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……醜いのは、もう体だけじゃない。

                                                                      (side Cloud)    

   

 

ザックスが使っていたベッドの上で、目が覚めた。

一瞬、眠る前の記憶があやふやだったが、昨夜フリードに続いて男に犯されたことを思い出す。

 

手はもう縛られておらず、目隠しもされていない。

それどころか、なぜか綺麗なシーツに、自分も清潔そうなワイシャツを着ていた。

肌にも汗や嫌なべたつきはなく、髪もさらりとしている。

…いつのまに風呂に入ったというのか。

自分で入ったにしては記憶がまったくない。

そもそもこの大きなワイシャツは、自分のものではない。

 

そして、体の異変に気付く。

体の痛みが、全く無い。

以前切った手首はもうほとんど完治していたが、昨夜フリードに縛られたとき、かなり出血したはずだ。

その傷が全て消えているのは、どういうことか。

 

ベッドから出ようとすると、手足に力が入らず倒れこむ。

痛みではないが――昨夜の知らない男との行為は、体力的に厳しかったらしい。

 

……あんな男は、初めてだった、と思う。

行為中に何度もキスを迫ってきて、何度も頭を撫でてきた。

(しかもあんな口でするようなマネ…)

フリードや他の男たちは、自分が突っ込むことしか考えていない、まさに性欲処理だった。

それがあの男は、行為自体は乱暴ではあるが、クラウドに触れる手や唇が、優しかった。

それは、まるで――

 

そう考えて、否定する。

無理やりな行為に、優しいも何もありはしない。

性欲の捌け口にされたことに、なんら変わらないのだ。

(でも、もしかしたら、これは…)

綺麗に整えられたシーツ、清められた体、そして傷の治療は。

フリードが、やるわけがない。

カードキーを持たないのだから、カンセルも、ザックスも部屋には入れない。

となると、あの見知らぬ男が、気まぐれでやっていったのだろうか。

 

…着せられた大きめのワイシャツから、ザックスの匂いがして。

これはあの男が、ザックスの置いていった荷物から引っ張り出したのだと思案した。

 

 

 

 

その日は訓練も任務もなかったため、午後から外出した。

部屋にいれば、ただフリード達に捕まると思ったからであるが。

ずっと逃れられるわけではないが、少なくとも昼間の間は解放されたかった。

 

以前、ザックスとよく歩いた8番街をぶらつく。

この店でザックスとイタリアンを食べたなとか、このカフェのコーヒーが彼は好きだったなとか。

無意識にそんな思い出を辿っていた。

街はもう秋も終わろうとしていて、冷たい北風が頬をうつ。

街並みはまだ気分も早かろうに、クリスマスを意識した飾りつけになっている。

寒さの中、手を繋いで歩く恋人たちが映る。

あんな距離で、ザックスの傍にいた自分が――ひどく遠い過去のようだ。

 

……でも、思い出は消えない。

それだけは誰にも奪えない。フリードにも、誰にも。

自分には、彼と過ごした日々と、このピアスがある――

そう思って、耳に手を当てる。

そして、驚愕した。

(ピアスが――ない!)

 

 

 

いったいどこに落としてしまったのだろう。

歩いてきた道を探す。

もしかしたら寮の部屋にあるのかもしれないが、外で落としたとしたら、明るいうちでないと見つからない。

とにかく、必死で探した。

途中でしつこいナンパ男が寄ってきても、北風が吹いて手がかじかんできても、一向に構わずに。

日も暮れて、もはや小さなピアスなど見つけるのは不可能になった頃。

 

「オマエ、クラウド、だろっと。」

軽薄な声が聞こえて振り返ると、これまたチャラチャラした、赤い髪の男が立っていた。

気になるほどではないが、メンズの香水の匂いがほのかにする。いかにも遊んでいるという風体だった。

「……誰。」

警戒心丸出しでクラウドは聞く。

名前を知っているということは、フリードの仲間だろうか?

