C-brand

 

 


 

 

 



 

 

 

 

*ご注意

1.「お菓子の家で暮らそうか。」 その後のお話。相変わらずシリアスです。

2 BLはもちろん、近親相姦等、非道徳な要素が多いのでご注意ください。

3.最終話です。ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました!

 

お菓子の家で暮らそうか。

<in the CANDY HOUSE-W>       

 

 

目が覚めたとき、一瞬自分がどこにいるのか理解せず、

また悪夢の続きが始まるのだ、と。当然のように、そう思った。

(ベッド、柔らかい?)

牢にはベッドなど与えられなかったから、これはコルネオのベッドだろうか。

(腰、だるい…)

起き上がるのも億劫なほど。痛みはないけれど、ひどい倦怠感だ。

それに、まだ腹の奥底に――まるで男のものが入っているような感覚。

(…?昨日、またコルネオに…ヤられた………?)

この悪夢は、終わることなんてない。

 

悪夢は、眠りに堕ちたときに始まるのではなく、

目が覚めるたびに、始まるのだ。繰り返し、繰り返し。

(終わりに、したい…もう、)

もう、頑張れない。

 

―――いっそ、今この場で、舌を噛んで死んでしまおうか。

 

だけど、もしかしたら。

今日こそは、今日こそは、あの人が迎えにきてくれるかもしれない、と。

ありえないとわかっていても、心の奥底では、やっぱり期待している。

信じている。…こんなになってもまだ、

 

「お、にいちゃん…」

 

そう、無意識にその名を呼び、シーツに涙のシミを作ったとき。

突然、ベッドが大きく軋み、何か大きな影がクラウドの背中に覆いかぶさってきた。

 

「こ〜ら!」

 

「え……えっ?!」

「お兄ちゃん、じゃなくって。ザックスだろ?」

 

ザックスの笑顔が、目の前に現れた瞬間。

今、ここがコルネオの屋敷などではないこと、そして昨夜の出来事について思い当たる。

そう――ここは、二人の新しい家。

(それに、このベッドで…)

「わあっ!」

その事実に思い当たって、クラウドは慌てて飛び起きた。

だが、足に力が入らず、バランスを崩してベッドから落ちそうになってしまう。

それをザックスの腕に抱き留められる。

 

「体、痛い?大丈夫?」

「………。」

「一応、擦り剥けてたところは、ケアルかけたんだけど。中はそうもいかないし…やっぱり痛いの?」

「…大丈夫。」

「昨日、ごめんな。傷治す前に、あんな強引にしちゃって。痛かっただろ?」

「大丈夫、だから…見ないで。」

「え?」

「こっち、見ないで。」

 

窓からは日の光が漏れていて、真っ白なシーツが眩しいほどだった。

きっと、昼近い時刻なのだろう。

ザックスは部屋着を身につけているが、クラウドは素肌のままだ。

こんな明るい中で、ザックスに裸を見られたくない。

「ザックス、嫌になるよ。…だから、見ないでほしい。」

 

 

――二人、愛し合ったこと。深く深く、繋がったこと。

 

 

ザックスは、そのことを後悔していないだろうか。

明るい光の元で自分を見て、幻滅されるのが怖かった。

思わず俯いて、ぎゅっと目を瞑ってしまう。

そんなことをしても、彼の視界から消えることなどできないのに。

 

 

 

「…今すごく。お前が愛しい。」

 

 

 

ザックスの言葉と同時に、ふわふわの毛布がクラウドの体を包む。

そうしてそのまま、ザックスの胸の中に引きこまれ。抱きしめられる。

毛布の上から彼の手が、何度も何度もクラウドの背をさすった。

その優しい手の力が、たまらなく愛しい。

 

こんな優しい人、どこにもいない。

 

あんなに優しく愛を囁かれたことなどなかったし、

あんなに激しく求められたこともない――

 

 

 

 

 

「メリークリスマス、クラウド。」

 

