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誰かから遠ざかるためじゃない。

何かから逃げ出すためじゃない。

歩き出すのは―――ただ、彼との未来を歩むため。

                                                                                          (side Cloud)

 

  

1231日、大晦日。

故郷のニブルヘイムに、帰ってきた。――ザックスと一緒に。

 

 

 

帰ろうと誘ってきたのは、ザックスだった。

フリードが実家に送りつけたビデオのせいで、母に合わせる顔がないと言うクラウドに、

ザックスは自分が一緒に行くから帰ろうと言ってくれた。

…実際、このままでいいわけがない。

 

母親は一度、長距離電話をかけてきてから何も言ってこないけれど。

あのビデオを見て、どれだけの衝撃を受けただろうか。

息子がレイプされる映像を前に、正気でいられるわけがない。

きっと自分以上に苦しんだはずだ――そう思うから。

一言、電話で母に年末に帰ると言った。

会いに行って何を話せばよいかなんて、クラウドにはわからない。

……だが行かなくてはならない。

 

 

 


 

ニブルヘイムは相変わらず閑散としていて、雪がただ静かに降り続けていた。

「綺麗なとこだな…。」

村の入口で、ザックスが言う。

ザックスからすれば見慣れないゴシック建築に、村を囲む針葉樹が幻想的に見えるという。

ザックスは雪がお気に入りのようで、ニブルヘイムの積雪の量に感動していた。

 

「寒いの苦手なくせに。なんで雪好きなの。」

ゴンガガで育ったザックスには、物珍しいのかもしれない。

そういえば、ミッドガルで珍しく雪が降ったときも、彼は雪にはしゃいでいた。

(子供みたいだな。…いや、子犬かな?)

今まさに子犬のように、わざと深く積もった雪の中を歩く彼を見て、クラウドは目を細める。

「だって白くてふわふわじゃん。オマエみたい。」

だから好きなんだと、ザックスが恥ずかしげもなく笑う。

 

――どんな辛い思い出があるにせよ、自分の生まれ故郷にザックスを連れて来れたこと。

それはやはり嬉しいことだ。

「…ほんとに何にも無いとこだろ。」

「クラウド以外は、ね!」

そう言ってウインクするザックスに、心が温まる想いがする。

 

村に入ってすぐ、教会の屋根を飾る十字架が、遠くに見えた。

8歳のクリスマス、あの教会で始まった悪夢。そして届かなかった、祈り。

ザックスは、何を思っただろう――。

クラウドがかつてあそこで犯されたことを、彼はもう知っている。

ザックスの方にクラウドがちらりと目をやると、優しい眼差しで返してくれる。

そして強く、強く手を握られた。

 

 

 

 

二人ゆっくりと村を横切り、小さな家の前で足を止める。

「ここ、クラの家?」

「……うん。」

「行こっか。クラの母ちゃん待ってるよ。」

だがクラウドは、足を進めることができない。

母親の顔を見るのが、恐かった。

「…ザックス。母さん、泣くかな…?」

母親は汚れた自分を見て、泣くだろうか――

寒さのせいでなく、体が震える。

 

「うん。きっと泣いて喜ぶよ。オマエが顔を見せてくれたことが、嬉しくて。」

そう言うザックスに、クラウドは肩を引き寄せられる。

その力に逆らわずに、そのまま彼の黒いコートに顔を埋めて。

ザックスの温かい体温を感じると、不思議なほど、体の震えが治まっていく。

 

 

 

「――クラウド?」

突然呼ばれた声に、慌ててザックスから体を離す。

見ると母親が、玄関の扉の前にいるではないか。

そして、駆け寄ってくる。

「クラウド!!」

母親は雪の中を部屋着のまま構わず出てきて、クラウドを抱きしめる。

履いていたスリッパも雪にもつれて脱げ、裸足だった。

 

母親の腕に包まれたとき、無意識にそれ以上の力で抱き締め返していた。

背丈は、会わない数年の間に母を越えていたというのに。

まるで幼い子供のように、クラウドはしがみつく。

母親も、息子も。声もなく泣いていた。

 

 

 


 

