※神羅時代、恋人未満なザックラ。出会った初期の話。
花火を見上げて、たくさんの話をしたけど。
好きだってことだけは、言えなかった。
打ち上げ恋花火。
ヒュルルル…ドーン!
「クラウド!やっと見つけた!」
後ろから、肩をつかまれる。自分より少し熱い体温を持つ、その手。
「…ザックス。」
この友人に誘われてきた、夏祭り。
花火を見たのは、生まれて始めてだった。
爆音とともに打ちあがる、壮大な光の芸術に、クラウドが思わず魅入ってしまっていたら。
――彼と、はぐれてしまったのだ。
「ほら。離れるなよ。」
差し伸ばされるその彼の手を、クラウドは意味がわからず、ただ凝視する。
「え?」
「手!掴んでないと、またはぐれるだろ。」
ザックスは、何でもないことのように言うけれど。
男友達と仲良く手を繋ぐのって、おかしいのではないだろうか。
ただでさえ、この人込み。兵士の知り合いだって、たくさんいる。
実際、ザックスとはぐれていた時だって、幾人もの知人とすれ違った。
入隊して3ヶ月たっても、ろくに話したこともない同僚たちではあるが。
「…いらない、男同士で気持ち悪いだろ。」
子ども扱いされているような気がして、少し面白くなかったのと。
そして何より…周りの反応が気になってしまって。
冷たい言葉を、吐いてしまった。
ザックスは、さして気にする風でもなく、「まあ、そうかもな。」と頭をかいて笑う。
別に、クラウドは。本気でそう思っているわけではない。
もっとしつこく、手を出せと彼が言ってくれれば…自分だって、差し出すのに。
嫌々、仕方なくというスタイルを装って。
そう考えてしまう自分のしたたかさに、嫌気がさす。
はぐれそうで不安なのは、クラウドの方なのだ。
ザックスが、ソルジャー仲間やガールフレンドに声をかけられるたびに、胸がざわつく。
このまま、「じゃあな」と言われてしまいそうで。
この人込みの中、ひとり取り残されてしまいそうで。
(ほら、今だって。)
「ザックスじゃない!こんなところで会うなんて嬉しい!」
「私達と一緒に回ろうよ!」
たしかあの子たちは、ザックスのファンクラブの女の子だっただろうか。
自分と違って、交友関係の広いザックスは、ひっきりなしに声をかけられる。
可愛い、浴衣姿の女の子たち。
「ごめんな〜。今、こいつと回ってるからさ。」
女の子達が一斉に、ザックスの後ろにいるクラウドへと視線を向ける。
「…まさか、ザックスの彼女?」
彼女たちの視線が、まるで自分を責めるようで、心苦しい。
明らかに、性別を誤解されているようだ。そして、ザックスとの関係も。
この子達は、きっとザックスの「特別」になりたいのだろう。
「彼女じゃない。でも、可愛いだろ?」
そう、ザックスが悪戯っぽく笑って言う。
男なのに可愛い≠ニいう表現をされて、腹がたつ。だけどそれ以上に――胸が、痛んだ。
ザックスは、クラウドを男だと言わない。
…それはやっぱり、恥ずかしいから?
