*過去に拍手で掲載したものです。
*神羅時代・トモダチザックラ
*同棲カップルに立ちはだかる試練≠ニは。




「クラウド!待て、ここに入れるわけにはいかない…っ!!絶対にだめだ!!」

ザックスの表情には、いつもの朗らかな笑みも穏やかな眼差しもないし、クラウドを甘やかす言葉もない。
それは恐いぐらいに厳しく真剣な、「戦う男」そのものであった。
「頼むから、もう少し――もう少しだけ待ってくれ!きっと薬が効いてくれるから…」
血走る、攻撃的な視線。けれどその瞳の奥底には、たしかにクラウドの身を案じる優しさが存在していて。
やはりこのような「緊急事態」においても、ザックスはザックスなのだ、とクラウドは思う。

そう、おそらくは初めてであろうこの言い争いとて、それは彼がクラウドを護ろうとしての結果。
けっして悪意あってのことでないと知っている。知っているけれど――



「でも、もう無理。漏れる。」
「うわあああああああ!やめて!クラ!まだトイレに入っちゃ駄目だってばあっ!」






*******


「ザックス、何で落ち込んでんの。」
「………。」
「別に臭くなかったよ、そんなに。」
「…………。」
「本当に臭くなかったって、そんなに。」
「…………。」
「ザックス、スイカ食べ過ぎてお腹壊してたんだから。しょうがないじゃん。」
「…………。」
「そもそも、俺は女じゃないんだから。ちょっとぐらい臭くったって、いちいち気にしないよ。」
「やっぱトイレ臭かったんじゃん!!クラウドのバカ!!」



しまった。つい、からかいすぎてしまった。
普段拗ねたり意地を張ったりするのは専らクラウドの方であって、こんな風にザックスがこちらに背をむけ、膝を抱えている――
いわゆる「いじけモード」に陥っているのは、とても稀有なことだ。
そんないつもは見ることの出来ない彼が可笑しくて、そして可愛く思えてしまって。つい苛めてしまったのである。
「ザックス、嘘だよ。本当は全然、臭くなかった。消臭スプレーの匂いしかしなかったよ。」
綺麗に三角座りしているザックス(こんな時でも背筋は伸びていて、姿勢が美しい)の背に、そう慰めてみるけれど。彼は振り向いてはくれない。



「…ザックス、からかってごめんね。」
素直に謝罪の言葉を口にすれば、ザックスの肩がぴくりと揺れた。
それでもまだこちらを向いてはくれないので、彼の広い背中に自分の背中をぴったりとくっつけて座ってみる。
仲直りしたい、そう言葉なく請うているのだ。



そういえば、とクラウドはふと気づく。
こんな風にクラウドが彼に謝罪をしたことは、初めてだったかもしれない。
いや、そもそも――二人は喧嘩らしい喧嘩をしたことがないのだ。
出逢って1年、付き合って半年、彼の住まいに住居を移してから…つまるところ同棲≠オてからひとつきが経つ。
長い付き合いとはまだいえないが、けれどそれなりの時間をともに過ごしてきた二人だったが、喧嘩は勿論のこと小さな言い争いすらしたことがないのだ。



別に、互いに気兼ねや遠慮をしているわけではない。
警戒心の強さと人見知りの性格故に他人からは誤解されがちだが、実のところかなり温厚な性格のクラウドと。
クラウドに対して「腹をたてる」ということが、おそらくは人生の辞書に載っていないザックス。
世間ではよく喧嘩をするほど仲がいい、とはいうけれど、ザックスとクラウドにおいては例外である。
つまるところ。


「相性が良すぎる」――というのがザックス談であるけれど、クラウドも概ね同感だ。






最近恋人と別れたという、同僚いわく。「同棲」は決していいものではないらしい。
一緒に住むと相手の嫌な面が見えてきてときめきが激減してくるだとか、生活習慣や価値観の違いで言い争いが絶えないだとか、
いつでもできると思うとむしろセックスをする機会は減ってくるものだとか…等々。
同僚のなかなかに切ない体験談を熱弁されたとしても、クラウドには無意味なこと。なぜなら――


