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 ※ご注意: 露骨な性的描写有り。18歳以上の方の閲覧推奨。

 

 

 

クラウドの母親が寝た頃、二人は家を抜けた。

もうすぐ、年が明ける時間。

大晦日だというのに、村は賑わう様子もなく、静かなものだ。

ただ厳かに、雪が降り続けて。

 

(…この村は、昔からずっと変わらない。)

いつか感じた孤独を思い出して――教会の前で、クラウドは無意識にザックスの手を握る。

握ったあとで恥ずかしくなり手を放そうとしたが、ザックスは放そうとしない。

教会の扉を開けて中に入ると、ギシリと床が鳴った。

聖堂は真っ暗で、床も壁も傷み、もう使われていないのは明らかだった。

 

少し奥に進むと、脇にある小部屋が目に入る。

その扉には板が打ち付けられ、中に入れないようになっていた。

「ここ…。」

「え?」

「ここで、神父にヤられた。最初はクリスマスの日だった。」

暗くてザックスの顔は見えないが、彼が慌てたのは間違いなかった。

「クラ!ごめん!こないだのクリスマス、俺そいつと同じことしたのか?!」

聖夜、聖堂わきの小部屋≠ナ、肌を重ねたこと。

たしかに奇跡的なほど、ひどくかぶっている。

――でも、同じじゃない。

 

「なんで、謝るの?…変なの。」

「だって俺、そいつと同じじゃん…!あんなとこで、欲望にまかせて、オマエにあんなことして…」

暗くてザックス顔を見ることができないのが、少し悔しいと思う。

きっと彼は、情けないほど泣きそうな顔をしているから。

「同じなわけ、ない。――助けて、くれたんだよ。ばかザックス。」

 

ザックスのこの手が、悪夢から…そして、孤独から。

助け出してくれたのだ。

小さくまた彼が「ごめん」と謝るのを無視して、ザックスの手を引っ張る。

 

2階に続く奥の階段から、わずかに明かりが漏れていた。

「神父の部屋。たぶん、こっちだから。」

ザックスの手をひいて階段を上り、そのさらに奥の部屋――

隙間から仄かに明かり揺れる、扉の前で立ち止まった。

クラウドがその扉を小さくノックするが、返事はない。

扉のドアノブに手をかけたとき、ザックスが上から手を重ねて、一緒に開けてくれた。

 

「あの…?すみません…。」

深夜に、聖堂ならともかく2階の部屋にあがりこむ非常識さに、少し萎縮する。

だが今、クラウドとしては、そんなことを気に病んでいる場合ではない。

心臓が、早鐘のように鳴る。

小さなサイドランプが灯る狭い室内で、ベッドに横たわる人間を認識した。

近づくと床が腐っているのか、ぎしりぎしりと音をたてる。

 

 

 

 

「…どなたです…?」

しわがれた声が、室内に小さく響いた。

その声、そしてベッドに横たわるその男の顔――。

それは、間違いなく。

 

「…!!」

クラウドが思わず後退りすると、すぐ後ろにいたザックスとぶつかる。

ザックスはその細い肩を抱くように受け止め、クラウドの前に立つかのごとく一歩前進した。

「こんな夜分に失礼ですが。…貴方が神父サン?」

ザックスは静かで落ち着いた声を出しているが、その固く握った拳から、

煮えたぎるような怒りを抑えているのは明らかだった。

 

「…そうです。しかしもう、神に仕える資格はありませんが。」

神父は力なくベッドに横たわっっていた体を、少し起こす。

そしてザックスを見上げて、少し戸惑うような顔をする。

「私に、何用ですかな…?」

「自分でも、どうしたら怒りが治まるのか…わからない。」

ザックスの言葉を理解できていない神父は、その後ろに隠れるようにしているクラウドの方に視線をやる。

そして、目が合った。

 

「……?…キミは…………キミは!」

ぎくりとして、クラウドは体を硬くする。

思わずザックスの背中に、しがみついてしまう。

「……気安く、見んな。」

ザックスはクラウドを隠すように、その前に立ちはだかる。

 

「………クラウド、だね?」

「……。」

答えられずに、ただザックスの服を握り締めていた。

そのクラウドを呼ぶ声が、どうしたって悪夢のような過去を思い出す。

オルガンの音色と、気味の悪い男の息―――

 

 

 

…追いかけてくる。

孤独と絶望が。どこまでも追いかけてくる―――

 

 

 

 