男と並んで歩くことが。
いや、男とも思えない外見の自分と、並んで歩くことが――だろうか。
どちらにせよ、自分が彼の隣にふさわしくないことは、悲しいが誰よりも理解している。
ザックスだって。浴衣姿の華やかな女の子達と歩く方が、きっと楽しいはずだ。
どういう気まぐれで、いつも自分を誘ってくれるのかわからないけれど。
「あやしい!本当はどういう関係なのよ。」
「ちょっとザックス!私と次、付き合ってくれるって言ったじゃない!」
ザックスは、ごめんごめんと可愛く謝りながら、抱きつかんばかりのその子たちを適当にあしらっている。
一方クラウドは、その輪に入っていけるわけもなく、
むしろ敵視するような女の子たちの眼差しに萎縮してしまう。
そのとき、後ろから大きな人の流れがきて。
「ザ…!」
あっというまに、彼とはぐれてしまった。
少し離れたところに、周囲の人より頭ひとつぶん高い位置にある、彼の黒い頭が見えたけれど。
クラウドにはもう、人の流れに逆らう気力もなくて。
そのまま、どんどん二人の距離は離れていった。
もう、彼の姿は見えない。
周りのざわめきも、花火の爆音も、全てが煩わしい。
楽しそうにあがる人々の歓声に、より強く孤独を感じて――
(こんな簡単に、はぐれちゃうんだ。)
クラウドが頑張って、彼の歩幅に合わせていなければ。
クラウドが必死に、彼の姿を見失わないようにしなければ。
…この想いは、どこまでも一方通行で。
「なあ!」
強い力で、肩を掴まれ――期待して振り返った顔は、すぐに諦めに変わった。
もしやと期待した相手ではなく、そこにいたのは見知らぬ数人の男。
「ひゅー!すげえビンゴ!見ろよこの子!」
「マジ可愛いな!ね、キミ一人?」
「俺らとあっちの川原でさ、酒飲もうよ。」
――いわゆる、ナンパというやつだ。
「人と来てるから。」
そう短く返して、そっぽを向く。ナンパなんて、ミッドガルにきて3ヶ月、嫌というほど経験していた。
女と誤解されたことに、怒る気力も今はない。
「それって彼氏?」
そんなんじゃ、ない。
ザックスは、友達だ。なんでか自分のような何も持たないやつを構ってくれる、トモダチだ。
きっと気まぐれで構ってくれているのだから、気まぐれで捨てられたって。
あの子たちと行ってしまったって…それは、仕方がないことなのだ。
「彼氏なわけ、ない。」
「―――今はまだ、ね。」
そうすぐ後ろで、低い声がして。
振り返るより先に、後ろから体を抱き寄せられた。
「ざっく、す…?」
彼を見上げると、仄暗い夜の闇に、青い瞳が浮かぶ。
男達は、その瞳の色にザックスの生業を理解したのだろう、逃げるように去っていった。
ソルジャー相手だ、当然といったら当然だ。
「こら!オマエはすぐ迷子になるんだから!」
「離してよ…暑い。」
夏の夜だから、じゃない。
人込みの熱で、じゃない。
こんなに体が熱いのは、なんでだろう。
――ザックスに抱き寄せられている背中が、まるで焼けるように熱い。
「離したら…オマエすぐ、他のヤツにさらわれちまうだろ?」
それは、こっちのセリフではないのか。
たくさんの人に囲まれるザックスを、いつもどんな気持ちで見ているか。
どれだけ、振り向いてほしくて、構って欲しくて。
この汚いらしいどろどろした感情――おそらくは嫉妬≠ニ呼ぶそれを、
目の前のトモダチは少しも理解していないのだろう。
「オマエを女の子みたいな言い方したこと、怒ってんの?」
「別に。こんな顔してる、俺が悪いんだし。」
「俺、必死なんだよ。男だって言ったらさ。あの子たち…お前のこと好きになっちまいそうで。」
…そんなこと、あるわけないのに。意味がわからない。
「ザックスの彼女、とったりしないよ。」
「そういう、意味じゃない。」
くすりと、ザックスが笑う。
その熱い吐息が、クラウドの耳もとにかかって。体が、少し震える。
ザックスが腕を浮かすと、クラウドの体が解放される。
それに、言いようのない寂しさを感じていた。
もっと強引に、抱き寄せてくれればいいのに…なんて。
相変わらずそう思う自分は、なんて無力で、他力本願なのか。
たった一つの言葉さえいわずに、少しの努力もせずに。ただ、欲しいと願うなんて。
そのとき。手が、触れた。
「嫌だって言っても、今度は離さないから。」
花火がクライマックスになって、爆音が鳴り響く。
聞き取れるように会話を交わすその距離は、いつもよりかなり近い。
そして、当然のように――指をからませて握られたその手。
熱いのは、どちらの体温なのだろう?
花火が終わる。
この時間も、終わる。ずっと、手を繋いでいられるわけではない。
人々は帰路につき、出店の明かりもぽつぽつと消えていく。
川原から漂う火薬の匂いだけを残して。
躊躇いがちに、ザックスの手の力が少し抜けるのが、わかった。
手が、離される――
そして、夏も終わるのだろうか。
暑いのは嫌いで。夏は苦手で。
それなのに、この手の熱だけは愛しい、なんて。
――離したく、ない。
本当は伝えたいことがあるはずなのに、やっぱり言葉にはできなくて。
ただ、ザックスの少し震える手を、勇気を出して握り返してみた。
それが、今の自分にできる精一杯だったけれど――
彼が、泣きそうな顔で笑った。
まるで、この夏一番の、大きな打ち上げ花火のように。
キミが笑ってくれるなら、この夏はきっと終わらない。
光を四散させて、弾けて煌めいた
――恋という名の打ち上げ花火。
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