C-brand

 

 


 

 

 



 

 

 

欲しいものが、あった。

幼い頃から、思い描いていたモノ。

                                                               (side Cloud)

 

 

太陽の下。白い砂浜に、青い空。無限大に広がる海。

二人は、コスタデソルの海にきていた。

 

クラウドにとっては初めての海。

南国の暑さは厳しいが、この海の青さに感動しないはずがない。

だが単純に喜べないのは―

ザックスとの間に生まれた、わずかな『溝』だった。

 

 

 

 

結局あの飲み会の後、二人はしばらく口を利かなかった。

別に、お互い無視をしていたわけではない。

ただザックスの顔を見れず、クラウドが寝室に閉じこもることが多くなっただけ。

顔を合わせず数日がたつと、耐え切れないようにザックスがクラウドの寝室を訪ねた。

 

「クラウド、夏の予定!」

まるで何もなかったかのように、ザックスがずかずかと寝室に入ってくる。

「コスタ、神羅の金で安く行けるんだよ。」

そう言って、クラウドのベッドの上にパンフを広げる。

クラウドがどう反応したらよいか困っていると、ザックスが頭をくしゃりと撫でてきた。

その懐かしさに、クラウドの涙がにじむ。

それを見てザックスは目を細める。

 

「行ってくれるだろ?一緒に。」

「でも、俺……。」

ザックスに言ってないことが、たくさんある。

うつむくクラウドに、ザックスは言う。

「初心に、戻ることにしたんだ。」

「え…?」

 

「オマエがそばにいてくれるなら、それでいい。」

そして自分自身に言うように、もう一度言った。

「たとえ騙されてたって、いい。」

 

結局ザックスは、いつも優しい。

その彼に卑怯にも、嘘をつき続ける自分は。

 

 

 

 

クラウドはザックスと砂浜を歩く。

ザックスが自分の手をひいてくれないだろうかと考えて、慌てて否定する。

それは、トモダチの距離ではないはずだ。

 

コテージについて、荷物を広げる。

神羅専用のリゾート施設のようで、コテージを丸ごと貸し切りだった。

「こんな別荘、欲しいよな〜」

ザックスが鼻歌まじりに言う。

「ソルジャーの給料なら、買えるかもよ。」

たぶん10年ぐらいかければ、と荷物をほどきながら返す。

「それ、いいな!」

「は?」

「頑張って金ためてさ〜いつかここに別荘買うの。んで、老後は二人でここに移る。」

「奥さんと?」

荷物の奥から水着を引っ張り出しながら適当に聞いた。

 

「オマエと。」

その言葉に、クラウドはドキリとして手を止めた。

(……笑うとこなのか?)

ザックスの方を見ると、彼は窓から海を眺めていて、表情は見えなかった。

 

 

 

ある程度荷物を整理して、二人はビーチに出た。

ザックスは、日に焼けた肌に黒の海パンがよく似合っていた。

きれいに割れた腹筋が、日に照らされて男の色香を漂わす。

ビーチにいた女の子達が、いっせいに彼に注目するのを、クラウドは感じた。

 

……それなのに。

ザックスは、子供が使うようなイルカ型の大きな浮き輪を、一心不乱に膨らましている。

その必死な顔がおかしくて、クラウドは笑う。

「オマエ、何笑ってんだよ!」

「だって変な顔。」

「ひどいぞクラ!!俺はイルカに命を吹き込んでるんだぞ!?」

クラウドが噴出す。

「じゃ交代。貸して。」

クラウドがザックスのイルカを奪って、空気を吹き込む。

「クラ、それ。」

「……なに?」

ぷは、とクラウドが息をして顔を上げると、ザックスが顔を赤くしていた。

「間接、キスだな。」

「あほか!!」

そういってザックスを蹴り飛ばす。

ザックスといつもの調子に戻れてよかったと、クラウドは安堵していた。

 

 

 

「ちょっと待て、クラ!!」

いきなりのザックスの叫びに、驚いた。

クラウドが着ていたパーカーを脱いで海パンいっちょうになった瞬間、ザックスが慌てたのだ。

クラウドは、蒼白した。

まさか、男に犯された痕でも残っていたのだろうか、と。

最近暴行に合うこともなかったから、つい気にしなかった。

 

だがクラウドの心配をよそに、ザックスは顔を真っ赤にさせて地面に伏している。

まるで土下座のポーズだ。

「ザックス……?どうしたの。」

「おまえ、それ、犯罪だろ。」

「は?何がだよ。」

ザックスはクラウドを直視できないと言いながら、パーカーを無理やり着せる。

「何これ?暑いって。」

「頼むからきてろ!!世の中の男のために。」

その言葉に、なんだかマイナスの意味を感じてしまう。

男のくせにみっともないペラペラの体だからか?などとネガティブな発想まで。

「見るに耐えないほど、ひどいのか……」

小さい声で呟く声がザックスに聞こえたらしく、

「んなわけねーだろ!だから、ただ、なんだ。日に焼けないようにだよ。」

ザックスがあまりに必死だったので、しぶしぶ言うことを聞いた。

 

 

 

二人は、子供のように夢中で遊んだ。

イルカの浮き輪に乗って、砂浜で城を作って(ザックスが本格的な要塞まで作りだした)、

屋台で焼きそばやカキ氷を食べて。

眩しかった。

コスタの海が、真夏の太陽が、笑うザックスが。

 

