C-brand

 

 


 

 

 



 

 

 

生まれてこなければ良かったと、そんな風に思っていた。

だけど今は、彼がいるから。

彼が笑えば、自分も笑う。

――人はそれを、幸せと呼ぶのだろうか?

                                                                                    (side Cloud)

 

自室に帰宅すると、ザックスが玄関のドアの前にいた。

「お帰り。どこ、行ってた?」

怒ってはいないが、どこか不機嫌そうなザックスの顔。

まだ時間は20時前だ。

心配させるような時間ではない。

「…買い物。なんで不機嫌なの。」

 

不機嫌、と言われてはっとしたのか、頭をかきながらザックスは言う。

「今日、せっかく休みが重なったから二人で遊びに行きたかったのに。起きたらいないし。」

「約束、してないだろ。」

たしかに一言も言わずに出かけたのは悪かったが、ザックスが夜勤明けだったのを

クラウドなりに配慮したのだ。

 

「じゃあ、誰と約束してたんだよ。」

「え?」

クラウドは誰とも約束なんかしていない。今日は一人で街に行っていたのだから。

「一人だよ。」

「だって今日、オマエが街で誰かといたって…タークスのダチが言ってた。」

クラウドはタークスとなんて話したこともないのに、見られていたと思うと少し恐い。

 

「…それ、ナンパされただけだから。」

「え?!ナンパ?!?!ってオマエ、大丈夫だったのか??誰だよそいつ!ぶっ飛ばしてやる!!」

何やらすごい勢いで詰め寄ってくるザックスに、半ばクラウドは呆れてしまう。

「誰かは知らない。しつこいからシメただけだし。」

「………男らしいな、オマエ。」

「男だっての。」

クラウドは肩をすぼませて答える。

それはザックスがよくやる仕草で、いつのまにかその癖が移ってしまった。

 

 

「じゃあさ、何買いに行ってたんだ?」

機嫌が直ったのか、今度はクラウドを後ろから抱き締めるようにじゃれ付いてくる。

「誕生日プレゼント…結局決まらなかったけど。」

ザックスのスキンシップには、いまだ慣れない。

距離の近さに、少し緊張してしまう。

「ふーん、誰の?」

「大事な人の、だから……簡単に決められなくて…」

そうクラウドが言ったとたん、ザックスは腕に力をこめて言う。

「な、大事な人?!俺より大事なんか?!」

「…何それ。ギャグ?母さんだよ。」

 

10月は、クラウドの母親の誕生日だ。

クラウドは母に、毎月仕送りのお金と手紙を送っている。

だがその手紙の内容は『元気にやってる』とか『毎日充実している』とか、当たり障りのない短いものだった。

本当は男に犯されようが、減給になろうが、そんな現実は母に言えるわけがない。

クラウドは母にも、ザックスにも、嘘をついているのだ。

…この世で一番大切な人、二人に。

 

「なんだ、クラの母ちゃんか。寿命縮まった。」

「いい加減、離れろよ。」

「なあ、じゃあ俺が一緒に選んでやるよ。」

後ろからクラウドの顔を覗き込むように、ザックスが身を乗り出す。

距離の近さに、クラウドの心臓が跳ねる。

ザックスの吐息が、クラウドの頬をかすめる。

「俺がいればナンパ男も寄ってこないし。何よりクラの母ちゃんのプレゼント、俺も選びたい。」

「……いいの?」

「クラの母ちゃんに、一番感謝してんのは俺だから。」

「なんで」

後ろから抱き締められたまま、ザックスの方を振り向く。

ザックスの優しい眼差しに捕まる。

お互いの息遣いがわかるほどの距離。

少しの弾みで触れてしまいそうな――

 

「オマエを生んでくれたこと。この世で一番、感謝してる。」

 

そう言われた瞬間。

唇に触れたか触れないかの、温もりを感じた。

 

 

 

 

次の日、二人はお互いの仕事が早く終わったので、約束通り買い物に出かけた。

ザックスは、いろんな店を知っていて、センスの良いものばかりクラウドに見せてくれた。

かわいいティーカップや、肌触りの良いストール、これからの季節に役立つ手袋。

まるで自分のことのように、必死になってくれるザックスが、嬉しい。

そしてやっぱりこの人は素敵な人だなと、ふと思った。

 

 

休憩にと入った8番街のカフェで、クラウドは街を行く人達を見ていた。

今までもザックスと何度もお茶をした、二人お気に入りのオープンカフェだ。

目の前を通り過ぎていく、カップルや、家族連れ、友達同士で笑い合う人々――

季節は秋、人工樹林の落ち葉を踏みしめて、人々が行く。

以前は、自分と無縁の世界だと思っていた。

だけど、今は。

自分の目の前で、濃い目のコーヒーを飲むザックスがいる。

彼の方にクラウドが視線を向ければ、優しい眼差しで返してくれる。

 

「何、考えてる?」

そうザックスに問われ、クラウドは悪戯っぽく笑う。

「幸せについて、かな。」

「俺といて幸せってこと?」

ふざけてザックスが言うが、それはあながちハズレでもない。

だから、肯定も否定もしない。

曖昧に笑っていると、ザックスが頬を少し赤くさせる。

「あのさ、クラウド。俺さ、今、はっきり思った。」

「うん。」

「この街の中で、一番幸せなのって。絶対、俺だな。」

冗談なのか、本気なのかわからないが、ザックスはとてもいい笑顔で言う。

 

