ご注意: 残酷な表現があります。
…お前さえ、いなければ。
Life7 鬼、ヒトに非ず。
…血の海の中にいた。
「化け物!化け物だ!」
逃げようとするウータイ兵の首を、後ろからつかんでそのままへし折った。
「死にたくない!たすけ、助けてくれ!」
落ちていた銃で、生にすがる兵士の頭を躊躇いなく撃った。
「うう…、う…」
煩わしい男の呻き声を、その喉にナイフを突き立てて止めた。
気付けば、立っているのは俺だけだった。
「化け物、だ…」
そう、誰もが同じ言葉を繰り返す。
今度その言葉を口にしたのは、ウータイ兵ではない。神羅兵≠フ方だった。
「人間じゃない、なんだこれは…!」
そんな当たり前のこと――今更どうして、繰り返し言う必要があるのだろう。
人間であることなんて、もう俺たちは「捨てた」のだから、言われなくたって知っている。
ソルジャーは、ヒトに非ず。
それを化け物≠ニ呼ぶか、モンスター≠ニ呼ぶか、人でなし≠ニ呼ぶか。
そんなのは、好きにすればいい。
「あいつ、鎖を引きちぎって…いや、違う!…自分の腕を、引きちぎりやがった…!」
そう言われて、自分の腕を見やると。
なるほど、左手首が、半分以上もげていた。
骨が露出し、わずかな肉でかろうじて繋がっている状態。
「あーあ、いってえの。」
そう言葉にしてみたけど、はたして本当に痛いのかわからない。
人間でない俺たちが痛い≠ニ思うこの感覚は、ただの幻想に過ぎないかもしれなかった。
「怪我をすれば痛みを感じる」という人としての記憶を、ただなぞっているだけの――
痛みも、悲しみも、恐怖も、全てはヒトの模倣で。本物じゃない。
たぶん、そんな気がする。
ゆっくりと、後ろを振り返る。
ただそれだけなのに、神羅の兵士が、小さく悲鳴をあげた。
「おい、こっち、くるぞ…」
「俺たちも、殺されるんじゃないのか?!」
「嫌だ!俺はまだ死にたくない!くるな!あっちへ行けっ!」
俺を見上げて、どいつもこいつも怯えて喚く。
(うるせえなぁ…)
いっそ、永遠に黙らせてしまおうか。そうすれば、少しは静かになるかもしれない――
「こっちにくるな!俺は死にたくない!」
死にたくない、死にたくないって、言われれば言われるほど。
なんていうんだろう、手が疼いてきちゃうじゃない。
(そんなに死にたいなら、)
「ザックス!!!!」
まるで、光が俺に体当たりをするかのように。胸で、金色の物体を受け止めた。
「………ザックス、」
「おい、くっつくなよ。血がつくぞ。」
薄暗い地下の牢内で、光を撒くようなクラウドの髪。真っ白な肌。
それが俺の腕の中に転がり込んできたものだから、思わず狼狽えた。
だって、俺の血まみれの手で、これを汚してしまいそうで、
「じっとしてろ!この馬鹿野郎!」
「え?」
もの静かなクラウドとは思えない、その罵倒に思わず思考が停止して。
彼の言葉そのままに、身動きひとつ出来ないでいた。
そうしている間に、クラウドの金の長い睫が伏せられ、その間から何か小さな宝石が一粒落ちていく。
それが何なのか理解が追い付かないでいると、瞬間―――キラリ、緑色の光がともる。
「…ケアルか。そんなんじゃ、腕はくっつかねえよ。」
クラウドの魔法の詠唱から発動まで、息をつく間もないほどに一瞬だった。
たしかに、一般兵のそれとは思えない。
とくに回復系の魔法はセンスや性格に大きく左右されるから、ソルジャーであっても使いこなせないものは多い。
初級魔法のケアルであっても、これだけの詠唱ができるなら大したものだ。
だがしかし――
この半分以上えぐれた腕に、そんな下級魔法ではほとんど意味をなさないのが現状。
「意味ないって。それよりお前、自分の額でも治しとけば?」
クラウドの額から流れる血の筋は、未だに止まってはいない。
ただでさえ白い顔が、ますます青白くなっていて、それを見ているのは気分が悪かった。
「黙れ!集中できないだろ!」
…無駄だって言ってるのに。
それなのにクラウドは、何度も何度も同じ詠唱をくり返す。
幾度も放たれる魔法――
「…もう、いいよ。クラウド。」
「よくない。」
「もういいから、だから…」
「よくないよ…っ」
ただもう、泣かないで欲しかった。
その宝石のような粒が、地に落ちてゆくのが惜しいと思う。
クラウドの頬に伝わる涙の雫を、ただ馬鹿みたいに見つめていた。
もったいないと思うこっちの気など知りもしないで、クラウドは惜しみなく泣きながら、俺に回復魔法をかけ続ける。
腕は依然として、くっつかない。
だけど、急激に癒されていくのは何だというのか。
もう何年も前に、粉々に砕けた何かが、修復されていく。
ヒトの形に、なっていく。