「美人がそんな恐い顔すんなよ!ザックスのダチの、レノさんだぞと。」

 

「ザックス、の?」

その懐かしい名前に、つい警戒を解いてしまう。

そういえば、着崩してはいるが、この黒スーツはタークスのそれだ。

そして以前ザックスは、タークスに友人がいると言っていた。

 

「おまえ、昼間っからずっと同じとこ行ったり来たり、何やってんだぞと?」

この独特な喋り方は、この男の癖なのだろうか。

方言ではないだろう、いかにもな『都会の男』だ。いや、そんなことより…

「何で、知ってるんですか…。」

ずっと、見られていたのだろうか?

8番街はタークスの管轄だぞっと!こっちはお仕事中。またアバランチが声明出したとかって話でな、

巡回なんてメンドイことしてるんだぞと。オマエは?」

「……大事なもの、落としちゃって。探してるんです。」

「なに?財布?んなもん、この街で出てくるわけないぞっと。」

「………………ピアス。」

 

レノが、素っ頓狂な声をあげる。

「は?んなもん、財布より見つかんね〜だろ!!そのために5時間以上もウロウロしてたんか?」

「…そうですけど。」

むっとして答えると、レノはため息をつく。

「てっきり、やけになって売りでもやってんのかと思ったぞと。」

「は?」

「オマエ、なんかソルジャー達に酷いめに合ってんだって?」

 

そのレノの言葉に、クラウドは思わず叫んだ。

「ザックスには言わないで!!」

あまりに大声を出したものだから、クラウドはむせてしまう。

その剣幕に驚いたレノが、眼を瞬かせる。

「…なんでだ?ザックスに言えば、絶対助けてくれるだろ?」

何てったってアイツは1STなんだからと、レノは言う。

「やだ!やだ!!ザックスに知られるぐらいなら、死んだ方がいい!」

「おいおい、オマエが言うとシャレになんねえぞと。…聴いたぞ。オマエ、自殺未遂してるってな。」

タークスの情報網だ、と付け足す。

クラウドは俯いてしまう。

「安心しろよ。俺はザックスの耳には入れてない。でも、いずればれることだろ?」

「このまま一生会わなければ、ばれないかもしれない。」

そう言い切るクラウドに、レノはため息をつく。

「じゃあ、俺が今からあいつに電話して、喋るって言ったら?」

 

クラウドはこの世の終わりのような顔をする。

「お願い、何でも、する、から…ザックスにだけは言わないで。」

体が、震える。うまく言葉が喋れない。

「ふーん、じゃあ。今から俺とホテル行ってよ。いい?」

クラウドは真っ青になる。もはや傍目にもわかるほど震えあがり、歯をガチガチならす。

「いい、よ…。わかった、から。ザックスには言わないって約束、して…。」

 

耐え切れずに、クラウドの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

「なにが、いいんだか…。何もしないうちから泣かれたら、犯罪犯してる気分だぞっと。」

 

そう言ってクラウドの首に――レノはぐるぐると自分の茶色のマフラーを巻きつける。

「風邪ひくから、良い子はもう帰るんだぞっと!」

「あの、でも、これ…?マフラー…」

「ザックスの言ってた意味がわかったぞと。オマエ、本当に綺麗だな!」

言われた意味にはっとして、俺は男だ、とか何とか言おうとしたとき。

レノは去り際に、優しい笑顔を浮かべて言った。

 

「――心が。」

 

小さくなっていく赤毛の後ろ姿が、クリスマスを意識したその街並みに、面白いくらいに映えている。

クラウドは、その男が完全に見えなくなるまで見送っていた。

彼の残した言葉と首に巻かれたマフラーが、とてつもなく、温かい。

久しぶりに触れる、人の温もり――

カンセルも、レノも、とても温かい人だ。そして、もう二度と会うことのない親友も。

自分が思う以上に…世界は悲しいものではないのかもしれない。

クラウドは、フリードやその仲間達から、これからも逃れることはできないだろう。

でも、全てを憎んでいた昔とは違う。

ザックスと出会って、世界の優しさを知った。

人を信じるという、気持ちを。

 

 

 

 

