C-brand

 

 


 

 

 



 

 

    

       

 

おんなじだけ、なんて欲はない。

何分の一でもいい、何万分の一でも良かった。

 

 

 

ザックスは、最低の男だ。

軽薄で、自分勝手で、女にだらしがない。

携帯電話のアドレス帳には、3桁にものぼる女の子の連絡先が入っていて。

一人の相手と長く付き合ったことはなく、女の子をとっかえひっかえにしている。

体を重ねるだけの関係…いわゆるセフレも複数人いるらしい。

その節操のなさをクラウドが批判すれば、「俺、寂しがりやだから。」と言ってザックスは笑う。

だったら特定のカノジョを作ればいいのに――そうクラウドが言うと、少しも悪びれずに彼は答える。

 

「そーいう重いのって、苦手なんだ。」

 

好きなときにセックスできて、好きなときにサヨナラできる。

そういう関係が楽でいいのだと。

 

「俺は女の子を縛りもしないし、縛られんのもごめんなの。」

そう最低極まりないセリフを、くったくのない笑顔で言うのだからたちが悪い。

その優しい笑顔に、いったい何人の女の子が振り回されて、泣いたんだろう。

…この自己中心的で、憎らしいほどに自由な男を。

捕まえることなんて、誰にもできやしないのに。

 

だから。

クラウドも、この想いは何があっても言うものかと。

「重い」と拒絶されることがわかっていて、彼を縛るつもりなどない。

 

好きです≠ネんて。 絶対に絶対に、言うつもりはない――。

 

 

 

 

 

214日、バレンタインデー。

ザックスは世の中の男どもに刺されるのではないかというほどの、大量のチョコレートを持って帰ってきた。

なぜか世間の女の子達は、この最低な男に魅力を感じるらしい。

(…何がいいんだか。)

そんな風に心の中で悪態をついてみても、クラウドとて、その女の子たちと同じなのだが。

彼にはまって、翻弄されている。叶わぬ想いと知りながら。

何でこんなに好きなのか。

そんなのはもう、わからなかった。

わからないほど盲目的に、惹かれていた。

 

思えばそれは、執着に似た気持ちなのかもしれない。

彼はクラウドにとって初めてのルームメイト。初めてのトモダチ。そして、初めて優しくしてくれた人。

ザックスは、男としてはプレイボーイで最低だけれど、「トモダチ」としてはこのうえなく完璧な男だった。

どうしてか、彼はいつだって、クラウドの望むモノを知っていた。

例えば。そう、誰かに慰めてほしいと思うほど落ち込んだときは、必ず欲しい言葉をくれたし。

逆に放っておいて欲しいと思うときは、ただ何も言わずに傍にいてくれる。

彼の巧みな言葉で救われることも多いけれど、それ以上にただ傍にいてくれるだけで良かった。

傍で笑ってくれるだけで、どうしようもなく安心できる存在だった。

 

友人もガールフレンドも多いザックスと違って、自分にはザックス一人しかいない。

彼一人で十分だと思えるほど、彼は何でも持っていたし、何でも惜しみなくクラウドに与えた。

故郷でも、神羅に入隊してからも、トモダチの一人もいなかったクラウドにとって。

ザックスは、自分の全てといってよかった。

「トモダチだろ?」と笑う彼の口癖が、全てだった。

彼の仕草を目で追い、彼の匂いに心臓が飛び跳ね、彼の言葉ひとつに歓喜し。

その想いが、友情と呼ぶには相応しくないと気付くのに、たいして時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

「クラ、チョコ好きだろ?これ全部やるよ。」

持って帰ってきた大きな紙袋を5袋ほど、クラウドの前に差し出す。

その袋の中には、チョコレートの箱がぎっしり入っていて、甘ったるい匂いが部屋中を満たす。

「…どうも。」

他の女の子達が彼に贈ったものを、自分が食べるのはおかしいだろう。

いくらザックスが甘いものが苦手で、クラウドが甘党だと言っても。

…だけど。

その女の子達があげたチョコを、ザックスに食べさせるぐらいなら――自分が全部食べてやろうじゃないか。

ささやかな独占欲はやっぱりあって、そのチョコレートの山を受け取る意を示す。

 

