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人のものを欲しがるほど愚かじゃない。

だからただ、優しくしたいだけ。

――ただ、それだけ。                                                           (side Reno)

 

  

夏ぐらいから、だろうか。

ザックスが変わった。

と言っても、明るい性格も人懐こいとこも、そのまんまだけど。

変わったのは、女関係だ。つまり、めっきり遊ばなくなった。

せっかく俺が合コンに誘ってやっても、「ルームメイトと飯を食うから。」と断られた。

あのヤることしか考えてない、ザックスが?

 

そう――ザックスの爽やかさに騙されるやつは多いが、あいつはかなり節操がない。

女好き∞100人斬り∞種馬男∞下半身暴れん坊将軍

そんな最低のコードネーム(?)を、受付嬢の間で付けつけられるほど。

しかも、その手のことには、かなり薄情。ヤったらサヨナラってのも多い。

…俺も人のこと、言えないけど、ね。

 

ザックスは、確かにモテる。

入隊してあっという間にソルジャーになって、その軟派な性格と甘いマスク(認めたくねーけど)が幸いし、

女は選り取りみどりらしい。

もちろん、タークスの俺だってモテる。

なんてったって、そこらのソルジャーよりも高給取りだし。……1STには負けるけど。

そんな二人が組んでナンパすれば、まさに敵なし。

よく行き着けのクラブで、女の子をハントしたもんだ。

 

 

 

 


 

―――そのザックスが。なんでも、ものすごい美人にいれこんだらしい。

8番街で、ザックスとその「美人」が仲良く買い物してたとか、お茶をしてたとかって噂だ。

女の子をナンパしたらホテルに直行!なザックスが、そんな健全デート?

金をつぎこまないとヤらせてくれない女なのか。…あまりに不可解。

あのザックスが落とそうと躍起になる女に、俄然興味がわいた。

 

 

 

二人を見たのは、偶然だった。

なかなか美味いコーヒーを出すカフェが8番街にあって、最近ハマっていた。

そのオープンカフェで、周りの注目を集めてるカップル。

……かと思ったら、あのウニ頭はどう見てもザックスだ。

面白そうだなと思って、少し離れた席でコーヒーを飲みながら観察する。

この濃い豆が後をひいていいんだけど、そういえばザックスも好みが同じだった。

コーヒーの趣味も、女の趣味も、俺たちはよく似ている。

 

今回の女は、どうだろう?

別に俺のタイプだったからって、どうこうするつもりはないが。

ザックスと、女を取り合ったことはない。

合コンで狙いがかぶったときも、じゃんけんで決めるとか、たいていどっちかが簡単にひくとか。

それは友情、というより…女に対して、お互い冷えていたんだと思う。

その程度の、レンアイだったということだ。

 

ザックスは熱い男ってイメージが強いけど、女関係にはひどくドライだった。

いつだって女には優しい、だけどその優しい笑顔でサヨナラを言うから、たちが悪い。

はっきり言って、モテるがゆえに調子にのってた。

……俺も人のこと、言えないけど。

 

そんな余裕で女を捨てたザックスは、どこにいった?

ザックスはだらしなく笑って、もう「好きです!」って顔に丸出しだ。

見ているこっちが恥ずかしい。

向かいに座った女は、後ろ姿で顔は見えないが、見事なブロンドだった。

ミッドガルでは珍しい、その混じりけのない金髪は、周りの視線を集めている。

通りすがりのカップルは、鼻息を荒くして男が見惚れ、女は手鏡を出して蒼白な顔。

ジョギングしてたオッサンは、犬のウンコ踏むんじゃない?ってぐらい前を見ていないし。

ウェイターまでも、俺のケーキセットを落とす始末だ。(ただにしろよ!)

