…誰だって、自分が一番カワイイに決まっている。
だから、早く俺を失望させてほしい。
Life6.限りなく無垢な人
誰だって、自分が一番カワイイに決まっている。
あいつ≠セって追い込まれれば、その銃で相手を撃つのだろう。
守るべきものは自分の命であり、優先すべきことは自分の保身。
人がそういう生き物であることを、俺は誰よりも知っている。
だから俺は、ハナから誰にも期待なんかしない―――
誰かのために生きるなんてごめんだし、誰かのために死ぬなんてもっとごめんだ。
彼――クラウド≠ニ出逢ってから、丸2日間行動をともにしている。
野営テントの中、隣のスペースで寝ころびながら、二人いろんな話をした。
彼は口数が少ないけれど、俺が話題をふれば話さないわけではない。
クラウドの言葉は短いけれどむしろ適格で、新鮮で、どこか耳に心地いい。
気付けば、可笑しいぐらいに彼に多くの質問をしていた。
「こんな風に、自分のことをあれこれ聞かれるのは初めてだ」と、クラウドは目を丸くする。
俺だって、こんな風に人に多くを聞いたのは初めてだ。…人の名前すら、聞いたことがないっていうのに。
俺の目の前で、くの字になって横になるクラウドは、小さく震えている。
テントの外は、雪が降り始め風も出ていた。
さっきまでその氷点下の野外で見張りをしていたから、身体が冷え切っているらしい。
彼の唇は真っ青だ。きっとその唇に触れれば、雪のように冷たいのだろう。
「これ、貸してやるよ。普通の人間には寒いだろ。」
なんといっても簡易な野営テントだから、火を焚いているとはいえかなり寒い。
肉体改造を施されたソルジャーならともかく、一般兵にはきついはずだ。
自分の着ていた軍コートを彼の寝袋の上からかけてやると、クラウドは驚いた顔をした。
そんな顔されても。…俺の方が、驚いてるっつーの。
「いいよ。ザックスだって、寒いだろ。」
「寝袋で十分。別に、寒くない。」
そう、俺は全然…ってわけじゃないけど、大して寒くないから。
だから、子猫みたいに震えるこいつに、コートを一枚貸してやっただけだ。
ただの気まぐれ――それ以上の何かなんて、絶対にない。
「寒くないわけないよ。こんな薄いテントで…」
ヘリが不時着しなければ、今頃は村の宿屋で暖をとっているはずだった。
このテントは緊急用のもので、本当に簡素な造りだ。
「ソルジャーってのは、いわゆる化け物だからさ。これぐらいの寒さ、どーってことないわけ!」
冗談めかしてそう言えば、クラウドは眉を下げて抗議する。
「そういう風に、言わないでほしい。」
「なにが?」
「ソルジャーは、化け物なんかじゃない。俺の、憧れだから…」
クラウドも、ソルジャーになることを夢みて軍に入隊した、多くの中の一人なのだろうか。
その瞳は、まるで透き通るビー玉のようで、そのキラキラした二つのガラス玉は真っ直ぐにこっちを見てくる。
いったい何を恐れているのか、思わず目を反らしてしまった。
「憧れ、ねえ…そんないいもんじゃないけどな。」
ソルジャーなんて、酒を飲み、薬で飛んで、女を抱く、ただそれだけの――
「そんなことないよ!」
先ほどまで小声で話していたクラウドが、急に声を張り上げる。
「そんなこと、ない…」
大きな声を出してしまったことに恥らっているのか、また声のトーンを下げて続ける。
「ソルジャーになれば、守りたい人、守れる。…自分に胸を張って、会いにいける。」
「へえ…守りたい子、いるんだ?」
こんな小さな体で、守りたい誰かがいるのか。
「えっと、そんなんじゃない…けど。ごめん、変な話しちゃった。」
「クラウドも、隅に置けないじゃん!カノジョ?ニブルで、お前のこと待ってんの?」
「だから、違うってば!」
クラウドが、その曇りのない瞳で見つめる先には、俺の知らない「誰か」が映っている。
その子に会いにいきたいという、クラウドの言葉――
おそらくは、そう遠くない未来に。ソルジャーになるという、彼の目標は叶うのだろう。
銃の腕、瞬発力、それに判断力は一般兵の中でも群を抜いているし、
2.3回、彼の魔法の詠唱を聞いたけど、集中力が極めて高い。
軍人とは思えない、むしろ男とは思えない細い体つきは致命的ではあるけれど…
全体的に、秀逸といえる戦闘センスを感じる。
そうして、この子がいつかソルジャーになったとき。
はたして言葉通り胸を張って、その守りたい誰か≠ノ会いにいけるのだろうか?
