嘘を重ねた関係なんて、本当じゃない。
それでも。
(side Zack)
――ひどい後悔が襲った。
クラウドを犯した朝、彼の体を清め、シーツもかえた。
縄で縛られた腕が擦り剥けて出血していたので、回復魔法もかける。
クラウドに着せる服を探しに彼の寝室に入ったが、そこは荒れ果てており、とてもじゃないが直視できなかった。
彼のベッドには行為の痕が色濃く残っている。
誰かとここで、彼が肌を重ねたのかと思うとやりきれない。
自分のことを棚にあげるとはまさにこのことだと思う。
クラウドにはザックスのクローゼットから、以前置いていった自分のワイシャツを出して着せる。
白いワイシャツを着て、白いシーツに沈む彼は、あまりに清らかだ。
彼の柔らかい髪を何度も撫でる。
穏やかなその寝顔を見ていると、まるで恋人同士の朝のような――錯覚に陥った。
そしてそんな都合の良いことを考えて、現実から逃避している自分に、自嘲した。
部屋を出る前に、クラウドの耳からピアスをはずす。
それは以前、ザックスが彼に贈ったものだ。
なぜ彼からピアスをはずしたのか、自分でもよくわからない。
ただ――何か理由が欲しかったのかもしれない。
彼とまた会うことのできる、理由が。
どんな些細なものでもいい、何かで繋がっていたかった。
ザックスは1st専用のマンションに帰って、一人ビデオを見た。
それはフリードが自分に投げ捨てたビデオテープだ。
……見るのは、恐かった。
だが、見ずにはいられなかった。
たとえザックスの望むクラウドがそこにいなくても、それを知りたかったから。
――どんな彼でも、自分のものにしたかったから。
その映像は、ザックスの想像をはるかに超える内容だった。
大勢の男と行為にふけるクラウド。
男を受け入れるクラウドは、表現できないほど扇情的だった。
ザックスの知るあどけなく無垢な彼が、映像の中ではこの世の誰よりも淫靡に見える。
…まるで、誘うようだ。
彼にむらがる男を、そしてザックスを。
そのテープは、音声がない。
映像の中で、クラウドは何か言葉をずっと口にしている。
形のよい、ピンクの濡れた唇が、言葉を紡ぐのがひどく厭らしい。
音声はないが、きっと、とてつもなく可愛い声で鳴いているのだろう。
昨夜の彼のように――
ザックスは、下半身が熱くなるのを感じた。
ちらりと見える彼の清潔そうな白い歯に、濡れた赤い舌が情欲を誘う。
親友の痴態を見て興奮するなんて、背徳的で最低なことだ。
だが、抑えきれない。
昨夜のクラウドを思い出す。
そして映像の中の彼を、自分が犯している錯覚に陥る。
誰にも渡したくない。
誰にも。
そしてその後すぐに、ザックスはフリードの執務室に行った。
自分がクラウドに、取り返しのつかないことをしたとわかっている。
でもだからといって、フリードに彼を渡すわけにもいかなかった。
あの部屋の惨状。拘束されていた体。
いくら合意であっても、彼の幸せとは思えない。
「クラウドに二度と近づくな。」
開口一番に、ザックスはフリードに向かって言う。
「それはクラウドが決めることだろ?」
フリードは相変わらず、嫌な笑いをうかべていた。
「――違うな。」
ザックスは、冷ややかな声でいう。少しも躊躇いなど生まれなかった。
「俺が決めることだ。」
…廊下には、フリードの悲鳴が響いた。
「ザックス。」
トレーニングルームの入口で、カンセルに声をかけられる。
「さっき、フリードが医局に運ばれたぞ。…死んではないけど。」
「ふーん。」
無表情のザックスに、カンセルは顔を曇らせる。
「…昨日、クラウドのところに行ったのか?」
「……あのさ。オマエは、知ってたんだろ。」
「え?」
「俺はたしかに、アイツに理想を押し付けてた。」
ザックスの感情のない冷ややかな声に、カンセルの汗がつたう。
「どうしたんだよ。」
「あいつはオマエが言ってたように、誰とでも寝る、」
「やめろって。」
「たった5万で、男と寝る――淫乱だった。」
「ザックス!!」
カンセルが怒鳴るような声をあげる。
だがザックスは、少しも表情を変えず。視線すら合わせず。
「……それでも、愛してる。」
