*過去に拍手で掲載したものです。
*神羅時代・トモダチザックラ
*お酒を飲むと「プレイボーイ」になって甘い言葉で口説き出すザックスに、ふり回されてしまうクラウドの片想い…という話。




ザックス=フェアは、酔うと「プレイボーイ」になる。


…というのが、クラウドにとって目下最大の悩みである。
「おまえのためなら死ねる」とか「おまえは俺の宝物」とか「おまえの瞳は宝石の輝きだ」とか、
そんな映画や小説の中でしかありえぬような歯の浮く台詞。
それを腰に腕を回したり、顎を撫でてみたり、髪を梳いてみせたりしながら…というオプション付きで
誰かれ構わず口説き始めるのだ。
女の子であれば身も心もとろけてしまいそうな手腕ぶり――ではあるけれど、しかしながらクラウドは女の子ではない。
正真正銘の男なのだから、そんな酔っ払いの戯言にたぶらかされたりはしないのだ。
絶対に、たぶらかされたり、してはいけない。…それはわかっているのだ。

「ぐえっ!」
「ちょっとは反省しろ!この酔っ払い!」
「いてて…本当、クラウドって手、早いよな〜。」
「アンタがさっきからセクハラまがいなとこ、触ってくるからだろ。」
「うん、でも激しい子って好きだよ、俺。」
噛み合っていない会話…だがこれもいつもこと、というのが事実である。

大晦日の夜、ザックス手製の年越しそばを食べ終えれば、細やかな酒盛りが始まった。
恒例の歌番組を見ながら、炬燵の下で足がぶつかったとかいってふざけて蹴り合って、
だったら一緒に座ればいいじゃんというザックスの言葉に従って、後ろから今度は抱え込まれてしまって。
明日から正月休みという解放感もあってか、ザックスのピッチは早かった。
チューハイ(ザックスはビールが苦いとかいって飲めないのだ)を数個開けたときには、もうベロンベロン。



――好きだ可愛い愛していると、凄まじいプレイボーイの出来上がりである。



「年が明ける瞬間にさ〜キスしようぜ?」

そう、酔っ払った親友に背後から抱きしめられて、彼の吐息が掠めていく。
それがザックスだというだけで、酒臭ささえも感じない。その原因なんて、ひとつしかないというのに。
「言ってろ、この酔っ払い。…っていうか、距離が近いんですけど。」
同じ炬燵の中で、背後から抱かれているこの状況――
腕を振り払って、再度鳩尾に肘鉄をくらわすも。
ザックスはゲホゲホとむせながら、それでもクラウドからぴったりくっついたまま動こうとしない。
さすがは酔っ払い、いやさすがはソルジャーといったところか。結構本気のエルボーだったのに。

「冷たいクラウド!もっと優しくして!」
キャンキャン吠えながら、犬よろしく肩に噛みつかれた。
「うわっ」
なんていうバカ犬、酔っぱらい。あまりにたちが悪いではないか。少しもこちらの気をしらないで――
それこそ、こうしてザックスと年越しができるというだけで、浮かれてしまっているこちらの気持ちを少しも知ろうとしないで。
いつだって彼は無邪気で、勝手で、駄犬で、可愛くて…ついでに、かっこいいのだ。

年が明ける前から、ザックスのスマホにはメールやラインの通知音がひっきりなしに鳴っていた。
それにザックスはちらりと目をやっただけで「あいつらもこの寒い中よくやるなー」と笑っていた。
おそらくは年越しイベントか初詣の誘い…それら全てを断って、今、クラウドと二人きりで部屋にいてくれること。
年越しの瞬間を待っていること。それがクラウドにとっては嬉しいことではあるけれど、それ以上に甚だ疑問ではあったのだ。


どうして、一緒にいてくれるのか。


それは別に、今夜のことだけではなくて。
ザックスとモデオヘイムの任務で知り合い、メールを交わすようになって、食事に行き、休日に二人でつるむことが増えて、彼の部屋にお邪魔するようになって――
ここ半年ぐらいの間で、クラウドの環境は大きくかわった。
今までメールを交わす友人さえいなかったのに、今では1STソルジャーであるザックスが「俺はクラウドの親友」を
恥ずかしげもなく豪語するせいで、クラウド自身の友人も少しは増えた。
なんでも「今まで声かけていいかわかんなかったんだ。おまえ氷の女王様ってぐらい無表情だし。」らしい。
友人は増えたけれど、それでも休みの日に過ごす相手は決まっている。
部屋に遊びにいったり、ついでに泊まらせてもらうのもザックスだけだ。
フォークやマグカップ、体を洗うスポンジ、着替えのシャツでさえも彼のものを借りている。
同じ鍋をつつきあって、プリンを半分こしたりする。
それが嫌でないのは、絶対にザックスが相手だからだ。つまり―――



「おれ、クラウドのことすき、だいすき、ちゅうしたい。」



「それは何より。」
今度は、甘えモードのようだ。
かっこよくなったり可愛くなったり、口説き始めたり甘えはじめたりと、本当にたちが悪い。
こんな酔っ払いの戯言に、飛び上がりたくなるぐらい嬉しくて、同時に、泣き叫びたいぐらい悲しくて…
それぐらいには、彼のことを想っているというのに。
すきで、だいすきで、叶うなら「ちゅう」だってしてみたいのに。
酔っ払いの戯言なんかじゃない――少なくとも、クラウドにとっては。