……答えは、NOだ。
だって、ソルジャーになれば、あとは堕ちていくだけ――
そのとき誰かを守るのではなく、誰かを壊しているのだから。
…他でもない、俺のように。
「ザックス、あのさ…」
「なんだ?」
そんなことを、敢えてこいつに教えてやる必要はない。
いずれ堕ちていくのを、ただ俺は傍観していればいい。
「その…ソルジャーって、どんな感じなんだ?」
「言ってる意味がわかんねえぞ。」
「う〜ん…」
「ま、オマエもなってみればわかるよ。」
「なれるもんならね…。」
「大丈夫。俺、簡単になれたし。」
そう、ソルジャーなんて、簡単になれる。
人は、簡単に堕ちていける。
白いものを汚すことに抵抗があっても、それは最初だけ――罪の意識に苦しむのは、ほんの最初だけだ。
「…なれるよ。」
今より人を殺し、女を犯せば。人であることなど、簡単に捨てられる。
「俺、ソルジャーになりたい…」
半分夢の中にいるのか、最後の方は声がかすれていた。そして、すぐに小さな寝息が聞こえてくる。
何も知らない、無知な夢――
クラウドの肌は、まるで生まれたての赤ん坊のように透き通っていて、思わずその頬に手をのばした。
そっと触れれば、柔らかな弾力と融けるような感触。
こんな綺麗な白い色、白い生き物。今まで生きてきて、見たことがない。
「…おれ、ザックスみたいに、なりたい…」
クラウドが、夢の中で呟いた言葉は、雪のように儚いものだと思った。
俺が触れたところから、きっとその白は簡単に汚れてしまう。
そうして手の平で簡単に融けて、いつか跡形もなく消えてしまうのだろう。
「………。」
寝たふりをして、聞かなかったことにしたのは。
そのとき狂おしいぐらいの「何か」が、胸の奥深くから這い上がってきたから。
もしも、あと少し、早く出会っていたならば。
俺は、その言葉どおり――この子のスーパーヒーローでいられたのだろうか?
後悔なんて言葉、俺は知らない。知らないはずなのに。
モデオヘイムの任務から帰還して、しばらくオフになった。
同僚のソルジャーや女たちからの誘いにも出かけず、ひとり自室で、携帯を開いたり閉じたりを繰り返す。
…「アイツ」の連絡先は聞いている。
だけど別に、アイツと連絡を取りたいわけじゃない。
何かを認めてしまうのが怖くて、携帯をベッドに放り投げた。
そのまま5日ほど、結局クラウドとは一度も連絡をとらないまま、
ウータイの残党狩りを目的としたCランクの任務に入った。
敵の数もそれほど多くない、簡単な任務だ。ソルジャー俺一人と、一般兵が8人ほど――
一般兵は「後学のために」というやつで、いわゆる実地訓練に近いものだった。
だが、その「お勉強任務」が、本物の戦場へと変わることになる。
それは、突然起きた。
ウータイの残党と戦いながら一般兵にアドバイスをし、予定のエリアまで侵攻して、いよいよ帰還というとき。
8人いた一般兵のうち、後ろを歩いていた3人の兵士が、突如消えた。
とたんに周囲は殺気がたちこみ、余程の数に囲まれているのだと悟る。
50人近くいるかもしれない。どう考えても、神羅側には分が悪い。
茂みの奥から、ウータイの兵士と思われる男が叫ぶ。
「兵士の人質をとった!降伏しろ!!」
兵士は自分も含めて、戦う駒。人質としての価値なんてあるわけがない。
役にたたない兵士は見捨てるのが常だが…そうはいっても、今回は実地訓練。
8人の一般兵を見殺しにしては、俺の責任問題になりかねない。
とりあえず様子見か――
そのまま拘束され、ウータイ兵の基地に連れ込まれる。
目隠しをしないところから察するに、おそらく神羅兵を誰ひとりとして生かすつもりはないのだろうが、
俺一人であれば、逃げることは可能に思えた。
ここは契機を見て、ひとり「とんずら」に限るかもしれない。
軍法会議にかけられるだろうが、背に腹はかえられない。――命あってのものだろう。
「ソルジャーとはなんだ?答えろ!」
ウータイ兵の巣≠フ中で、想像通り尋問を始めたものの、その内容が「ソルジャーの謎とき」とはくだらない。
ソルジャーはいわゆる神羅が生み出した人間兵器で、その「製造」方法や能力は機密扱いとなっている。
反神羅のテロリストや他国は、その情報を手に入れようと躍起なのだ。
「そ、ソルジャーとは…神羅の有する人間兵器で、魔光エネルギーを長時間照射して生成される、」
役立たずの一般兵が、何とか命を助けてもらおうと、震えながら喋りだす。
相手は、助けてくれる気なんてさらさらないというのに、無様な兵士だ。
しかもその程度の情報は、ネットで検索すれば一般人だって知りえるものだ。
ソルジャーの機密は、上層部とソルジャー自身しか知らない。
「そんなことは聞いてないんだよ!ソルジャーの細胞はどうやって作られる?
