会いたくなくて。会いたくなくて。
…でも、会いたかった。
Life5.キラリ、閃光。
まるで、瞼の裏に焼き付いたように離れない、強烈な光。
あれは、教会のステンドガラスに差し込む朝日だっただろうか。
…それとも、彼女の金の髪?白い肌?ガラス細工のような、アイスブルーの瞳?
目も開けられないほどに眩しいと思ったあの煌めきは、何だっただろう。
…あの気持ちは、何だっただろう。
教会で彼女と遭遇してから、そして彼女から逃げ出してから――2週間が経った。
あれから一度も、その姿を見ていない。
もしかすると、教会に行けばまた会えるかもしれないけれど。
でも、あそこには一度も行っていない。
あの少女に、二度と会いたくないと思った。
自分が自分でなくなる感覚。原因不明の息苦しさ。――それが、恐かったから。
この痛みをなんと呼ぶのか、俺は知らない。
日常は、相変わらずだ。
退屈なトレーニングをし、ソルジャー仲間と酒を飲み、刹那の快楽のために女を抱く。
世界は何も変わってはいない。俺も、変わる必要などない。だけど――
「ザックス。何か、いいことあったのか?」
「は?」
久しぶりにレノと酒を飲んだとき、何の脈絡もなくそう問われた。
「ずいぶん、機嫌いいんだな、と。」
「…別に、なんもねえよ。」
そう、答えたけど。
そういえば、酒が旨いと感じたのは、生まれて初めてだったかもしれない。
「オマエが酔ってるとこ、初めて見たぞと。」
手の中のグラスからは、胸がむせ返るほどに甘い、果実や花の香りがする。
こんな悪趣味な酒――口にするのは、いったい何年ぶりだろうか。
それは、いつか俺が何のためらいもなく捨てた、故郷≠フ酒だった。
甘ったるい故郷の酒が旨いと感じるのも、捨てたはずの親を懐かしいと思うのも。
…そんな感傷にひたるなんて、俺らしくない。
何だろう、何かが変化している――
アルコールとともに、じわりじわりと体中に広がっていく、花の匂い。
そういえば、あの日教会で香っていた花の匂いに、似ているかもしれない。
どうやら俺は、ずいぶんと酔っているらしい。
それから間もなくして、モデオヘイムへの遠征があった。
といっても、戦争ではなく、あくまで魔晄炉の視察。
今回は一般兵にタークスまで同行ということだから、「ソルジャーの暴走」はまず起こりえないだろう。
今は、血を見る気分ではない。もうしばらくの間は、ただの人間≠ナいたかった。
モデオヘイムに向かう、ヘリの中でのことだった。
同行していた一般兵の一人が、体調を崩していた。
「おい、大丈夫か?」
乗り物に酔ったのか、胸の辺りを抑えて蹲っている。
兵士のくせに無能な奴だ、と。心の中で呆れながら、良い上司の仮面をかぶって声をかける。
一般兵はメットで顔が見えないが、視認できる顎のあまりの白さから、顔色の悪さが窺えた。
「すみません、だいじょうぶ、です…」
どう考えても、大丈夫な声色ではない。
絞るように呟くのを聞いて、横にいたもう一人の黒髪の兵士が、口を挟む。
「ストライフ。本当オマエは、軍人なんてむいてないよな〜。ほら、俺が介抱してやろっかぁ?」
好意的とはいえない口調。むしろ、性的な揶揄を感じる言動だ。
…野郎同士で、なんだ?