「さあ、ザックスさん?で良かったかしら。ウサギ小屋でお恥ずかしいですけど、上がってくださいな。」

ずいぶん長い間、雪の中で抱きしめ合った後。落ち着いたクラウドの母親が笑う。

クラウドは、まだ泣き止むことができない。

ザックスはそのクラウドの頭を撫でながら、笑顔で答える。

「お邪魔します。ほら、入ろう?クラ。風邪ひいちまう。」

「ほらほらクラウド!なにぼさっとしてるの。二人とも雪まみれじゃない。」

母親はビデオのことには一切触れず、二人を部屋に通す。

 

記憶の中の母親は、昔から気丈で優しい人だった。

まる2年会っていないが、それは変わらない。

久しぶりの我が家は暖炉がぱちぱちと音をたてて、冷えた体を急激に暖めていく。

その温かさはまるで母そのもの――鼻をすすりばがら、クラウドはそう感じていた。

 

 

自己紹介より先に、クラウドの母親は二人に風呂を勧めた。

二人が風邪をひかないように、配慮しているのだろう。

「ザックスが先に入っていいよ。」

最近は二人で入ったりもするが、さすがに親の前でそれは不自然だ。

…もっとも、最近と言ってもクリスマス以降だからまだ1,2回だが。

「だめ。クラが先。風邪ひくだろ?」

ザックスも普段は一緒がいいとごねるが、それなりに自重しているらしい。

「何言ってんの。ザックスが客なんだから、アンタが先だろ。」

「俺がオマエをさしおいて、入れるわけないだろ!クラが先!」

そんな言い争いをしているうちに、呆れた母親に二人で入るよう言われる。

 

 

 

 

「あーあったまる!な?」

「…あんまこっち来るなよ。」

結局二人で風呂に入ったが、1ST専用のマンションに比べて広い浴槽ではない。

それに数回肌を重ねたとはいえ、まだ裸を見るのも見せるのも恥ずかしい。

「なに恥ずかしがってんだよ。あんなにエッチなことしたじゃん。ほんと可愛いな〜クラ。」

「ばか!母さんの前でそんなこと言うなよ。」

「言わないよ。…けど。」

 

ザックスは、クラウドを後ろから抱き寄せるようにする。

クラウドは、ザックスの足の間に座る体制だ。

それが恥ずかしいと思いつつも、性的な意図がないことに気付き、抵抗しなかった。

「…何。」

「うん、やっぱ、恥ずかしい?こういう関係。」

それは、別に風呂に入っていることを言っているのではないだろう。

母親に――二人の関係を話すことに対してだ。

 

「……母さん、信仰深いんだ。俺と違って。だから、ごめん、今はまだ…」

神様より、ザックスを信じている自分とは違う。

信仰深い母は、きっとこの背徳的な関係を受け入れられないだろう。

「いや、悪い。クラ、いいんだって。俺はお前といられればそれで。」

そう言って髪を撫でてくる。

 

「ザックス。俺、恥ずかしいとか思ってないよ。…そうじゃなくて」

ザックスを愛せたことを、恥じるわけがない。

こんな優しくて温かい人、この世に二人といない。

本当は母親にだって、胸を張って自慢したい人だ。

 

「ありがとな…オマエだけが、そう思ってくれればいい。」

そう言うザックスが愛しくて、彼の首に手を回ししがみついた。

「ちょ、変な気分になっちゃうから!もうちょっと離れて!」

慌てるザックスを無視して、彼に擦り寄る。

「やだ。我慢して。」

 

こんなにザックスが好きなのに、大声でそう言えない自分は臆病だろうか。

彼ならきっと、クラウドがそう望めば――

どんな立場でだって、大声で愛していると叫んでくれるはずなのに。

 

 

 


 

風呂から出て、晩御飯を食べながら、改めてザックスを紹介する。

「よく手紙に、貴方のこと書いてあった。素敵な人だからびっくりするって。本当びっくりしたわ。」

「クラのママこそ!やっぱクラにそっくりですね〜!お肌もぷりぷり!北は美人しかいないのか?な、クラ!」

ザックスの話に、母親はくすくすと笑う。

「口もうまくてしかもソルジャーさんなんでしょ?そんなんじゃ、女の子がほうっておかないでしょう。」

「そうなんですよ、最近ファンクラブまでできちゃって!」

 

