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キミに贈る、5文字の言葉。

Call2.ふたりぼっち

 

 

この世界の果てで、キミと僕、二人ぼっち。

(それはなんて幸せな、孤独。)

 

 

「好きな子が、いるんだ。」

(知ってるよ。)

「すっげー可愛いの。笑うと、白い花みたいでさぁ。」

(俺は、黄色の花のほうが好きだけど。ヒマワリって、言ったかな…まるで、アンタみたいな花。)

「そうそう、ユリ!白ユリってかんじ。抱き締めると、あの子ほんとにユリみたいな匂いするんだぜ。」

(それってつまり、もう抱いたんだ……。)

 

二人、いろんな話をした。

――正確には、ザックスが一人で、話をしていた。クラウドはただ、聞いているだけ。

気の利いた返事ができないのは、生まれつきだけれど。

うん≠ニかそれで?≠ニか。そんな最低限の相槌すら打てない自分が、心底憎い。

ずっとずっと聞きたかった、ザックスの声が、やっと聞けたというのに。

 

「う…あ…」

 

何でもいい。一言でもザックスに言葉を返したくて、搾り出すように声を出すけれど。

出てくる言葉は、言葉としてなりたたない。ただの、呻き声。

 

 

 

 

伝えたいことが、たくさんあった。

どうしても、伝えなくてはいけないことが。

 

「本当は、ずっと大好きだったよ。」そんな愛の言葉。

「連れ出してくれて、ありがとう。」そんな感謝の言葉。

そして、何より。

 

 

 

「さようなら」という別れの言葉―――

 

 

 

 


 

 

ザックスが、研究員を殺した。

ザックスが以前クラウドに伝えた言葉どおり、それは「エサの時間」に実行された。

彼のビーカーを開けたのは、若い男の研究員だった。

これまでいっさい抵抗をしなかったザックスに、油断していたのか。

――いや、もしかしたら。彼の人柄に、心を許していたのかもしれない。

開いたビーカーから突然飛び出してきたザックスが、その男の首を腕で圧迫し、あっけなく死んだ。

それを見ていた女の研究員が、悲鳴をあげるより先に。

その女性の研究員すら、ザックスは何の躊躇いもなく殴りつけた。

生きているのか、死んだのかはわからない。

どちらにせよ、クラウドにはその光景が現実だとは、到底思えなかった。

 

相手は戦闘員ではない。

若い男の研究員は、痩せていて生真面目そうな男だった。

女性の研究員は、温厚そうな美人で、ザックスとよく雑談をしていた相手だ。

ザックスの性格は、クラウドが一番よく知っている。

 

彼には、誰にも負けない「優しさ」という倫理観と、正義があった。

生きるか死ぬかの戦場において。

たとえ命令違反になろうとも、女子どもや武器を持たない者の命は絶対に奪わなかったし、

敵兵であっても、できる限り命を奪わないように戦ってきた。

およそ「人間兵器」と呼ばれるソルジャーらしくない――けれど、ザックスらしい。

どんなに力があったって…きっと、この世で一番、優しい男。

そのザックスが――まさか、戦場以外の場で、人を殺めるだなんて。

 

倒れている女性研究員を振り返ることなく、ザックスはクラウドのビーカーへと駆け寄る。

そして外側から、そのビーカーをソードで一気に叩き割り――

魔洸と一緒になだれこんでくるクラウドの体を、まるで全身で抱き締めるように受け止めた。

魔洸中毒に犯されているクラウドは、体に力が入らない。

ザックスを、抱き締め返したいのに、腕が上がらない。

ただ、ザックスに体を預けているだけ。

せっかく、触れるのに。

「クラウド、もう、大丈夫だから。」

せっかく、声が聞けたのに。

 

ずっと、夢を見ていた。この実験室にいた5年の月日だけではない。

―――本当は、もっと前から。

一度でいいから、ザックスを抱き締めたかった。

叶わなくてもいいから、伝えたい想いがあった。

それはたぶん、愛しているとか好きですとか、ありがとうとか、そんな言葉じゃ足りないけれど。

せめて。

 

 

 

 

貴方と出会えて幸せです、と。彼にそう一言、ずっと伝えたかったのだ。

 

 

 

 

