*極僅かですが、性的な表現があります。
オマエが、俺の生きた証。
(キラキラ光る、宝物だった。)
「好きな子が、いるんだ。」
ずっとずっと、好きだった。――いつから惹かれたかなんて、覚えていない。
もうずっと前から、この子のことしか見えなかった。
「すっげー可愛いの。笑うと、白い花みたいでさぁ。」
最後に、そんな花のような笑顔を見たのは、いつだっただろう。
5年前の――彼の、誕生日だっただろうか。
チョコボのストラップを揺らす、はにかんだ笑顔が、まるで昨日のことのように忘れられない。
「そうそう、ユリ!白ユリってかんじ。抱き締めると、あの子ほんとにユリみたいな匂いするんだぜ。」
そう言いながら、そっとクラウドの細い肩を抱き寄せる。
5年前、良いトモダチとして接していた頃は…
こんな距離に、彼を抱き寄せるなんて、絶対に出来なかったことだ。
彼のふわふわな金の髪から、花のような甘い匂いが香る。
…二人、いろんな話をした。
正確には、ザックスが一人で話をしていた。クラウドは、もちろん何の反応もない。
全体重を預けるように、彼はザックスの腕の中に収まっている。
(…どうして、こんなに甘い匂いがするんだろう。)
この逃亡中、ずっと。
クラウドの体が汚れないように、と。いつも気を遣っていた。
敵兵の返り血、泥や埃、汚物で彼の綺麗な体を汚さないように――大事に、大事にしてきた。
だからといって、当然、石鹸などで清めることは叶わず、泉で洗ってあげることしかできない。
それなのに、クラウドを抱き寄せると、彼からはいつだってとてもいい香りがした。
彼独自の、甘い体臭なのだろうか。
それとも、自分の抱く彼への想いが、そう思わせるのだろうか?
――ずっと、ずっと前から。
この手で、抱き締めたいと思っていた。
折れそうな細い肩を引き寄せて、ふわふわな金の髪に顔を埋めて。
そして…伝えたかった。
『あいしてる』と。
5年前の、彼の誕生日に。
何が欲しいのかとクラウドに聞かれたとき、冗談まじりに答えた言葉。
本気だった。欲しいものなんて、彼と出会った頃から、たったひとつだけだ。
―――キラキラしてる可愛いもの。
そんなものは、この世界で、ひとつしかない。
一人しか、いない。
それを伝えることはできないまま、悲劇は起きて、クラウドの体は魔洸に犯された。
もう、笑ってはくれない。
言葉を、喋ってはくれない。
きっと、意識だってない。
二人でいるのに、なんて孤独な旅なんだろう。
(それでも…クラウドを、失いたくない。)
たとえば、もしもこの旅の先に、死が待っていたとしても。
一人で死ぬこと以上に、二人で死ぬこと以上に…独りで生きることが、恐かった。
恐かった―――気を抜けば、泣き叫んでしまいそうなほどに。
クラウドに、捨てられることが、恐い。
いつのこと、だっただろう。
旅の目的地もわからず、ただ追ってくる神羅兵から逃れてやってきた森深くで。
一面に広がる、ヒマワリ畑を見た。
それは、夜の闇にも解けてしまうことはない。
どこまでも続く光の絨毯が、まるで二人の「未来」を照らしているような気がして。
どうしようもなく――安堵した。
(クラウドは、やっぱり見えてないのかな…。オマエに、見せてやりたい。)
5年以上前、二人が笑って日々を過ごしていた頃。
クラウドは、黄色の花が好きだと言っていた。
元気いっぱいの黄色の夏の花――それは、「ある人」に似ているのだという。
好きな人かと聞くと、真っ赤な顔で否定するクラウド。
それは肯定を意味していて、心がひどく、ざわついたのを覚えている。
彼が想っているのは、いつか酒を飲んだ席で話してくれたことのある…故郷の幼馴染の少女なのだろう。
明朗快活な少女――ザックスも、その後、彼女に直接会うことになる。
ニブルヘイムのガイドの娘だった。
健康的で美しい体つき、そしてくったくない笑顔が似合う彼女は、まさに夏の花のイメージだ。
(ティファ…っていったかな。)
悲しいことだけれど、彼女も無事ではないだろう。
ザックスが最後に見た彼女は、セフィロスに切り付けられ、致命的な傷を負っていた。
クラウドの好きだという、夏の花――黄色のヒマワリ。
彼の愛するものならば、自分も愛でたいと思う。
どうにも名残惜しくて、そこで一晩だけ、過ごすことにした。
…今だけは、忘れていたかった。
犯してきた罪、先の見えない未来、襲いくる孤独――全部、全部忘れて。
今だけは、「彼」のことだけを考えて眠りたかった。
――その、夜のことだった。
クラウドを抱き寄せながら、背の高いヒマワリの群衆に寄りかかって、眠っていたとき。
腕の中で、クラウドが僅かにみじろぐのを感じる。