泣き出しそうなクラウドを気遣ってか、ザックスが少し冗談めいた口調で言う。

「クラウド、いい子だから。サンタさんから、プレゼントあるらしいぞ。」

「…サンタクロースなんて、いないよ。みんな、そう言ってたもん。」

『みんな』というのは、コルネオの屋敷に捕らえられていた少年たちのことだ。

それまでクラウドはサンタクロースを信じていたけれど、

それはただの子供に聞かせるお伽話であって、実際には存在しないのだと彼らに教わった。

 

実際、去年のクリスマスの朝。枕元にプレゼントはなかったし、

それどころか目が覚めた場所は、変わらず冷たい牢の中だったのだから。

 

「今まで、お父さんとか、ザックスが。プレゼントを枕元に置いてくれてたんだろ。」

「えっいや、それはだな…、えっと、」

子供≠セった自分は、大人たちに守られていたのだと、今更ながら知る。

もう、サンタが実在しようとしなかろうと、大騒ぎする年齢ではない。

それなのにクラウドを子供扱いしているザックスは、なんとか誤魔化そうと必死だ。

 

 

「子供じゃ、ないんだよ。もう…」

 

 

心も、体も。1年前と同じではない。

父やザックス――大人たちに守られて、夢を見て、お伽話を信じて。

優しい世界の中で生きていただけの、あの頃とは違う。

人の悪意も、暴力も知ってしまった今。

もう、綺麗な心ではない。綺麗な体でもない。

全てを取り戻すなんてやっぱり無理で。…それに言いようのない寂しさを感じる。

 

「じゃあさ、サンタからじゃなくって。お前の恋人からプレゼント!」

それならどう?と、ニカリと笑うザックス。

彼が少し体をずらすと、その後ろには――

大きな大きな『お菓子の家』が、ベッドサイドのテーブルに置かれていた。

「これ、欲しかったんだろ?」

驚いて目をぱちくりさせるクラウドの髪を、ぐりぐりとかき混ぜる。

 

「まあ、さすがに俺は入らないけどさ。クラなら入っちゃうかもな?」

「入るか、ばか。」

「そうか?クラウドちっちゃくて、可愛いからさ。」

「子供扱いすんな。」

少し膨れっ面でそう言うと、ザックスが目を細める。

 

「恋人扱い、してるだけだよ。」

 

優しい、視線。優しい、人。

嬉しいのか、苦しいのか、わからないけれど。泣いてしまいそう――

 

「…ザックスが、作ったの?」

涙が零れそうなのを我慢して、そう切り返す。

「職人技だろ?本当は、一週間ぐらい前から作り始めてたんだけど。

お前を驚かせたくてさ、隠してた。」

驚いた?なんて――そんな当たり前のこと、聞かないでほしい。

 

ザックスはそうやって、いつもクラウドを驚かせる。

…何度でも夢を見せようと、滑稽なほど一生懸命だ。

「ありがと、ザックス…」

声が震えてしまったけれど、ちゃんと伝えたくて。なんとかそう一言、口にした。

 

 

 

「クラウドは、がっかりするかもしれないけど、さ。」

「…なに?」

「俺、サンタでもないし。ヒーローでもないし。…お前の兄ちゃんですら、ないけど。」

 

―――兄弟という繋がりは、もう捨ててしまったけれど。

 

「ただ、一人の男として………お前の傍にいたい。」

それは、新たな約束≠ネのだろうか。

血縁ではなく、もっと曖昧で、不確かな約束、

 

「約束する。ずっと―――」

 

 

 

 

 


 

ドン!ドンドン!!

 

突然、扉を激しく叩く音がして、ザックスの言葉はかき消される。

「だれ…?」

尋常でない、そのドアの叩き方。

怯えるクラウドに「大丈夫だよ」と一言残して、ザックスは扉へと近づいた。

ドアの鍵を開けた瞬間、蹴破られるような勢いで扉は開き――

 

「ザックス!ザックス!」

喪服姿の女性―――そう、他でもないザックスの母親が、飛び込んできたのだ。

しきりにザックスの名を呼び、彼に抱きつく。

それをザックスは、突き放すことも受け止めることもしないで、

ただ悲しそうな顔で立ち尽くしていた。

 

「ザックス!やっと見つけた…!」

「………怪我、治ったんだ。」

ザックスの言葉どおり、女のこめかみには、銃創のような傷跡があった。

クラウドにその傷の原因を知る由はなかったけれど。

「大丈夫よ、怒ってなんかないわ。貴方はいい子だから、今度こそお母さんの言うこと聞くわよね?」

「………。」

立ち尽くすばかりだったザックスが、女の肩を少しだけ、自身から離した。

 

そのとき、女の視線がザックスの後ろの寝室――

すなわち、ベッドの上に座るクラウドの方にいく。

目があった、その瞬間。

「この淫売が!!!!」

恐ろしいほどの形相で、女は寝室へと押し入り、クラウドへ掴みかかる。

 

 

ガシャン!!

