映 画 館 に 行 こ う !
〜弱虫なライオン編〜
ザックスの失敗は、その後も続いた。
ザックスが見たいと言っていた映画は、今話題のラブストーリーだった。
だが、その上演は先月まで――それを受付で気づき、ザックスはこれでもかというほどに肩を落とす。
「ごめん、クラ〜!どうしても、これオマエと見たかったんだけど。」
「ちゃんと、確認しとけよ。」
「うん…ごめん。」
しゅん、と項垂れるザックス。
遅刻した上に映画が見れないという二重の失態に、落ち込んでいるのだろう。
(そんなに気にすることないのに…)
ザックスが、その映画にこだわっていたのは、本当は彼が見たいからではない。
クラウドが、以前に一度だけ「こういうの好き」と、CMを見ながらこぼしたことがあったからだ。
…たぶん、そうだったと思う。
「男のくせに、くよくよすんな。」
「…オマエって、ときどきすっげえ男っぽいよな。」
「男だし。」
「はい、存じております。」
「…他にひとつ、映画やってるみたいだから。そっち見ようよ。せっかく来たんだし。」
ひとつため息をついて、そう声をかけると、急にザックスが満開の笑顔になる。
なんて、子どものような男。
笑ったり、眉を下げてみたり、本当に忙しい男だ。
広い館内の座席に座り、上映前のCMが流れると、隣のザックスに手を握られた。
ドキ、と心臓が飛び跳ねる。
こちらが予想できないことを、簡単にしないでほしい。
(…心臓に悪いよ。)
なんて、ザックスのように心臓に毛の生えた男に言ったところで、きっとわかっては貰えない気がする。
手を繋いだだけで、こんなにも舞い上がってしまうなんて…
この男にはわからないだろう。きっと。
――そのとき、映画が始まった。
「え?」「ええ?!」
これは、二人にとって想定外だった。
映画のタイトルは、『マダ ガ ス カ ル』。
そのタイトルからはわからなかったが――この作品は、CGアニメ映画だったのだ。
しかも、ライオンとシマウマの友情を描いた、コメディ映画。
ムードもへったくれもない。
先ほどまで、繋いだ手がまるで恋人同士みたいだな、なんて。
そう恥ずかしいことを考えてしまうほど、二人の空気は甘いものだったはずなのに。
…目の前のスクリーンでは、シマウマとライオンがケンカをしたり、仲直りをしたり。
「ふ、」
「なんだよ、笑うなよ!ますます情けなくなるだろ!」
「だって。やっぱり、ザックスらしいと思って。」
「ひでえ!」
そう言う彼の腕が、さりげなく肩に回される。
こんな風に、体を寄せ合ってみる映画ではない。
でもそのちぐはぐな感じが、なんとも『自分達らしい』気がする。
かっこ悪くて、可愛い、この男が――いつだって新鮮なのだ。
映画のストーリーは、動物二匹の「友情」を描くコメディ作品だ。
動物園で育ったシマウマとライオンが、ちょっとした手違い≠ナ無人島に漂着してしまった。
突然強いられることになった、サバイバルな環境に、都会の動物園で平和に生きてきた二匹は戸惑う。
その環境の中で、もともと親友だった二匹が仲違いをし、最終的には――
飢えに苦しんで、ライオンがシマウマを襲う。
…でも、最後は理性で踏みとどまり、友を逃がすのだ。
「結構、面白かったね。」
映画が終わって、二人でクレープを食べながら街をぶらつく。
子ども向けだと思っていたけれど、そのストーリーは十分に楽しめるし、CGも圧巻だった。
正直なところ、ストーリーに入り込んでしまい、クラウドは何度も涙を流してしまったぐらいに。
ぐすぐすと鼻を鳴らしていては、隣にいるザックスにばれていたかもしれない。
(っていうか…絶対ばれてたな。)
クラウドが涙を堪えきれなくなるたびに、肩に回された彼の腕が、髪を優しく撫でてきた。
ザックスの様子を窺うと、スクリーンの方を見ていて、まるで気付いていませんよとでも言わんばかりだ。
…はっきり言って、わざとらしかった。
映画を見て泣くなんて男らしくないし、そうやって気付かないふりをしてくれるのは、
やっぱりありがたいけれど。
「…ライオン、頑張ったよな。」
映画館を出てから、あまり喋らなかったザックスが、ふいに真剣な表情で言う。