「へえ?自分が何をしたか、覚えてんだ?」

ザックスが、恐ろしく冷たい声で言う。

クラウドには、絶対に聞かせない声だ。

 

「私を、殺しにきた…?殺して、くれる…?」

「は?」

「あなたの青い目。人のものじゃない…悪魔の遣いですか?」

「なに言って…」

「もう、耐えられない。連れて行ってください…!」

 

よくわからないことを言う神父。

クラウドは、ザックスの後ろから、彼の顔を覗き見る。

神父は記憶の中のそれより、だいぶ年老い、やつれていた。

病気というのは、本当のようだ。

母からは、脳を侵されていると聞いている。

 

「……なんで、死にたい?」

ザックスが、変わらず低い声で言う。

「もう何年も前に、そこにいる少年を――汚しました。何度も何度も、暴力を奮って、神に背いた。」

まるで懺悔のように、淡々と話す。

いや、懺悔なのだろう。ザックスを悪魔だか死神と思い込んでいるのだから。

「欲に、負けました…年端もいかない、幼い少年を愛して…。」

 

 

 

――アイスル?

 

 

 

「ふざけんな!」

ザックスが叫ぶ。

その怒鳴り声に、クラウドが思わずびくりと肩を震わすと、

それに気付いたザックスが少し振りむいて肩を優しく撫でてくれる。

そうして神父の方に向き直り。

 

「…愛した?言い訳のために、そんな言葉を遣うな!」

 

そのザックスの声は、今にも泣き出してしまいそうだった。

そして――気付いた。

ザックスは、自分自身を許していないのだ。

過去に2回、クラウドを無理やり犯したことを。

「愛してた!愛してたんだ!私は本当に…!」

神父は顔を両手で抑えて、泣き崩れる。

 

 

 

「――もう、いいよ。」

 

 

 

クラウドは無意識に、そう言っていた。

「え?」

ザックスと神父が、クラウドの方を同時に見る。

「…許したわけじゃない、でも」

絶対に許すことなどできやしない。だけど。

過ちを犯さない人間もまた、きっといない。

それを、悔やんでいるならば―――

 

 

 

「生きてください。…一生悔やんでも。」

 

 

 

そう言って、ザックスの手を引っ張って、部屋を出る。

「クラウド…!」

神父に、後ろからすがるように呼ばれる。

「…もう二度と、その名を呼ばないで。俺は貴方を許せない。でも……カミサマが、貴方を許してくれるといい。」

それがこの男の救いになる。…きっと。

 

扉を閉めて、一度も振り向かずに教会を出た。

教会を出た瞬間、鐘の音が厳かに鳴る。

年が、明けたのだ。

 

 

 

 

 


 

絶対に放すことなく、二人で手をつないだまま帰って。

クラウドの部屋の窓際で、二人腰掛けながら、朝日が昇るのを待っていた。

 

「……俺のことも、さ。」

「え?」

教会を出たときから、ほとんど無言のザックスが気になっていたら、突然、彼が喋り出す。

「俺のことも、許さないでいいから。」

ザックスは、真っ直ぐにクラウドの方を見ていた。

 

「オマエをねじ伏せたこと。一生、許さないで。」

「許さなかったら…どうすんの。」

「――背負って、生きたい。一生かけて償いたい。」

 

――それも、魅力的だと思う。

そんな罪で、彼を一生、繋ぎ止めておけたなら。

だけど。そんなの無くたって。

「そんな言い訳、いらないよ。」

「……クラウド…。」

 

 

 

「一生かけて、ただ愛してくれればいい。」

 

 

 

贖罪なんか必要ない。

そんな理由で、彼が欲しいわけではない。

ただ、一緒に生きていきたいだけ。

ザックスはその形のいい眉を下げて、泣きそうな顔になる。

そして強く、強く抱きしめられた。

 

「……とりあえず、今夜は朝まで愛そっか?」

「すぐふざける!てかもう朝だし。」

ザックスが泣きそうなのを我慢して、ふざけたふりをしていること。

本当は、知っているけれど。

 

「やっぱ、おあずけかぁ。」

笑うザックスの横顔が、光に照らされる。

朝日が昇り、その日の光が村中の雪に反射して、キラキラ眩しい。

 

 

この世界もザックスも、あまりに眩しい―――目も開けられぬほどに。

 

 

「ザックスの笑った顔、好きだよ。」

眩しさに目を細めながら、それでも見ていたくて必死で目を凝らす。

一瞬だって、見逃したくない。

この幸せを、一瞬だって。

 