 

 

女はザックスに腕をつかまれ、その勢いでベッドサイドのテーブルに衝突した。

大きなお菓子の家が、床に落ちて砕けた。

 

 

「クラウドに触るな。」

 

 

女を見下ろすザックスの視線は、ひどく冷やかで。とても彼のものとは思えない。

「お前は!こいつと寝たのか!このろくでなし!裏切り者!」

ザックスを凄まじい剣幕で罵倒しながら、彼の胸を、その拳で何度も叩いた。

ザックスは、抵抗しない。

クラウドに手を出すならば暴力すら厭わないというのに、自分に対しての横暴ならば

少しも構わないという風に。ザックスは、そういう男だ。

それを知っているからこそ、女はさらに怒り狂い、ザックスを激しく叩き続けた。

 

「やだ!お義母さん、やめて…!」

 

ベッドから飛び出したクラウドが、ザックスを庇うようにして、前にはだかる。

ザックスを傷つけないでほしい。ザックスに手をあげないでほしい。

ただそう思って、ほとんど無意識に、彼女の前に立っていた。

……これ以上、この優しい男を。もう、恨ませないでほしかった。

 

「クラウド、大丈夫だよ。」

後ろから、そっと抱き寄せられる。

そうしてザックスは、彼女を真っ直ぐと見つめ返して――

 

 

 

「前に言ったこと、覚えてる?」

 

 

 

「…な、にを?」

まだ興奮しているのだろう、震えた声のまま彼女がそう返す。

クラウド自身、ザックスが何について言っているのかわからない。

「家を出ようとしたとき、俺がアンタに言ったこと。」

ザックスは先程とは違う、穏やかな口調だった。

 

 

「母親じゃなくても。せめて人間だと思ってた…って。」

 

 

彼女が、肩を大きく震わす。それは、怒りもあったかもしれないけれど、

それ以上に悲しみが強かったのではないかと思う。

少なくとも、クラウドにはそう感じられた

 

「覚えてる。アンタの言ったことは、正しいからね。」

 

自嘲気味に、彼女は歪んだ笑みを作った。

「私は、母親なんかじゃない。アンタなんか、生むつもりもなかったのよ。

ただ、あの人が――子供が好きだっていうから、」

女は肩だけでなく、体全体を震わせている。

「そんな言葉、信じるなんてばかみたいね。男なんて、出すもん出したら全部忘れるんだから!」

この人は、父を愛しているのだろうか。憎んでいるのだろうか。

きっとそれは、両方なのだ。憎むという行為自体が、彼女の愛し方なのだ。

 

悲しい、愛し方。

 

 

 

「アンタの言ったとおり、私は母親じゃないし、人間ですらない。

どうせ一晩の価値しかない、人間としての価値なんてない―――人でなし!」

 

 

 

「…そうだな。クラウドを、泣かした。アンタのやったことは、人でなしだ。俺は絶対に、許さないよ。」

静かな口調のまま、ザックスは続ける。

「だけど、一度だけ、あと一度だけ期待していいなら。」

そのザックスの言葉は、祈りのようにも聞こえた。

 

 

 

「俺が幸せになることを、許してほしい。…アンタが、」

 

 

 

まるで慈しむかのようにさえ、聞こえる。

「貴方が、貴方のいうとおり、たとえばヒトじゃなくても」

本当に人でなし、であっても。

 

 

 

 

「……………俺の母さん、なら。」

 

 

 

 