 

――そして、俺も。

彼女のショートカットのうなじに、思わず息を呑んだ。

あまりに折れてしまいそうな、細い首。綺麗なラインを描く、白い顎。

俺の位置からだと顔はほとんど見えないけど、それだけでどれだけの美貌かは明確だった。

そして、なんだか今までにない雰囲気の少女――

 

ザックスも俺も、基本的に年上の女が好きだ。

セクシーなお姉さんタイプ。ついでに巨乳。ベッドでも積極的な方がいい。

だけどその少女は、服装もボーイッシュだし、儚いほどに細い体つき。

そして、清廉。……まるで透き通るようだ、存在そのものが。

どう妄想しても、彼女がベッドでのテクニックがあるとは思えない。

いや、そう妄想するのがとてつもなく罪悪感を感じるほど、清らかで。

ウェイターが注文したものを持ってきたとき、その子が振り向いて、顔が見えた。

 

 

 

天使?

 

 

 

顔が見えたのは一瞬だけだったけど、今までの常識や概念が吹っ飛んだ。

それだけ、衝撃的な美しさ。

今まで何を見て綺麗だ、とか可愛い、とか言っていたのか。

 

俺はたぶんバカみたいに口を開けて、見惚れていた。

彼女は甘いものが好きなのか、角砂糖をいくつもカップに入れてかき混ぜる。

こんな優雅な造作でスプーンをかき混ぜる子、知らない。

コーヒーにも紅茶にも、ばかみたいに砂糖を入れる女が許せなかったけど(本来の味じゃないじゃん)

彼女なら、何個だって砂糖を入れてほしいと思った。

…俺って実は、ザックスなみのバカなのか?

 

ケーキを食べる彼女の口元が、緩く綻ぶのが、時折見えた。

きっとザックスが、またバカな発言をしているのだろう。

こないだ報告書に描いた落書きが見つかって、セフィロスに怒られた話でもしているのかな。

ザックスの笑顔につられるように、その子が笑って金髪がふわりと揺れる。

―――その、笑顔といったら。

 

俺は人のものを欲しがるほど、愚かじゃない。

面倒くさいのはごめんだ。

誰か一人を選ぶなんてのも、ごめんだ。

だけどこの時ばかりは――ザックスより早く、あの子に出逢いたかったなんて。

柄にもないことを、思った。

 

 

 

 


 

その天使の、衝撃的な「真実」を知ったのは、すぐのことだった。

タークスに所属していれば、必要のない情報までも入ってくる。

…だから最近、兵士の中でレイプやイジメがあるとかって噂は、知っていた。

軍隊ってのは男ばっかりだし、弱いやつが掘られるっていうのは、よくある話だ。

でも女じゃないんだから妊娠もしないし、たいした問題にも取り上げられない。

俺も、弱いやつが悪いと思う。嫌なら死ぬ気で抵抗すりゃいい。

そう、思っていた。――そのビデオを見るまでは。

 

裏で管理職のお偉いさん方やソルジャー達が、こぞって買いたがっているという、最近噂のビデオテープ。

脱税疑惑で調査していたどっかの部門のお偉い様から、偶然、俺が押収して。

そのビデオテープの内容を見たとき、目の前が真っ白になった。

 

それは悪趣味ないわゆる輪姦で、まわされてるのは間違いなく、金髪の――。

いやまて、でもあの子は女の子だろ?

そうだ、たしかにビデオの中で犯されてるヤツは綺麗な顔をしているが、紛れもなく男。

そりゃ同じ男とは到底思えない、綺麗な、綺麗すぎる体だけど。

他人の空似、だよな?

――そう思いたかったのに。

 

「ザックス…ザックス……!」

小さいけれど悲鳴のように、その名を叫ぶ声がして、確信した。

…別人なわけが、ないんだ。

こんな綺麗な生き物、二人といるわけがない。

 

あまりにひどい内容に、眩暈がした。

男といえどこれほど綺麗な子だ、抱きたいという願望はわかる。

泣き顔に興奮するのも、悲しいが男の性だろう。

…だけど、こんなにひどく、犯せるものなのか?