有益な情報を知らないなら、この場で死ぬことになるぜ、兵隊さん。」
「ひ…っ!!」
銃を即頭部に突きつけられた兵士が、まるで痙攣しているように大きく震え上がる。
歳は三十も半ばだ。いい年して二等兵どまりの惨めな人生で、いったい何が惜しくて生にすがるのか。
「そ、ソルジャーの秘密なんて、俺達一般兵が知るわけがないだろ…!そうだ、そこのソルジャーに聞いてくれよ!
そいつを尋問するなり、解剖するなりすれば、アンタたちが知りたい情報わかるだろ!」
「ソルジャー?…どいつだ?!」
どうやら、俺は簡単に敵に売られたらしい。
まさか神羅の最終兵器であるソルジャーが混じっているとは、思っていなかったのだろう。
敵兵たちの間に、緊張が走る。ソルジャーを見たこともないらしい。
一般兵が指した方――こっちに向かって、敵兵が歩いてくる。
銃を構えて、さぞや慎重に。
そんなに恐がらなくても、俺は両手両足を鎖で縛られてるわけで、襲いかかったりできないってのに。
よっぽど、初めてお会いするソルジャーが恐いらしい。
じりじりと3人の敵兵が俺に近寄り、
「オマエか!マスクをとれ!」
その銃の先は、俺のすぐ横をかすめ、俺の斜め後ろにいる一般兵のヘルメットを強く叩いた。
マヌケな話…その一般兵を、ソルジャーと勘違いしたのだろう。
たしかに、二等兵ばかりの連中の中で、その一般兵だけは階級が異なり、軍服も異なる。
水色の兵服――そして裾にある一本のライン。一等兵のそれだ。
(そういえばあいつ≠焉Aたしか一等兵だったけど――)
さして興味もなく、斜め後ろを振り返ったとき。
瞬間、心臓が凍りつくかと思った。
だって、ヘルメットを外されたその顔は、あのときの、
「ク、ラウド…」
俺の小さな呟きに、敵兵は気付くことはなかったが、クラウドには聞こえたらしい。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけこちらに視線を向けた。そしてすぐに、敵兵を見上げる。
「なんだこいつ、すげえ綺麗な顔してんぞ?」
「女か?!」
敵兵も、クラウドの容姿に少なからず動揺している。
「女じゃない。」
先ほどの兵士とは違い、少しの怯えも見せず、抑揚のない声でそうはっきりと答えた。
ただ一言発しただけなのに、そいつの持つ意思の強さが伝わってくる。
「俺は男だ。…俺は、」
一呼吸おいたあと、クラウドの放った言葉に俺は硬直した。
「俺が、ソルジャーだ。」
眩いばかりのクラウドの容貌に、見惚れていたらしい敵兵たちも、そのクラウドの一言に息を飲む。
人間兵器≠前にして、恐怖を感じない奴はいない。たとえ拘束されていたとしても。
「青い眼…。たしかに、お前がソルジャーのようだな。」
リーダーらしい褐色の肌をした男が、クラウドのすぐ前まで歩いてくる。
3人のウータイ兵に銃を突きつけられる中、男がクラウドの顎を持ってその表情を覗く。
クラウドは、少しも眼を反らさずに睨み返した。
…本当に、14、5歳の子供なのか。
「こんな子供を改造して、人間兵器だとはな。神羅も下劣なもんだ。」
ベルトに装備されていたナイフを素早く引き抜くと、クラウドの頬に押し付ける。
「こんな可愛い顔、もったいないんだがな…。その眼が、必要なんだよ。」
「え…?」
クラウドの瞳が、一瞬だけ恐怖に揺らいだ。これから何をされるのか、気付いたのだろう。
「――お前の眼、もらうぜ。」
ソルジャー特有の細胞は、その瞳の裏に特徴があるという。
ソルジャーの体が企業機密なのではない。「ソルジャーの眼球」が、機密なのだ。
だから俺たちソルジャーは、仲間が戦闘中に死亡した場合、
その眼球とドッグタグを持ち帰るというのが絶対のルールになっていた。
一般兵であるクラウドは、初めて知ったのだろう。
血液で錆びついたナイフを、眼の際に置かれ、微動だに出来ないでいる。
ナイフを凝視したまま、零れそうなほど大きな瞳をさらに見開く。
…ここまで、だな。
クラウドが、またほんの一瞬だけ、俺のほうに視線を動かした。
助けを求めているのか。それとも、「真実」を口にする前に、俺に謝罪したいのか。
真意はわからないけど、彼がその恐怖に勝てるとは思えないし、勝つ必要もない。
だって彼はただの一般兵で、その美しいだけの瞳になんの価値もありはしないのだ。
敵兵が必要としているのは、ソルジャーの――この俺の眼球なのだから。
「…ま、待って…」
