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――2009年・七夕企画――

 

7月7日、願いごとひとつだけ。

 

 

 

Story2.落涙

「別に、見返りがほしかったわけじゃない。俺はただ、」

 

 

生き方なんて、そう変えられるものじゃない。

たとえ俺が変化を望んだとしても。

俺をとりまく環境になんら変化はないのだし、誰かが何とかしてくれるわけでもない。

この町も、自分も。変わらず汚いままだ。

 

だけど。変わったことも、ある。

遠くに、「何か」が見え始めていた。あの二人組に出会ってからだ。

霧の向こうに霞んで見えるような輪郭のはっきりとしない、ぼんやりとした――

けれど確実に、光るもの。

あれは、なんだろう。

 

もしかして、もしかすると。

――それは、未来とか希望とかって呼ぶのだろうか?

 

 

 


 

あの変な二人組に出会ってから、一週間が経った。

お節介で、うっとうしいお説教ばかり口にする、うるさい男。

嫌味なぐらい綺麗で、人の嘘も見抜けない、ばかな女。

きっと、もう二度と会うことはないのだろう。

あいつらは、俺とは住む世界が違う、『あっち側』の人間なのだ。

 

あれから、スリはやめた。

 

別にザックスに言われたからじゃないし、クラウドに絆されたわけでもない。

ただ、何となくだ。

何となく、スリのチャンスがなかっただけ。あるいは気が乗らなかっただけだ。

 

 

 

「…おえ……っ!」

空腹も極めて、嗚咽が漏れる。

一週間、まともに食事を摂っていなくて、正直参っていた。

ほとんど水しか飲んでいない。

 

スリをやめたから、当然金がなかった。

かといって、他に生きる方法も知らないし、頼るべき者もいない。

ストリートの仲間はいたけれど、それはスリを犯すときに協力し合う同盟であって、

トモダチなどでは決してなかった。

このままこの汚い路地裏に座りこんでいれば、間違いなく俺はのたれ死ぬのだろう。

 

……本当は。

本当は、パンを買うわずかな金ぐらいは、あった。

クラウドから受け取った財布には、決して少ないとは言えないギルが入っていたし、

財布自体もそれなりにいい革でできたものだ。いい値段で売れるのだろう。

それでも、その財布に手をつけることは、どうしても出来なかった。

何で、なんて。本当はもう、わかっていたけれど。

 

週末の、明け方4時。

ストリートの仲間たちは、スリを働いている時間だった。

週末のこの時間は、酒に飲まれたサラリーマンや、暇をもてあました金持ち連中で、ごろごろしている。

だけど俺は、仲間の誘いに乗らず、ただ空腹を抱えて道端に座っていた。

水を飲んでごまかしてみても、体に力は全く入らない。

汚い路地裏の壁に寄りかかり、ただ呆然と、朝日が昇るのを待っていた。

 

 

 


 

ぽす。

 

 

それは、奇妙な偶然だった。

道端に座り込む俺の前を通り過ぎたカップルが、何かを落としていった。

大きさや形状からいって、それは財布だ。

赤い革の財布はいかにも上物で、おそらく女の方が落としたものだろう。

その男女はそれを落とした事実に少しも気付かず、談笑しながら去っていく。

 

その女の後姿は、いつか見た光景を俺に思い出させた。

明るい色の金髪をふわりとさせて、眩しいほどの真っ白なワンピースを着る女。

(あいつ、クラウドって言ったっけ……。)

目の前の女は、クラウドによく似た、キラキラした外見と身なりをしていて。

街灯を反射させて、その金髪は光をまくようだった。

その女の隣を歩く男の後ろ姿も、黒髪に全体的に黒い格好をしていて、ザックスと似ていないこともない。

 

身の丈もザックスの方が高いし、金髪もクラウドの方がはるかに眩しく綺麗だったけど。

寄り添う男女は、あの日見た「二人」を鮮明に思い出させた。

まるっきりの別人だと知っていたけど、それでも――

振り返ればやっぱりこの二人も、柔く笑うのだろうかと。なんとなく、そう思った。

 

だからかも、しれない。

何の気の迷いか、俺はその財布を拾ったとき、信じられない行動に出ていた。

おぼつかない足で立ち上がって、その二人をなんとか追いかけ。

「あ、の…」

本当にバカみたいだけど。

「これ、落としました、けど……。」

その財布を、二人に差し出していた。

 

クラウドの不器用な笑顔を、もう一度見たかった。

ザックスの大きな手で、また頭を撫でてほしかった。

それだけだった。……それだけ、だったのだ。

 

 

 

二人が、振り返る。

そうして俺を見下ろすその二人の顔は。

俺の想像していたものでは、決してなかった。

 

ヒトの悪意や憎悪みたいに。そういう目に見えないものを、カタチにしたような。 

そんな風に、女は醜く顔を歪ませ、男は俺の胸倉を、乱暴につかんだ。

そして――

 

 

「盗みやがったな!このクソガキが!!」

 

 

いったい、俺は何を期待していたんだろう。

…どんな未来を、期待してしまったんだろう。

気付いたときには、遅かった。自分は盗みの容疑をかけられ、

否定の言葉すら返す間もなく、ただ男に殴られ、女に罵られた。

「汚らしい子ども!私の財布、放しなさいよ!」

「このガキ、ぶっ殺してやる!」

 

 

この世はどこまでも不条理で、暴力的で、利己的で。あまりに、醜い。

 

 

――違う。盗んだんじゃない。

そう言葉にできたかはわからなかったけれど、どちらにせよそう訴えたところで、

何も変わりはしないのだろう。信じてもらえたりは、しないのだろう。

 

 

 

ザックスに、聞きたかった。正しく生きていれば救われるのか?

クラウドに、聞きたかった。俺を信じる価値はあるのか?

 

 

 

殴られながら、意識は遠のいていく。

このままもう、いっそ二度と目覚めなければいいのに、と思った。

目覚めなければ、もう腹をすかせることはないし。

…世の中に、人に絶望することもない。

 

 

 

 

別に、見返りが欲しかったわけじゃない。

……俺はただ、

変わりたかっただけなんだ。

 

 

 

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C-brandMOCOCO (2009719 初出)

 

 

 

 


 

 

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