C-brand

 

 


 

 

 



 

 

 

愛してた。

これからだって、愛してる。

……たとえともに、生きていけなくても。

                                                                                 (side Zack)

  

1STに昇進したことで、ザックスは1ST専用の部屋に移った。

ソルジャーは個室が基本であるため、2NDだったザックスが一般兵と同室というのも異例ではあった。

だが1STだけは兵舎自体が異なり、いわゆる特別扱いだ。

神羅本社に程近い高級マンション、そこの一角にザックスの住居は移された。

それは上からの辞令だったが、クラウドの傍にいてはいけないと思ったから、ちょうどいいタイミングだった。

 

部屋を出るとき、ザックスはクラウドの髪をかき混ぜ、「またな」と声をかけた。

クラウドは静かに笑って「さよなら」と言った。

 

別に、他人に戻るわけじゃない。

これからだって、きっとトモダチであることに変わりはない。

だが、もう『トモダチ以上』をクラウドに、望んではいけないのだということはわかる。

――もう彼の心の中に、踏み込んではいけないということは。

ザックスは緩く笑って部屋を出た。

 

ザックスの首で、あの日もらった銀の十字架が揺れる。

兵舎の廊下を歩きながら、振り返りたい衝動を何とか抑えて前に進む。

自分にはこの十字架があると、強く握り締めた。

(思うだけなら、許してほしい。)

きっともう、クラウド以上に人を愛することはないだろうと思う。

男とか女とかじゃなく、ただその綺麗な魂に惹かれた。

それは慈しみであり、友愛であり、憧憬であり。

恋であった。

そしてその想いは、これからだってきっと。

 

 

 

 

「クラウドと、付き合ったのか?」

カンセルと飲んでいるとき、突然彼にそう言われた。

「なんで」

「だってそれ。クラウドの十字架だろ。」

「そうだけど。フられた。」

カンセルは眼を瞬かせ、しばらく固まってから、ため息をついた。

「……クラウドらしいな。」

きっと、カンセルは何かを知っているのだろう。

クラウドが今までついた嘘だとか、クラウドの気持ちだとか。…過去だとか。

もしかすると、自分よりカンセルの方が、彼を知っているのかもしれない。

 

でもそれは、ザックス自身のせいだ、と思う。

自分が、何も知ろうとしなかったから。

「何でそう思う?」

自分の知らないクラウドを知る、カンセルが少し羨ましい。

 

「北のほうって、信心深くてさ。生涯を通じて一番大切な人に、十字架を渡すんだって…聞いたことがある。

生まれた子供とか、伴侶とか。渡された相手は、神様の祝福を受けるんだと。」

眼の奥が、一気に熱くなった。

「自分はいらないから、貴方だけにご加護を。…そういう自己犠牲的な愛情表現らしいぞ。

なんか、すごいよな、信仰って。」

 

ザックスはテーブルに伏して、声もなく泣いていた。

「なんで、俺じゃ駄目だったんだろうな?」

カンセルは、ザックスのグラスに酒を注ぐ。

「……ほんとにオマエのことが、好きだったからだろ。」

 

これで何度目だろう?涙を流すのは。

クラウドと出会って、愛しくて泣くということを知った。

戦場で人を殺しても泣けなくなった自分が、彼への想いだけで泣けるなんて。

…そんなかっこ悪い自分を、クラウドは受け入れてくれた。

クラウドの母への手紙を読んで、思わず泣いてしまったあの日――

誰かに頭を撫でられたなんて、生まれて初めてのことだった。

そのクラウドの優しさが、狂おしいほど愛しいと思った。

彼のためならば――きっと何だってしてやれた。

 

なぜ、自分では駄目だったのか。

本当はわかっている。

クラウドは、ザックスに「真実」を明かせなかったのだ。

それが何かはわからないけれど、自分にそれを受け入れるのは無理だと判断されたのだ。

…クラウドは、何を背負っていたのだろう。

 

 

 

 