具合の悪い兵士は、俯いたまま無言だった。
「おい、お高くとまってんじゃねえぞ。生意気な野郎だな。」
反応のない兵士にイラついた男が、彼の肩を強くつかむ。
その腕を、叩くように振り払った。
「え?」
振り払ったのは、「彼」ではない。――俺、だった。
「え〜っと、なんだ。そいつ、すげえ顔色悪いじゃん。揺すったりしたら、吐いちゃうんじゃない。」
自分でも、どうしてそんなことをしたのか、理解が追い付かなかった。
ただ、この手が勝手に動いたのだ。
だって、そいつがすごく具合が悪そうだったから―――
なんて、とち狂ったとしか思えない。
「お前、もうザックスさんまで粉かけたのかよ。」
「……。」
ますます面白くないらしい黒髪の兵士は、歪んだ笑みを浮かべてそうなじる。
「そいつ」は始終無言だったけれど、どうやら考えていた以上に乗り物酔いが酷いらしく、
僅かに震えながら、ただ蹲っていた。
「大丈夫?じゃなさそうだな…」
また、勝手に手が動いていた。どういうわけか、そいつの細い背をさすっている。
いったいどうして、こんな「らしく」ないことをしているのか。
よもやこの俺が、他人の背をさすっている、だなんて――
世界は、今すぐにでも滅びるんじゃないだろうか。
「うわあ!!」
瞬間、ヘリが激しく揺れて、黒髪の兵士は無様に尻もちをついた。
中腰だった俺もバランスを崩し、昇降路が開いていたのもあって、外に投げ出されそうになる。
もちろん、そんな脆弱なバランス能力でない。
足に軽く力を入れてそのまま踏みとどまれる、はずだった。
「危ない!」
だがその前に、体を強く引かれ――思い切り床へと倒れこむはめになる。
さっきまで体調が悪いとふせていた兵士が、すごい勢いで俺にしがみついてきたのだ。
おそらく、俺が落ちると思って全身でかばったのだろう。
余計なお世話なんだけど。
その力は思いのほかかなり強く、そいつの方に勢いよく倒れこんだ。
「いってえ、…わるい、」
彼の上に馬乗りになっている体制に気づき、慌てて起き上がる。
男の上に乗りあがっても、嬉しくない。
「…大丈夫、ですか?」
先ほどまでと、まったく逆の立場――俺がしたのと、同じ質問をされた。
「ああ、助かった!!サンキューな!おまえ、細っこいのに力あんのな。」
得意の笑顔で俺がそう言うと、彼がメットの下で照れているのがわかった。
(この反応…たぶんまだ、ガキなんだな。)
すると横で傍観していた黒髪の一般兵が、目敏く俺にこびてくる。
「ザックスさん、大丈夫ですか〜?」
そしてわざと周囲に聞こえるように、続ける。
「こいつ、男に乗られるのが得意なんですよ。気をつけてくださいね。」
また、下卑た口調で。
意味はよくわからないし、事実がどうであれ興味はない。
ただこの歪んだ笑いをする男は、俺と「同じ側」の人間なのだ。
ヘリの揺れは、モンスターの襲撃が原因だった。
エンジン部に破損が生じたことで、結局ヘリは不時着した。
モデオヘイムの深い雪の中を、掻き分けるようにして歩く。
タークスのツォンも、黒髪の一般兵も、慣れない足場にもたついている。
ただ一人、俺の後にしっかりついてくるのは、
意外にも体調が悪いと言っていた弱そうな、あの兵士だった。
ヘリの中にいたときよりも、氷点下の雪山にいる今の方が、彼の足取りは軽い。
この季候・地質が、体質に合っているのかもしれない。おそろらくは、北方の出身なのだろう。
そういえば、メットから垣間見える顎も、手首も、この雪と同じぐらい白かった。
「オマエ、なかなかやるな!」
いつもの作り笑顔で声をかける。
「俺も、田舎の出なんだ。」
控えめな返答が新鮮だと感じた。改めて聞くと、声も心地よい。
「どこ?」
「…ニブルヘイム。」
俺が聞いたことがない、と笑えば、そいつは少し拗ねてみせる。
「ザックスは、」
「俺?ゴンガガ!」
何年も前に捨てた故郷の話を聞かれるのは、好きじゃない。
それに俺のことをあれこれ聞いてきて、踏み込まれるのも不愉快だ。だけど、どうして、
「あ!笑った。今笑ったな?知ってるのか?ゴンガガ。」
「いや、でもすごく田舎らしい名前だ。」
いったいどうして、こんなごっこ≠続けているんだろう。
「ニブルヘイムだって!」
「知らないくせに。」
彼の反応や口調には、軍人とは思えない幼さがある。
いつも他人に感じるような、侮蔑だったり嘲りだったりという感覚――それらがわいてこないのは、
彼が、全くすれていないからだろうか。
「行ったことはないけど、魔晄炉があるんだろ?ミッドガル以外で魔光炉があるところは…」
「「ほかには何もない」」
二人の声がキレイに重なる――そんな些細なことがおかしくて、嬉しくて、二人笑った。
作り笑いじゃないそれは、いつぶりだっただろう。
振り返って、叫ぶ。
「喜べ、ツォン!!俺と…」
そういえば、こいつの名前は――
他人に興味なんてないから、たぶん生まれて初めて、人の名を聞いたような気がする。
そうして、その兵士こそが他でもなく、
「―――クラウド。」
ヘルメットをはずし、ゆっくりとその名を紡ぐ彼は。
あの時みた、鮮烈な光そのもの、その人だった。
パンッ!
