まで」という、レノの戯言を信じてしまったのか。

 

(こんな女物の下着までつけて。まるっきり変態だ!)

全く今さらだが、自分の奇怪な格好に、羞恥と自己嫌悪に陥る。

冷静に考えてみれば――こんな姿、ザックスに喜んでもらえるわけがないのだ。

もしも、もしも…逆にザックスが、黒のランジェリーをつけて自分に迫ってきたとしたら。

(……かなり、嫌だ!)

ザックスには悪いが、吐き気すらする。

 

この下着も、一刻も早く脱ぎ捨ててしまいたい。

自分の惨めさに泣きそうになりながら、クラウドは黒のブラジャーを外しにかかる。

だが、これがうまく外せない。

背中に手を回して、ホックを捻ろうと試みて、体をくねらせる。

(難しい…)

女の子は、こんな煩わしいものを、毎日つけているのか。

自分では背中のホックが見えないため、悪戦苦闘してみるも、その体制に疲れてしまう。

 

 

 

「クラウド…俺、どうしたら、いい?」

なにやら真剣な眼差しで、見つめてくるザックス。声も、心なしか掠れている。

だがクラウドとしては、腕がつりそうで、そっちの方が問題だった。

「ホック、外して。」

「え…?」

ザックスが、息を飲むのがわかった。

 

「さっさと外せよ!このフニャチン野郎!」

なかなか外してくれないザックスに、また八つ当たりしてしまう。

このみっともないブラジャーを、一秒でも早く外してしまいたくて。

ザックスの膝に後ろ向きに座るようにして、半ば強引に、背中を差し出す。

金髪のロングヘアのウィッグも、邪魔と思われたので左肩にまとめて、背中の肌が丸見えになる。

 

ザックスの震える手が、クラウドの背中に触れる。

優しい、触り方だなと…なぜかそんな考えが、クラウドの思考をよぎった。

それはまるで――撫でるように。

温かいザックスの手が、クラウドの背中を這う。その感覚に、なぜか体の奥深くがきゅんとする。

そして、ぷちん、と小さな音がして。

黒いレースのブラジャーが、するりとクラウドの肌を落ちていった。

 

すぐ後ろからは、ザックスの息遣いや熱を感じる。

それほどまで、二人は密着していた。

何しろ、クラウドがザックスの膝に乗り上げているのだから、当然だ。

…でも、なんだろう。

少し、ザックスの息遣いが速い気がする。

それだけじゃない。何か、下半身に当たるような…?

 

 

 

 

どさ!

 

 

 

 

急に世界が回ったかと感じた瞬間。

気付けば体を反転させられ、ザックスに組み敷かれていた。

「…クラ。」

囁くような甘い声で名を呼ばれ、心臓が高鳴る。

「ごめん、もう、だめだ。もう、ほんとに無理。」

 

それは、拒絶だろうか――

 

そう一瞬捉えたクラウドは、泣きたくなった。

みっともない女装までした上、とても他人を非難できそうにないこの優しい男に、気味悪がられるなんて。

あまりに、惨めだ。

だが、思わず顔を歪めた、その次の瞬間には、ザックスの顔がすぐ近くにあり。

目の前が、真っ暗になった。

 

「ふ、ん…」

何かぬるりとした熱いものが、唇を割って入ってくる。

それがクラウドの舌を追いかけ――しつこいほどに、絡まってくる。

 

これは、まさか。

 

ザックスに、キスをされている?

そう、気付いたときには…もうクラウドの舌は完全に絡めとられ、行き場を無くしていた。

「ふ、苦し…よ、ざ…っくす、」

酸素を求めて、ザックスに訴えるが、そのキスは一向に終わる気配がない。

 

ザックスの唾液が流れ込んでくる。

と思ったら、全ての唾液を奪われる。

キスなんて、母親がしてくれたみたいな、そっと唇を乗せるものしか知らなかった。

 

「え?!」

そして、さらに驚愕した。

クラウドの着けている黒のランジェリーの中に。なんとザックスの大きな手が、侵入してきたのだ。

「ここ、触ったこと、ある?」

「な、ない…」

驚きながらも、そう正直に答える。

「触られたことも?」

「ない…、あ、やっ」

 

ザックスがクラウドの下着の中で、その幼い象徴を見つけ出し、やわやわと握る。

急速に、体が熱を持つのがわかる。

今まで経験したことがない、感覚。

なんなのだろう、この全身が栗立つような感覚は。

ザックスの手の中で、自分の体が変化していく。

この後、いったいどうなってしまうのだろう?

 

 

ピリリリリリリリリ!