そう力なく言って、去っていった。
そう、今でも愛してる。
いつかクラウドは「騙している」と言ったが、それは少し違う。
クラウドが無垢で、男も女も知らず、キスもしたことがないと思っていたのは――
彼が自分でそう言ったわけではない。
ただ、ザックスが思い込んでいただけ。
彼を天使のようだと言って、理想を押し付けていた。
……自分以外の男など、知らないでほしいという願望だった。
だから、彼は悪くない。
そうわかってはいても、愛情と同じぐらいの憎悪がこみあげてくる。
他の男に足を開きよがる姿、フリードに愛を囁く声。
それらが勝手にザックスの頭に渦巻いて、判断をおかしくさせる。
その時、メールを知らせる着信音がする。
タークスのレノだった。
『金髪美人が、8番街をウロウロしてるぞと。迎えにきてやれば?』
…クラウドをレイプしたのは、まだ今朝の話だ。
今、彼に会って冷静でいられるとは思えない。勇気が、ない。
メールで、レノに彼を無事に帰すようにと頼む。
『オマエがいいなら、俺が少し味見しとくぞとv(^○^)』
ふざけた顔文字つきのメールがきて、レノに電話をかける。
(あいつ電源切りやがった!)
レノとは古い付き合いで、カンセルとは正反対のタイプ――軽薄で、おちゃらけた男だ。
それはザックスと似ていて、よく二人でつるんでは夜遊びをしていた。
レノが本気でクラウドに手を出すとは思っていない。
あの男は面倒ごとを嫌うし、おそらくザックスの反応を楽しんでいるだけなのだろう。
それでもじっとしていられず、気付けばクラウドの部屋に向かっていた。
正直なところは。
ただ、彼に会いたかっただけかもしれない。
会うのは恐いが、それ以上に会えないのはもっと恐かった。
カードキーはもっているが、勝手に入る気にもなれず、クラウドの部屋の前で彼を待つ。
彼は自分がこの部屋のキーをいまだに持っている事実を知らないかもしれないし、
このキーは二度と使ってはいけない気がした。
しばらく待っていると、彼が帰ってくる。
クラウドはザックスを見て驚いたようだが、以前のように笑ってくれた。
昨夜の男がザックスだとは、少しも気付いていないらしい。
「お帰り」と声をかけると、「ただいま」と返してくれた。
二人で過ごした、愛しい日々がよみがえる。
(…でももう、あの頃の二人じゃない。)
クラウドの顔を、ザックスは直視できない。
先ほど見たビデオの少年と、目の前の少年は同一人物なのだ。
あの映像を見ながら、ザックスはひどく興奮して自慰に及んだ。
彼を犯す妄想をしながら、愛しいのか憎いのかわからない気持ちで、頭がおかしくなりそうだった。
欲情しながら、泣いた。
そして今、目の前にいる彼の声を聞くだけで。昨夜の行為が思い出される。
あの狂った支配欲が、また襲いかかろうとする。
そう思って、否定する。
(……あれは、暴力なんだ。)
自分の姿を隠し、拘束された相手を犯すなんて、インモラルもいいところだ。
彼に、謝罪しなければならない。
そうでなければ――前には進めない気がした。
そう思案していると、クラウドが突然倒れだす。
彼は額に汗をかき、ひどい熱だった。
彼を自分が以前使っていたベッドに運ぶ。
昨日の行為が思い出されて眩暈がしたが、何とか煩悩を振り切って看病に専念した。
熱にうかされた彼が言う。
「夢なんだ…だから、ザックスがいてくれるんだ…」
「え?」
「覚めなければいいのに…」
「…クラ?」
「あんな現実はいらない…お願い、覚めないで…」
宝石のような涙が、彼の瞼から流れる。
その零れ落ちた涙が、ザックスの胸を突き刺した。
クラウドは、現実をいらないという――昨夜のような行為を。
そして今、彼の目の前にいる、親友≠ニいう安全な男を求めている。
彼が望むのは、汚い欲望に駆られた男なんかではない。
ともに日々を過ごしてきた、ただ優しく笑ってくれる男なのだ。
…もし、クラウドに知られたらどうなるのだろう。
昨夜、自分を気絶するまで犯した男が、目の前で手を握る親友だと知ったら。
きっと彼は、失望する。
ザックスを憎み、軽蔑し――
そして他の誰かのもとへ、行ってしまうのか?