昨夜、ザックスはクラウドのことをかけがえのない青≠ニ言ったけれど。

それはきっと、自分のセリフだとクラウドは思う。

その優しい青の光が、いつから自分の全てになっただろう。

いったいいつから、目を閉じたときにザックスしか映らなくなっただろう。

 

 

 

目を閉じてもなお、眩しすぎるこの世界。

二人の未来。

 

 

 

「誘ってる?あんま可愛いこと言うと、襲うぞ!」

そう言いいながらふざけて、じゃれてくるザックスの体を、クラウドは避けたりしない。

「…誘ってる……けど。」

「え????」

ザックスが、硬直する。

 

「…ごめん、嫌だよね。そういう、軽いの。」

つい以前の癖で、クラウドは卑屈になってしまう。

ザックスと肌を重ねたい、だけど、そう望むのが恥ずかしい。

――ザックス以外の男を受け入れてきた自分が、恥ずかしくて。

そんな、最低に汚れた自分を、先に許してくれたのはザックスだった。

 

絶対に消えることのない過去。

でもその醜さすらも受け入れて、なお愛しいと彼が言うから。

 

 

 

「ないない!嫌なわけない!!今の言葉、生きてて一番嬉しかった!」

「また?それ、いくつあるんだよ。」

ザックスの力強い腕に、軽々と抱きかかえられながら。

可愛くない言葉を返しても、この先の甘い予感に、期待してしまう。

「だって!クラウドが、俺の感じてる顔好きだよって。」

「そんなこと言ってない!ばかザックス!」

ベッドに優しくおろされて、悪戯っぽく笑うザックスと目が合う。

 

「でも、好きだろ?俺の感じてる顔。俺はクラのイク顔、思い出すだけで抜ける。」

「露骨なこと言うな…!このばか!」

派手なリップ音をたてて、ザックスがクラウドの頬にキスを落とす。

「どうしてほしい?今日は、クラの好きなようにしてあげる。」

あまりに近い位置で囁かれ、不覚にも胸がきゅんとして。

甘えてみたくなる。

「…今日、だけ?」

「その上目遣い、なに?!可愛すぎる!!一生!一生、クラの望むがままに動きます!」

 

「…優しく、して……?前に、そうしてくれたみたいに。」

あのザックスが許してくれた日のように。

「いっぱいキスして…抱き締めるみたいに、前から、エッチしてほしい…。」

あまりに慣れない自分の言葉に、羞恥で顔が熱くなる。

きっと、耳まで赤いはずだ。

こんな醜くて本当≠ネ自分、さらけだしていいだろうか。

 

「やばい、俺、マジでおまえのこと好きだ…。」

ザックスの頬が少し赤くなっているのが、珍しい。

「そんなの、しつこいぐらい聞いてる。」

「何度でも言う。だって死ぬほど好きなんだもん!可愛い、可愛すぎる!愛してる!」

ザックスがこれ以上ないほどのいい笑顔で、クラウドの服を脱がし始める。

脱がす時間も惜しむように、ボタンを外しながら、クラウドの体に舌を這わせる。

「オマエ、ほんとおいしいな。舐めると溶けちゃいそう。」

ザックスのざらりとし熱い舌に、本当に溶かされてしまってもいいだなんて――

 

「あ、待って…。下に母さんいるんだから、ばれないように…!」

「クラがエッチな声出さなければ、大丈夫だよ。」

このばか!とか言おうとした言葉を、唇で奪われた。

その後はもう。

 

ただ互いの名前を呼び合って。

 

 

 

 


 

「ザック……!ふ…ぁ!もう、だ、め…ひあっ!」

思わず声があがりそうになるのを抑えようと、両手で必死に口を塞ぐ。

「クラ、なんかそれ、燃える…!」

目を開けると、ザックスが情熱的な目で見おろしている。

「ざっくす、声、でちゃ…!もっと、優しくして…っ」

ザックスは優しい触れるだけのキスを、ちゅ、ちゅ、と何度もクラウドの唇に落とす。

その仕草はとても優しいのに、腰の動きは少しも緩めない。

奥へ奥へと、貪欲に突き入ってくる。

 

「優しく、するって、言ったのに…!ばかぁ!嘘つき…!」

クラウドは恨めしげにザックスをなじり、その逞しい胸を数回叩く。

実際は、十分時間をかけてくれたし、決して痛いわけじゃない。

でも、襲いくる信じられないほどの快感に、声が抑えきれないクラウドは、ザックスをただ睨むしかないのだ。

 