 

 

二人の肩が、大きく揺れる。

お互いの鼓動すら聞こえてきそうな静まり返った室内に、突然鳴り響いたその音。

ザックスの、携帯電話だった。

ザックスは少し迷った後、小さくため息をついて、体を起こす。

「ちょっと、ごめんな。」

そう一言謝りながら、自分の着ているシャツを無造作に脱いで、クラウドの体にかける。

 

「もしもし?」

髪をかきあげながら、電話に出るザックスを横から眺めて。その仕草が色っぽいなと思った。

…なんだろう?胸のドキドキが止まらないのだ。

 

もっと、触れたい。電話なんてしていないで、もっと自分の方を見て欲しい。

ザックスが何をするつもりだったのか、教えて欲しい――。

もしかしたら、こういう気持ちは……はしたない、のかもしれないけれど。

 

 

 

心が、体が。彼を好きだと言っている。

好きってキモチが、止まらない。

 

 

 

「ザックス…。」

強請るような声を出して、彼の着ているタンクトップの裾を引っ張る。

これではまるで、母親にミルクを欲しがる、子どものようだと思う。

でも、どうしたらいいのかわからないのだ。

こんな拙い誘い方しかできない自分が、恥ずかしいけれど。

 

ザックスはそのクラウドの甘えた仕草に、少し驚いた反応を見せながらも、

すぐに優しく目を細めて、クラウドを体ごと引き寄せる。

クラウドがその力に逆らわずに、ザックスの胸にぴたりと顔をくっつければ、彼の優しい指がクラウドの

髪の間を、まるで梳くかのように差し込まれる。

(気持ちいい……。)

ザックスの心臓の音。髪をとく大きな手。石鹸の香りに汗がまじったような、彼の匂い。

脳が、痺れていく様だ。

まるでマタタビを与えられた猫のように、意識がぼんやりとしてくる。

 

 

――そのとき。

「あ、マチルダ?」

その一言で、クラウドの意識は覚醒した。

ザックスに密着しているせいで、電話の向こうの声さえも、はっきりとクラウドの耳に届く。

 

『ザックス、こないだは、お店に来てくれてありがとう。』

 

なんという偶然か――。

クラウドは、その声に聞き覚えがあった。そしてなんと「マチルダ」という名にさえも。

クラウドがザックスの顔を見上げると、彼は気まずそうに頭をかく。

「えっと…。そういう話なら、今はちょっと……って、おわっ?!」

しどろもどろになるザックスから、クラウドは携帯電話を奪うと。

常では考えられない明るいテンションで話し始めた。――電話の相手の、『マチルダ』という女性と。

 

「マチルダ?俺、クラウド。今日は、パンツくれてありがとう。」

「へ……?ええっ?!」

 

3.4言だけ会話をすると、すぐさま電話を切る。

そしてその携帯電話を、いまだ硬直しているザックスへと、乱暴につっ返す。

「…クラウド。オマエ、マチルダと……知り合い?」

「そっちこそ。」

 

マチルダは、「蜜蜂の館」という娼館の、ナンバー1の売れっ子だった。

レノとも親しく、個人的な飲み友達でもあるということで、

今回クラウドに、ランジェリーやらセクシーコロンやら猫耳やらを譲ってくれた女性、その人だ。

売れっ子だというのも頷ける、見事な金髪にグラマーボディを持つ、ザックスより少し年上くらいのお姉さん。

――いかにも、ザックスが好きそうな。

 

「ザックスって、ああいう店よく行くんだ?」

「え、あ、いや、そんなよくってわけじゃ…!たまたまレノに紹介してもらって、それで」

「それで、なに?…なにしたの?」

あの店で、どんなサービスをされるのか。

その手のことに知識の薄いクラウドは、実はよくわかっていない。

でも、きっととても厭らしくて、いけないことなのだろう。それくらいは、理解できる。

 

「正直に言ってよ。」

「いや、ほんとに、そんな何も…。ただ、一回だけ、口で…」

「は?」

「口で、ご奉仕してもらった、だけ……で。」

 

ザックスの顔が、一気に青ざめる。いかにも失言だった、という表情だ。

だがもう、遅い。

「………フニャチンのくせに。」

「く、くら?」

 

 

 

「なんだよ!ザックスなんか、フニャフニャのチンポコ野郎のくせに!!」

 

 

 

「え?え?ええっ?」

ザックスはただ、口をあんぐりと開けて、呆然と立ち尽くしていた。

クラウドから、信じられない表現が出てきたのだから、当然だが。

「もういい!ザックスなんか知るか!もうご奉仕なんかしてやんない!」

「待てって!そんな格好で、お前どこいくんだよ!」

「レノさんのとこ、いく!レノさんの方が、わかってくれてるもん!」

さっきザックスがクラウドにかけた彼のシャツを、乱暴に羽織る。

大きなシャツはぶかぶかで、一枚でクラウドの膝上まですっぽり隠れる。

 

こんな格好で、なんて今さらだ。

猫耳メイドまで着たクラウドが、シャツ一枚の格好で怯むわけがない。

そのままシャツ一枚で、部屋を出ようとする。

レノは、ザックスを好きだというキモチを理解してくれて、応援してくれたし。

またレノのところで、やけ酒でもしないとやってられない。そんなヤケクソな思いだった。

 