「きっと、すげえ食いたかったのに。でも、好きだから、耐えたんだ。男だ。」
真面目に言うザックスが可笑しくって、思わずクラウドは吹き出してしまう。
そこ笑うところじゃないから!とザックスは少しすねながら、クラウドのクレープに齧り付く。
「あ、俺の!」
「クラウドの食いかけ、ゲット。」
変態くさいことを恥ずかしげもなく、堂々と言う。
だから、そういう人の心臓に悪いことをするなって――
こちらが、ザックスの一挙一動に、どれだけ心が飛び跳ねているかなんて、きっと彼は知らない。
それがやっぱり恨めしくて、仕返しにとザックスの食べるクレープにかじりついてやった。
「あ、」
大袈裟にがっかりしてみせるのかと思ったら、ザックスは顔を真っ赤にしてクレープを凝視している。
「…なに固まってんの。そういうときは、怒るもんだろ。」
「いや、死ぬほど感動した。むしろこのクレープ、持って帰って永久保存版にしたいぐらい…」
「なんの趣味だよ!」
ザックスは、こういう冗談が多い。こっちの反応も困るというものだ。
「クラウドには、わかんないだろうなぁ。」
「そんな趣味、わかってたまるか。」
「いや、そうじゃあ、なくってさ…そういうことされて、俺がどんだけ舞い上がっちゃうか。」
「え?」
「オマエといると、いつも心臓がドキドキ、うるさい。」
俺の寿命、何年縮める気?と。そう責められてもあまりに理不尽だ。
だって、寿命が縮まってるのは、クラウドだって同じこと。
責任とれよ、とザックスは言うけれど、そんなのはこっちのセリフだ。
ザックスが、クラウドに手を差し出す。
その慣れた仕草は、いつも見せるザックスの余裕そのものに思えるけれど――
本当は、違うのだろうか。
クラウドが思うより、彼に余裕なんてものはないのだろうか。
…今、差し出す手をとってもらえるだろうかと、不安に思うほどには。
その手のほんの指先を、遠慮がちに捕まえると。
ザックスが、眉をさげて笑った。
臆病で、弱虫。なんて、優しいライオン。
「…ザックスは、食べる?」
「え?」
「もしも、もしもだけど。ザックスがライオンだったら――トモダチ、食べると思う?」
ザックスは少し考えた後、はっきりと言い切る。
「食べない。オマエのこと大事だから、絶対食べない。」
シマウマが、ザックスの中では完全にクラウドになっているらしい。
「……俺が、いいって言ったら?」
「え?」
食べられるのは、恐いと思う。…きっと、すごく痛そうだし。
だけど、本当に食べるものがなくなったら、それで死んでいくぐらいだったら。
食べても、いい。
この人になら、食べられてしまっても――
そう思うのは、もう普通≠カゃないのかもしれないけれど。
例えば、どうしても欲しくて、欲しくて、望んでくれるのだったら。
そのときが、きたら。
「……痛く、しないでね。」
深い意味なんてない。ただのもしも≠フ話だ。
でも――本当に?
お互い見つめ合って、ばかみたいに目が反らせない。
行き交う人々が、立ち止まる二人を少し迷惑そうに見やったり、好奇の視線を送ってくるけれど、
そんなことはどうでもよかった。
何の音も聞こえない。誰の声も聞こえない。
ここは無人島などではないけれど、まるで世界の果てで、二人とり残されているかのよう。
ふたりきり、ふたりぼっち。…それでも、構わない。
ただ、この指先さえ繋がっていれば。
もう何もいらないとさえ、
「―――そのときは。優しく、いただきます。」
貴方の飢えが、少しでも癒えるなら。
骨も、肉も、心臓も、全部、奪ってください。
…そんなもしも≠フお話。
言い訳的な!(-益- )
マ ダ ガ スカ ル関係なくね?!という…設定もストーリーも大幅に違います。ねつ造です。
ただ、恋人じゃないのに、こんだけお互いに夢中だったらいいなというデート妄想でした。
クラウドの発言は、半分はそのままの「食べてください」という意味と(もしも、の話)
半分は、もうひとつの意味で「食べてください」という…えっちい意味です。(いつか、の話)
表現不足でごめんなさい。
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