日がくれて、砂浜を二人で歩く。

昼間のバカ騒ぎが嘘みたいに、辺りは静寂だ。

夕日で赤く染まる海を眺めながら、なぜか切なくなった。

『――老後は二人で』

昼間の、ザックスの言葉が心の中で振動する。

きっと、ザックスが言ってくれたような未来はない。

1年後の夏すら、きっと一緒にはいられない。

 

だけど。

 

(本当は、ずっと――)

クラウドが、ザックスの背中に手を伸ばす。

ザックスのシャツに触れそうになったとき。

「ねえお兄さんたち」

急に横から声をかけられた。

とても綺麗な、二人の女の人だった。

 

「そこの可愛い子も、男の子なんでしょ?よければ私たちと食事に行かない?」

これはいわゆる、逆ナンというやつなのか。

普段、クラウドは男にナンパされることは多々あれど、女性からというのは初めてだった。

今は下半身は海パンだし、パーカーの前が少しはだけていたから、男だとわかったのか。

ザックスは女性に声をかけられることなど慣れているようで、少しも動じていない。

 

「どうする?」

ザックスが聞いてきた。

女の人たちは少しザックスよりも年上のようで、モデルのような美人だ。

しかも一人はザックスが好きだと言っていた、綺麗なブロンドヘアだ。

女性は上半身がビキニのままなので、クラウドとしては目のやり場に困る、というか落ち着かないのだが。

男二人でいるよりも、ザックスは女性がいた方が嬉しいだろう。

美人で、ブロンドで、ビキニ。――ザックスが喜ぶと思ったから。

「うん。別に、いいよ。」

クラウドが小さく頷く。

 

するとザックスが、大きくため息をつく。

クラウドは彼を怒らせてしまったのかと、心配になった。

…そういう気分じゃなかったのだろうか。

「やっぱり、相手に答えを任せるなんて、男らしくないな。」

ザックスがそう言って、クラウドの手をとる。

そして力強く握られた。

 

「悪いけど。今日この子の誕生日だから。二人でいたい。」

クラウドは、そのとき初めて知る。

自分の15歳の誕生日を。

 

 

 

 

「忘れてた?自分の誕生日。」

コテージに戻り、テラスでザックスがシャンパンをあけてくれる。

「…うん、すっかり。」

あの後、ザックスにずっと手をひかれて帰ってきたのだ。

なんだか恥ずかしくて、ザックスの顔が見れなかった。

沈黙が続く。

シャンパンの泡の音と、波の音だけが、静かに響いていた。

 

「俺、すっげ〜わがまま!」

ザックスが突然喋りだし、顔を上げると、青い真摯な眼差しが暗闇で揺れた。

「こんな、南の島までさ、オマエを連れてきて。」

「うん。」

「オマエの誕生日を、祝いたかったんだ。」

夜の海風が優しくクラウドの頬をなでる。

「俺だけで。」

そう言うザックスの腕が、優しくクラウドの腰を引き寄せる。

 

「オマエの誕生日を、誰にも渡したくないなんて。どんだけ独占欲強いんだろうな?」

テラスは暗く、ザックスの表情はあまり見えない。彼は続ける。

「さっきの女の子達もだけど。カンセルにも、フリードにもさ…誰にも、渡せない。」

腰にまわされた手が、まるでそこだけ熱を持ったように熱い。

苦しくて、死にそうだと思った。

 

「なんで、そんなこと言うの…。トモダチじゃ、変だろ。」

「変かな?」

「わかんないけど…」

「変かも、しんないけど。俺は」

 

シャンパンの音も、波の音も止まった気がした――

「この世で一番、オマエが大事だよ。」

 

嬉しくて、死にそうだと思った。

泣くのをただただ必死でこらえて、クラウドは笑った。

変な顔してるに違いないと思っていたのに、ザックスはなぜか『その顔が見たかった』と言った。

 

 

 

そして、寝る前にザックスから――銀のピアスを贈られた。

ピアスホールは無かったが、迷いなくザックスに穴を開けて、と言った。

「ちょっともったいないな…」

クラウドの耳を冷やしながら、ザックスは言う。

「何が。」

「ん、綺麗な体に傷つけんのが、さ。」

(傷なんか、もうついてるよ。)

でもザックスはそれを知らないから。知らないでいてほしいから。

 

「恐い?」

黙っていると、ザックスが耳たぶに針をあてて聞く。

「全然。ザックスだもん。」

え、と驚いた顔をザックスがしたから、クラウドは付け足す。

「ザックス、器用そうだから。」

本当は、違う。ザックスになら、刺されたって抉られたって構わないのだと。

倒錯的な友情に、自分自身戸惑っていた。

南国の熱帯夜のせいで、少しのぼせているのだろうか。

 

 

 

わずかな痛みと異常な熱を伴ってはめられたピアスは、狼をモチーフにしたもので。

それはクラウドにとって、トクベツな意味を持つものだ。

ニブルヘイムにおいて、白い狼は『高貴な魂』の象徴とされている。

それをザックスは知っていたのだろうか?

 

ザックスは、クラウドが声に出さずとも、願いを知っているようだった。

神様も、大人も、誰もくれなかったもの。

15歳の誕生日。

ずっと思い描いていたものをくれたのは、たった一人の親友だった。

 

 

 

――なあザックス。

アンタは俺の欲しいものを、何で知っていたんだろう。

15歳の誕生日。

アンタがくれたものは、「高貴な魂」を意味する狼。

そして「アンタの一番」という居場所だった。

 

それがずっとずっと、欲しかったんだ。

 

 

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C-brandMOCOCO (2008.11.8

 

 

 

 


 

 

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