フリードのような、下卑た男のもとへ。
(そんなのは、耐えられない――)
クラウドは、自分を綺麗でないという。
「もう綺麗な魂じゃ、いられないね…」
そういって失くしたピアスにすがる。
そうじゃない。
醜いのは他でもない、自分だ。
今、ザックスは、彼に大きな嘘をついている。
そしてそれを明かす勇気など、もうない。
どうやってクラウドを繋ぎ止めるか――それしか、考えられなかった。
クラウドを繋ぎ止めるには、どういたらいいのか?
良い親友≠演じ続ければいいのか。
それともたった5万ギルを払えばいいとでもいうのか。
……考えても、答えなんかでない。
数日後の真夜中――気付くと、ザックスは再びクラウドの部屋にきていた。
この二人で過ごした部屋で、クラウドは今夜も男の相手をするのか。
フリードは、ザックスが病院送りにした。
そうしたことで、クラウドと寝ていたと思しき男達は、同じ目に合うのを恐れ逃げまどっている――だが。
(……誰も、逃がすか。)
クラウドと寝たやつらは、いずれ捕まえて半殺しにしてやろうと思う。
たとえクラウドが望んだものだとしても、彼の体を知るやつらは、どうあっても許せない。
ザックスは、クラウドの寝室に音もなく入る。
彼は、静かな寝息をたてて眠っている。
ザックスがゆっくりとクラウドの方に近づくと、彼は目を覚ました。
一緒に住んでいるときから感じていたが、彼は眠りがとても浅い。
…まるで安心して眠ることがないように。
「誰…。」
ザックスはソルジャーの能力で夜目がきくが、彼からはザックスが見えていないだろう。
部屋の中は月明かりすらない、真の暗闇だ。
名乗るべきか、名乗らないべきか、躊躇していると。
「…また、5万でヤりたい人?」
そう聞かれ、ザックスは言葉を失った。
彼は、本当に金のために男と寝ているのだろうか。
(たった5万ギル欲しさに?)
クラウドは、倹約家で無駄遣いは一切しないし、物欲もない。
少ない給料の中で、ニブルヘイムにいる母にそのほとんどを送っている。
もし、金に困っているというなら――なぜ、ザックスに言わないのか。
彼のためなら、全財産投げ打っても惜しくは無い。
どう考えても、5万なんて彼の価値ではないではないか。
もはや怒りなのか悲しみなのかわからない感情が、ザックスの頭の中を渦巻いていた。
すると突然、クラウドが言う。
「アンタ、こないだ、の…?ピアス!!返して!!…持ってるんだろ?」
おそらくクラウドは、ピアスはあの夜になくしたことに気付いたのだろう。
ザックスは、ポケットの中で例のピアスを握りしめる。
(本当の、クラウドを知りたい…。)
ためすような思いが、ザックスに生まれる。
「……返してほしい?」
「…うん、今すぐ。」
「――嫌だって言ったら?」
きっと、彼は次にこう言う。
「……何でもするから。返して。」
予想通りの彼の言葉に、ザックスは眩暈がした。
「ふーん、何でもって、何してくれんの?」
聞きたくないのに、聞いてしまう。
「…ヤりたいんだろ?いいよ、そのかわり約束は守って。」
…これが、真実なのか。
「いつも、そうやって。男を誘うのがお前の日常なのか?」
そんな自分を安売りして、男に足を開くのが普通だと。
「だったら何?さっさとしてよ。明日早いんだ。」
――あの無垢な少年はどこに?
ザックスの中で、再び狂気が生まれるのを、感じていた。
でももう、抗おうとは思わなかった。
――なあ、クラウド。
『愛しているから』なんて、卑怯な言い訳だよな。
だけど、それでも繋ぎ止めたかった。
どうしても。オマエだけは、どうしても。
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