ザックスが口を開けて寝ているマヌケな…もとい平和な顔も、Gのつく虫を怖がってへっぴり腰になってしまうところも、
クラウドの苦手な納豆を毎朝食べるところも、付き合いきれないほど夜のお誘いをしてくることだって。
全部全部、やっぱり嫌いにはなれないのだ。
情けなさやうっとうしささえも、結局はむずがゆい愛しさという感情に行きついてしまって、ザックスを厭うことなどありえない。


「…本当に、臭くなかった?」
「臭くなかったし、仮に臭くても気にしない。」
「やっぱ臭かったんじゃん…っ!」
ああもう面倒くさい。面倒くさいぐらいに、時々このひとは可愛くなるのだ。

「だから、そうじゃなくって!もしおえってくるほど臭くても、アンタのこと好きだって言ってんの!」
「……あ、うん。そっか。」
ありがと、と小さく呟くその背はとても体温が高くて。首筋が真っ赤に染まっている。
彼は照れてもあまり顔色が変わらないけれど、首筋は誤魔化せないらしい。


「俺も、クラウドのこと好き。トイレ臭くても好き。超好き。っていうか、クラウドが入った後に臭かったことなんかないけど。」
「時と場合によるだろ。」
「いや、クラウドはウンコしないから。俺設定では。」
「どんなファンタジー設定だよ。」


一緒に住んでいても離れがたいというザックスは、仕事以外ではほとんどクラウドにべったりだ。
恥ずかしい話、家の中にいるのに(むしろ外ではもっと出来ないけど)手を繋いでデート、なんてことまでしている。行先は冷蔵庫まで。
そんな過ぎるほどのザックスの愛情表現を、クラウドだって悪くないと思っているのだ。


そう、これだけ毎日一緒にいるのに、日ごと彼に魅かれている。今日も、今だって彼にときめいている。
ちょっぴり情けないところも、トイレの後の臭いを気にしてしまう意外に繊細なところも。
彼についてまたひとつ知ることができて、嬉しいと感じてしまうのだ。


「おなか…まだ痛い?」
後ろから彼の腹に腕をまわし、優しい力で撫でてみる。
「あのね、たしか時計まわりにお腹を撫でるといいんだって。母さんが言ってた。…少し楽になった?」
効果の有無は定かではないけれど、気休めでもおまじないでも。ザックスの痛みが楽になってくれたなら。


「……うん、すっげえ楽になった。」
ザックスが単純だからか、それとも彼の優しさか。たいして意味のないその「まじない」を、彼は喜んでくれる。




「だいたい、ザックスは気にしすぎなんだよ。こないだも、うっかりおならしちゃったとかって、いちいち謝ってくるし。
 男ならやりたいときにかませ。こっちにケツむけなければ、怒ったりしないよ。」
「クラウドがおなら、とか言っちゃだめなんだけど。俺設定では。」
「だから、そのアンタ設定ってなんなの。」


クラウドは、ザックスの情けないところも美しくないところも、全て愛しいと思えるのに。
ザックスは違うみたいだ。彼はクラウドに夢をみている。そんなわけがないのに、綺麗なだけの人間だと思っている。
――逆に言うと、それって今後幻滅されてしまうこともあるってこと、じゃないだろうか。
たとえばトイレの後が臭かったり、寝相が酷かったり、我儘を言ったり、あまりにふしだらな面を見せたり…何がきっかけで愛想をつかされるかわからない。
ザックスのクラウドに対する「夢見がち」設定は、そんな危うさを感じてしまう。


「今、不安にさせてるだろ。オマエのこと。」
「……別に、」
「その別に、は『YES』の意味だな。」
「だって…俺ばっかり…………」
「なーに、」
「俺ばっかり、ザックスのこと好きでずるいよ。」
ぽつりと呟いた言葉は、彼には聞こえないかと思ったけれど。しっかり聞こえてしまったらしい。
ザックスは驚いたように一瞬言葉をつまらせて、けれど次の瞬間にははっきりとした口調で言った。