どうして、元気だったときに。そう――彼に伝えなかったのだろう。

トモダチだ、大事だと言ってくれる、彼の言葉に甘えてばかりで…

自分は何一つ、返せなかった。何一つ、努力なんてしなかった。

こんな風に、指一本動かせなくなってから気付いても、もう遅い。

 

それが悔しくて悔しくて――体が、震える。

「恐かったよな、もう大丈夫、大丈夫だから。」

ザックスはクラウドの肩口に顔を埋めて、強く強く抱き締めてくる。

震えているのは。もしかしたら、ザックスも同じだったかもしれない。

 

 

――この5年間、本当に恐かったのは、ザックスの方かもしれない。

 

 

日ごと、人形のように無反応になっていくクラウドを相手に、どれほどの不安を抱えていたのだろう。

確実に近づく友人の死を、どんな気持ちで見ていたのか。

この先待っているだろう孤独を、どんな気持ちで。

 

 

 

 


 

 

ザックスに、体を抱えられ、研究室を出る。

その瞬間、床に倒れていた女性研究員の瞼がが、ほんの少しだけ、開いた。

――死んではいなかったのだ。意識は朦朧としているようだが、たしかに生きている。

彼女とクラウドの視線が――交わった気がして。

 

ゴメンナサイ

唇の動きだけで、クラウドは彼女に謝罪した。

(ザックスは、悪くないんだ。だから許してあげて。)

そう――ザックスが、こうして人を傷つけたのは。

全て全て、自分のせいなのだと、クラウドは知っている。

クラウドを生かすために、人を傷つけ、その手を汚してくれたのだ。

 

 こ こ か ら 逃 げ よ う 

 

―――その二人の約束を、叶えてくれるために。自分は、ザックスに「全て」を捨てさせた。

善意だとか、誇りだとか…クラウドがずっと憧れていた、彼の持つ全てのものを。

彼を汚したのは、他でもない自分だ。

許されないのは、自分なのだ。

 

だからどうか。

 

彼だけは、許してほしい。

この先に罰が待っているのなら、痛みを受けるのは、全て自分であってほしい。

(お願いします。)

 

 

 

 

 

 

(神様。)

 

 

 

 

 

 


 

 

魔洸中毒のクラウドは、意識は途切れ途切れではあったけれど、それでも自我が存在していた。

肉体はいっこうに動かせない、言葉も紡げない。

意識はある分、それはもどかしく、情けなかった。

ザックスに何ひとつ反応を返せない自分が、彼の「足手まとい」でしかない自分が、ひどく疎ましかった。

 

ザックスは、クラウドの意識があることを、知らないようだった。

体だけじゃない、視線すらも、まともに動かすことができないのだから…当然だ。

それでも、ビーカーの中にいたときのように、彼はくったくなく話しかけてくる。

まるで、クラウドと話しているかのように。同室で過ごした、親友同士の語らいのように。

「クラウド、寒くない?これ、ちょっと臭うんだけどさ、一緒にかぶって寝ようぜ。」

「でもオマエ、いい匂いすんなーなんでだ?あ、怒った?女扱いすんなって?そんな顔すんなよー。」

「ほらクラウド!これ、バノーラのリンゴ。ウサギさんに剥いてやったぞ!」

一本しかないサバイバルナイフで、器用にウサギの形に剥いたリンゴをクラウドに見せる。

(ほんとにアンタ、めでたいな。)

 

二人が神羅屋敷から逃げ出して、半年。

こんな状況下でも、ザックスは相も変わらず明るい。

食うものもろくになく、わずかな果物と野ウサギ、そして水ばかりの生活。

それなのに、まるでハイキングでもしているかのように、綺麗に剥いたりんごをクラウドに食べさせる。

もちろんそのままでは大きいから、ザックスが咀嚼したのを口移しで。

クラウドは、痩せた。でも、ザックスはもっと痩せた。

わずかな食べ物さえも、ザックスはそのほとんどをクラウドに食べさせようとする。

 

(ザックスが食べて…)

そう伝えることもできない。だから拒否をするように、何とか口を閉じる。

「好き嫌いすんなよーそれとも、俺の口移し、気持ち悪い?」

悪戯っぽく笑って。

「小さい頃は、パパの噛んだご飯食べたんだぞー」

とかなんとか。つまらない冗談まで言っている。

どうして、こんなに優しいのだろう。

 

 

どうして、こんなに悲しいのだろう。

 

 

 

 

 


 

 

