C-brand

 

 


 

 

 



 

 

――2009年・七夕企画――

 

7月7日、願いごとひとつだけ。

 

 

 

Story3.閃光

「もう一度だけ、一度だけでいいから。――信じて。」

 

 

「おい!大丈夫か?」

 

目が覚めたのは、気持ち悪いぐらいに柔らかい弾力のある、ベッドの上。

自分の体を包むシーツからは、嗅ぎなれない石鹸の匂いがする。

視線の左側で金色が揺れた気がして、そちらに目をやると。

いつか見た金髪の――

 

「く、クラウド!」

クラウドが、俺の顔を無言で覗きこんでいる。

あまりに近い距離に驚いて、慌てて上体を起こすと体がギシギシ痛む。

「こら!なに起きてそうそう、クラウドに見とれてんだよ!」

反対側の、俺が横たわっているベッドの右側から、やかましい声が聞こえてくる。

「……おっさん。」

つまり俺は…この二人に、保護されたということなのだろうか。

道端にゴミのように捨てられたのは、なんとなく覚えているけれど。

 

「俺はまだ20代だって言ってんだろ!…まだぎりぎり。」

ザックスが渋い顔をする。でもそれは、本当に怒っているわけではない。

その証拠に、すぐにニカリと、綺麗な歯を見せて笑う。

「オマエ、昔のクラウドみたいに、がりがりだな〜。」

そう言いながら、ザックスは木の椅子を引き寄せて、ベッドの傍に座る。

そしてその手に持っているのは、湯気をたてた小鍋。

 

「食えそうか?」

それは、本当にいい匂いを漂わせたポトフで、その香りにごくりと唾を飲む。

お盆に載せたその小鍋を差し出され、俺は無意識に、それを引き寄せた。

そしてそのまま、大き目のスプーンですくって、口に入れようとする。

一週間、食事はほとんどとっていない。…いや、それ以前から、

こんなまともな「料理」といえる食べ物にありつけたことなど、ほとんどなかった。

 

気持ちが競って、ジャガイモをすくおうとしても、うまくスプーンが握れない。

手に力が入らない。右手首の間接が、腫れ上がって、ずきずきと痛むのだ。

「あんまり、子どもに回復魔法使うのはよくないんだけど、な。」

クラウドは俺のいるベッドに腰掛け、そうつぶやく。

「成長途中は、自然治癒で治した方がいいんだ。だから、少しだけ、」

 

クラウドの鮮やかな青い瞳が、細められて。長い金色の睫に隠れた。

(すっげー長い睫……金色の睫なんて、初めて見た。)

睫まで完璧な美しさを持ったこの女の顔を、食事を摂ることも、怪我の痛みも忘れて、

思わず魅入ってしまう。

 

 

――キラリ。

 

 

その瞬間、クラウドの腕輪の石が光った。

淡い緑色の光が、俺の体を一瞬で包みこむ。

魔法だ、とわかった。本物を見たのは初めてだったけど、クラウドの白い腕にある

ピンクゴールドの腕輪に嵌っている、透明な石。

それは、不思議な力を宿す「マテリア」というモノなのだろう。

 

 

――柔らかい、柔らかい光。

 

 

それはまるで、この二人の持つ、「何か」みたいな。

優しさとか、愛とか。――そんな風に呼ぶ、ばかばかしい何か、みたいな。

 

体から、痛みが完全に無くなる。腕の腫れは引いて、元の骨みたいな細さに戻る。

痛みが無くなれば、残るのは食欲だけ。

腹がぎゅるぎゅると音を立てて、それに恥らう余裕もなく、俺は目の前のスープを

必死で口の中に流し込んだ。

「おい、ヤケドすんぞ?ゆっくり食えって。」

ザックスの大きな無骨な手が、俺の頭をがしがしと撫でる。

頭がぶれて、うまくものが食えない。本当に、無神経な男だ。

 

温かいスープなんて口にしたのは、いったい、いつぶりだっただろうか。

腹が減っているから、ではなくって。

きっとこの食べ物は、世界中のどの料理よりも美味いはずだ。

世界中のご馳走なんて食べたことないけど、なんでかそう確信していた。

「美味いだろ?」

だから、そんな当たり前のこと聞かないでほしい。

 

金色のスープに、自分の顔が映る。

そこにいる自分の顔は、見たこともないツラをしていた。

泣いている、なんてあるわけない。

もう子どもじゃないんだから、いや、年齢的にはまだ子どもかもしれないけど、

もうずっと前から、子どもでなんかいられなかったんだから。

 

それなのに。なんだこの情けない顔は?

涙と鼻水で、ぐちゃぐちゃじゃないか?