部屋が離れてしまえば、ソルジャーと一般兵の共通点などほとんどない。

フられた以上、しつこく連絡をとるわけにも行かず、ときおりメールをするぐらい。

廊下で偶然すれ違っても、挨拶をかわして2.3コト喋る程度だ。

これが『普通のトモダチ』の距離だっただろうか。

ザックスにはわからなかったが、今の二人はひどく遠い関係に思えた。

 

――その『トモダチの距離』すらも、簡単に壊れてしまう。

壊したのは、他でもないザックス自身だった。

 

 

 

 

何かが狂ったのは、偶然聞こえてきた声。

ザックスがソルジャー専用の食堂で、遅い食事をとっているときだった。

近くに座っているソルジャー達が、何やら盛り上がっている。

5万ギルでやらせてくれるってよ。」

ザックスは新聞に目を通しながら、さして気にもしていなかった。

「あの金髪の兵士」

 

ザックスの肩が揺れた。

(金髪の兵士……?)

金髪はミッドガルでは珍しい、だが別に少しもいないわけではない。

(何考えてんだ、まさか、ありえないだろ。)

5万って高くねえか?」

「ばっか、すっげえいいんだよ!あっちの具合もマジでいいし。

何よりあんな美人とやれるなんて、一生ねえよ。あの、ストライフだぞ?」

 

ガシャン!

  

ザックスはもっていたカップを床に落とす。

その音で、話していたソルジャーたちがザックスに気付いた。

「何、それ?」

「あ、ザックス…いたのか…。」

「ストライフと、何をするって?」

「いや、俺たちは別に……」

普段笑っているイメージしかないザックスが、恐ろしく冷めた表情になっている。

 

「オマエだよな?」

ザックスが、一人の首をつかむ。

「ストライフの具合がいいって言ったの。なあ、どういう意味だ?」

表情は冷ややかで落ち着いてみえるが、手に籠められる力が半端なものではない。

「ざ、許し…、」

「なあ、悪い冗談なんだろ?嘘なんだろ?」

「ぐえ…」

「嘘だって言えよ!!!」

 

「ザックス!!」

いきなり後ろから羽交い絞めにされたかと思うと、机に押さえつけられた。

「…カンセル。邪魔すんな。」

「何3rd相手にやってんだよ。殺す気か!」

カンセルは渾身の力でザックスにしがみつく。

首をつかまれた相手は、すでに失神して転がっている。

「こいつ、クラウドとヤったとか言ったんだぞ…?!許せるかよ!!」

そのとき、ザックスはいつかのカンセルとのやり取りを思い出す。

 

ビデオ。あいつがやってるのが映った映像。

 

ザックスから、力が抜けた。

カンセルは心配そうにザックスの顔をうかがう。

「ザックス…。」

「なあ、カンセル。」

ザックスの膝が震える。

「本当のこと、言ってくれ。こいつらが言ってることが正しいのか?あいつは、」

もはや立っているのがやっとだ。

「俺が思ってるあいつは本当じゃないのか?」

 

カンセルは、ザックスを真っ直ぐ見ていう。

「…クラウドは、いい子だろ。おまえの理想と違くたって、それはクラウドのせいじゃない。」

「なにそれ。じゃあ、俺が理想を押し付けてただけで。俺が悪いのか?」

「しっかりしろよ、ザックス!クラウドを見てきたんだろ?なら」

「ずっと見てきた!!でもそれは」

彼のはにかむ顔。ごめんと言って震える体。キスをしたときに目が合った無垢な瞳。

幸せだと言った言葉。そして

だから俺なんかに騙されてる=\―彼はそう言っていた。

「……全部、嘘だったのか?」

 

そう呟いてザックスは、食堂から去った。

後ろからカンセルが何か叫んでいるが、もう聞きたくなかった。

 

 

 

 

ザックスは、気付けばクラウドの部屋にきていた。

つい一ヶ月前まで、一緒に住んでいた部屋だ。

毎日笑って、眩暈がするほど幸せだった。

(それは本当?嘘?)