久しぶりに落ち着いた気持ちで、帰路についた。

しかし、この先で待っている悪夢は変わらない。

勝手に外出するなと、フリード達に殴られるだろうか。

おそるおそる寮室のドアの前までくると、そこに立っている男に驚いた。

同じソルジャーでも、フリードなんかではない。

一番会いたくなくて、けれど会いたかった――ザックスだった。

 

「ザックス。」

控えめに声をかけると、ザックスが眉を下げて悲しそうに笑う。

「……クラウド。お帰り。」

「うん…ただいま。」

その懐かしいやり取りに、涙腺が緩みそうになる。

「久しぶり、だね。どうしたの?」

「ああ…久しぶり、でもないけど…会いたくなって、きた。」

クラウドは少し首をかしげながら、ふと思った。

(…家の中には、いれられない。)

なぜなら、フリード達がいるかもしれないし、いなかったにしてもその痕跡があるかもしれない。

部屋の散らかりようも、普通ではない。

何があったんだと、ザックスに詰め寄られてしまう。

 

「ね、ザックス。もしご飯まだなら、外で食事しない…?」

純粋に、ザックスと食事ができるというだけでも、やはり嬉しい。

もう二度と会うつもりはなかったが、食事のわずかな時間ぐらい甘い夢を見たっていいだろう。

「うん…あ、いや…部屋がいいんだ。話したいことがあって。その、何もしないから…」

 

『何もしないから』の意味はよくわからないが。

だが、それよりザックスの様子が少しおかしいのが気になった。

彼は、こんな風に人の顔色をうかがうような、脅えた話し方はしない。

…どうしたというのだろう?

この一ヶ月の間で、そこまで二人での距離は離れたというのだろうか。

「部屋は、その…散らかってて、破滅的に汚いんだ。だから」

嘘ではない。

もうザックスに嘘をつきたくないから、言葉を選んでクラウドは言う。

卑怯だとは思うけれど。

 

「――知ってるよ。」

そう、ザックスの声が聞こえた気がするが、次の瞬間には目の前がぐらつき。

クラウドは意識を飛ばした。

 

 

 

 

目が覚めると、見慣れた天井。

ここは、ザックスが使っていた寝室だ。

自分は彼のベッドに寝ているらしい。

(じゃあ、夢だったのかな?せっかく少しでも会えたのに…)

会わないと決めていたのに、やはり欲はあるのだと呆れてしまう。

 

「クラウド?」

「ひっ!!」

思わずクラウドは叫ぶが、見るとザックスが寝室の入口に立っている。

「おまえ、熱はどうだ?」

そう言って彼はクラウドの傍まで近づき、額に彼の大きな手を当てる。

「まだ、あるな…。ほら、寝てろ。」

そう言って、冷たいタオルをクラウドの額に乗せる。

ひんやりとして気持ちがいい。

 

「ざく…?」

「オマエ、いきなり熱出してぶっ倒れたんだよ。あんな薄着で出歩いてるから…」

「そっか、熱か…」

あんなに何時間も、町をうろついていたからか。

それとも、ここ最近の疲労か……

考えてみれば、ゆっくりベッドで休めることなどなかった。

 

「もうすぐ、飯できるから。それ食ったら薬飲んで、また寝る!」

ザックスが、優しい笑顔で言う。

まるで、あの素晴らしき日々のよう。

(あ、そっか。俺、熱なんか出してるから。)

 

「…これ、夢なんだ。だからザックスがいてくれるんだ…。」

「え?」

「覚めなければいいのに…」

「…クラ?」

「あんな現実はいらない…お願い、覚めないで…。」

夢の中で、ザックスに手を握られた気がする。

強く、強く。

なんて都合のいい夢だ。

 

 

 

 

目が覚めると、すぐ目の前にザックスの顔。

彼は自分の手を握り、ベッドの脇に座ったまま寝ている。

(夢じゃない?)