折れそうに細い手足を、大の男が何人も寄ってたかって、押さえつけて。

汚れなんか似合わない白い肌に、無理やり男の欲をぶちまけて。

『ザックス』の名を呼ぶその泣き声に、男達は歓声をあげている。

―――人間のすることじゃない。

 

ザックスは、何をやってるんだ?

こないだ1Stに昇格したくせに、好きな子一人、守れないのか?

この子は何度も何度も、オマエの名前を呼んでいるのに。

怒りを、覚えた。

ハラワタが煮えたぎるとは、まさにこのことだと思う。

ビデオの中で興奮してるソルジャーたちにも、呑気に笑ってたザックスにも。

……第3者でしかない、自分にも。

 

 

 

 


 

気付けば、その子――「クラウド」の情報を探していた。

何でも、入隊したときからずっと、乱暴を受けていたとか。

ここ最近、何度も自殺を図っているとか。

初めて街で見たときは、ザックスと二人で確かに笑っていたのに。

……また、笑ってほしい。

話したこともないのに、そう本気で思った。

 

そんなおり、8番街でクラウドを見た。下を見ながら、行ったりきたり。

ニット一枚の薄着で、半日そうしていた。

風邪、ひかないか?

もう11月、冬のような気温だ。

ビデオを見てしまった気まずさから、声をかけるのが躊躇われた。

 

でも、北風も強くなってきたし、このままじゃ本当にクラウドが風邪をひく。

それにどこの馬の骨だか、身の程知らずの男たちに、何十回もナンパされてるし。

嫌がってんだろ!鏡見て出直せよ!

見ているこっちが、気が気じゃない。

 

ザックスにメールをして、クラウドを迎えにくるように言う。

それなのにザックスのやつ、どんな理由があるか知らないが――

俺に「無事に帰してくれ」、みたいなことを返してくる。

ちょっとむかついて「オマエがいいんなら、俺が味見しとくぞ(^○^)」って送ってやった。

焦ればいいんだ。ざまーみろ!

 

 

 

仕方なく、俺がクラウドに声をかけた。

なんでか、信じられないほどドキドキしてて。

今までナンパで緊張したことだって、一度もないっていうのに。

クラウドは警戒しているらしかったが、ザックスのダチだというと安心した顔になった。

初めて間近で顔を見て、その可愛さに見惚れた。

瞬きするだけでバシバシ音が鳴りそうなほど、長い睫毛。

これは感動だ。

 

何でも、ピアスを落として探しているという。

そんな小さなもの、見つかるわけないのに…。

直感で思う、それはザックスから貰ったものなんだと。

 

ザックスの態度や素行を見てれば、クラウドに惚れ込んでいることぐらいわかる。

まるで去勢された犬みたいに、いきなり女遊びをやめたザックス。

それに以前「可愛いルームメイトができて嬉しい」とか騒いでいたけど、

ただのルームメイトで、あんなだらしない笑顔はしない。

明らかに、恋をしてます!って顔だった。

 

クラウドは、どうだか知らない。

二人に体の関係があるのか、まだトモダチの関係を維持しているのかわからない。

だけど、あのビデオの中で、ザックスの名を叫んでいたクラウドは。

まるでそれだけが、全てのようだった。

自分に残された、最後の光。そんな―――

 

「おまえ、ソルジャー達にひどい目にあってるって?」

まさかビデオを見た、とは可哀想で言えなかった。

「ザックスには言わないで!!」

真っ青な顔で、クラウドが叫ぶ。

急に大きな声を出したからか、少しむせてしまったようだ。

「…いつかは、ばれることだろ?」

必死な彼が、痛いと思った。

「このまま一生会わなければ、ばれないかもしれない。」

クラウドは、迷いなく言う。

 

……そうか。

クラウドが恐れるのは、暴力なんかじゃないんだ。

ただ、ザックスを失うことだけ。

そのためだったら、きっとどんなことだって耐えるんだろう。

 