驚いて、彼を見やると。
あろうことか、ザックスの腰にかかっていたナイフを手に、それを彼の細い喉仏に向かって―――
「ふざけんな!!」
怒りと衝撃で我を失って、強い力でクラウドの手を叩く。
あまりに力が入ってしまって、怪我をさせてしまったかもしれない――
そう思ってみても、湧き上がってくる憎しみが、抑えきれなかった。
憎かった。
許せなかった。
自分を置いて、ひとり死のうとした、クラウドが――――――ではない。
その彼の苦しみに気付かなかった、馬鹿な自分が。
クラウドは、意識があったのだ。
ザックスを、見てくれていたのだ。ビーカーの中でも、逃亡中も……この5年間ずっと。
「クラウド!俺を見ろ!俺の言ってること、わかってるんだろ?!」
それなのに、彼の意志が、魔洸に奪われたと思い込んでいた。
「俺の気持ち、わかってるんだろ?!わかってるなら…!」
何ひとつ、わかっていなかったのは、自分の方だ。
体を動かせないクラウドが、どれだけ歯がゆかったか。
言葉を喋れないクラウドが、どれだけ悔しかったか。
…いつ捨てられるかと、不安を抱いたことか。
クラウドの恐怖に気付かず、自分だけが孤独に怯えていた。
独りぼっちなのだと、思っていた。
「…なあ、頼むから…」
自分は、独りではない。少なくとも、クラウドの命がある限り。
「俺を、独りにしないで…!」
この子さえいてくれれば、何もいらない――世界を敵に回したって、生きていけるから。
それは、縋るような愛の告白。
クラウドを壊れそうなほど、抱き締める。
こんなソルジャーの馬鹿力で抱き締めたら、きっとクラウドは、痛いに決まっている。
だけど、離せない。
離すなんて、絶対にできなかった。
「う…あ…」
クラウドの腕が、わずかに動く。
少しだけ、ザックスの背に回された気がした。…それは、すぐに地面へと落ちたが。
「あ…う…」
微かに動く唇。漏れる言葉。
そこに感情はない、呻き声、だと思っていた―――前までは。
だけど、もしも、何かクラウドが自分に伝えたいのだとしたら?
それは、自分の都合のいい解釈だと思う。
そう、思いたいだけだ。そう思わなくては、生きていけないだけ。わかっている。
だけど、ザックスには。
クラウドの唇が「5文字の言葉」を紡いだような気がしたのだ。
あ い し て る
そう感じた瞬間、溢れ出る想いが抑え切れなくて――彼を、再び全身の力でかき抱いた。
そして、ヒマワリ畑の中。
二人きりの世界、誰も知らない、誰もいないあの場所で。
――――――――――クラウドを、奪った。
彼は、最初から最後までずっと、泣いていた。
…たぶん、自分も。
「ごめん、ごめん、ごめん…!」
何度も、何度も謝りながら、彼の中に割り入った。
絶対に傷なんかつけないよう、優しく、優しく――宝物に触れるように。
それは、比喩なんかではない。
ザックスにとっては、彼こそがこのうえない宝物であって。
指先でそっと触れることさえ、恐いと思うほどだった。
――だけど、これは。
合意の上での行為じゃない。
クラウドの大きな瞳は、涙で溢れて、彼を揺するたびにはらはらと零れ落ちていく。
体の自由が利かない、抵抗ひとつできないクラウドに、こんなことをするなんて。
最低なことだ。最低な、トモダチだ。…最低な、男だ。
それでも、湧き上がる想いが止まらない。我慢なんて、できなかった。
知りたかった。
知ってほしかった。
独りではないこと。
今、自分たちの「生」も「死」も、一人のものではないのだということ。
彼の全ては自分のもので、自分の全ては彼のもの――
どうしようもなく、「愛している」ということを。
一度だけ、だ。
クラウドを抱いたのは、あの夜の一度きり。
およそ1年、ほとんど片時も離れることなく一緒にいて、情欲が湧かなかったといえば嘘になる。
あの夜。ヒマワリ畑で、彼を自分だけのものにしたとき――
熱情と愛情で、頭がおかしくなりそうだった。
クラウドが流す涙ひとつさえ、自分のものにしたくて…零れる雫を、何度も何度も舐めとった。
クラウドが、欲しい。
クラウドの未来が、欲しい。
他の誰でもない、自分の手で彼を幸せにできたなら――
クラウドの気持ちは、なにひとつ聞いていないのに。
きっともう、彼を手放せないでいる自分。
クラウドと二人きりのこの世界、
それが、永遠に続けばいいのに、と。…思ってはいけないことを思うほどに。
だけど、これからどこに向かえばいいのか。
クラウドの魔洸中毒を、何としてでも治してやりたい。
彼を、柔らかいベッドで寝かせてやりたい。
彼に、充分な食べ物を食べさせてやりたい。
それには、まずは安全な場所で――
ピリリリリリリ!
