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キミに贈る、5文字の言葉。

Call3.福音が鳴る。

 

 

選ばれなくても、いい。

…彼の幸せが、自分の幸せ。

(だからどうか、彼を助けてください。)

 

 

ピリリリリリ!

 

あれは、いつのことだったか。

逃亡中、電波が通じないような山麓地帯で、ザックスの携帯電話が鳴った。

その携帯電話は、ミッドガルの兵舎に住んでいた頃――

つまりは、5年ほど前にザックスが使っていたもので、あの研究室の片隅に保管されていたものだ。

5年も前の、携帯電話。

 

研究室に監禁されていた頃、「ザックス=フェア」と「クラウド=ストライフ」の名は、

軍名簿から除籍されたと…研究員から聞いたことがある。

詳細は隠されたが、死亡の事実だけが公表されたと。

死亡したことになっている上、携帯電話はもとより軍から支給されたものなのだから、

当然契約が解除されているはずだ。そもそも、電池自体がないだろう。

 

使えないことは承知で。ただ、自分たちのものをあの研究所に置いていく気にはなれず、

きっとザックスは、あの研究室から持ち出したのだろう。

クラウドの携帯電話は、見つからなかったが。

 

 

 

 

 

 

ピリリリリ!ピリリリリ!

 

何の気なしに、ザックスが電源を入れた瞬間、鳴り出した着信音に――

最初ザックスは驚いたようだったが、その着信の相手を画面で確認すると、慌てて通話ボタンを押す。

 

「…もしもし、」

ザックスが、息を飲む。

「…うそだ。あいつなわけ、ない。だって…、」

彼の呼吸が、大きく乱れたのがクラウドにはわかる。

「ほんとに?ほんとに、オマエなのか?」

ザックスの、声が震える。それでも掠れた声で、彼は続ける。

「騙されて、ないよな?」

ザックスにしては珍しい、疑心を含んだもの言い。

 

彼は、抱えているクラウドを見やった後、そっと岩陰に座らせる。

「クラウド。ちょっと、ごめんな。待ってろよ。」

そう言いながらクラウドの髪を撫でると、少し離れたところに移動する。

――あくまで、視界にクラウドを収めることのできる距離ではあるが。

 

(かの、じょ……?)

 

電話の相手は、誰なのだろう。

ザックスが、こんなに動揺するような相手。それはやっぱり――

 

そのクラウドの憶測は、確信へと変わった。

ザックスの声は、クラウドの耳には聞こえなかったけれど、彼の表情が―――

綻ぶように笑うのが、見えたから。

そして次の瞬間には、泣いていた。

…泣きながら、それでも笑っていた。

風向きが変わって、少しだけ、彼の喋り声が聞こえてくる。

 

 

 

「…ずっと、声が…聞きたかった…」

 

 

 

 


 

奇跡が、起きた。

なんと5年も前の携帯電話が繋がって、しかも想い続けていた恋人から電話があって、

しかも彼女はまだ、ザックスを想っている。彼の帰りを、待っている。

そのときからだ。

――行き着く先もわからない旅の目的地が、「ミッドガル」へと決まったのは。

 

 

「なあ、クラウド。俺、ミッドガルに行かなくちゃ。」

 

それは、彼の口癖になった。

まるでそこに行けば、彼の望む、全ての結末が待っているかのようだった。

実際、その通りなのだろう。

ミッドガルに行けば、全てが手に入る。

ミッドガルは自分たちを追いかける神羅のお膝元ではあるけれど、スラムは無法地帯といってもいい。

いったん紛れ込むことができたなら、そこで神羅の目を逃れて暮らすことは可能に思えた。

技術のある医者もいるだろう。

結局クラウドを見捨てることができない彼は、クラウドの魔洸中毒を治したいと思っているに違いない。

 

そして、何よりも。

ミッドガルで「愛しい人」と再会するために。

――幸せな、未来のために。

 

 

 

 


 

だが、その未来を手に入れるのは、そう容易いことではなかった。

ミッドガルに近づくごとに、敵兵との遭遇も多くなる。そのたびに、戦いは避けられなくなった。

生き抜くために、ザックスは…その手を汚した。

追ってくる兵士やソルジャーを、何人も殺した。

もしかしたら、知った顔もいたかもしれない。かつての同僚や上官、部下もいたかもしれない。

 

人の命を殺めるたびに。ザックスの瞳に、暗い色が浮かぶ。

山深くの泉で、体やバスターソードについた血を洗い流すザックスを、クラウドはただ見守りながら。

何もできない、何も言えない自分が歯がゆかった。

(…そんな顔しないで。大丈夫、大丈夫だよ。)

声を、かけてやりたい。

(ザックスは悪くない。俺が、知ってるよ。)

拙い言葉であっても、それでザックスを、少しでも慰めることができたなら。

言いたいことがたくさんある。伝えたいことがたくさんある。

 

けれど、一言だって欲することは叶わない。

こんなにも、ザックスを助けたいのに――

 

 

ピリリリリリ!