少しずつ、少しずつ、けれど、確実に――…
そうする他知らなくて、ただの腕の中の小さな体を抱き寄せると、クラウドは俺の胸に力なく倒れこむ。
8回目の詠唱中に、彼は完全に意識を飛ばしたようだった。
「弱いくせに、ばっかじゃねーの…」
クラウドのバングルについたマテリアを、強く握る。
そうして、今残っている全ての力を集中させて、フルケアを唱えた。
自分に、じゃない。
クラウドの、額に。
――言っておくけど、花を買ったことなんてない。
そんなつもりはなかったのに、スラムの街で売られている色鮮やかな花を見たとき、思わず立ち止まってしまった。
「…へえ、花なんて珍しいな。」
珍しいのは、俺の方だ。花に興味を持つなんて、いったい何をとち狂っているんだろう。
「買ってくれる?1ギルだよ。」
そう言われ、初めて花売りが絶世の美少女だと知る。
緑色の珍しい瞳に、長い茶色の髪…
容姿や性別こそ違うけれど、彼女の醸し出すミステリアスな雰囲気は、クラウドの持つものと似ている気がする。
以前の俺ならばまず、花よりもこの女に興味を持っただろう。
「う〜ん、でも花なんてよくわかんねえし…」
そう言いながら、どれがクラウドは好きだろうか、なんて――どうでもいいことを考えている自分がいる。
彼の好きな色も、花も、俺は知らない。
…知らないけれど、きっとどの色だって、彼に似合うはずだ。
赤い艶やかな花も、白い清廉な花も、青い涼やかな花も、どれも映えるのだろう。
「大丈夫、私が選んであげるから、ね!カノジョの誕生日?それともデート用?」
「…見舞い、かな。」
「なるほど、なるほど。」
彼女が、大袈裟に頷くポーズをとる。
「なんだよ。」
「なるほど〜。片思い中なのね、キミ。」
「はあ?!」
悪戯っぽく肩をすぼめて笑うと、俺に反論する間すら与えずに、ずいと花を一本差し出した。
「キミにそっくり、これがいいと思うな。」
「……なんだっけ、この黄色いの。」
マイペースな女。どうも調子が狂う、苦手なタイプかもしれない。
「ヒマワリ、だよ。知らない?」
「あ〜本物は初めて見たな。なんだっけ、種をオリーブオイルで炒めると、美味いんだっけ。」
適当な返事をすると、彼女が頬を膨らませて怒ったような仕草をする。
と思ったら、次の瞬間にはニコニコ笑う。ころころと表情を変える、忙しい女だ。
「元気いっぱいの夏の花!入院中のその子も、きっと元気出てくるよ。」
「ふーん、そういうもん?」
「そういうもん!だって、お兄さんにそっくりだもん。」
「どこが、」
思わず、苦笑する。馬鹿な女たちは何も知らないから、そんなことが言えるんだ。
こんなに色鮮やかに咲く花に、色あせた俺が似ているわけがないだろうに、
「貴方だけを見つめます≠アれ、花言葉。」
「え、」
「もうその子しか見えないって、顔に書いてあるよ、キミ!」
心を、読まれたかと思った。
クラウドが、入院してから3日目――
俺は科研の治療ポッドに入れられて、2日で出てくることができた。
もげかかっていた腕は、神経さえも綺麗に元通りになったっていうんだから、
さすが神羅のいかれた技術というべきか、いかれたソルジャーの回復力というべきか。
クラウドの怪我も、大したことはないようだった。
出血多量と、魔力・体力の消費で、意識が戻るのに丸1日かかったものの、軽傷ですんだという。
というより、俺のフルケアでほとんどの怪我が完治していたはずだ。
できるなら…額の傷跡も、残らなければいい。
「どうぞ。」
病室のドアをノックすると、中から小さな声で返事がある。
ポッドに入れられている間でさえ、本当はすぐにでもクラウドの様子を見に来たかった。
心が競って、つい音をたてて勢いよくドアを開けてしまう。
「よ!クラウド、調子はどうだ?明日には退院だってな!」
何でもない顔をして、早口でそう言いながら…たぶん、手に汗を握っていたと思う。
クラウドは、俺をどんな目で見るのだろう。
ヒトでない化け物をその眼で見た今、もうこれまでどおりではない。…いられない。
だけど、クラウドはそんな俺の心配をよそに、目があった瞬間に顔を綻ばせた。
「良かった。」
開口一番にそう言われ、何を言っているのかと聞き返してしまう。
「何が?」
「腕、治ったんだね。良かった…。」
三日前までもげていた腕が、今、何事もなかったかのように動いている。
クラウドの目に、それは奇異に映らないのだろうか。
顔を歪めるどころか、優しく目を細められ。クラウドの視線の先…自分の手が握る「それ」に気づいた。
「あー、見舞いに花なんて、ガラじゃないんだけど。」
「そんなことないよ。その花、ザックスみたいだね。」
お兄さんにそっくり
顔に書いてあるよ、キミ!