「離れて、クラウド。」



後ろから彼の腹に腕をまわしていたクラウドに、離れろと彼は言う。
それ以上でもそれ以下でもない拒絶≠フ言葉に、クラウドは怯えるように手を引っ込める。

「違くて。ちゃんと抱きしめたいから。」

ぐるりと体を反転させると、怯むクラウドの小さな体を両足ではさみ、そのままぎゅうと抱きしめた。
愛の抱擁どころではない。――もはや、愛の羽交い絞めだ。


「俺、馬鹿だからまだわからないんだけど。なんで俺、オマエのこと不安にさせてんの?」
「……ザックスは、俺のこと知らないから。きっと、これから俺のイヤなところ知って、だんだん嫌いになっていくよ。」
全てが自分の本音ではないけれど。でも、全く思っていないわけでもない。
結局のところ、彼に否定してもらうの待っているだけ。そうして得る安心がほしいのだ。
姑息な自分の考えに、じくりと嫌気がさした。



けれどザックスは、クラウドの耳元で穏やかに笑う。くすくすと笑む吐息が、あまりに甘い。
「そんな可愛いこと、考えてくれてたんだ。俺、めっちゃ愛されてんじゃん。」
「…俺は、けっこう本気で落ち込んで、」
「クラウドのこと。あそこの裏も、尻の穴の中も全部見たけどさ。変わらず愛してるよ?」
「……っ、そうやって、すぐ茶化す…」
「さっき、クラウドがさらっと言ってくれたこと。すっげえ嬉しかった――臭くても俺のこと好きっていってくれたあれ。
ちょっとぐらい嫌なことあったり、喧嘩とかしてもさ、こうやって抱きしめあって仲直りしたい。そういうのが、夫婦ってやつじゃん。」
「俺たちって、夫婦なの?」
「愛し合う二人が、ひとつ屋根の下に住んでるんだから!当たり前だろ。」
「プロポーズされた覚え、ないけど。」
「あーごほんごほん、あーあー、黙って俺に付いてこい!」
「最初のマイクテストいる?」


同棲してひと月しか経っていないのに、いささか飛躍しすぎだ。
さんざん女性相手に浮名を流してきたザックスが、こんな風にロマンチストな思考回路を持っていることはなんだか可笑しい。
「じゃあじゃあ!100年後も、俺と一緒に居てください!!」
「100年後って…そんな仙人みたいな歳で、俺たち何してんの。」



「――おまえに、恋してる。」



なんて卑怯な男だ。
ちょっぴり低い声で、一言愛を囁いただけで。容易くクラウドを降参させてしまうなんて。






***********



喧嘩、といえるほどのものでもないけれど。ちょっとだけすれ違ったその後は。
「なあ、クラ…仲直りのえっちしよ?」
子犬のように鼻筋を旋毛に押し付けられてしまえば、クラウドにこの甘え上手な恋人を拒むことは出来ない。
「もう、しょうがな…」
「ゴロゴロゴロ……」
「え?ごろごろ?」


不穏な音に思わず顔をあげれば、ザックスの刃のごとく鋭い眼差しに刺し貫かれそうな心地がする。
この喩えようのない張りつめた緊張感、手に汗握る殺気は―――冒頭と同じ、
「…俺はここで逃げ出すわけには行かない。そんな無様な真似は死んでも出来ない。」
「いいから行っておいでよ。トイレ。」
「本当ごめん!!!!」




トイレぐらい我慢しないで!


100年たっても、100万年たっても、
大丈夫、きっと貴方に恋してる。

ザックラに倦怠期はない!ってだけのお話ですみません。
二人は100年後もイチャイチャイチャイチャ、万年鴛鴦夫婦だと思います。これ本気。
いただいた拍手に、心からの感謝をこめて。(2016.05.05初出  C-brand/ MOCOCO)


inserted by FC2 system