真夜中、クラウドは目が覚めた。

といっても、体が動くわけではない。意識が、戻っているだけだ。

クラウドは、ザックスの腕によって後ろから抱きしめられるように、眠っていたらしい。

すぐ後ろに感じるザックスの寝息――ザックスの匂い、ザックスの体温。

…思い返してみれば。

こんな距離で過ごすなど、以前の自分たちではありえなかった。

こんな風に全てを失うようになってから、ある意味で、彼の全てを手に入れたのかもしれない。

 

月が、高い位置にある。

目の前には―その月明かりの下、どこまでも広がる、黄色の花。

ヒマワリ畑だった。

ここはいったい、どこなのだろう。

ザックスに抱えられて、ずっとここまでやってきたから、世界のどこにいるのかクラウドにはわからなかった。

わからないけれど、ここには二人以外、誰もいない。

きっと、人の住む土地から離れた、世界の端っこなのだろう。

 

誰も知らない、二人だけの世界。

二人のためだけに咲いているかのような、黄色の花。

夜の闇にも融けることはない。その空高く咲き誇るヒマワリの群集は、灯火のようだと思った。

まるで、未来へと続く…光の道しるべのようだ。

まるで、ザックスのよう。

 

この花に囲まれて、この人に抱きよせられて。

 

 

 

 

死ぬなら、ここがいい。この腕の中がいいと思った。

 

 

 

 

 

そのとき。クラウドの手元にあるものを、認識した。

――サバイバルナイフだ。

なんという偶然か。

ザックスの腰にかかっているサバイバルナイフは、クラウドのすぐ手元にあったのだ。

 

ザックスを、自由にしてあげたい。

ザックスを、守りたい。

だから。

 

全神経を集中させて、指を動かそうと努力する。

今しか、ない。ザックスが眠っていること自体、稀なのだ。

このチャンスを逃したら、彼が自分を見捨てることができなくなる。

(死にたい。)

 

 

 

死にたい、死にたい、死にたい、死にたい――――ただひたすら、彼のために。

夢中で、右手に力を籠める。

 

ず…

 

クラウドの気力が勝ったのか、これまで一向に動かなかった右手が、かろうじて動いた。

油汗が吹き出る。あと少し、あと少しだ。

そのナイフを精一杯、握る。

 

あとは、ただ自分の首めがけて―――

 

 

 

ガシャン!!

 

 

 

(あ!)

「ふざけんな!!」

手に持っていたナイフは、遠くに弾かれ。

夜の静寂の中を、男の怒鳴り声が大きく響き渡った。

 

――ザックスに、見つかってしまったのだ。

 

「今、何しようとした?!おい、クラウド!」

肩を強く、揺す振られる。でもクラウドは、ザックスの顔を見ない。

クラウドの視線の先には、転がったナイフ――

もう一度、あのナイフで。自分は、終わらせなくてはならないのだから。

 

「クラウド!俺を見ろ!俺の言ってること、わかってんだろ?!」

わかっている。体は動かせないけど、言葉は紡げないけれど。ちゃんと、わかっている。

「俺の気持ち、わかってんだろ?!」

わかっている。ザックスには大切な人がいて、その人のために、彼は生きなけらばならない。

彼の帰りを、今も待つ人がいるのに…

そのための大きな障害を、彼は切り捨てられないでいる。

そんな風に――彼がいっそ愚かなぐらい、優しい人だということ。

全部全部、わかっているのだ。

「わかってるなら…!」

わかっているから―――

 

 

 

「俺を独りにすんなよ!!!」

 

 

 

そう言って、何もかも壊れてしまいそうなぐらい、強く抱きしめられた。

心も、体も、死への覚悟も。彼を助けるといった決意さえも、粉々に崩壊してしまいそうな――

 

 

「なあ、頼むから…」

初めて聞いた、親友の弱音は。

痛いぐらい胸を締め付け、痺れる様に脳内に響いた。

 

それはまるで、愛の言葉にも似た、

 

 

 

 

 

「…俺を、独りにしないで……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――なあ、ザックス。

あのとき、手を離せばよかったね。

そんな資格あるわけないのに、

どうして離れることができなかったんだろう。

 

あの、世界の最果てで。二人抱き締めあったまま。

 

このままいっそ一緒に逝けたらいいのにって、

思ってはいけないことを思ったんだよ。

 

 

 

 

 

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C-brandMOCOCO (20091128

 

 

 

 


 

 

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