 

 

 


 

「…………俺は、」

一滴残らず、スープを飲み干して。

空になった小鍋に、顔がつきそうなほど俯いたまま。

何か抑えきれないものを、吐き出すように言葉を出す。

 

「俺は、別に。………見返りとか、欲しかったわけじゃない。」

いったい俺は、この他人でしかない二人に、何を話しているんだろう。

こいつらに、何を知ってほしいんだろう。

「うん。」

ザックスが、まるで当然のように、頷く。

「俺はただ、ただ。…ただ――――」

 

 

 

――――俺ハタダ、変ワリタカッタダケナノニ。

 

 

 

うまく言葉を発することはできず、口にしようとした言葉はただ呻き声にしかならない。

子どもみたいに泣くなんて、冗談じゃない。

よりによって、この二人の前で。こんな惨めな姿を、さらすなんて。

そう思うのに、我慢できずに忌々しい涙だとか鼻水だとかが、止まらない。

嗚咽が、止まらない。 

悔しさが、止まらないのだ。

 

生まれ変われるかもしれない、と思った。

手段なんかわからなかったけど、少なくともそうありたいと願った。

たとえあのまま、のたれ死んだとしても。二度とスリなんかするものかと。

でもそれは、そう決意した瞬間に、あっという間に砕けて消えた。

 

――未来なんか、本当にあるのか?

俺を信じてくれる人間は、この世にいるのか?

そもそも俺を信じる価値はあるのか?

「そうか、」

クラウドの柔らかい声。まるでさっきの、緑の光みたいな、表情で。

 

 

 

「偉かったな……」

 

 

 

心が、震えた。

そのクラウドの一言を聞いた瞬間、もう我慢なんかできなくて。

俺は声をあげて、泣いた。

クラウドは、いったい今、俺に何の魔法を使ったのだろう?

わからないけど、それはひどく優しい、魔法。

 

 

 


 

「世の中さ、正しいことが報われるとは、限らないよな……」

少し落ち着いてきたころ、そうザックスがぽつりという。

俺は顔を少しあげて、ザックスを凝視した。

まさかこの男から、そんな「現実的」な言葉を聞くとは、思っていなかった。

そして出来るなら…聞きたくなかった。

 

「――だけどさ。いつかオマエに大切な子ができたらさ。やっぱり、かっこいい男でいたいだろ?」

ザックスが、クラウドの方に一瞬だけ視線をそらす。

バカみたいに、わかりやすい男だ。

「…別に。思わない。」

大切な人、なんて。俺にはいない。…少なくとも、いなかった。

俺も、なんでかクラウドの方に視線をやる。

クラウドと目が合うと、クラウドは首を少しかしげる。

 

「その子に、胸を張っていられるようにさ。オマエには、そうやって生きてほしいよ。」

「……そんなん知るか。」

相変わらず、お説教ばかり言う、うるさい男だ。

「そうだな、そーいの、大人の勝手って言うんだ。」

 

本当に、なんて大人は勝手な生き物なんだろう。

だけど、からりと笑うザックスは、悔しいけれど…眩しい。

もしかしたら――いや、間違いなく。

ザックスはきっと、身をもって知っているのだ。

不条理な、現実を。人の悪意を。

正しく生きようとしても、報われなかった過去を生きて。

 

それを全て知った上で、バカみたいに真っ直ぐに、生きようとしているのだろうか。

…おそらくは隣にいる、クラウドのために。

 

俺には大切な人なんか、いない。いなかったけど。

「クラウド!」

俺はべッドから飛び起きて、クラウドの方へ向き直る。

「………?」

 

 

 

「俺、もう絶対に……嘘つかない。」

 

 

 

信じる価値なんて、汚れきった自分には、もう無いのかもしれないけれど。

お願いだから、あと一度だけ、一度だけでいいから。

 「嘘なんか、つかない。」

 

 

―――信じて欲しい。

 

 

だってクラウドは、きっと少しも迷いなく、こう言うはずだから。

 

「いい子だ。」

思ったとおり、クラウドはそう言って。

まるで一度も見たことのない母のように、優しく微笑った。

 

 

 

信じられる人と、信じてくれる人――

ザックスは、絶対に俺に嘘をつかない。

クラウドは、絶対に俺を疑わない。

信じる価値がこの世になくても、信じる価値が自分になくても。

 

 

 

こんなどうしようもない俺を

ただ、貴方が見捨ててくれないから。

――貴方に誇れる、自分でありたい。

 

 

 

「ってオマエ!なんかクラウドを見る目が…怪しいんですけど。」

「うるさいよ、おっさん。」

「残念!クラウドは俺のだかんなー」

「今までは、だろ!」

 

「……ザックス、子ども相手に大人げないぞ。」

 

 


 

***FIN***

Boys, be ambitious.

少年よ、大志を抱け!

Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement,

お金のためじゃない、私欲のためじゃない、

not for that evanescent thing which men call fame.

名誉という空虚な志のためなんかでもない。

Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be.

人はいかにあるべきか、その道を貫くために、大志を抱け!

(ウィリアム・スミス・クーク 好き勝手に和訳謝!)

 

 

 

 

NOVEL top

C-brandMOCOCO (2009720 初出)

 

 

 

 


 

 

inserted by FC2 system