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それは手にいれた瞬間、あっというまに溶けて消えた。

夏に降る、奇跡の雪のように。

                                                                           (side Cloud)

 

季節は夏。

太陽の日差しが照りつける。

ミッドガルの上層部は、地面が土ではなく鉄製であるため、ヒートアイランド化する。

かといって下層部も、鉄製の天井のせいで風通しが悪く、ここミッドガルは毎年厳しい猛暑である。

 

雪国出身のクラウドは、暑さに弱い。

だがそんなクラウドが今年の夏を、それほど憂鬱と感じないのは――

ザックスが、夏が楽しみだというから。

 

「なあ、クラ!8月は二人で連休合わせてさ、遊び倒そうぜ!」

部屋で明日の講義の予習をしていると、ザックスが後ろで騒ぐ。

「…いいけど。」

友人もガールフレンドも多いザックスが。

何で夏の連休まで付き合ってくれるのか、という疑問はある。

だけど聞き返してせっかくの誘いが無くなってしまうのが嫌で、やめた。

 

「オマエ、海行ったことないって言ってたよな?コスタの海、すげえんだよ!オマエの瞳の色みたいに

透き通った水色でさ。」

「コスタって高級リゾート地じゃんか。そんなお金ないよ。ただでさえ半年間減給なんだから。」

減給、という言葉にザックスは少し反応したが、そのまま笑顔で続ける。

「そんなの、全部お兄さんが出してやるから!!まっかせなさい。」

「そういうわけには行かない。」

ノートをとっていた手をとめ、ザックスの方を振り返る。

「なんで??俺結構金持ちだよ〜?」

いくらソルジャーが高給取りと言っても、ご飯を奢ってもらうのとはわけが違うと思う。

ただでさえ、買い物も食事も、ほぼ全額と言っていいほど、ザックスが払ってくれている。

これ以上、負担になりたくない。

 

「対等で、いたいんだ。…図々しいかもしれないけど。…トモダチ、だから…」

最後は消え入りそうな声になってしまった。

ザックスはその言葉に眼を見開き、沈黙する。

クラウドは重いことを言ってしまったかと後悔した。

 

「トモダチ、だから――」

ザックスの言葉に、クラウドは顔をあげる。

「大事にしたい。それって、駄目か?」

 

気付けば、ザックスの顔がかなり近くにある。

吐息がかりそうなほどの至近距離。

これは、本当にトモダチの距離なのだろうか。

ザックスの青く揺れる瞳に、クラウドは自身が映っているのを見た。

 

ガタン!

 

次の瞬間、クラウドは勢いよく立ち上がった。

ザックスの胸を押し返して。

「……あ、わりい…」

ザックスはクラウドの態度を拒絶ととったのか、気まずそうに頭をかく。

「なんか、恐がらせちゃったよな。ほんと、ごめん。」

 

そうじゃない、とクラウドは言いたかった。

ただ、相応しくないと思ったのだ。

彼の綺麗な瞳に、自分の醜い顔が映っているのが。

でも、それを何と説明したらよいかわからず、ただ顔を青くするだけだった。

「旅行のこと、考えといて。」

そういってザックスは、くしゃりとクラウドの髪をかき混ぜる。

その彼の手に少し前までは満たされていたのに――今は、渇きを覚えた。

 

 

 

 

ある日クラウドが内勤の後、本社のエントランスを出ると、ザックスが駆け寄ってきた。

そしてこのまま飲みに行かないかと誘われ、二人で店に向かう。

「今日、ダチ呼んでんだ。」

店に入ったときに言われたザックスの言葉に、心臓が震えた。

もしかして、と思った。

店の奥のボックス席にいた数人のソルジャーを見て、この場に来たことを後悔した。

その中の一人、短髪のソルジャー3rdは、以前クラウドが寝た男だったから。

 

「こいつ、同室のクラウド!すげえいいやつなんだ。よろしくな。」

ザックスはクラウドを自慢げに紹介する。

一瞬、罠かと危惧もしたが、ザックスはただ何も知らないのだと思う。

ただ、交友関係の狭いクラウドに気を遣って連れてきてくれただけで。

 

短髪のソルジャーは、クラウドが現れたのを見て驚いたようだったが、すぐにニヤリと笑った。

「よう、久しぶりじゃん。クラウド。」

「……どうも。」

クラウドは努めて冷静に返す。

「なんだ?フリード、オマエら知り合いか?」

ザックスは無邪気に聞く。

知り合いもなにも、フリードは一番最初のルームメイトで、クラウドに「トモダチだ」と言ってくれた男だ。

当時はまだ彼も一般兵だったが、成績優秀でクラウドも憧れていた。

そしてその思いを綺麗に裏切るように。

仲間とともにクラウドを犯し、奈落の底に突き落としてくれた。

 

「知り合いもなにも…なあ、クラウド。俺たち、一年前は親友だったよなあ?」

どの口が言うのか、とクラウドは思う。

「…親友?」

ザックスの顔が少し曇る。

クラウドは何と答えたらよいのか。

こんなやつと親友じゃないと言えば、何かあったのかとザックスに聞かれるだろう。

だからと言って親友ですなんて、嘘でも言いたくない。

吐き気がする。

 