もはや何が真実か、ザックスにはわからない。

でも、ただ彼に会いたかった。

彼に、否定してもらえたらそれでいいのかもしれない。

 

部屋のカードキーをさしこむ。

本来は持っているべきものではないが、どうしても手放せなっかたものだ。

ドアを開けると、瞬間黒い影とぶつかる。

ザックスは頭に血が上るのを感じた。

――フリードだった。

 

フリードも、ザックスに驚いたのか、眼を見開き停止している。

お互い、無言。

先に口を開いたのは、フリードだった。

「ザックスさん。久しぶりですね。」

「………ここで、何やってんの。」

冷静を取り繕いながら、ザックスは返す。

「ナニって…もう、終わりましたよ。」

そういって、歪んだ笑みをする男に、ザックスは殺意を覚えた。

その普通でないオーラに根負けしたのか、フリードは慌てて言う。

「クラウドが、俺を選んだだけのことだ。あんたがここでキレるのはおかしいんじゃないですか。」 

 

「オマエを、選ぶ?オマエなんかを?」

ザックスは、今まで他人をそんな風に見下したことはない。

だが、フリードに関しては、どんな表現をしても足りないほど憎いと思った。

「そう、俺を。だから、アンタは場違いなんですよ。」

「そんなわけあるか。アイツは俺を親友だと思ってる。そう言った。」

それが遠い昔のようにザックスには思えるけれども、その事実にすがるしかなかった。

 

フリードは噴出して言う。

「親友??そんな綺麗ごと言ったって、ヤることヤってたんだろ?!アイツはケツの軽い淫乱だからな!」

「ふざけんな!!!」

 

ザックスは、フリードをドアの外に蹴り飛ばす。

そして腹の上にまたがり、胸倉をつかむ。

「アイツに、何をしやがった!!アイツを、無理やり汚したのか?!」

部屋の奥で。クラウドはどうしているのだろう。

どうされてしまったのだろう。

考えると、背筋が凍る思いだった。

 

「何言ってやがる…!これは同意の上なんだよ!!アンタじゃ満足できないから、俺を選んだんだよ!」

「嘘をつくな!あいつが望むわけがない!!」

それだけは、やはり言える。

たとえ、こいつに汚されてしまったのだとしても。それはクラウドが望んだ結果じゃない。

きっと泣きながら、抵抗したはずだ。

その彼を思うと、余計に苦しかった。

 

「理想を押し付けんのは勝手だが、あいつは淫乱だよ。」

オマエの理想と違くたって、それはクラウドのせいじゃない

一瞬、カンセルの言葉が頭をかすめる。

「あいつは、1年前俺と同室だったんだぜ?その時から関係があった。そのこと、アンタに話してたのか?」

「……。」

「飲み会で会ったときも、俺のことをアンタに話したのか?」

「……。」

「アンタに隠れて俺の部屋でヤッてたこと、アンタに話してたのかよ?!」

「黙れ!」

 

クラウドは確かに、帰りが深夜になることがあった。

フリードの話を聞こうとすると、かたくなに嫌がった。

 

(それは、こいつと寝てたからなのか…?)

ザックスの肩が、震える。

 

「しかもあいつは、5万ギルで誰にでも足を開く。有名な話だぜ。」

「やめろ…」

「自分のいかがわしいビデオも売って、金にしてる。」

「やめろ!」

こんな男の話を信じるのは、とても愚かなことだ。

それはわかっている。

だが、今までのクラウドの行動や周囲の反応で、全てが嘘でないこともわかってしまう。

 

「これが、証拠。」

フリードは力の抜けたザックスを突き飛ばして起き上がると、勝ち誇ったように笑う。

そして一本のビデオテープを、落ちていたカバンから引き出して。

それをザックスに向かって投げ捨てた。

 

 

 

その一本のビデオテープと、部屋の奥にある事実。

それがザックスを狂わせ、大事なものを失わせた。

 

 

 

――なあ、クラウド。

オマエに出会って、人を愛することを知った。

そして同時に、どうしようもなく人を憎むことを知ったんだ。

 

オマエを汚した男たちも。

他の男に足を開いたオマエも。

そしてオマエを……暴力でねじ伏せた、自分も。

 

 

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C-brandMOCOCO (2008.11.18)

 

 

 

 


 

 

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