「ごめん、優しくしたいのに、抑えきれない。すっげえ気持ちいい。もっと、クラの奥に入りたい…!」

ザックスは余裕のない顔でクラウドの頬をさすり、今度は深く口付けてきた。

自分の唾液だか彼の唾液だかわからないほど、混ざり合う。

 

本当に、融けてしまう―――…

 

 

 

 

 

快感に朦朧とする意識の中で、ザックスの呻き声が、微かに聞こえる。

「クラぁ…っ」

うっすらと目を開けると、彼の首筋から汗が流れるのが見えた。

――好きだな、と思う。

すぐ目の前にある、ザックスの感じている顔。

奥を突きあげたときの、我慢できずに漏れるザックスの呻き声。

まるで彼の愛情そのもののような、中に入ってくる熱。

――どこまでも自分の中に入ってくる、それは体だけじゃない。

 

 

彼の想いまでも。

痛いほど、感じる。

 

 

 

 

「なに、考えてんの?」

こんなときまでザックスの口癖が出て、おかしくなる。

「…別に。」

「俺のこと以外、考えるの禁止!」

「なにそれ。やだよ。」

言われなくたって、頭の中はザックスのことだけだ。

それなのに、目の前の男は何を勘違いしたのか、焦り始める。

「え、クラ、まさか気持ちよくない…?!痛いとか?俺へたくそ?!」

「ザックス、うざい。」

セックスの最中に露骨な質問をされ、恥じらいから思わず冷めた態度をとってしまう。

 

「なあ、クラ。もっと頑張るから!嫌いにならないで?な?」

どうしてこの男は、こんなにストレートにものを言うのか。

「…ザックスなんか、嫌いだ。ちっとも優しくしてくれない。」

自分は大嘘つきもいいところ。

こんな優しくしてくれる人、この世に彼しかいないだろう。

それでもこんな意地悪なことを言ってしまうのは、ただザックスの困った顔が見たいだけ。

…好きな子をいじめる、子供みたいだけど。

 

「ちょ、嫌いとか冗談でも言わないでよ…!ほら、ここ好きだろ?もっと突いてやるから、な?好きって言って?」

「あ、やぁん!はう、嫌い、だもん…!!」

「クラ〜!頼むよ。もっと気持ちいいことしてやるから。な?好きだろ?ほら、ここ、こうされたいだろ?」

「んあ!んあ!そこ突いちゃ、だめ…だめなの!ザックス、そこいや!いやいやぁ!」

ザックスに精器の裏あたりを激しく貫かれ、怖いぐらいの快感に全身が震える。

こんなに早くイきたくないのに、ザックスはそこばかり狙って突き上げる。

口から唾液がだらしなく零れると、ザックスがそれすらも舐め取る。

その行為に、全身がさらに熱くなる――

 

「クラ、すげえイイ顔…。ここ、ぐいぐいされて気持ちいいんだ?

好きって言ってくれたら、何度でも突いてあげる。」

しつこい男だ。

言葉だけでなく、中を貫くその熱の塊も。

信じられないほど熱く硬いもので、執拗に感じるところばかりを突き上げてくる。

「ばかぁ!嫌い、ザックスなんか…!」

「クラ〜、頼むよ!な?ほら、言って。好きって。」

「はぁぁぁあ!や、そこやぁ!やめて!ざく…死ぬ…死んじゃう…!」

恐ろしく器用に前立腺ばかり突かれ、ずくずくと抜き挿しされる。

 

恐いほど、気持ちよくって。恐いほどに、愛しい。

この愛しい男を、無意識に締め上げてしまうのか、彼も苦しげな声をあげる。

 

「く、すげ、締まる…くら、やばいって……」

「や…こわい、ざっくす、おかしくなっちゃ…!やめ、やめて!」

もう、何を口走ってもわけがわからないほど、前後不覚に陥っていた。

「やぁぁぁあ!あい、してる!愛してる、からぁ!やめてザックス!!」

「え?」

「あいしてる!だから、もう、だめなの、ざ、くす…ッ!」

「愛してる??ほんと??すっげ嬉しい!クラ大好き!マジ好き!」

 

ザックスに抱き締められたと思ったら、そのまま彼が、腰を勢いよく動かす。

パアンパアン!と音を立てながら、唇も貪られ――全身でザックスに求められる。

ゆすぶられる衝撃をなんとか抑えようと、彼にしがみつくと。それになぜか喜ぶザックス。

彼の下半身までも、さらに張りつめてしまって。

もう、何がなんだか――

「あ?!やあ!激し、よ、そんな…っ!きゃぁぁぁぁん!」

 