クラウドが、搾り出すように言葉を発する。
ナイフが眼の数ミリ上にあるこの状況、さすがに恐怖は隠しきれず、少し声に震えがあった。
「命乞いは、聞かない。俺の兄貴の命乞いも、お前らソルジャーは聞き入れなかっただろ?」
ウータイ兵は、何も聞きいれようとはしない。
だがクラウドとしたって、このまま眼球をくり貫かれるなんて、冗談じゃないだろう。
真実を、早く言ってしまえばいいことだ。
ソルジャーは「そっちの男」だと、自分は助けてくれと。
さっさと、俺を売ればいい。
誰だって、自分が一番カワイイに決まっている。
ただでさえ、これだけの美貌だ。はたして女みたいな願望があるかは知らないが、
少なくとも目ん玉をくりぬかれて醜く死んでいくなんて、耐えられるわけがない。
早く、言っちまえ。
早く、早く、俺を失望させてくれ。
俺はお前に、何の期待もしていないんだから、
「助けて……」
やっと放たれたクラウドの一言に、俺は胸を撫で下ろした。
思い通りの言葉を聴けたことが、嬉しかったからだ。
けっして、クラウドの眼がくり貫かれる瞬間を見たくないとか、そんなことじゃない。
絶対に、そんなわけがない。
「皆を、助けて……。」
「え?」
聞き返したのは、敵兵だけではない。俺もだ。
「――俺は、おとなしくするから。皆を、助けて、ください。」
理解が追いつかなかった。
そんな言葉は予測していなかったし、望んでもいない。
こいつは俺を敵兵に売って、売られた俺は目をくり貫かれて。
もしかするとこれだけの美しさだ、クラウドだけは生かされるかもしれないけど、
他の神羅兵はみんな「処刑」されて――そうなるだろうと、予測していたのに。
こいつは、何を言っているんだ?
「お前、本当に…ソルジャーなのか?」
敵兵のリーダーでさえも、この少年の言葉に動揺している。
ソルジャーは血も涙もない人間兵器。そんなの、子どもだって知っている事実だ。
「ソルジャーだって、言ってる。だから、俺以外、用はないだろ。」
もはや、クラウドの言葉にも、その瞳にも。迷いや恐怖はないようだった。
本気、なのだ。
本気で、俺の代わりになろうとしている。
――冗談じゃ、ない。
「そんな可愛い子が、ソルジャーのわけないでショ!」
場にそぐわない能天気な声で、そう口にする。
余裕のあるふりをしていたけれど、本当はひどく焦っていた。
ただただ、敵兵の興味を自分の方へ向かせたかった。
いったい何なのだろう、この他人の生へ執着は。
全くわからない…わからないけれど、
もしかしたら。クラウドも同じように、俺の生に執着したのだろうか、なんて。
どうでもいいことを思って、胸が苦しくなった。
上体を勢いよく下げて、ソルジャー専用のマスクをその動きだけで外す。
それは音を立ててコンクリートの床に落ち、敵兵の視線が、全て俺の方へと集まった。
「ソルジャーは、俺。どんな勘違いしてんだよ、マヌケ。」
どうせ死んでいくのなら、足掻いても仕方がないことだ。
べつだん、死への恐怖なんてないし、そろそろ終わってもいいかなと思っているわけだし。
そうだっていうのに、
「違う!ザックスは、ソルジャーじゃない!」
マスクを外せば、どっちがソルジャーかなんて一目瞭然。その体格も雰囲気も、違いすぎる。
それなのにクラウドは、無意味な主張を続けている。
あまりに、馬鹿馬鹿しい。…茶番だ。
「ソルジャーは俺だってば!ねえ!」
「うるせえ!騙しやがって!」
クラウドの額を、敵兵の一人が銃で殴打する。
赤い血がクラウドの額から流れて、右頬に線を引いた。
それを見た瞬間。じわり、とドス黒いものが視界に広がる――
真っ白なものを汚された不快感。
いや、そんな生易しいものじゃない。
…それは、殺意だった。
黒い黒い黒い殺意――
いっそ、その殺意は、純粋すぎる色をしていたかもしれない。
ただ、壊してしまいたかった。
この子を傷つける何かなんて
俺が全て壊してやる。
It is born only by one person,and dies only by one person.
i hoped that,but…
独 り き り で 生 ま れ て 、 独 り き り で 死 ん で い く 。
そ う あ り た い と 思 っ て い た の に 、
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