ご注意: 男女の性表現を含みます。
死ぬときは独りでいい。
誰の人生も背負いたくないし、背負ってほしくなんかない。
Life4.光を、見た。
猫の死体を拾いあげた少女が見えなくなってから、今のは現実だったかと考えた。
真夜中のスラムでは、あまりに不釣合いな行動。
不釣合いな少女――
そう思案して、自嘲した。
ただのガキが、猫の死体を拾ったから、それで何だというんだろう。
俺は、ロリコンなんかじゃない。
そんな行動に絆されるような、お奇麗な人間でもない。
瞼に焼き付いて離れない、あの光を振り払うように。
胸ポケットからタバコを一本取り出して、銜える。
煙を大きく吸い込んで、安堵する。こっちの空気の方が、性にあっている――はずだ。
そのまま振り返ることなく、俺はオネエチャンの店へと歩き出した。
振り返りたく、なかった。
ソルジャーの同僚や、囲ってる女達と騒ぎだして1.2時間。
クスリでハイになってる同僚や、すでに女をお持ち帰りしたヤツもいる。
俺に気のある女も多く、その中の一人か複数人と、今夜よろしくするのだろう。
案の定、ブロンドヘアのとりわけ派手な女が、俺を耳打ちでトイレに誘った。
お世辞にも綺麗とはいえない、クラブのトイレ。
そこの個室に、女に誘われるがまま、入っていく。
「こういうところって、燃えない?」
肉つきの良い唇で、そう笑う女。
女は俺のボトムのファスナーに手をかけ、自分の下着もずらす。
別に、そんな気分でもなかったが、断る理由も無い。
ゴムはないけど、この女にそんな配慮などいらないだろう。
もとより、女に対してセーフティーなセックスなど、気遣ったことなんてない。
「私が、してあげるから。じっとしてて。」
金髪の長い巻き毛に、濃い化粧。いかにも男を誘う、露出した服装。
派手な見た目どおり、淫乱な女のようだ。
こっちとしては、楽でいい。
ミッドガルに来たばかりのガキの頃は、それこそ種馬のごとくセックスに精を出していた。
だけど、最近はそれにも飽きてきて、セックスに対してどこか受身だった。
女を楽しませるために動くのは、ひどく面倒で。
あっちが勝手に動いてくれるというのなら、こんな楽な話はない。
女の白い腕が俺の胸板あたりを、意味ありげにさ迷うのを見下ろしていた。
――そういえば、あの少女の腕はもっと白く、細かった気がする。
ふと、あの時感じた…「神聖な空気」を思い出して、次の瞬間には嫌悪を覚えた。
同じスラムで。少女の存在と、今行われている淫猥な行為と。
…この、落差はなんだ?
どちらに吐き気がするのかは、わからない。
ばかばかしい。
「神聖な」などという感覚を、否定する。見た目がどんなだろうと、同じ人間。
やることはやるし、まだ子供で知らないというなら、これからいくらでも知っていくことだ。
汚れた世界ってやつを。汚れた現実ってやつを。
そもそも真夜中のスラムの繁華街を、一人で歩いていたような少女だ。
もしかすると「売り」や「客引き」の類かもしれない。
少なくとも、純粋無垢な少女が、すぐに路地裏でレイプされて売り飛ばされるようなこのスラムの街を、
うろついたりはしないだろう。
―――そう思ってみても。
どうしてか、ひどい焦燥感がした。
嫌な汗が、背をつたう。
名前も知らない、顔さえ見ていない少女の存在が、気になって仕方がない。
どうかしているのか俺は。
「あ――っ!」
俺にまたがった女が、一人よがり出したその喘ぎ声で――瞬間、俺にスイッチが入る。
俺は女を突き飛ばし、服を直すのもそこそこに、一目散に走り出した。
なんでだろう?
――こんな風に、汚れてほしく、ない。
無我夢中で、スラムの交差点まで走った。
しかし当然、もうそこに少女の姿はあるわけがない。
彼女はきっと、猫を埋めにいったのだろう。…だとしたら、どこに?
この辺りには、公園などない。
そもそも、あれから3、4時間経過している。
すでにスラムの男どもの餌食になっているかもしれないし、普通に帰宅したかもしれない。
商売女なら、客をとったかもしれないし。
そうだ、いったい俺は。
……彼女を見つけて、どうするというんだ?