「それはオマエの片思いだろ。」

後ろから声が聞こえたかと思うと、クラウドはある人物に肩を組まれた。

それが誰か気付いて、クラウドは安堵する。

カンセルだった。

「俺だってクラウドの親友になりたいって。」

カンセルが言うと、周りにいたソルジャー達が、いっせいに騒ぎ出す。

「俺も、俺も!」

「すげえ、本物だよ!」

「ザックスが言ってた同室のダチって、クラウドだったのか!」

「うお〜眼福だ!」

「オマエのこと、ザックスはいつも褒めちぎってんぞ?いい加減うざくないか?」

彼らの勢いに、クラウドは唖然としてしまう。

カンセルの睨みが利いたのか、フリードは小さく舌打ちして、クラウドと離れた席に座った。

カンセルは平凡で優しい顔つきをしているが、普段柔和なその表情が凄むと、何とも迫力がある。

 

 

 

クラウドはザックスとカンセルの間に座って、ソルジャー達と酒を飲んだ。

フリードを除けば、ソルジャー達はみんな気の良い人達だった。

クラウドを可愛い可愛いと連呼はするが、性的なからかいの意図はない。

普段ザックスとするようなくだらない話をして、たくさん笑った。

 

「オマエって、笑うとすげえいいのな。」

そう言われ、照れて顔が赤くなると周りのテンションが一気にあがる。

「激かわゆす!!」

「誰だよ、鉄面皮なんて言ったの!」

「おい、ザックス!アイドルには保護協定があるんだ。変な気おこすんじゃねーぞ!」

 

ザックスはクラウドにうまく話をふり、答えに詰まる様な質問には代わりに答える。

クラウドの良いところ、可愛いところを得意のトークで面白おかしく話す。

こんな大勢に可愛いと言われてもクラウドは反応に困るし、理解も出来なかったけど、こうして人の輪の中に

いられる自分が不思議だと感じる。

孤独から逃げるように村を出て。

ずっと欲しかった、ものだから。

それをいつも惜しみなくくれるザックスが、愛しいと思う。

 

 

 

クラウドがトイレに立つと、カンセルが後からついてきた。

「フリード、もうすぐ帰らせるから。嫌な思いさせて悪いな。」

「…やっぱり、知ってて、庇ってくれたんですね。」

きっとカンセルは、自分がフリードと同室で暴行を受けたことを知っていて。

「ああ、フリードのやつ、1年前に同室のやつとやりあって全治2週間のケガしたって言ってたからな。

相手はオマエだろうと思ってた。」

「あんなヤツでも、ザックスの友達なんですね。」

「……ザックスは、さ。」

カンセルは肩をすぼめて言う。

「人の汚いとことか、嘘とか。そういうのに鈍いんだよ。それが、見てて危なっかしいけど、

アイツのいいとこでもあるよな。」

カンセルの言う通り、ザックスは人の良いところには敏感なくせに、汚い部分には気づかない。今だって。

クラウドはそこがたまらなく好きだけれど――

「そうですね。だから俺なんかに、騙されてる。」

クラウドが言うと、カンセルはそんなこと言うな、と髪を撫でてくれた。

 

「なにやってんの?」

急にザックスの声が聞こえて、とっさにカンセルから体を離した。

「友情を、深めてました。」

カンセルが軽く言って、席に戻っていく。

(今の話、どこから聞かれてた?)

クラウドが焦ってザックスの様子を伺うが、彼はいつも通りに笑う。

「遅いからさ、カンセルに口説かれてんのかと思って。迎えにきた。」

その笑顔に安堵する。

「大袈裟だな。」

「だってクラさ〜、なんかカンセルと仲良すぎない?」

ドキリとした。

確かに、クラウドはカンセルに大きな信頼を寄せている。

それは以前、ビデオの件で泣いたことがあったからだ。

それを隠したくて、とっさに嘘を言ってしまう。

「そんなこと、ないよ。今日初めて会ったのに。」

 

ザックスから――笑顔が消えた。

それを見て、背中に冷たい汗が流れるのをクラウドは感じた。

「ザ、ク…?」

「あのさ、クラウド。」

いつもより少し強い口調に、体が強張る。

彼が、自分を『クラ』ではなく『クラウド』と呼ぶのは、ふざけていないときだ。

 

「もう――嘘はいらない。」

その言葉で、世界は壊れ始めた。

 

 

 

クラウドが放心しながら席に戻る途中、フリードと鉢合わせた。

男はどうやらカンセルに突っつかれたようで、店を出るところだった。

「また連絡するよ、クラウド。」

嫌な笑みを浮かべてクラウドに言う。

ふざけんな、と言いたかったが、すぐ後ろにはザックスが立っている。

何も言えずにいると。

「連絡なんかしてくんな。」

そう背後でザックスが言った。

フリードは青ざめて逃げるように店を出て行く。

だが焦ったのは、誰よりもクラウドだ。

それがあまりに、冷たい声だったから。

 

「……ざく、」

「オマエの親友は、俺だろ?」

「え……。親友……?……うん。」

唐突な質問だったが、その答えは決まっている。

彼にとってそうでなくとも、クラウドにとってはザックスしかいないのだから。

 

「騙されてなんか、ないよな?」

 

その一言に、クラウドは理解した。

カンセルとトイレで話していた内容を、彼に聞かれていたのだと。

クラウドはイエスと言えない。

だって彼を騙しているのだから。

騙していないというのは、また嘘を重ねることだ。

 

 

クラウドはただ、立ちすくんでいた。

ザックスがクラウドの答えに諦めて、店を出ていくまでずっと。

             

 

 

――なあ、ザックス。

嘘なんかいらないとアンタに言われたとき。

全てが終わる予感がしたよ。

だって俺から嘘をとったら、何も残らなかったから。

 

そんなどうしようもない俺を、どうか早く見捨ててほしい。

 

 

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C-brandMOCOCO (2008.11.8

 

 

 

 


 

 

 

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