…気まぐれでもいい。

明日その気持ちが無くなってしまっても、構わない。

あの触れたか触れないかのキスに、深い意味がなくても。

この幸せをくれた彼に、心から感謝したい。

「……たぶん、俺も。」

そうクラウドが言うと、ザックスはもっともっと良い笑顔で笑った。

 

 

 

 

母親へのプレゼントは、香水にした。

ザックスが最初に見つけたものだったが、クラウドもすぐに気にいった。

甘く清楚で、温かみのある、クラウドの母のイメージにぴったりのものだったから。

入れ物もとても繊細な造りで、クリスタルを連想させる。水色の宝石のようだと思った。

「好きなヤツのイメージに似てる。」

そうザックスが目を細めて言う。

ザックスが好きになる人ならば、きっととても素敵な人なのだろう。

 

ザックスに、想い人がいることは明らかだ。

それは以前部屋に連れ込んでいたような、軽い付き合いの女性達ではなくて。

まだ恋人ではないのかもしれないが、特別な人、がいる。

その証拠に、女好きだった彼が女遊びをきっぱりやめた。

ちょうど、夏ぐらいからだろうか。

 

それでも彼はコスタで、クラウドが一番大事だと言ってくれた。

いつか彼は、クラウドの知らない女性と、人生を生きていくのかもしれないけれど。

でも、今だけは。

彼の隣にいることが許されるから。

たとえそこに永遠がなくても、こんなに誰かを愛せたことを幸運に感じる。

 

今ならわかる。

これを間違いなく――人は幸せと呼ぶのだろう。

 

 

 

 

その夜。

クラウドは、母への誕生日プレゼントと一緒に、いつもより長い手紙を入れた。

想いは伝えるということを、ザックスから学んだ気がするから。

 

 

 

母さんへ。

 

母さん、元気にしていますか?

仕送りは足りているかな?

これから冬になるし、食料も厳しくなると思うから、困ったらいつでも連絡して。

母さんにはいつも苦労かけて、ごめん。

今はまだ一般兵だけど、いつか絶対ソルジャーになるよ。

そうしたら母さんに二度と、不自由な思いはさせない。

 

母さんにはソルジャーのザックスのこと、前に手紙で書いたよね。

彼はすごく強くて、優しくて、真っ直ぐな人なんだ。

トモダチだって言ってくれたけど、今の自分じゃ釣り合わないって思う。

でも、少しでも彼に近付けるように、がんばるよ。

ザックスが、トモダチだって言って恥ずかしくないように。

母さんが、誇りに思えるように。

 

母さんの誕生日プレゼントは、ザックスが一緒に選んでくれたんだ。

まるで自分のことみたいに、すごく必死になってくれたよ。

いつか、母さんにも会ってもらいたい。

すごく素敵な人だから、きっと母さんもびっくりするよ。

             

母さん、誕生日おめでとう。

いつだったか俺、母さんにひどいこと言ったよね。

俺なんか生まれてこなければ良かったって言ってしまった。

遅くなったけど、あの時のことずっと謝りたかった。

ごめんね。

今はもう、そんな風に思ってない。

ザックスと出会えて良かった。

母さんの息子で良かった。

俺を生んでくれてありがとう。

 

 

 

 

シャワーから出ると、梱包してくれると言ったザックスが、プレゼントの箱を握ったまま固まっていた。

「ザックス?」

「悪い、俺、見た。…見ちまった。」

「何を?」

「手紙。ほんとごめん!」

クラウドの顔が一気に赤くなる。

「勝手に見んな!」

そう怒りちらすと、ザックスはクラウドのベッドの上で、得意の土下座のポーズのまま顔をあげない。

「……ザックス。何で泣いてんの。」

「泣いて、ない、けど。クラウドの顔見たら絶対泣くから、ごめん。」

 

クラウドはその情けない男に、愛しさがこみあげる。

彼の前で、膝をつく。

年上で、ソルジャーで、いつも自分を引っ張ってくれる人。

なのに――この人を、護りたい。

何故かそう強く思って、彼の黒髪を優しく撫でた。

「…クラ?」

「泣くなよ、男の子だろ?」

そう笑ってまた撫でてやる。

 

「オマエって、本当にカッコイイよな…。」

ザックスがそう言って顔をあげれば。

やっぱり情けなくも、ザックスは泣いていた。

それがどうしようもなく愛しくて、クラウドは彼の目じりにキスを落とした。

 

 

 

――なあ、ザックス。

幸せになるために人が生まれてくるのなら。

俺はザックスに会うために生まれてきたんだな。

そんな恥かしいセリフ、結局アンタに言えなかったけど。

 

たとえ人生のうちの一瞬でも、アンタと過ごせたこと、感謝してる。

……幸せをくれて、ありがとう。

 

 

NOVEL top

C-brandMOCOCO (2008.11.9)

 

 

 

 


 

 

inserted by FC2 system