 

イク瞬間、結局何度もバカみたいに、好きだ好きだと叫んでいた。

……だってバカみたいに好きだから。

 

 

 

 


 

目が覚めると、隣にザックスはいなかった。

時計を見ると、もう昼近い。

ザックスは、下の階で母と食事でもしているのだろうか。

結局、ザックスと同じベッドで、しかもお互い裸のまま眠ってしまった。

(母さん、部屋に入ってきたりしなかったかな…。)

数時間前まで愛し合っていた手前、後ろめたい思いで階段を降りていく。

キッチンから、パンが焼けるようないい匂いがして、足を向けると。

 

微かに、すすり泣く声。

そこにいたのは母と、ザックス――ザックスは、母を抱きしめていた。

泣いているのは、母だ。そしてしきりに、彼は謝っている。

「すみません…俺。……すみません。」

 

クラウドは、瞬時に理解した。

(……フリードが送った、ビデオのことだ。)

どちらからその話題を持ちかけたのかはわからないが、おそらく母だろう。

彼が悪いわけではないのに、何度も謝罪の言葉を口にするザックスを見て。

悲しさと、愛しさがごちゃまぜになった。

 

「あなたが、謝ることじゃないでしょう……。」

しばらくそうしていたが、少し落ち着いた母が、そう言う。

「いえ、知らないってことも、十分悪なんです。もっと早く知ろうとしてたら、きっと何かが変ってた。

あんなに、泣かせたりはしなかった……。」

 

胸が痛かった。

そうじゃない、ザックスに知られないようにしていたのは、クラウドの方なのだ。

ザックスの真っ直ぐさを利用して、嘘で固めていたのだから。

「あの子は、そんな風に思っちゃいない。だって」

母の手がザックスに触れる。

クラウドからはザックスの背中しか見えないが、その手が伸びる先は知っていた。

 

――銀の、十字架。

「この十字架の意味を、知ってるの?」

ザックスには、ニブルヘイムの宗教の話も、十字架の意味も話していないから知らないだろう。

そうクラウドは、思っていた。

「……貴方にだけご加護を=H」

ザックスの迷いないその答えに、クラウドは目を見開いた。

「そう。それは貴方の幸せを願う、祈り。クラウドが、貴方にどれだけ救われたのか。それが証拠でしょ。」

 

その十字架は、自分以上に大事な存在へ贈るものだ。

自分は神様に愛される権利を捨て、愛する者の幸福だけを祈るのだから。

もとは母のものだった十字架。それ以前は父のものだったという。

愛するものへと贈られていく愛のカタチ――

それをザックスに贈ったことを、母は疎んでいないようだった。

 

「俺、クラウドを守ります。クラママのことも。」

真面目な声で、そう言いきるザックスに、母が優しく微笑む顔が見えた。

「あらあら、とんだプレイボーイだこと!」

 

 

 

 


 

ニューイヤーは3人で過ごし、たくさんの話をして、笑った。

ザックスは母を大事にしてくれたし、母もザックスを息子の自分のように接していた。

どこに出かけるでもないが、一緒に料理を作ったり、昔の写真を見たり。

幼い頃のクラウドの写真を見て、どうしても1枚譲ってほしいとザックスが必死にお願いしたりして。

また、ミッドガルの街や訓練の様子などを、クラウドも母に話した。

 

もうビデオの話は一切しない。

それでいいのだと思った。過去なんかもう、必要ないのだから。

あるべきものは、愛しい未来だけ。

 

 

 

 

5日ほど滞在して、ミッドガルに帰る朝。

見送る母は、名残おしそうではあったけれど、悲しそうな表情ではなかった。

ザックスとクラウド、交互にハグをしてからクラウドを真っ直ぐ見て言う。

 

 

「クラウド。人と違う人生っていうのは、ね。――痛みを伴う、ものなんだよ。」

 

 

それが何をさしているのか。

クラウドにはすぐにわかって、息を呑んだ。

二人の関係――それをどこまで母が知っているのかは、わからない。

だが少なくとも、二人の間に、ただならぬ想いがあるということは。もう、気付いているのだろう。

クラウドが、ザックスに与えた銀の十字架。

大きさは違うが、よくよく見れば同じデザインの指輪。

年明けの日、一度だけだけど、こっそり肌を重ねたし。

…結構夢中になってしまったから、ばれてないという保証はない。

 