女は大きな目を見開き、その瞳の色が蒼く揺らいだ気がした。

その瞳の色は、ザックスと同じ色――

そういえば、父親の生き写しではないかというほど、男親似のザックスだけれど、

瞳の色だけは母親のものを受け継いでいた。

それは他でもなく、彼女が腹を痛めて子を産んだという証拠。

 

とうに、血縁などは意味をなさないほどに、全てが壊れてしまっている。

彼女の心はひどく歪で、醜く濁って。

自分がヒトである自覚さえ、もう存在しない。

 

 

 

 

それでも、彼女を人≠スらしめている何かが、僅かでもあるというのなら。

 

 

 

 

 

互いにもう、何も喋らず――

彼女は、力なく項垂れるまま、出て行った。

部屋の扉が閉められる直前、後ろからザックスが一言だけ、言葉をかけた。

 

 

「…身体に気をつけて、母さん。」

 

 

音もなく閉じられた扉のむこうで、微かに泣き声が聞こえた。

それはザックスにも聞こえていたはずだけれど、それ以上、彼は追いかけたりはしなかった。

追いかけて慰めることをしないのは、ザックスの与えた罰なのだろう。

そして、「母さん」と呼ぶことが、精一杯の許しなのだろう。

 

 

 

もしもヒトでなくても、母親であるなら

 

 

 

ヒトである前に、女である前に―――――――彼女は、母親だ。

その事実こそが、唯一、彼女を人≠スらしめている。

 

…それが、証明された瞬間だった。

 

 

 

 

 

 


 

御伽話の最後は、こうだ。

 

『そして二人はいつまでも幸せに――』

 

だけど二人は、そんな幻想の中ではなくて、現実を生きている。

二人は紛れもない兄弟であって、それは逃れようのない事実なのだ。

たとえば、世界から隠れて暮らしたとしても、神様の目の届かない場所に堕ちたとしても。

その真実からは、絶対に逃げられない。

 

だけど―――それすらも。その罪すらも、二人でならば、

 

 

 

 

「ごめんな。これ…さすがに、もう食えないよなあ。」

粉々に砕けたお菓子の家を、広い集めるザックス。

「また、作ってやるから。今度はもっともっと、でっかいやつな!」

そう言って、砕けた破片を拾い集める彼の指先を、クラウドは目で追いながら。

 

それはまるで、彼の人生そのものだと、なんとなくそう思った。

 

何度でも、何度でも――壊れたお菓子の家を、広い集めて。

壊れた絆だとか、愛だとか、全てを広い集めて。

繰り返し、夢を見せ。繰り返し、愛してくれる。

 

 

 

滑稽なほど、優しいひと。

 

 

 

「あのね、ザックス。」

その名を呼ぶこと自体が、罪だとしても、

…呼ばずにはいられない。

 

「お菓子の家じゃなくもいい。」

「…え?」

床から顔をあげて、ザックスが首をかしげる。

 

お菓子の家

 

そんな、優しい世界の中でなくたっていい。

現実≠ヘ時に残酷で、歪で、濁って…美しいだけじゃないと知っている。

その世界の中で、二人は批難され、責められることもあるのだろう。

けれど。

 

そんな世界すらも、二人でならば、きっと愛しい。

 

 

 

「―――ここがいい。」

 

 

 

ザックスのいるこの世界が、あまりに愛しい。

ザックスの腕の中が、あまりに愛しい――

彼はやっぱり優しく目を細め、大きな羽のように両手を広げる。

見えない何かに力強く引き込まれて、クラウドはその腕の中へと、勢いよく飛び込んだ。

 

その見えない繋がりは、血縁ではない。

それは、あまりに不確かだけれど、あまりに確かで。絶対的な。

 

 

 

 

……アイシテル、たったそれだけの絆。

 

 

 

 

 

 

 

ねえ、ザックス。

 

神様に逆らって、運命に抗って。

そうやって、二人で戦っていこうね。

泣いて、泣いて、泣いたとしても

――二人一緒なら大丈夫。

 

だって、その痛みすら愛しい。

 

その罪すら、愛しいよ。

 

 

 

 

 

 

 

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C-brandMOCOCO (2010.11.1)

えっと私の罪って、許されるのか?orz

 

 

 

 


 

 

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