答えはわからないまま、彼女の去っていった方向に足を進めたとき、よく知った声に呼び止められた。
「ザックス!奇遇だぞっと。」
赤い髪に気崩したスーツ。数人の女をはべらして、いかにも遊び人という風体。
タークスの、レノだ。ここらは、レノと俺の、共通の遊び場だった。
「金髪の女、見なかったか?まだ子供みたいな…」
レノに挨拶も返さず、突飛な質問をする俺に、レノは面白くないと言うように肩をすぼめる。
「ここはタークスの管轄じゃないぞっと。なんだ、女のケツを追いかけてるのかっと…?」
軽口を叩きながら、俺の焦った表情に気づいたのか、レノは細い目を見開いた。
「…なんだ?そんな必死な顔、オマエらしくないぞと。」
レノは、『本当の俺』を知っている。
明るく、優しく、お調子者を演じる俺の、本当の顔…
計算高く、薄情で、冷徹な。
それを知るのは神羅に入ってからの長い付き合いであるレノと、
一応仕事上のパートナーである神羅の英雄だけだ。
「…そんなんじゃねえよ。ただ、ガキが一人で、危ねえから…」
うまく反応できず、しどろもどろにそう答える。「危ない」なんて、俺らしくないことを口すべっていた。
レノは遠慮もなく、噴出す。
「なんだそれ?!危ねえのは、おまえだろっと!」
俺自身が引きまくり、レノをシカトして通り過ぎようとした。
「んでその金髪ちゃん、どんな子なんだ?」
レノに背後から問われ、口を開きかけたが、結局何も答えずにその場を去った。
また、妙なことを口すべりそうになったから。
天使みたいな子、だと。
――自分に、ドン引きだ。
その後、無駄に繁華街を探し回り、知った顔に情報を聞いても、手がかりはなかった。
何も知らない少女を、一晩中探し回る自分が滑稽だと思う。
でも、そう思うだけで帰れなかった。
もうすぐ夜も明けるという頃、気づくとスラムの古い教会が目に入った。
無神論者である自分は、教会に用はない。
用はないが、交差点で見た彼女の残像が脳裏によぎって、気づいたら教会の扉を開けていた。
甘い香りが、立ち込める。
まだ朝日が出ていないため中は暗いが、ソルジャーは夜目がきく。
教会の床板が割れたところ一面に、花が咲き誇り――
あの少女が、いた。
膝をかかえて、顔をふせている。
眠っているのだろうか。
暗闇の中、その金髪は光を撒くようだと思った。
その光に吸い込まれるように近づくと、古い床板がギシリときしむ。
その音に、彼女が顔をあげた。
水色の透き通るような目―――
抜けるほど白い肌、恐ろしく端正な顔立ち、しかしまだあどけないそれは。
教会のステンドガラスから、うっすらと細く朝日が入り込み、彼女をさす。
教会の中は、まだほの暗い。
少なくとも彼女からは、俺の姿は見えていないだろう。
だが、眩しかった。
目も開けられないほどに。
とても眩しい。
「……ここに埋めたのか?」
いきなり何を、と思ったが…それ以外、何と言ったらよいか、わからなかった。
少女は驚いたようだったが、小さく頷くのがわかった。
「ここなら、寂しくないから。」
さしこむ朝日の光が強くなり、彼女だけに降り注ぐ。
天使の、宗教画みたいだと思った。
「……じゃあ、俺が死んだときも」
無意識に、言葉が出た。
――このすがるような気持ちは、いったい何。
「そうやって、抱いてくれる?」
光が、教会の中に立ち込める。
彼女に自分の姿を見られるのが疎まれて、俺は教会を飛び出した。
夜明けのスラムを、走り抜ける。
薄汚れた街が、朝日に洗われていた。灰色の街が、光を浴びて。
――数時間前までの、腐った町はどこに?
目の前に広がる世界は、ただただ眩しい。
胸が切なく苦しいのは、
花の香りのせいだっただろうか?
This road must lead to the wonderful world.
こ の 道 の 辿 り つ く 先 に は 、 美 し い 世 界 が 待 っ て い る 。
|