悲しい、愛し方だと思った。

そしてとても根深い、想い。

 

「じゃあ、俺が今ザックスに電話して、喋るって言ったら?」

俺、性格悪すぎ。

こいつを悲しませるようなこと、出来るわけないのに。

「なんでも、するから…言わないで。」

アイスブルーの大きな瞳に、涙をためて。

可哀想に、体が小さく震えている。

 

「じゃあ、今から俺とホテル行ってよ。いい?」

肩を大きく震わせ、もはや傍目にもわかるほど震え上がっているのに、何でもないかのように偽って。

「いい、よ…。だからザックスには言わないって約束して…。」

ただただ純粋な、愛情。

クラウドから抑えきれない涙が、ぽろぽろ流れる。

宝石みたいだな…こんな綺麗に泣くやつ、見たことがなかった。

 

「何がいいんだか。何もする前から泣かれたら、犯罪犯してる気分だぞっと。」

細くて寒そうなクラウドの首に、俺のマフラーを巻いてやる。

本当は白とか薄い水色とかの方が、こいつのイメージなんだけど。茶色のそれもよく似合う。

クラウドには、きっと何色でも似合うんだろう。

きょとんと可愛い顔をして、俺を見上げる。

 

「風邪ひくから、いい子はさっさと帰るんだぞっと!」

名残おしいが、顔色もよくないし、早く帰してやろう。

…本当は食事にぐらい、誘いたかったけど。それはまた今度。

去り際、俺らしくもない、つい本音が口をついて出た。

 

「おまえ、本当に綺麗だな!―――――心が。」

 

クラウドは、びっくりした顔をしていた。

そしてほんの少し。少しだけだけど…笑ってくれた。

 

こんな気持ちは、初めてだった。

抱きたいわけじゃない。

愛してほしいわけじゃない。

ただ、泣かないでほしい。―――それだけ。

 

でもそれが、今の俺の全てのように思えた。

 

 

 

 


 

クラウドを苦しめる主犯は、ソルジャー3rdのフリード=オルバティラってやつらしい。

あいつを泣かせるなら、生きる価値のない男だ。

得意の暗殺で消してやろうかと本気で思ったが、やつはすでに入院していた。

…ザックスが、やったのだろうか?

そうだとしたら、ザックスはすでにレイプの事実を知っているのか。

 

知っているにしては――ザックスは、クラウドを避けているようだ。

それどころか、最近ミッションも訓練も出てないらしい。

自分のマンションに、引き込もっているとか。

まさか、レイプのことを知って心が離れたでもというのか?

その程度の、想いだったのか。

 

いつだったか――ザックスと飲んだときの会話が、よみがえる。

「クラウドってさ、すげえ無垢で可愛いんだよ。俺、初めて見たとき、まじで天使だと思ったね!」

「天使って、野郎だろ?俺は女しか興味ねえぞっと。」

「おい、俺だって男に興味ねえよ。そういうんじゃなくてさ〜」

俺と飲むたびにザックスは、同室のやつの話をした。

いつも無垢だ、純粋だ、天使だと繰り返す。

…あの頃は所詮男だと、ちっとも関心がなかったが。

 

今それが思い出されて、怒りで手が震える。

無垢≠ネんて。

そんなの、汚れた大人の勝手な押し付けだ。

それを言われたクラウドが、どんな気持ちだったか。

―――そう言われるたびに、嘘をつかざるを得なかったというのに。

 

 

 

 


 

ザックスが動かないのなら、俺が守る。

あんな小さな子に、自分は一人だなんて思ってほしくない。

諦めとか絶望とか、そんな言葉を覚えてほしくない。

そう思った矢先だった。――クラウドが、逮捕されたのは。

フリードを、殺したという。

なんてことだ。

本当はフリードが退院したらすぐに、俺が殺るつもりだったのに。

 