そして、はっとした。

この部屋に、ザックスがいるということは。

ザックスに部屋の惨状を見られてしまったのではないか。

 

このザックスの寝室は、まだいい。

昨日の夜、あの見知らぬ男が片づけからベッドメイキングまでしていったのだから。

リビングも、だらしないな、ぐらいですむかもしれない。

だがクラウドの寝室は――男たちに犯された痕が、きっと色濃く残ったまま。

汚れたシーツ、酒瓶、破れた衣服…

言い訳のしようもない。

 

クラウドが身じろぐと、ザックスが目を開ける。

「あ、わり…ちょっと寝ちまった。昨日寝てないから」

そこまで言って、彼は顔を曇らせる。

「ざく…?」

窺うように彼を見ると、頭を撫でてくる。

「飯、食うだろ?」

そう言ってザックスはキッチンへと消えていった。

 

クラウドは不安になって、彼を追いかけた。

ザックスは、キッチンで鍋を温めている。

クラウドはリビングを見渡す。

散らかってはいるが、特にフリードのものなど、まずいものはないようだ。

クラウドの寝室は…扉が閉まっている。

「ザックス、あの、俺の部屋に入った…?」

 

ザックスが振り向く。

「飯はベッドに運ぶから、寝てろって。」

笑いながら、ゲンコツを作ってしかるような素振りをする。

「…クラの部屋は入ってないよ。勝手に入るのもどうかと思って、お前は俺の部屋に運んだだけだし。

まあ、俺の部屋、って今は違うけど。」

ザックスが、着ていた黒のニットカーディガンを脱いで、クラウドの肩にかける。

ほわりとザックスの熱と、彼の匂いがした。――いつでも、温かいザックス。

「そっか、なら、いい。」

クラウドが安堵すると、ザックスは悲しそうに笑った。

とても悲しそうに。

 

 

 

ザックスの作ったオートミールを食べ、薬を飲んでまた眠る。

眠りにおちる瞬間、母親のことを思い出す。

ザックスの作ったオートミールが、母親の作るそれに似ていたからかもしれない。

優しい、味だ。

それをザックスに言うと、眼を細めて彼が言う。

「オマエの母ちゃんなら、きっとすげえ綺麗だな。」

「別に、普通だよ。」

「見た目だけじゃなくて。心が。」

 

そう言われたとき、レノの言葉が頭をよぎった。

オマエ、本当にキレイだな――心が。

ザックスはレノや、もしかするとカンセルにも、クラウドをそんな風に説明していたのだろう。

心がキレイだ≠ニ。

そして、あの狼のピアスは『高貴な魂』を意味すると知っていて。

ザックスは、クラウドに贈ってくれたのだ。

 

「狼の、ピアス。」

「ん…?」

「ごめん、なさい。今日、無くしちゃったんだ…。」

「…クラ…」

「もう、キレイな魂じゃ、いられないね……」

金の長い睫毛の間から、涙が流れた。

そのまま、クラウドは深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 

……昨夜、見知らぬ男に犯されたとき。

その男がザックスと、ひどくかぶった。

声や息遣い、気配そのものが似ていたからかもしれない。

ザックスの匂いまでした気がして、まるで彼に暴かれているような錯角に陥った。

 

そして――感じた。

男のものを受け入れて感じるなんて、初めてのことだ。

(…最低だ……。)

全ては――自分の願望なのだ。

ザックスと肌を重ねている気になって、達した。

見知らぬ男の激しいキスを受けながら、これがザックスならどんなにいいかと思っていたのだ。

 

だから。

汚れているのは、体だけではない。

ザックスや母親に嘘をつき続けた自分は、卑怯だ。

そしてザックスに、恋心さえ抱いていた自分は……淫猥で、醜悪だ。

 

 

キレイな魂のわけがない。

体も心も、汚れきっている。

 

 

 

 

――なあ、ザックス。

あのピアスは。たぶん俺の、願いだった。

体は汚れても、心だけは穢されたりしないと。

 

そんな俺の思い上がりに呆れて、ピアスが逃げてしまったみたい。

俺には似合わない、宝石だったね……

 

 

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C-brandMOCOCO (2008.11.27)

 

 

 

 


 

 

 

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