それに何より、ザックスのクラウドを見る、優しすぎる眼差し。

ただのトモダチ、であるはずがない。

クラウド自身だって、こんな溢れるような想い、隠せているわけがない――。

 

母に関係を誤魔化すことよりも、悲しみが渦巻いて、クラウドは言い訳もできない。

背徳的、ばちあたり

そんな事実よりも、ザックスの反応が恐かった。

母に反対されたときの、ザックスの悲しそうな顔を見たくなかった。

母にだけは、わかってほしいのに。

ザックスがどれだけ、どれだけかけがえのない存在か――

 

「……母さん、俺。どれだけ痛くっても、いいんだ。」

どれだけの痛みだって、彼となら耐えられるのだと。そう言おうとしたとき。

母がクラウドの言葉を遮るように、言う。

 

 

 

「――だけど。きっと幸せは、それ以上にあるから。」

 

 

 

「…え?」

母のライトブルーの目が、今度はザックスを見つめる。

「神様がお許しにならないなら。私が罰を受けるから、だから」

母は、強い瞳だった。

強い、想い。

 

 

 

「幸せに、なるんだよ。……二人で。」

 

 

 

込み上げる想いと涙を抑えきれず、クラウドは母に抱きついた。

後ろからザックスも、母とクラウドを包むように抱きしめる。

かすかに香る、甘い匂い――

かけがえのない青≠サれは、きっとそれぞれの想いなのだ。

 

 

 

 


 

母に何度も別れを言って、二人で村を出る。

村の入口で、ザックスが名残惜しそうに振り返る。

「また、来ような。」

「こんな何にもないとこ、退屈じゃなかった…?」

クラウドの金髪にかぶった雪を掃いながら、ザックスが言う。

「だから何にもなくないって。オマエと、クラママがいるじゃん!」

 

クラウドも、村を振り返って眺める。

教会のシンボルの十字架が、遠くに見える。

「……俺、ね。たぶん神父のこと許せない。」

「うん」

唐突のクラウドの言葉にも、ザックスは穏やかな目で頷く。

「だけど、許せないけど。体を治して、あの人なりに幸せになってほしい。…そういうの、だめかな?」

「だめじゃない。それで、いいんだと思う。」

「……偽善かもしれないけど。」

クラウドが俯いて言うと、そんな風に思うな、とザックスに頭を引き寄せられる。

 

「…好きだよ。」

ザックスの、脈絡のない愛の告白。

またいつもの軽口かと思ってザックスを見上げると、優しい瞳に捕まった。

そして繰り返すように、言う。

 

 

 

「そういう、お前の弱くて優しいところが。俺は死ぬほど好きだよ。」

 

 

 

過去はなかったことにはできないし。汚れた体も、きっと綺麗にはならない。

取り戻したと思っても、きっと何かが違ってて。だけど。

 

醜い過去もこの体も、そして心を巣食う自分の弱さすら受け入れて――

それでもなお愛しいと、彼が言うから。

今ならば、こんな自分を少しだけ、愛しいと思える気がする。

 

 

 

ザックスが、クラウドの指輪にキスを落とす。

指輪はもう、ネックレスにかかっているのではない。

クラウドの薬指に、はまっている。

 

ゴーン…ゴーン…

 

さらさらと降る雪の中、澄んだ空気に鐘の音が響いた。

偶然音が鳴っただけ、ただ、それだけだけれど。

「神様にも、認められちゃったな!」

ザックスがウインクして言うから、そんな都合のいい思い込みも悪くないと思う。

 

…あの時も、同じように鐘の音を聞いた。

13の春、逃げ出すように、村を出た日。

自分≠ゥら逃れたくて――ひたすら、村から遠ざかった。

 

今、村を出ようとするこの一歩は。

あの時と同じようで、でも確実に違う。

だって今は、ザックスとの未来のため。

 

 

ただ幸せになるために、彼と踏み出すのだから――――

 

 

 

 

 

 

――なあ、ザックス。

未来を、約束するよ。眩しすぎる未来を。

守られるばかりじゃなくって、守ってあげたい。

求めるだけじゃなくって、与えてあげたい。

幸せに、してあげたい。

…それが人をアイスル≠アとだって、アンタが教えてくれたんだ。

 

  

 

 

だから。

 

 

 

この気持ちだけは、甘えとか、弱さじゃないよ。

ただ、アンタを愛してる。

ばかみたいに愛してくれるアンタを

 ただ、ばかみたいに愛してる。

 

 

 

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