俺がモンスターに切りかかっていたとき、後方から気持ちのよい銃声がした。
モンスターが勢いよく倒れる。
その命中力の良さに振り返ると、そこで銃を構えていたのは、先ほどクラウドと名乗った一般兵。
無駄のない姿勢、意思の強い瞳――柄にもなく、キレイだな、と思った。
「優しい顔して、なかなかやるね〜」
正直なところは。…理解ができない、と思う。
自分の命だけを気遣っていればいいものを、どうして、今日会ったばかりの他人のために余計なことをするんだろう。
ここはただの荒れ地だからともかく、戦場では自分のためだけにその銃弾もアイテムも使用すべきだ。
自分が誰かを助けたところで、その誰かは自分を助けてはくれない。
それが、戦場だ。
そんな基本的な処世術も、教わっていないのか?
軍服の裾のラインが1本――おそらくは、一等兵だというのに。
「役にたてたなら良かった。」
そう言って遠慮がちに笑う表情は、あまりにこの世界に相応しくない。
どこか、非現実的な存在に思えた。
…そもそも、これは現実?
いつか教会で猫を埋めていた少女と、数時間前に突然再会した。
ただし、少女ではなく――少年だったが。
そして相手は、俺があの時の男とは知らないようだった。
いや、むしろ俺のことを覚えてなどいないだろう。
あの日、なぜ夜のスラムを歩いていたのか。
あの教会にはよく行くのか。
あそこに咲く花は、彼が育てたのか。
聞きたいことが沢山あった。
彼を、知りたいと思うなんて――まさか、そんなわけがないけれど。
「なあ、俺たちさ。トモダチ≠ノならねえ?」
自分でも笑ってしまいそうなぐらい、青臭いセリフを口にする。
これは、いつもの俺の演技なのだ、と自分に言い訳して。
ライフルを担ぎながら、彼は大きなアイスブルーの瞳を見開く。
そんなに大きく見開くと、そこに埋まった宝石が零れ落ちてしまいそうだ。
「…なんで、俺?」
拒絶の言葉かと思って、一瞬心臓が凍りつく。
「俺なんか、つまらない人間だよ。」
そう付け足され、安堵した自分に内心驚きながら。
彼のその控えめな性格に、どうしようもなく興味を惹かれていくのを実感する。
「全然、つまる!オマエのそういうところが、すっげえいいなと思って!だから――」
軽口を叩きながら。内心、必死な自分に気付かないふりをした。
彼はしばらく呆けた後、白い陶器のような頬を少し赤く染める。
キラキラ、キラキラ、光が、加速する。
あまりの眩しさに、もう目を開けていられない。
モデオヘイムの青空の下、太陽を反射させた雪原は、まるでダイヤモンドをちりばめたよう。
光色を変えて、どこまでも煌めき続ける。
その上を吹き抜ける優しい風のように、彼は一度だけ、頷いた。
その、笑顔といったら、
左胸に何かが突き刺さって、
息の仕方さえもわからない。
――理由なんて、そんなの考えたくないけど。
Meet, and can't take my eyes off you
in this large sky .
こ の 広 い 空 の 下 、 僕 ら 出 逢 っ て 恋 を し た 。
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