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キミに贈る、5文字の言葉。

Call4.

 

 

もしも、僕らが独りだったなら。

生きるも死ぬも、自由だったはずなのに。

(お互いが枷で…そして、糧だった。)

 

 

 

――雨音が、耳鳴りみたいに。止まらない。

 

 

 

 

ザックスの携帯電話が、使えなくなった。

それでも、それは彼の胸元のポケットに、大切そうに入れられたままだった。

…一度泣いた、あのときから。

もうザックスの涙は見ていない。いつもの笑顔で、笑ってくれる。

「ミッドガルについたら、オマエどうする?」

ミッドガルへ行こうという彼の意志は、変わらない。

「冗談だよ。オマエを、放り出したりはしないよ。」

だけど、このときには。

 

「――トモダチ、だろ?」

もうすでに、彼の中で戦いの終着点が見えていたような気がする。

旅の終わりが。

 

二人の別離が。

 

 

 

 

死の、予感が――

 

 

 

 

 


 

 

どうしてだろう。

ザックスの瞳の奥に、これまでと違う色が宿ったのをクラウドは感じていた。

「あの子、好きな人ができたんだってさ。」

何てことのないように、笑いながら、その事実を口にするザックス。

(ザックスを…見捨てるなんて、)

それは、あまりに信じがたいことだ。

「幸せに、暮らしてるんだって。子どもも、いるって。」

彼女が、ザックスを見捨てるなんて。こんなに優しい人を、愛さないなんて。

 

「だけど、俺を選んでくれなくも、いいんだ。…偽善とかじゃなくて。」

それは、自分の抱く想いと、あまりに酷似したキモチ。

とても悲しくて、悲しい――悲しい、愛し方。

そして、それは。

(まるで…)

まるで――生への執着が、ない?

けれどそれは、投げやりだとか諦めだとかではなくて。

自分のきたるべき未来を、受け入れているかのような…そんな「覚悟」といってもいい。

独りで生きることに、二人で死ぬことに、怯えることはもうない。

それは、安堵にも似た――

 

(いやだ!そんなのは嫌だ!)

ザックスに、生きることを諦めてほしくない。

何を犠牲にしても、生きのびてほしい。それしか自分は望んでいないのだから。

(彼女のせい…?)

彼女が、ザックスを捨てたから。

生きる意味を、幸せな未来を、失ってしまったから。

だからザックスは、そんな全てを受け入れるような優しい笑顔で、笑うのだろうか。

 

 

 

 

「クラウド。もしも、もしもだけど――」

ヒッチハイクをした車の荷台で、ザックスに肩を抱かれながら。

耳元で、微かに聞こえてきた彼の声。

車の走行音と風の音に、消えてしまいそうだったけれど、たしかに聞こえたのだ。

「もしも、俺がオマエを置いて、死んだとしても…」

(やめて―――)

そんな仮定の話なんか、聞きたくない。

 

「オマエの幸せだけを、想ってる。…嘘じゃないよ。」

 

そんなのは。

そんなのは、いつも自分が願っていることだ。

何十回と、何百回と、神様に祈ってきたことだ。

言葉には出せないけれど、心の中で、狂いそうなほど切望してきたこと。

それなのに、ザックスは。いとも簡単に、声に出してその言葉を言う。

(いやだいやだいやだ…!)

それは声に出すことで、言葉という形にすることで。

まるでその言の葉に力が宿って、それが現実になってしまうような――そんな気がした。

(恐いよザックス…!)

恐い。恐い。恐い―――恐くて、たまらない。

 

 

近づく彼の死が、恐い。

 

 

 

 

 


 

 

ドオン!

鳴り響く爆発音。硝煙の臭い。

二人の乗るトラックが、狙撃されたのだ。

もうミッドガルまでは、目と鼻の先というところだった。

「あいつら、数だけは揃えてきたか。」

クラウドを抱きかかえて、ザックスがトラックの荷台から飛び降りる。

トラックは急ブレーキをかけて止まり、人の良さそうな運転手が叫ぶ。

「おい兄ちゃん!早く乗れ!ここは危ないぞ!」

「サンキューおっちゃん!でもここで、俺は戦いたいから、」

そう明るい声で返して、振り返らずにザックスは走る。

クラウドを抱きかかえたまま――

 

 

ミッドガルが一望できる、丘の上へと。

 

 

「クラウド、行ってくるな。」

クラウドを岩陰に座らせると、頭を撫でてそう笑いかける。

(どうして言わないの…?)