ザックスは、誰とでもすぐに打ち解ける。

友達と呼べる存在が一人もいなかったクラウドでさえ、あっというまにザックスに惹かれたぐらいなのだから。

母親と楽しそうに話すのを見て、不思議な気持ちになった。

……くすぐったいような、気持ち。

 

「クラの言ってたとおり、シチュー最高にうまいな!な?」

笑顔で言われて、少し恥ずかしくなる。

素直に頷けず、何も言えずにいると、母親が笑う。

「嬉しいね。クラウドは普段そんなこと言ってくれないのに。」

「そう、そうなんですよ!普段、可愛くないことばっか言うのにこいつ、時々素直になる。

こういうの最近、都会じゃ流行ってて、いわゆるツンデレ…」

「黙れザックス!!」

 

賑やかな食事、とびかう笑い声。

もう二度と母親に合わす顔がないと思っていたのに――ザックスのおかげだ。

 

 

 

「誕生日プレゼントの香水。ありがとね、クラウド。それにザックスさん。」

母親が、優しく笑う。

「…ザックスが、一緒に選んでくれたんだ。いい匂い、だよね…。」

気恥ずかしいが、あの誕生日プレゼントを選んだ日が思い出されて、顔が緩む。

 

ザックスがこの街で一番幸せだと笑ったこと―――本当に嬉しかったから。

「甘くて、優しくて、あったかい。素敵な香りね。」

…そういえば。

好きなやつのイメージに似てる≠ニザックスは言っていた。

 

「そうですね。――クラウドの、イメージそのまま。」

 

(え?)

ザックスが綺麗にむいたエビを、クラウドの皿に少しわけながら言う。

「クラウドの雰囲気にぴったりだったから、きっとクラママにも合うと思って。二人で選んだんです。な?クラ。」

恥ずかしくて、顔が熱くなる。

もしかしてあのときから――自分はザックスに選ばれていたのだろうか。

いや、もしかするともっと前から?

 

「……男が、似合うわけないし。女物だし。」

「男とか女とか関係ないって。Precious Blue…かけがえの無い青。オマエじゃん。」

際どいことを言われ、心臓がどきりとする。

母親は目を細めて笑っているだけ。特に怪しまれていないようで、安心したが。

 

恥ずかしいことを言うな!とザックスを睨もうとして、失敗した。

ザックスに、あまりに優しい眼差しで見つめられていたから。

自分は、母親に関係がばれないかと心配ばかりして――

ザックスの想いを、踏みにじった気がした。

 

「あら、その指輪は?。」

母親に問われ、首にかけられた自分の指輪をみる。

――ザックスから、クリスマスに貰った銀のリング。

適当に誤魔化そうとして、隣に座るザックスの左手が目に映った。

二人一緒に薬指にはめているのは変な目で見られると、クラウドはネックレスに通していた指輪。

ザックスも、別に指にはめろとは言わない。

だけど、ザックスは。クラウドと違って――堂々と、薬指にはめたまま。

「…約束。」

「え?」

 

 

  

「…ずっと一緒にいるって、約束した人、いて。その約束。」

 

 

 

ザックスが、息を呑んだのがわかった。

クラウドの言葉に、きっと驚いたのだろう。

でも母親はもっと驚いたようで、テーブルから身を乗り出す。

「恋人、できたのかい?!」

「……ていうか。大事な、人…だけど。」

「どんな人だい?!」

「…年上で……優しい、よ。世界で一番、優しくしてくれる人。」

 

この愛しさを、どう表現したらいいかわからない。

でも隣にいる彼を想う気持ち。これに嘘はつきたくない。

思い切って言ってみたものの、恥ずかしさから、ザックスの顔も母の顔も見ることができない。

ザックスのむいてくれたエビを見つめたまま、視線を動かせなかった。

 

「そう…そうかい。」

母親はしばらく言葉を発しない。

沈黙が気になって顔をあげると、母は目を伏せて笑っていた。

「…あんたには、年上でぐいぐい引っ張ってくれる人がいいと思ってた。」

それは昔から母に言われてきたことだ。

 

「……うん。いつも、引っ張ってくれる。」

暗闇の中から、引っ張りだしてくれたのは、他でもないザックスだった。

死にたいと思うほどの暴力から。

消えたいと思うほどの、醜い自分から。

 