 

 

小さな、着信音。それは、救いの音のように美しく鳴る。

その電話を素早くとったザックスは、顔を綻ばせて微笑む。

とても優しい顔で。とても、優しい声で。

「オマエか?うん、大丈夫!オマエの声で、元気出た!」

どれほど、その人のことを好きなんだろう。

「ミッドガルに、行くよ。絶対に、行く。」

どんな危険を冒してでも、そこへたどり着きたい理由は、ただひとつ。

「そうだな。もうすぐ、オマエの誕生日じゃん?あの店で――会おう。約束だ。」

彼女との、約束のため。

 

 

 

 

ただ、愛のために。

 

 

 

 

「生きる理由」「生きようとする意志」それの持つ意味は、とても大きい。

ザックスは、生きなければならない理由を見つけた。

(よかった…。生きて、ザックス。)

その見たことのないザックスの恋人に、クラウドは感謝した。

彼女が、ザックスを救ってくれる。ザックスの生きる目的になってくれている。

 

 

その電話こそ、ザックスを生かしてくれる。―――そんな確信があった。

 

 

…本音を言えば。

それが、ひどく妬ましいとも思う。

5年以上の間、自分はひと時も離れることなく彼の傍にいながら、なにひとつ彼の役にはたてない。

気のきいた言葉ひとつ、かけてやれない。

何もできない。ただのお荷物だ。

(違う、お荷物どころか…)

それどころか、彼の命を奪う、一番の原因になる可能性すら――ある。

 

それなのに、彼女は。その1分にも満たない電話で、彼を笑顔にしてしまう。

苦しめることしかできない、自分とは違うのだ。

電話の向こうで、どんな言葉を言っているのだろう。

 

無事でいて

貴方を待ってる

愛してる

 

きっと自分が彼女だったなら、そう声をかけているだろう。

ミッドガルで「親友」として、ただ笑って暮らしていた頃は絶対に言えなかった言葉でも。

今ならば、きっと口に出せる

想いを伝えられない苦しさを、知っている今ならば。

(それに、もし俺だったら…)

 

一緒にいる子を、見捨てて

 

そう、言ってあげるはずだ。彼女も、その言葉を彼に言ってくれないだろうか。

(そうしたら、ザックスは…俺を見捨ててくれるかもしれないのに…。)

 

 

 

 

 


 

それから、何度も電話はかかってきた。

ザックスが戦いに疲弊するたびに、自分の重ねる罪に憔悴するたびに。

まるでそのザックスの気持ちを気遣うかのように、かかってくる電話。

一日に数回かかってくることもあれば、数日間、間があくこともある。

ザックスはいつだって、その着信を待っている。

携帯電話はとても大事そうに、彼の胸ポケットに入れられ、控えめではあるけれど音が設定されたまま。

バイブレーションだと、気付かない可能性があるから。

 

 

 

逃亡から1年が経とうという頃。

クラウドの魔洸中毒の症状はますます悪くなり、完全に意識を失っていることの方が多くなった。

朦朧とする意識の中で、ときおり聞こえるザックスの声。

 

「オマエが、元気でいるなら…それでいい…」

「へえ…今、そんな店やってんの…?もしかして俺との約束……すっげえ嬉しい…」

「もうすぐ、ミッドガルだ。」

 

遠のく意識の中で。

ザックスが、自分ではない他の誰かと――

いつだったか、街で偶然見かけたことがある…ザックスが親しそうにデートをしていた、花売りの女性と。

小さな花屋の店を経営して、黄色のヒマワリを抱えて、ザックスは幸せそうに笑う。

ヒマワリよりも、眩しい笑顔で、笑う――

そんな少し先の未来を想像して。

嬉しくなった。

 

(選ばれなくって、いいんだ…。)

彼に選ばれることが、全てではない。

一緒に死にたい、など。一緒に生きたい、など。

それは、望んではいけないことだ。

彼が幸せになってくれるというならば、それが自分の幸せなのだから。

 

(神様…ザックスを、彼女と会わせてあげて。)

何十回、何百回と、見たことのない神に祈る。そして、

(お願いだから…ザックスを、見捨てないで。)

何十回、何百回と、ザックスの愛する人へと祈る。

彼女さえザックスを待っていてくれれば、絶対に、彼は生きのびてくれる。

 

自分の命なんていらない。未来なんて、必要ない。

 

何もできない自分だから。何も持たない自分だから。

ただひたすらに、彼の未来だけを願った。

 

 

 

 

それなのに。

 

 

 

 


 

 

 あ い し て る 

―その言葉が、最後の電話だった。

 

 

その日は、珍しく電話越しで言い争っているようだった。

どんな内容だったかは、クラウドにはわからない。

だけど、ザックスはとても悲しそうな声だった気がする。

電話を切る直前、ザックスは搾り出すように、言った。

 

 

 

「それでも――愛してる。」

 

 

 

そう、ぽつりと言った後。

ピー、と虚しい音をたてて、ザックスの携帯電話が自動的に切れた。

「…バッテリーぎれ。」

そう言って、緩く笑うと。クラウドを抱き寄せるようにして、彼はその金色の髪に顔を埋める。

「クラウド。俺、ふられちゃったみたい。」

 

 

 

 

――ザックスは、声を殺して泣いていた。

 

 

 

 

そしてもう、彼女から電話がかかってくることはなかった。

何度、ボタンを押しても、その携帯電話の電源が入ることもない。

 

あの電話が、彼女との最後の会話になった。

ミッドガルでの再会の約束は、二度と果たされることがないまま。

 

 

 

 

 

彼は、その生涯を終えた。

 

 

 

 

 

 

――なあ、ザックス。

幸せになってほしい。嘘じゃない。

だけど、もしも叶うなら

他の誰でもない自分の手で、アンタを幸せにしたかった。

 

一緒に死にたかった。

本当は

一緒に、生きたかったよ。

 

 

 

 

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C-brandMOCOCO (2010125

 

 

 

 


 

 

 

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