C-brand

 

 


 

 

 



 

 

 

彼がいなければ。

もう息もできないと思っていたのに。

                                                              (side Zack)

 

  

尊敬していた男を、この手で殺した。

 

ずっと自分を護り、諭し、手をひいてくれた人だ。

親のように、兄のように慕っていた。           

彼を殺すことは。

それが仕事であり、自分の正義であり、彼への忠義でもあった。

 

――だけど、苦しかった。

 

彼が自分を許しても。

自分は自分を許せない。

生まれて初めて、自分自身を激しく憎んだ。

 

 

 

 

玄関のドアを開けると、クラウドが外出するところだった。

ザックスの憔悴したひどい表情に、クラウドは何かを気づいたのか、心配そうな顔をした。

「何が、あった…?」

「なんも。ない。」

力なくそう答えながらクラウドを見ると、彼は携帯電話を握っている。

その携帯からは着信を知らせる青い光が、チラチラ見えた。

これからその着信の相手と、クラウドがどこかで会うのかと思うと。

なぜかひどいイラツキを感じた。

 

「なあ、クラ。これから飲みにいかねえ?」

「……ごめん。今日は、ちょっと駄目だ。」

断られるのは知っていた。知っていて誘ったのに、ザックスはイラツキが抑えられない。

 

「ザックス。明日じゃ、だめか?」

おそらくクラウドは、こちらの異変に気づいて、気を遣っているのだろう。

(でも、そんな半端な優しさはいらない。)

「明日じゃ…だめだ。どうしても、今日がいい。」

クラウドを困らせたいなんて。

こんな気持ちは初めてだった。

「ほんとに、ごめん…。」

そう言ってクラウドは泣きそうな顔になる。

(そんな顔するぐらいなら、電話の相手に断ってくれればいいのに。)

クラウドは、私服姿だからこれから任務なわけではない。

なぜ、自分を一番に選んでくれないのかと、理不尽なことを思った。

 

あのクラウドの誕生日の夜。

ザックスは自分の全てを、クラウドに捧げると誓ったのに。

そういう意味で、オマエが一番だと告白したのに。

 

2週間ぐらい前には、キスだってした。

スキンシップの延長線上みたいな、軽いものだったけれど、ザックスにとっては想いをこめたそれだった。

柄にもなく緊張した自分がいて、でもたった一回のキスに舞い上がった。

 

(それなのに――クラウドは自分のものにならない。)

別に見返りなんかほしくなかった。

彼に無償の慈しみを感じていたはずだ。

 

だが、今ザックスの心は折れそうだった。

孤独で、おかしくなりそうだと感じた。

「今日、一緒にいてくれないなら――」

信じられない、言葉が出た。

 

「もう、終わりだ。」

 

言った後で、ザックスは激しく後悔した。

クラウドを泣かせてしまうかと思ったから。

だが同時に、ここまで言ってクラウドが出て行くはずはないと思っていた。

終わり≠ネんて、何に対して言っているのか曖昧だったけれど、これまで培ってきた友情であれ

それ以上の想いであれ。

どれをとっても、二人にとっては大きなことだ。

ザックスはこれまで一度だって、クラウドに距離をとるような言葉を吐いたことなどない。

だからきっと、電話の相手なんかより、自分を選んでくれると思った。

傍にいてくれると、思った。

 

――それなのに。

彼は泣きもせず。ゴメンと一言だけ言って、ドアから出ていった。

 

 

 

ザックスに抑えきれない苛だちが襲った。

抑えきれない虚しさも。

彼のいなくなった部屋に一人残され、目の前にあったものを投げ飛ばした。

がしゃんと音がして、床ではじける。

見ると、ラップをかけた皿だった。

どうやら、クラウドがザックスのために作っていた夕飯だったらしい。

 

クラウドは、普段料理などしない。

食に興味もないのか、ほうっておくと食事を抜いたり、簡易食で済ませることもある。

そんなクラウドを心配して、最近はザックスが朝食と夕食を作ってあげていた。

そのおかげで最近の趣味といえるほど、ザックスは料理にはまっている。

もとから器用で料理は得意であったが、クラウドの好みを見つけるようにレパートリーも増えた。

クラウドの栄養管理まで、ザックスが考える始末で。

それなのに、そんな食事に頓着のないクラウドがなぜ料理?