保釈金を払ってクラウドを引き取ろうと調査部に行くと、すでに保釈されたと聞いた。

同じ目的でか、2ndソルジャーのカンセルってやつに鉢合わせる。

「ザックスが、迎えにきたんだな…」

そう呟く、男。

ザックスが彼を連れて帰ったのなら、もう大丈夫だろうと言う。

あの単純な男なりに、葛藤があったのだと。そしてそれを乗り越えたのだと。

 

……たしかに、ザックスが来たのなら、もう俺の出る幕じゃない。

クラウドが呼び続けた相手は、ヤツだけだったのだから。

 

カンセルのことは、これまで名前しか知らなかったが、なぜか想いは俺と同じだと思った。

ただ、あの子に笑ってほしいと願う、それだけの。

なんとなくそいつと二人で、コーヒーを飲んだ。

神羅ビルの休憩室で、無言で熱いコーヒーをすする。

雪がちらちらと降り始めるのを、カンセルが窓から見上げる。

 

俺たちが見ているのは、この雪のように白くて、儚くて、綺麗な。

たった一人の子だ。

 

 

 

 


 

結局クラウドは、無罪になった。

それは嬉しいことだが、レイプのことが公になってしまった。

そこら中で、くだらない噂をする輩がいる。

どうしようもなく目障りだ。

あまりに目立つ奴は、相棒のルードと一緒に、しめてやった。

 

 

 

1224日―――クリスマス・イブ。

俺は女の子たちと、今年もやっぱりパーティーに行く。

気にいった子がいたら、もちろんお持ち帰りの予定。

去年はザックスも一緒に騒いだが、今年はクラウドと過ごすんだろう。

 

さんざんクラウドを泣かせたあいつに、文句のひとつでも言ってやりたい。

すると偶然にも、ザックスを街で見かけた。

雪の中、古代種の娘と話している。

ただならぬ雰囲気。あきらかに、何かあった関係だ。

 

ザックスが一人になったところで、話しかける。

本当は、浮気してんじゃねえよとか。

今までどんだけクラウドを泣かせたと思ってんだ、とか。

なじりたい気持ちは、確かにあった。

だけど、ザックスが手に持っている小さな紙袋を見て、なんとか我慢した。

この中身は、どう考えたって、アレだな。

……いわゆる誓いの=B

 

ザックスに、俺が用意したプレゼントを投げつける。

中身は、クラウドに贈るマフラーだ。

さりげなく、渡せたか?

これを選ぶために4時間も街をさまよったなんて、言えないな。

 

 

 

次の日の昼過ぎ、クラウドから一通のメールがきた。

マフラーの礼を一言のべた短い内容だったけど、バカみたいに心が躍った。

昨日お持ち帰りした女の子が隣で寝てたけど、なんとなくこの気持ちを一人で味わいたくて。

その子には、さっさとお帰りいただいた。

 

一人になった部屋で、思わずガッツポーズ。

クラウドのメアドをゲットしたこともそうだけど、プレゼントを拒絶されなかったことが嬉しかった。

あの白いマフラーは、きっとクラウドによく似合う。

ふわふわで、柔らかくて、真っ白で。あいつのイメージそのまんまだってこと。

さすがにザックスには、ばれただろうか。

 

 

 

 


 

しばらくして――8番街で、なんとまた二人を見かけた。

前に見たカフェで、談笑している。

さすがに1月の寒さだから、前みたいに外のテーブルではなかったけど。

ガラス越しの席に、ふわふわの金髪が見えた。

その正面には、やっぱりだらしなく笑うザックスの顔。

 

だけど、気のせいだろうか。

ザックスの眼差しが、以前とはほんの少し違う。

ただ可愛いものを愛でるだけの、のぼせた視線じゃない。

強く、温かい視線――。

 

この二人は、きっといろんなことを乗り越えてきたのだろう。

クラウドの弱さ、ザックスの弱さ、それをお互いが受け入れて。

声をかけることすら、俺にはできなかった。

この空気を、少しでも壊すのが躊躇われて。

 

その場を去ろうとした、瞬間。

クラウドの白い横顔が、少しずつこちらを向く。

つい見とれて呆けていると、その宝石のような瞳と目が合ってしまう。

クラウドは大きな眼をさらに見開いて、23度瞬きすると、柔らかく笑う。

 

――幻覚か?