「良かったね。クラウド。良かった。…ザックスさん、紅茶は好き?」

そう言って、母は席を立つ。

食後の紅茶を汲みに行くのは口実で、気丈な母はキッチンで泣いているのだろう。

ザックスと二人、テーブルに残される。

まだ恥ずかしさが残って、クラウドは沈黙していた。

騒ぎ出すかと思っていたザックスまでも、何も言わない。

横目でちらりと彼の方を見ると、どこか彷彿とした表情で、こちらを見つめていた。

 

 

 


 

「ニブルヘイムは、年越しイベントって無いんだな?」

晩御飯の後、クラウドの部屋で寝床を作りながら、ザックスが言う。

「どちらかというと、クリスマスが大きなイベントなんだ。神様の生まれた日だから。」

クラウドにとって、もうクリスマスは…神様のための日ではないが。

ザックスの決めた人生を歩むと誓った日。

「神様、か…。」

窓から教会の十字架のシンボルが見える。

それを見ているのか、ザックスは窓越しに座ったまま、言葉を続ける。

 

「あのさ。さっきの…」

「え?」

「さっき、夕飯のとき。この指輪を、約束って言ってくれたこと。」

ザックスは自分の指輪を見ている。

「うん。」

「今まで生きてきて、一番嬉しかった。…泣かないように我慢すんの大変だった。」

「…別に、あんなの。……本当のことだし。」

ザックスならきっと、もっと堂々と言ってのけたはずだ。

結局クラウドは母親に、相手がザックスだとは言ってない。

だけどクラウドにとっては、精一杯の勇気のいることで。

それを彼が喜んでくれるなら、嬉しいと思った。

 

「待てよ?一番嬉しい言葉って他にもあるからな。お前が俺に溺れてるって言てくれたのも、

教会で誓いますって言ってくれたことも。寝言でばかザックスって言われんのもツボだし、

それにあのときに、もうダメって言われんのもくるしなあ。」

「このばか!変態!」

「そう、それもいい。超萌える!」

クラウドは、ザックスの背中を軽く蹴飛ばす。

ザックスはふざけて笑うが、こちらを向かない。

――窓から見える、教会を見たまま。

 

体が勝手に動いて、ザックスを後ろから抱きしめていた。

「クラ?」

「…今、何考えてる?」

ザックスがよく使う口癖と、同じことを言ってみる。

「んー、クラから誘ってくれるなんて、今夜は頑張っちゃうかなって。」

「…ちゃかさないで、いいよ。」

「………。」

ザックスの背中は、何かに耐えるようだ。痛いと思った。

 

「あの教会に、まだ神父いんのかな?」 

呟くように、ザックスが言う。

「……もうほとんど使われてないって。神父は住んでると思うけど、病気らしいよ。母さんがそう言ってた。」

 

「そっか、生きてるんだ。俺――殺しちゃうかも。」

 

「ザックス…!」

ザックスの腹に回したクラウドの手に、彼の手が重ねられる。

「でも、そんなの正義でもなんでもないってわかってるから。今、必死で耐えてる。」

窓に映った青い眼差しと、目が合った。

その瞳には、ザックスの狂おしいほどの葛藤の念が見てとれた。

 

ザックスは、今。戦ってくれているのだ。クラウドのために。

……本当に戦わなくてはいけないのは、自分だというのに。

「ザックス、お願い、聞いて。」

「…ん?いいよ。」

内容も聞いていないのに、『いいよ』と即答するザックスが彼らしいと思う。

 

「一緒に、あの教会に行って?あの人に、会いに。」

 

あの人に――教会の、神父に。

ザックスの呼吸が、少し乱れるのがわかる。

「会って、どうする…?」

批判ではない、純粋な疑問とわかる聞き方だった。

「わからない。けど、ここから逃げたくない。もう…自分から逃げ出したくない。」

13の春。悪夢と孤独から、逃げるように村を出た。

だけど――逃げるためじゃない、未来のために歩き出したいから。

 

ザックスが、静かに頷いた。

 

 

 

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C-brandMOCOCO (2009.4.5)

 

 

 

 


 

 

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