「冷たいぞクラ!子どもの頃さーそういうのやんなかった?」
そういうの、とは…「ちゅう」のことだろうか。
「ザックス…子どもの頃からそんな女癖悪かったわけ。」
あいにくクラウドはファーストキスすらも経験したことがない。
クラウドの女性経験なんて、初デート(と呼べるかもわからないが)で給水塔の上で幼馴染の少女と語らったぐらいだ。

「そうじゃなくって!年が変わる瞬間に、ジャンプして地上にいなかったとか。そーいう遊び。」
「…ない。トモダチなんて、いなかったし。」
同年代の少年の輪に入ることなど、幼少時代のクラウドには出来なかった。
そんなつまらない子どもであった自分と、トモダチになりたいと言ってくれる相手もやはりいなかった。
…この目の前の男を除いては。
「ふーん、そう思ってんのは、オマエだけだと思うけどな。」
「え?」




「オマエのこと、好きにならないやつが。この世にいるとは思えねえ。」




――ただの。ただの、酔っ払いの戯言だ。
わかっているのに、顔が熱い。耳が赤くなっていくような音が、聞こえてくる。
(お酒なんか、飲んだから。)
クラウドもお酒がまわっているのだ。
だからきっと、こんな無責任は酔っ払いの戯言が、嬉しいと思ってしまうのだ。涙が零れてしまいそうなぐらいに。
「ありがと、ザックス…」

「クラウド、」

気付けば、何かが目の前に飛び込んできて。
唇にそれが当たった。触れるか触れない程度の、でも、それはたしかに当たったのだ。
ザックスの。たぶん、唇、が――
「今の、な…」
何?何って、キスだ。わかっている。
酔っ払いのおふざけで、ただそれだけで、深い意味なんてないこと。
もしかしたら明日には、ザックス自身覚えていないかもしれない。
それでも――キスだ。世界で一番大好きな人との、


「…ごめん、年が明けるまでなんて、我慢できなかった。」


そう言って笑うザックスは、どれだけ酒を飲んだのか。
白い肌のクラウドとは異なり、肌が浅黒いザックスは本来顔色が変わりづらい。
だから彼にしては珍しく赤に染まったその顔は、どう見てもアルコールに支配された酔っ払いでしかないのだ。

「この…酔っ払い!馬鹿野郎!ばか!ばか…っ」

思い切り、ザックスの頬を叩く。クラウドにとっては正真正銘のファーストキスだった。
人の純情を弄んだのだから、酔っ払いといえど制裁が下されるべきだろう。
少なくともクラウドにとっては今、もう泣き出してしまいそうなぐらい、嬉しくて、悔しくて。
…叶わない恋をしていることが、こんなにも虚しいのだから。

「酔ってなんかねえよ。」
「酔っ払いは、皆そういう…っ」

やはり我慢できなかった涙が、頬を伝っていく。
それを見たザックスは驚いたように目を見開いて、そして少しの躊躇いもなくそっと指先でそれを拭っていった。
本当に、どこまでたちの悪い「プレイボーイ」なのだろう。
酔ってない、なんてどの口が言えるのだろう。そんなのは酔っ払いの決まり文句だ。
あれだけ飲んでいて酔っていないわけがないのだ。
ザックスの大量の飲酒なんて、フローリングの床に行儀悪く転がった空き缶たちが証明している。
実は酒にめっぽう弱いくせに、ざるであるクラウドのペースに付き合って3時間近く――

(あれ?飲んでたっけ…?)

床に散らばっているのは、オレンジ色をしたチューハイの空き缶…ではない。
そういえば、故郷のゴンガガから送られてきた100%凝縮なんだぜって言っていた気がする。
まさに今それを、ザックスはこなれた風にぐいっとあおってみせるのだが。
「…オレンジジュースのくせに、なにかっこつけてんの。」
クラウドの突っ込みはもっともである。



「だから、言ってんだろ。酔ってねえって。」



窓の外で花火が大きく撃ちあがる。
テレビの中では、あけましておめでとうございます、とキャスターが祝いの言葉を述べた。
「あけましておめでとう、クラウド。」
「おめでとう、ございます……っていうかさ、他にいうことないの。人の純情弄んでおいて、」
クラウドにとってはファーストキスだったのだと、恨み言を言えば、ザックスはごめんごめんと肩をすぼめてみせる。
その仕草さは、やはりプレイボーイ≠サのもので、自信に満ち溢れてはいるけれど。





「…ずっと前から、す、好きでした。」





「今、噛んだ?」
「うっせ!」
彼の顔を朱に染めているのは、アルコールなどではない。
臆病で不格好な…ただの恋心なんだと知る、そんな新年の幕開け。



酔ったふりをしないとキスもできず、
オレンジジュースでいっぱいいっぱい。

とんだプレイボーイがいたものだ!

いただいた拍手に、心からの感謝をこめて。(2014.01.03初出  C-brand/ MOCOCO)


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