 

疑問に思っていると、机の端のメモ書きが目に入った。

『ザックス。1ST昇進おめでとう。』

つまり――この料理は、ザックスが最近1STへの昇進が決定したことへの祝いのつもりなのか。

それを見て、嫌なことを思い出した。

今回の昇進は、自分の師を手にかけて得たものなのだ。

(クラウドは、何もわかってない…。)

ソルジャーに憧れるだけの彼には、現実の厳しさなど想像もできないだろう。

ただ華々しい昇進だと、思っているに違いない。

 

そしてザックスが無意識にメモを裏返すと。

またしてもクラウドらしい、小さくて綺麗な文字で追記してあった。

 

『きっと、今日までにいろんなもの無くしてきただろうけど。

それを俺も一緒に背負っていきたい。

アンタを護ってあげたい。……弱いくせにって、笑うなよ。』

 

――言いようのない衝撃が走った。

自分は彼の、何を見ていたのだろうか。

クラウドは、ザックスの痛みや悲しみに、とても敏感だった。

いったいいつクラウドが、ザックスのことよりも自分を優先させたことがあっただろう。

きっと彼はこのメモにある言葉通り、ザックスの痛みをともに背負うつもりなのだ。

小さい体で、ザックスを本気で護るつもりなのだ。

 

(クラウド、ごめん…!!)

彼が、愛しい――

どうしようもなく、愛しい。

 

それなのに彼の心をためして、心にもないことを言ってしまった。

終わりになんて、できるわけがない。

…彼がいなくては息もうまくできずに、苦しい。

どう考えたって生きていけないのは、自分の方なのだから。

 

ザックスは、落とした食べ物を拾い集める。

(これは、ハンバーグだったのかな)

落として形は崩れてしまっていたけれど、愛しさが込み上げる。

ハンバーグは、ザックスの好物だ。

それを子供みたいだなと、クラウドは前に笑っていた。

彼の笑顔を思い出しながら、それを食べる。

涙の味と混ざって、どうしようもなく優しい味がした。

 

ザックスは、クラウドにメールをうった。

すぐにでも直接謝りたかったが、彼を追いつめたくないので電話はしなかった。

 

『クラウド。ハンバーグうまかった。さっきはひどいこと言ってごめん。許してくれなくていいし、

どんなに遅くなっても構わないから。だから、俺のところに帰ってきて。』

いくらでも待とうと思った。

きっと、彼にはザックスを置いていかなくてはならない、理由があったのだから。

 

 

 

 

深夜になっても、クラウドは帰らない。

いくらでも待てるが、だが、ザックスはただ心配になった。

耐えられず、一度電話をかけると電源が入っていないようだった。

出かけの彼は、携帯電話しか持っていなかった。

財布すら、寝室のベッドの上に置きっぱなしだ。

彼には友人と呼べる者もいないはずで、思いあたるとすれば――カンセルぐらいだろうか。

 

ザックスは、カンセルに電話をかける。

「カンセル、クラウドそっちに行ってるか?」

『クラウド?いや、知らない。こんな時間まで帰ってないのか?』

「電話は通じねえし、財布は持っていってねえし。

……それに、ちょっと出かけに辛くあたっちまったから、心配でさ。」

『喧嘩か?…珍しいな。』

「喧嘩じゃない。俺があたりちらしただけで、クラウドは何も悪くない。」

ますます珍しいな、と言いながらカンセルは電話の向こうで驚いている。

カンセルの電話を切った後、思い切ってザックスは夜の街を探しに行った。

 

 

 

 

この広い街を、あてもなく探すなんてばかげているが、じっとなんかしていられなかった。

4時間ほど探し回り、教会の前でクラウドに数十回目の電話をかけたとき。

クラウドに繋がった。

 

『……もしもし、ザックス?

電話の向こうからクラウドの声が聞こえてきたとき、全身の力が抜けた。

とにかく無事で良かったと、安堵する。

「クラウド!すっげえ心配したぞ!こんな時間までどこにいたんだよ。」

『うん、ごめん……』

消え入りそうな声に、ザックスは慌てて言う。

「いや、違うぞ?!怒ってるんじゃないし、拗ねてもいないから!