その携帯電話が鳴ったのは、突然だった。
クラウドを抱えて、北よりの山麓地帯にさしかかった頃のこと。
季節は夏――
これからますます暑くなるだろうことを計算して、涼しく高度の高い土地に向かっていた。
研究室から持ち出した、ザックス自身の携帯電話。
何の気なしに電源を入れた瞬間、まるで待っていたかのようにコールが鳴る。
それは、あまりに衝撃的だった。5年以上前の携帯が、今、使えるわけがないのだから。
「……もしもし、」
警戒しながら、通話ボタンを押す。
もしかしたら、神羅の連中かもしれない。
だけど、電話の向こうから聞こえてきた声は、
『ザック、ス…?』
聞き間違えるわけがない。
ずっと、ずっと聞きたかった愛しい人の声。
でも――そんなわけがない。
だって、彼は今、他でもない自分の腕の中にいるのだから。
彼は力なく、ザックスに体重を預けている。
魔洸中毒は日に日に悪化して、物を飲み込むことさえ、最近はままならないほどだ。
喋ることなど、当然ながらできるわけがない。
「うそだ…オマエなわけ、ない。だって…」
(偽者かもしれない。)
神羅の策略かもしれない。擬似音声を作ることなんて、きっと容易なはずだ。
『俺、だよ…本当に、ザックス、なの…?』
怯えるような相手の声。
ザックスの、低く疑心をはらんだ声に、不安を感じているのだろうか。
「ほんとに…?ほんとに、オマエなのか…?」
少し声のトーンを柔らかくして、そう返す。
クラウドのわけがない。わかっている。
だけど、電話の向こうの相手に、気を遣ってしまうのは一体どうしてか。
「…騙されて、ないよな?」
おかしいぐらい、自分の声色が優しくなっていくのを感じる。
長い間、ろくなものを食べていなかったから、ついに頭がおかしくなったのかもしれない。
クラウドの声が聞きたくて、聞きたくて、聞きたくて。
こんな非現実な夢を見ているのか。
『ザックス、俺、10年ぶりに携帯が見つかって。
それで俺、ザックスに電話かけて。でもザックスは――…!』
(ああ、この泣きそうな声――)
それは、あまりに自分のよく知るクラウドの声。
いつも強がって意地っ張りだけれど、本当は、寂しがりで泣き虫な…彼、そのものだ。
夢でもいい。
別人でもいい。
もう少しだけ、騙していてほしい。
だって、ずっと。ずっとずっと―――
「ずっと…声が、聞きたかった……」
(―――――神様、)
涙が、出た。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。
生まれて初めて、『神様』に感謝した。
「クラウド。夢でもいい…偽者でも、いいから。もう少しだけ、声を聞かせてくれ…」
馬鹿なことを言っている。だけど、本音だった。彼にならば、騙されてもいいと。
きっと、今の自分は、普通の判断ができていない。
電話ごしに返ってきた言葉に、ザックスはさらに混乱することになる。
『……ザックス、信じられないかもしれないけど、』
それは、ザックスの想像をはるかに超える言葉だった。
『―――俺は、未来にいる。夢でも、嘘でもない。だから、』
(未来?)
意味がわからない。
だけど、彼の言葉はあまりに真剣で、それは恐いぐらいに真っ直ぐで。
心に、何の抵抗もなく入っていく。
『今から話すこと、よく聞いて―――』
電話の向こうの「クラウド」は、どうして、そんなに悲しい声で話すのだろう。
まるで、今にも泣いてしまいそうな。
先ほど岩によりかけてやった「本物のクラウド」の方を見やると。
彼は、同じぐらい悲しそうな顔をしている。
涙は出ていないけれど、まるで、泣き顔。
(俺を、許せない…?クラウド、)
あの日、一度抱いたあの夜から――クラウドの表情が、いつも泣き顔に見える。
それは事実なのか、それともザックスの持つ彼への自責の想いが、そう見せているのか。
(電話の相手は…)
なんの根拠もない、だけど。
(クラウド、だ。)
…直感で、そう思った。
――なあ、クラウド。
あの、ヒマワリ畑の夜のこと。
許してくれなくて、いいよ。
本当は。
いっそこのまま壊してしまえたら
未来永劫自分のものになるのかと。
…そう、思ってはいけないことを、思ったから。
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