いつも、ザックスがクラウドから離れるときに言う言葉―

『待ってろよ』

その言葉を、ザックスは言ってくれない。

(待ってろよ、って言ってよ。言ってくれれば、俺は何時間だって、何日だって待ってるよ。)

 

「最後に、声…聞きたかったな…」

 

そう寂しそうに笑って。ザックスの手が離れていく。

今、言わなくては。

何でもいい。何でもいいから、彼を繋ぎ止めなくてはいけないのだ。

(行かないで!行かないで!行かないで!)

声に、出さなくては。

一言でいい。喉がつぶれて、血を吐いたってかまわない。

(ザックス!行ったらやだ!お願いだから死なないで!)

もう二度と、声が出なくなっても構わない。

だから一言だけ、彼に――

 

 

(愛してる、だから生きて)

 

 

こんなに祈ったのに。

こんなに願ったのに。

何一つ、言葉には出来ないまま。想いは伝えられないまま。

離れて行くザックスの背を、ただひたすらに見つめていた。

 

 

 

 

 


 

 

雨音が、耳鳴りみたいだ。

 

ここは、とても冷たくて、寒い。

あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。

血と、硝煙の臭い――

冷たい雨がクラウドの体を打つ。その感覚を、やけにリアルに感じていた。

(…冷たい?)

右手の感覚が、戻っている。そう感じた次の瞬間には、左手も。

足には力がうまく入らない。けれど、体を引きずって、岩の間から這い出る。

 

(ザックス…ザックス…どこ…?)

 

体が、動くのだ。この姿を、彼に見てもらわなくては。

「ザック…」

声が、出るのだ。彼に、言葉を伝えなくては。

伝えなくてはいけないことが、たくさんあるのだから。

 

『ごめんね』

『ありがとう』

『あいしてる』

 

 

 

 

 

ザーザーザー…

 

聞こえるのは、雨音だけ。人の声も、銃弾の音も、聞こえない。

やっとのことで、ぬかるむ土の上を這いずり回り、丘の頂上までやってくると。

崖の向こう側…遠くに、ミッドガルが見えた。

ずっと、目指していた約束の地。

ついに、ここまでやってきたのだ。二人の旅の終着点が目の前にある。

 

丘の上には、数え切れないほどの死体が転がっていた。

どんな戦場でだって、クラウドはこれほどの死を見てきたことはない。

だけど、不思議と、恐怖はなかった。

恐いのは、ひとつ。彼の死だけ――

 

「く、ら…?」

 

はっとして、その声のほうを振り返ると、崖際で倒れているザックス――

血にまみれて、到底「普通」の状態だとは思えない。

もう思考が、まわらなかった。

体が、震える。

震えるその体で、なんとか彼の方へと這っていく。

ただ、彼の傍にいたかった。片時も離れることなく。

 

 

未来永劫、片時も離れたくない。そう、強く想った。こんなときに、なぜ?

 

 

今ならば、言葉にできる。

伝えてもいいだろうか?

5年間――否、それよりもずっと前から、彼に抱いていた想いを。

叶わなくても、いいから。選ばれなくて、いいから。

 

 

―――あいしてる、

 

 

けれど、クラウドが言いかけた言葉は、ザックスの声によって遮られた。

「俺、の分まで」

「…?あんたの、分……?」

「そうだ。オマエが――」

「おまえが…?」

 

 

「生きる。」

 

 

ザックスの言葉に、迷いはない。

それは願望や祈りなどといった、不確かで曖昧なものではない。

まるで、未来を知っているかのような、そんな確信すら感じられる。

 

 

 

まるで、言霊。

 

 

 

「オマエが――俺の生きた証。」

ザックスは、強い瞳だった。強い、想い。

「俺の誇りや夢、全部やる。」

クラウドの心臓に、その言葉が突き刺さる。

 

 

 

「… 俺が おまえの 生きた証 」

クラウドがその言葉を声に出して反芻すると、その言葉は力を宿し、真実に成る。

彼の死が、形になる。彼が、死ぬ。

 

 

 

ソレハ、死ンデシマイソウナホドノ、痛ミデ突キササル言葉――

 

 

 

「―――――――――」

クラウドは、泣き叫ぶ。

もう言葉なんか出てこない。

言葉を出したって、彼には聞こえない。――もう、聞こえない。

二度と、ザックスには届かない。

 

 

 

 

 

 

『 俺 の 誇 り や 夢 、 全 部 や る 』

それは、愛する人に全てを貰い、そして全てを失った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

――なあ、ザックス。

その言葉どおり、アンタの全てを俺のものにして、生きていく。

誇りや夢、その記憶さえも。

 

「俺の分まで、オマエが生きる。」

 

それは、俺の人生を縛る呪いなのか。

俺の人生を愛でる祝福なのか。

 

 

 

 

 

 

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