そしてその幻覚は、俺に手招きしている。

その遠慮がちな仕草が、たまらなく可愛い。

 

たっぷり10秒間、固まった後。幻覚じゃないことに気付いて、二人に近づく。

ガラス越しに、クラウドが何か言っている。

形のいい唇が、何か言葉を紡ぐのがいいなと思った。

すると正面に座るザックスが、中に入ってこい、と手で合図する。

 

邪魔じゃないのか…?

しばらく躊躇ってその場を動けずにいると、クラウドが席を立って入口に周る。

そして俺に近寄ると、腕を引いてくる。

クラウドに触られていることに、なんでかすごい動揺して。

どこの純情少年だ、俺は。

 

「え、クラウド??」

「今、任務中ですか?」

「違う、けど…」

なら、とそのまま二人で喫茶店の中に入り、ザックスの席まで行く。

クラウドが俺の腕を掴んでいるのを見て、ザックスは眉を下げる。

少し、面白い。

 

「クラウド。それにザックスも。久しぶりだなっと。」

「ああ、年明けはこいつの田舎に行っててさ。」

ザックスが優しい眼差しを、クラウドに向ける。

 

ああ、そうか。

クラウドの田舎でも、きっと戦ったんだな。

この二人の絆が今、どうしようもなく深いことぐらい俺にもわかる。

二人の薬指にはまった銀の指輪が、動かない証拠。

 

クラウドの頬は薄くピンクがさして、以前の青白い顔色とは大違いだ。

そして俺と目が合うと、柔らかくはにかんで笑う。

「結婚、すんの?」

ストレートに聞くと、クラウドが面白いぐらい慌てる。

「ちょ、そんなわけ…!」

「クラウドはまだ15歳だぞ?結婚できるまであと3年待たなきゃ。」

さらっと言うザックスに、クラウドは蹴りをかます。

 

そんなすねた顔もするんだな。

ザックスが機嫌をとるように、クラウドの髪をなでる。

まるで今にもキスするような距離。

ザックス、顔、近づけすぎだろ。

 

俺は、お邪魔虫かね。

「俺、そろそろ…」

席を立とうとすると、クラウドが俺の腕をつかむ。

「え?」

「もう、行っちゃうんですか?」

クラウドが、悲しそうな顔で見上げてくるもんだから。

ザックスには悪いけど、もう少し邪魔させてもらうかな。

 

「んー。そうだクラウド、おまえウータイ料理好き?この辺に、美味い店があるんだよ。」

「ウータイ?!ザックス、行きたい、いいでしょ?」

ザックスは、俺の意地悪な笑みに困った顔をしながらも、クラウドの頭を優しく撫でる。

「いいよ。腹減ったし、行くか。」

テーブルの下で、ザックスに足を蹴られそうになったが、かわしてやった。

 

「クラウド、ウータイのお好み焼き、食ったことある?」

ウェイターを呼んで、ザックスがテーブル会計している間、クラウドに話しかける。

「お好み焼き?なにそれ?」

敬語じゃなくなったのが、なぜか嬉しい。

「お、クラウドは初めてだなっと!じゃあ俺が、お前の焼いてやるよ。」

頭を撫でてやると、ザックスが慌てて割り入ってくる。

 