するとザックスが紙袋を逆さまにして、フローリングの床にチョコレートを広げる。

「これはリンダちゃん、これはリサちゃん。んでこっちがマゼンダちゃん、んでもってこれが…」

チョコレートの箱には、ひとつひとつ小さなカードが挟まれていて、送り主の名前が書いてある。

それを読み上げながら、クラウドの膝の上にチョコレートを大量に積んでいく。

それらは軽く見積もっても、50個以上ある。

ザックスは延々と名前を読み上げているし、まさか全員分、クラウドに発表するつもりなのか。

別に誰から貰おうが、そんなことは聞きたくない。

ザックスとしては、おそらく誰から貰ったのかを確認しているだけなのだろうが。

クラウドは無性にイライラした。

 

「んで、これはシュゼットちゃん、んでこれは…あ、これこれ!これうまいぞ?食ったことある?ここの生チョコ」

そう言ってクラウドの手に、青い箱を乗せる。

それはミッドガルでは特に有名なお菓子屋のチョコレートで、もちろんクラウドも知っている。

去年のクラウドの誕生日、ザックスはここのチョコレートケーキを買ってきてくれたのだから。

無類の甘いもの好きなクラウドは、その滑らかなチョコの歯ざわりと蕩ける様な甘さに、とても感動した。

それはチョコレートの美味しさだけじゃなくって。

母親以外の誰かに誕生日を祝ってもらえたことが、初めてだったから。

他人からすれば、滑稽だと思えるほど些細なことだろうけど――

死んでもいいと思えるほどに、嬉しかった。

それなのに。

 

――腹がたった。

クラウドにとってどんなに大事な思い出でも、ザックスからすれば、どうでもいい事であるという事実が。

別に、彼を独占したいわけじゃない。

全てを持つザックスを、何も持たない自分が一番になれるなどとは、考えてはいけないことだ。

でも、せめて。

自分が彼を想う、何分の一でもいい。何万分の一でもいいから。

自分との思い出を大切にしてほしかったなんて。

 

 

「……いらない。」

「え?」

「こんなのいらない!!」

勢いよく立ち上がると、クラウドの膝の上から、大量のチョコがばらばらと落ちる。

ついでに、手にもっていた青い箱のチョコレートを、ザックスに向かって投げつける。

ザックスの反射神経ならば、避けるか受け止めるかできるはずなのに、なぜかそうせず。

その箱はザックスの胸の辺りに勢いよく当たって、床に落ちた。

ザックスの瞳が、一瞬青く揺れた気がして、心臓が高鳴る。

 

「クラ?チョコ好きだろ?なに、どしたの。」

「俺だって、貰った、からいい。いらない。」

ザックスが少し眉を寄せる。

「……誰に?」

「さあ。ロッカーに入ってたり、廊下で無理やり渡されたから、誰かは知らない。」

それは、本当のことだ。

ザックスほどではないが、クラウドも今日、チョコレートを大量に貰っていた。

ただし――女の子よりも、男から貰ったものの方がはるかに多いが。

 

「それって、男からじゃねーの?」

何も言っていないのに、相手が男だと当てられて恥ずかしくなる。

どうせ自分は、同僚いわく男うけがいい♀轤ナ。

入隊してから男に告白されたことも、襲われかかけたことも、数え切れぬほど経験していた。

ザックスにもそう思われたのかと思うと、頭がかっとなった。

「…悪いかよ。」

「別に。でも男にチョコ貰って、喜んでんのってどうなの?」

ザックスにしては珍しい、どこか棘のある言い方だ。

「喜んでなんかない!」

「でも、食うんだろ。」

ザックスが肩をすぼませる。その言い草がまるで、バカにされているみたいに感じて。

 

「ザックスには関係ない。」

ザックスを睨み付けて言う。

クラウドが投げやりにそう言えば、いつだってザックスは慌てて謝ってくるのだ。…その、はずだった。

「…オマエって、二言目にはすぐそれだよな。関係ない、関係ないって。」

ザックスが、ため息をついて言う。

 

彼が、こんな風な態度をとるのは初めてのことだった。

いつだってザックスは、クラウドがどんな憎まれ口を叩いても、ワガママを言っても、笑って受け流して。

トモダチになって1年以上が経つが、今まで喧嘩どころか口論にまで発展したことすらなかった。

それが今は――二人の間はとても剣呑な空気になっていて。

「なんで、ザックスが怒ってんの。」

「怒ってんのはオマエだろ。」

 

クラウドは別に、怒っているわけではない。

ただ、顔も知らない女の子達に――やきもちを妬いているだけで。

女≠ナあるというだけで、ザックスを好きだと言える人たちが羨ましいのだ。

チョコレートを渡すというたったそれだけの行為に、とてつもなく嫉妬する。

 

――もし、自分が女だったら。

チョコレートのひとつぐらい、素直に渡せただろうか。

一番になれなくても、せめて一時でも求めてもらえただろうか?