ただ、こんな夜中に可愛いクラ一人じゃ危ないから…!」

『…ん…そ…だね…』

ザックスは喋り倒しながら、クラウドの反応の薄さが気になった。

どうしても顔が見たい、と思う。

「今、どこにいる?会えないか?」

『…明日じゃ、だめかな?』

これでは、クラウドが部屋を出るときのやり取りと同じだ。

 

だが、ザックスは、今言うべきことを知っている。

「クラウド。また無理いって怒らせたら、ごめんな?でも、会いたいんだ。」

今度は嫉妬でも、わがままでもなく。

「オマエがいないと、生きられないって気づいたから。」

ただ愛ゆえにだと。

その気持ちを、素直に伝えればよい。

『……わかった。今から、ザックスのいるとこにいくから。待ってて。』

少し沈黙した後、クラウドはそう言ってくれた。

 

 

 

 

その後30分程度で、クラウドは教会にやってきた。

教会の扉をクラウドが開けた瞬間、ザックスは彼を思い切り抱きしめた。

「すっげえ会いたかった…もう帰ってきてくれないかと思って半泣きした。」

「そんなわけ、ないじゃん。アテなんかないし…」

ザックスの腕の中で、クラウドが小さく笑う。

クラウドからは石鹸のよい香りがして、思わず彼の髪に顔を埋めた。

それに比べて、さんざん走り回った自分は汗臭いだろうなと一瞬心配になったが。

それでも放せなかった。

 

「なあ、クラウド。どこに行ってたか、聞いてもいいか?」

クラウドは静かに首を振る。

「ううん、聞かないで。」

「なんで?」

「もう、ザックスに嘘をつきたくないから。」

そう言ってクラウドは、目を伏せて笑った。

 

そのとき教会のステンドガラスから、光が差し込む。

夜が明けたのだ。

差し込む光が、クラウドの金髪をきらめかせ、なんとも言えないほど美しい。

 

「じゃあ、他のこと聞く。」

「うん。」

ザックスはクラウドを腕の中に抱いたまま、その問いをかける。

未来を誓う、言葉を。

 

「――汝健やかなるときも病めるときも、」

クラウドがピクリと反応するが、離す気はない。

よりいっそう、強く抱きしめる。

 

「その生涯を通じて、目の前の男を愛すると誓いますか。」

生まれて初めて、神に祈るような気持ちだった。

 

 

「…………」

いつまでも続く沈黙。

クラウドは、YESと言わない。

それが、答えなのか―――

だって、彼はもう嘘はつきたくないと言ったのだから。

 

「…もう、嘘はつかないって言っただろ。」

やっと一言、そう言ったクラウドは。声もなく泣いているようだった。

ザックスのTシャツの胸のあたりが、涙で濡れているとわかったから。

「そうだな。意地悪なこと聞いて、ごめん。」

腕の力を緩めて、クラウドを解放してやる。

このまま先を聞かずに、手を引いて帰りたいと思った。

続く言葉が、ザックスにはわかってしまったから。

 

 

「―――だから、答えはNOだ。」

クラウドによって紡がれてしまった言葉に、ザックスはこの恋が終わる音を聞いた。

頭がまわらず、ただ呆然と、クラウドの頬をつたう雫を見ながら。

 

「――だけど」

ザックスの首に、クラウドの銀の十字架がかけられる。

「アンタの幸せだけを祈ってる。それをここに、誓うよ。」

 

神様なんか信じないといったクラウドが、それでもずっとはずせなかった十字架は。

彼にとって、どれだけの想いが籠められているのだろうか。

 

まるで、神聖な儀式のよう――

ザックスはそのとき、クラウドから絶大な愛をもらった気がした。

 

 

恋の終焉と、ともに。

 

 

 

――なあ、クラウド。

一緒に生きて、一緒に死んで。

それが愛することだって思っていたけど、お前は違かったんだな。

 

愛しているから、離れるなんて。

そんな悲しい愛し方があるなんて、知らなかったよ。

 

 

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C-brandMOCOCO (2008.11.16)

 

 

 

 


 

 

 

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