「な、そんなカッコでレノんとこ行ったら、やばいって!」

「なにがだよ!」

「しかも途中、どうすんだよ!そんなカッコで、街の中うろついたら犯罪だろ?!」

「どうせ、俺は変質者だよ!男がこんなカッコして、キモチ悪いと思ってんだろ?!笑えよ!」

ひどく自虐的な気持ちになって、頭につけていた猫耳のカチューシャとウィッグを、ザックスに向かって

思い切り投げつける。

「そういう意味じゃないって!そんな可愛いカッコしてたら危ないって言ってんの!」

それを上手くキャッチされたのが、余計に面白くない。

「可愛いわけあるか!」

「可愛いわけあるだろ!」

「俺は男だ!」

「そんなの関係ねえよ!」

 

クラウドの声につられてか、ザックスの声も大きくなる。

いったい何を争っているのか。もはやよくわからない。

 

「だったら…なんで、くれないの?」

「え?何を?」

 

 

 

「こんなに欲しいのに、なんでくれないんだよ!」

 

 

 

あれが欲しいと、叫んだって。

手に入らないものは、ある。

決して叶わない願いがあるってこと、知っているはずなのに。

どうして幼い子どもがダダをこねるみたいに、諦めきれないのだろう。

 

 

 

この人が、欲しい。

そう泣き叫びたいほどに。

 

 

 

「……クラ、泣くなよ。」

「だったら、くれよ!」

「わかったから、泣くなよ。」

「わかってないくせに!」

そうだ、彼は少しもわかっていない。

クラウドが何を欲しいのか、誰を愛しているのか。

いったいどうしてこんなにも、目の前のフニャチン野郎≠ネんかが好きで仕方がないのか。

少しもわかっていないではないか。

 

ザックスの胸を、力任せに叩く。何度も何度も、みっともない八つ当たりを繰り返す。

でもその行動でさえも、繰り返せばただ、虚しさを増すだけ。

クラウドの拳が、やがて諦めたように…ザックスの胸の上で止まる。

そのとき――

「ザ…」

まるで、包むように。

ザックスの大きな手が、クラウドのそれにゆっくりと重ねられる。

そうして目が合うと、彼は柔らかく微笑う。

少し頬を赤くして、彼にしては珍しく、照れくさそうに。

 

 

 

「――――もう、わかったよ。貰って、くれるんだろ?」

 

 

 

俺をさ、と、

そうウィンクしてみせる彼が、いっそ悔しいほどに――愛しくて、愛しくて、腹がたつから。

「…うぬぼれんな、ふニャチン野郎。」

そう、ついいつもの癖で。クラウドはあっさりと、冷たい言葉で返してしまう。

ザックスはわかり易いぐらいに、今度は眉を下げて悲しそうな顔。

(やっぱり、わかってない。)

どんなに可愛くない言葉で返したって――もう、わかりきっていることなのに。

 

 

女の子のお尻ばっかり追いかけて、エッチなDVDをいっぱい持ってて。

肝心なときにはフニャチンで、意気地なし。

クラウドに殴られたって蹴られたって、文句ひとつ言えやしない。

 

―――――そんな優しくて、優しくて。ただただ優しい彼が。

「…………………………すごく、嫌いっていう、わけじゃないだけで。」

 

 

 

 

どんな恋愛マニュアルにも存在しない、不器用な言葉だけれど。

精一杯のそれは、きっとこの世界で、最も可愛くない愛の告白。

 

「…今まで言われたどんな告白よりも、すっげーきたかも。」

 

彼が嬉しくてたまらないという顔をするから、自分も悪くないという顔をする。

…なんて。この期におよんで、幸せじゃないふりなんて、もうできやしないだろうか。

「………ザックス、は?」

だって、その名を呼ぶ声すらも、甘くなってしまって。

頬を赤らめて、そう愛の言葉を強請れば、もう恥ずかしいほどにキモチは筒抜けだ。

「俺も。すっごく、すっご〜〜〜く!大嫌いってわけじゃない!」

 

 

 

―――全身で好きだよ、と。叫ぶような抱擁、抱擁、抱擁!

 

 

 

 

 

 


「なあ、クラ。俺に…ご奉仕≠オてくれる?」

「……いいよ。今日だけ、何でもしてあげる。」

「じゃあ―――、」

 

「風呂掃除?それとも洗濯から?」

「へ?」

「今日は俺が家事をやる!」

「……!!

 

 

 

 

ねえねえ、ザックス!

メイド服も猫耳も放り出して。

体ひとつ、心ひとつしかないけれど。

-アンタのためなら、きっとどんな「ご奉仕」だってできるよ。

だから、お願い。

 

恋愛マニュアル

大人になる方法…こっそり教えて?

 

 

 

 

NOVEL top

C-brandMOCOCO (200974

 

 

 

 


 

 

inserted by FC2 system