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――2009年・七夕企画――

 

7月7日、願いごとひとつだけ。

 

 

 

Story1.希求

「ばっかじゃねえの!そんなの、盗んだに決まってんじゃねえか!」

 

 

物心ついたときから、ずっとスラムで生活してきた。

親は誰か。どうして自分を捨てたのか。そんなことには少しの興味もわかない。

親が欲しいとも思わない。

思ったところで、現実は変わりはしないのだから、夢は見るだけ無駄なのだ。

そんなことより、今日何を食べるだとか、どこで寝るだとか…大事なのはそういう「現実」。

誰を恨むでもない、感謝するでもない。

ただ、今日を生きのびていく。――それだけだ。

 

 

 

「こら!」

急に襟足をつかまれて、必死で抵抗するも――「その男」は思った以上に強い力。

どうあっても逃れることはできそうになく、力を抜いて睨みあげる。

いわゆる、開き直りというやつだ。

「なんだよ、おっさん。」

『おっさん』と呼ばれるには、まだ男は若い年齢だろうが、10歳の自分からすれば 立派なオヤジだ。

「おっさん?!俺はまだ20代だっての!」

案の定、言い返してくる男。

 

「んなことより!オマエ、クラウドの財布とっただろ。」

そう言って、男は俺の尻ポケットに突っ込まれた革の長財布を奪う。

「知らない。拾ったんだよ。」

「オマエな〜…!まあ、いいや。でもな、こういうこと続けてても、未来なんかないんだぞ?

学校はどうした?母ちゃんはいないのか?」

 

世の中には、本当に鬱陶しい人間がいたものだ。

なんの苦労も知らず、満足した「自分」を手に入れて。

それがまるで、全て自分の力で得たものだと思い込んでいる。

そのくせ、他人に自分勝手な理論だか美学だかを押し付けるのだ。

本当に相手を心配しているからじゃなく、ただ自分の正当性を主張したいがために。

…偽善者の代名詞みたいな男。

 

「いい、ザックス。」

ずっと黙っていた隣の『金髪』が、そう一言いう。 名はクラウドと言ったか。

女か男かわからないけど、たぶん女。

ミッドガルでは珍しい、北方独特の真っ白な肌に、カジュアルすぎない白のサマーニット。

それはどこを見ても、目が痛くなるほどの白さで。

嫌だな、と思った。

白は嫌いな色だ。汚れが目立つから。

 

「オマエがそういうなら、いいけど。」

ザックスと呼ばれた男は、俺の腕を放す。

「……ほら」

ほとんど無言で、クラウドは俺に革財布を手渡す。

「落し物にはお礼一割、ってな。」

ザックスは、今度は優しく目を細める。

まるで全てを見透かしたような、青い瞳。

それは決して、俺を責めているわけではなかった。ただ、そう…「見守る」ような眼差し。

 

 

 


 

落し物なわけが、なかった。

―――金が欲しかったのだ。

いや、それはほとんどもう、習慣のようなものだった。

スリや置き引き、万引き、恐喝。そんな方法でしか、生活するすべを俺たちは知らない。

ストリートで育った俺たちは、そうやって育ってきたし、それが当たり前の日常だったのだ。

 

だから、目の前を行く二人組のカップルが目に入ったとき。

俺は迷わず、財布をすった。

スラムにおいてあまりに浮いたそいつらは、カモにされて当然だったし、どうせ苦労ひとつ知らない、

いいところの「ぼんぼん」連中から、一握りの金を奪ったところで。

別にそいつらにとっては痛くも痒くもないだろう。

こっちは明日にでも、飢え死にしたっておかしくはないんだ。

 

だけど。

バカな金持ち連中から奪うのはいいけど、「施し」はごめんだった。

何の辛酸も知らないやつらから、見下され、哀れまれるのだけは。

そんな目で見られるぐらいだったら、路地裏でのたれ死んだ方がマシだと思う。

……そう考えると、俺だってぎりぎりのところでまだ、人間なのかもしれない。

 

 

 


 

受け取った財布を握り締めて、俺は言いようのないイラツキを感じていた。

「ばっかじゃねえの……」

「え?」

俺たちストリートキッズとは違う、甘い匂いを香らせながら。

その場を去ろうとした二人組の背中に向かって、思い切り財布を投げつける。

その財布は、ザックスの背中に命中して、地面に落ちた。

 

 

 

「そんなの、盗んだに決まってんじゃねえか!」

 

 

 

大声でそう叫ぶと、女はほとんど無表情のままだったけれど、男は困ったように眉を下げる。

悔しくて悔しくて、止まらない。

「そんな小奇麗なかっこして!綺麗なツラして!」

幸せしか知らないような顔をして。

「貧乏人を見下してんのか?!同情なんか、ごめんなんだよ!!」

イライラが、止まらない。

この、落差はなんだろう。

……この綺麗な生き物と自分の。

 

「盗んだのか?…そうか。」

クラウドが、そう静かに言う。まるで本当に「拾った」というのを信じていたように。

まさか、そんなわけはないけれど。

「じゃあ、やっぱりこれはオマエのものだ。」

そう言って、少しだけ口元を緩めて微笑む。

 

 

「正直に言ってくれたこと。……嬉しかったから。」

 

 

俺の目の前に、クラウドの手から再び、黒の革財布が差し出される。

それを俺は、どうしてか。――今度は、躊躇いなく受け取ってしまった。

「気ーつけて帰れよ。もう遅いんだから。」

ザックスは、くしゃくしゃと俺の頭をかき回す。

 

それは、まるで。もしかしたら、もしかしたら。

母さんや父さんがいたら、こんな感じなのだろうか――なんて。

 

 

柄にもないことを考えて、少し恥ずかしくなった。

もしも、なんてありもしない夢を見るのは、嫌いだったはずだ。

 

 

 


 

その日――生まれて初めて、望んだ。

「七夕の夜は、短冊にお願い事を。」なんて、恵まれた子どものお遊戯だと思っていたのに。

受け取った財布に入っていた1ギル札で、パンを買わずに。

その1ギル札に願いごとを書いて、修道院で飾られていた笹の葉に、こっそり縛り付けた。

 

 

 

食べ物が欲しいと願ったんじゃない。

母さんが欲しいと願ったんじゃない。

 

自分以外の「誰か」の幸せを願ったのは、この世に生を受けて初めてだった。

 

 

 

 

――あの人が、あの人と。

何万年先も幸せだといい。

 

 

 

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C-brandMOCOCO (200978 初出)

 

 

 

 


 

 

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