どきりとした。もしや、心を読まれてやいないだろうか――
「太陽の形に似てる。俺も、こういう風になりたかったな…。」
小さな声で呟く言葉は、独りごとに近かったけれど、俺の胸を刺すには十分だった。
ザックスみたいになりたい≠サう、いつか言ったクラウドの言葉。
それが鮮明に思い出されて、理由なんてわからないけど、胸を掻き毟りたいほどに痛いと思った。
腕がもげたって、人を手にかけたって、少しの痛みも感じないのに。
クラウドは、何も知らない。
何も知らないくせに…いや、何も知らないからこそ、俺を慕うのだろう。
(馬鹿なやつ…)
どうにも、腹ただしかった。
クラウドと出逢わなければ、俺はこれまでどおり、笑っていたはずだったのに。
笑顔で女を口説き、笑顔で人を殺す。
たったそれだけの人生で、俺はいいはずだったのに――
たぶん、出逢わなければ良かったのだ。
こいつなど、いなければ良かった。
もしそうであったなら、楽しい人生だったはず。何も知らずに、済んだはずだ。
…死んでしまいそうな後悔なんて、何ひとつ知らずに。
「……見んなよ。」
「え?なに?」
「そういう目で、俺のこと見んなよ!」
いっそ化け物だと、怯えられた方がどんなにいいか。
そんな少しの疑いもない目で、俺のことを見ないでほしい。
いったい、俺に何の期待をしているのか。
やめてくれ、やめてくれ――
「ごめん。」
そんな意味のない謝罪、
「俺、見ないようにするから。鬱陶しかったよね、ごめん。」
そんな見当違いの謝罪、聞きたいわけじゃない。
「ごめん、なさい…」
何を謝っているのかもきっとわからないくせに、彼はごめんと繰り返す。
また例の宝石を、その瞳からぽろぽろ落としながら。
…そういう風に泣くのを、見たいわけじゃないって、そう何度も言ってるのに、
どうしたらいいかわからなくて、手に握るそのヒマワリの花を、そっとクラウドの耳に挿す。
クラウドは驚いたのか、涙のたまった瞳をぱちくりさせて、俺を見上げる。
「…そういうのは、女の子にしろよ。」
「いや、女よりお前の方が、すっげー似合うし。」
「嬉しくない!」
「…こういうのって、本当に、ガラじゃあないんだけどさ、」
「なに?」
こんな風に、この子の涙を止めるのに必死だなんて、本当にガラじゃないんだけど。
「花言葉、花売りの可愛い子ちゃんに教えてもらった。おまえ、知ってる?」
「……」
知らない、というクラウドの返事に。じゃあ教えてやるよ、と、そっと耳打ちした。
それはたぶん、生まれて初めて口にする「愛ノコトバ」だった気がする。
――生まれて初めて口にする、ホントウのこと。
驚きに目を開いたクラウドの瞳が、やっぱり真っ直ぐに俺を捕らえる。
そんな綺麗な目で見ないようにするって、さっき約束したくせに。
…大嘘つき者め。
本当は向き合うことが怖いと言えば、
それなら隣にいればいいかと君が笑った。
I didn't know the meaning of my love and happiness until I met you.
I knew nothing.
君 と 出 逢 う ま で 、 愛 と 幸 せ の 意 味 を 知 ら な か っ た 。
何 ひ と つ 、 知 ら な か っ た よ 。
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