「おい、俺が焼くから!俺の焼いたやつのが美味いぞ?」

「ほーさすが。よく女の子に焼いてやったのかよっと。」

「な!それはオマエだろ!クラ、いいか、こいつは6股かけた記録があるんだぞ?」

「おまえなんか9股だろ?あれは都市伝説だなっと。」

どれも実は本当のことだけに、躍起になって争うでかい男二人。

周りには美少女(クラウド)をめぐる痴話喧嘩に見えるのか、注目を浴びまくっていた。

クラウドが俺たちを引きずるように、喫茶店を後にする。

 

「もう、恥ずかしいな……。」

「そうそう、ザックス。9股は恥ずかしいぞー。」

「てめ、まだ言うか!いいかクラ、俺はおまえ一筋だからな?」

そりゃそうだ。

クラウドが恋人なら、浮気なんか必要ないし、できるわけない。

身の程知らずも、いいところだろう。

 

クラウドは呆れ顔で、白いマフラーを首に巻いた。

それは――俺がクリスマスに贈った、マフラー。

「それ、似合うな…。」

軽口で言うつもりが、思わず本気の声が出てしまった。

ザックスにはたぶん、ばればれだな。すまん。

 

クラウドは、はにかんで笑う。

「レノさん、ありがとう。すっごく、嬉しかったんだ。…あの時も。」

あの時。いつか街で、茶色のマフラーを巻いてやったとき。

 

「ザックス以外、信じられないと思ってたんだ。だけど、」

ザックスがクラウドの後ろで、肩をすぼめてしょうがないかという顔をするのが見えた。

「マフラー、貸してくれた。それに、俺の保釈金、払いに行ってくれたって、聞いたんだ。」

カンセルが、話したのだろうか。

結局ザックスが保釈金を払ったんだし、俺は何も出来なかったわけで。

そんな風にお礼を言われると、くすぐったいけれど。

 

だけど、きっとこいつのためならば、幾らだって払えたし。

誰だって、何人だって、殺せた。

空回りのまま終わった自分が情けなかったけど、クラウドの言葉で、無駄じゃなかったと思えて。

 

「俺も、カンセルってやつも、さ。ただお前が、好きなだけだぞっと!」

ウインクして、冗談っぽく。あくまで、冗談っぽく。

クラウドが、その大きな目をさらに見開く。

涙で潤む水色の瞳は、相変わらず宝石のようだと思う。

 

「オマエを、どうしたいわけじゃない。ただ、幸せになってほしい。――そんなうさん臭い言葉、信じてくれるか?」

そんなバカみたいに裏のない気持ち、嘘臭すぎるけど。

 

 

「…俺も。レノさん、幸せになってほしい。信じてくれる?」

 

 

なんていうんだろう、この衝撃――

胸を突くような、衝撃。

心躍るような、衝撃。

泣き叫びたいような、衝撃。

 

―――これはきっと、恋だった。

 

初恋は実らないって、俺はちゃんと、知ってるよ。

だからザックス、少しぐらいいいだろ?

想うぐらい、いいだろ?

 

 

きっと今俺は、ザックスに負けないぐらい、だらしない顔をしているんだろう。

男前が台無しだ。そんな自分が、嫌いじゃないけど――

「とにかくお好み焼きだな!クラウド、エビ好き?イカ好き?」

その細くしなやかな手をとって、歩き出す。

するとザックスが、ついに黙っていられなくなったらしく、反対側のクラウドの手をとる。

 

「おい、レノ!手を繋ぐのは許さん!放せ!」

ザックスがクラウドの右手を引っ張って。

 

「ザックス、余裕ない男って嫌われるぞと!」

俺がクラウドの左手を引っ張って。

 

「……二人とも放して。恥ずかしいから。」

クラウドが、呆れたように微笑ってくれた。

 

 

 

 

――なあ、クラウド。

手に入れるだけが、愛情じゃないって。

オマエと出逢って……初めて知ったよ。

ただ、優しくしてやりたいんだ。

 

そんなうさん臭い愛が、自分の中にあるなんて。

笑っちゃうな?笑って、いいよ。

オマエの笑顔、たまらなく好きだから。

 

   

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