 

男として対等でありたいと望みながら、その実、女のように自分を求めてほしいと思う。

男でも女でも、なんてあつかましくて貪欲なのか。

そんな最低な心の内を、ザックスに言えるわけもない。

クラウドが沈黙したまま俯いていると、痺れを切らしたようにザックスが言う。

 

「別にオマエが誰にチョコを貰っても、俺には関係ないよ。でも、なんの経験もない子供のくせに

浮かれてんなって言ってんの。」

ザックスの言葉とは思えない――

耳を疑うような、冷たくて、腹ただしい言葉。

「なにそれ?馬鹿にしてんのかよ。」

「してない。でも本当のことだろ?クラウド、女と付き合ったことあんの?いやオマエの場合、男か?」

 

バシン!

 

涙が、出た。

気付けばザックスの頬を、思い切りひっぱたいていた。

どうしてこんな風に、お互いを傷つけ合っているのかわからない。

だけど、ザックスから性的な揶揄を受けたのが――どうしようもなく悲しくて。

ザックスからは、絶対にそんな言葉を聞きたくなかった。

今まで優しい顔をして『トモダチだろ?』と口癖のように繰り返しながら、

本当はいつも心の中で、見下されていたのだろうか。

 

ザックスは、クラウドが泣いているのに気付いて、バツが悪そうな顔をする。

「あ〜…あのな、いや、そうじゃなくってさ……」

頭をかきながら、眉を下げるザックスは、いつもの優しい彼のままだ。

何とかこの空気を、和らげようとしているのがわかる。

だが、クラウドの怒りは治まらない。

…思えばそれは、つまらない意地だった。

いつも余裕のザックスを、少し動揺させてやりたくて。

 

ばかばかしい、嘘をついた。

 

 

 

 

「ある。経験ぐらい、ある。」

「え?」

「付き合ったことぐらい――ある。」

「……は?」

 

ザックスの纏う空気が、一瞬で変わる。

「…………男と?女と?」

「…なに?どっちが多かったかってこと?」

ザックスに余裕がなくなったのに、小さな満足感を覚えていた。

 

「そんなに、経験あんの?」

「アンタだって、いつも女の子と遊んでんじゃん。アンタみたいな種馬男に言われたくない。」

「俺はいいんだよ!あんなの遊びで本気じゃない。」

「だったら、俺だって遊んでいいだろ!」

クラウドがそう返すと、ザックスが目を見開いて、信じられないとでも言いたげな顔をする。

そしてその青い瞳が深い藍色になって、苛立ちに揺らめくのがわかった。

 

 

 

 

「……………オマエって。そういうヤツだったんだな。」

そう低い声で言われた瞬間。ザックスの腕が、その半分ぐらいしかないクラウドの細い腕を強くつかむ。

「痛い!放せよ!!」

そのまま、引きずられるようにザックスの寝室まで連れていかれ、ベッドへ乱暴に投げ飛ばされる。

 

「なあ?俺とも遊んでくれよ。好きなんだろ?男と寝るのがさ。」

「ふざけんな…!」

ベッドから飛び起きようとすると、それよりも早く、ザックスが覆いかぶさってくる。

「どけよ!ザックス…!」

いきなり貪るように唇を奪われ――何度も何度も、角度を変えてキスを続ける。

「は…や、め…」

「どれだけうまいのか、俺にも教えてくれよ。お前の体の中でさ。」

そう言って目が合ったとき。ザックスの強すぎる眼差しに、心臓を射抜かれるような気がした。

 

――考えてみれば。

こんな風に、ザックスが自分だけを見てくれたのは初めてかもしれない。

こんなに至近距離で、ザックスを感じることができるのは。

吐息がかかるほどの距離。胸に感じるザックスの重み、熱。怒り、そして欲望。

誰のものでもないはずのザックスが、今、彼の瞳には自分だけが映ってる。

彼は今、確かに自分だけを求めている。

もしも一瞬でも、彼を自分ものにできるなら――

 

 

たとえそれが、愛じゃなくても、いい。

 

 

 

「………いいよ。教えて、あげる。」

愚かな選択であることぐらい、知っていた。

 

 

 

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C-brandMOCOCO (2009.2.14)

 

 

 

 


 

 

 

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