C-brand

 

 


 

 

 



 

 

 

――後悔したって、もう遅い。

                                                                                                (side Zack)

 

 

クラウドが気を失う直前、叫ばれた自分の名前。

ベッドに沈み動かない彼を前に、ザックスは固まっていた。

 

 

なぜ、自分の名前を呼んだのか。

俺の大事な人に似てるから嫌だ

似てるんなら、俺のことそいつと思って感じてよ

(――大事な人って)

 

そんなに、好きなのか?

死ぬほど

(――まさか。)

 

「う、そ、だろ……?」

ザックスの体がガクガクと震えだす。

――そんなはずはない。

クラウドは、ザックスよりもフリードを選んだのだ。

しかも金で男と寝ていたくせに、ザックスにはそれを少しも求めなかった。

金もセックスも、そのどちらも。

そしてあの日、教会ではっきり『NO』とフられた。

だけど――

 

ザックスの目に、自分の首にかかった銀の十字架が映る。

この十字架は、彼が15年間ずっと外せなかったモノだ。

アンタの幸せだけを想ってる。それを、ここに誓うよ。

自分はいらないから、貴方にだけはご加護を。そういう自己犠牲的な愛情表現らしいぞ

 

…そういえば、泣きながら聞いたカンセルの言葉は、何だっただろう。

彼はたしか――

 

本当ニ オマエノコトガ 好キダッタカラダロ?

―――そう、言っていた。

 

 

 

「嘘だ!…嘘だろ?なあ…」

ザックスは、気を失ったクラウドの細い肩に顔をうずめる。

「もう、嘘はいいから……」

何が、彼の真実なのか。

 

男を誘う、淫乱な彼?手を握っただけで赤くなる、無垢な彼?

金で男の相手をする日常?ザックスといて幸せだと笑った、愛しい日々?

フリードを好きだった?それとも、本当は――

 

ザックスは、声をあげて泣いた。

それは後悔か、自分自身への激しい嫌悪か。

本当は泣く資格すら、有りはしないと知っている。

 

――だって、自分は『ザックス』として、クラウドに真実を聞いたことはなかったのだから。

ただの、一度も。

 

 

 

 

ザックスは、逃げるように部屋を出た。

シーツを代えることも、クラウドの体を清めてやることもせず、気を失った彼を一人ベッドに放置して。

自分の衣服すらまともに着れず、ほとんど着乱れた状態で部屋を飛び出した。

まだ暗い寮の廊下を転がるように走りながら、一度も振り向けなかった。

…恐かった。

真実を知ることが。彼にしてしまった罪が。そして、彼を永遠に失うことが。

今まで、こんなに何かに脅えたことはない。

体の震えが、止まらない――

 

 

 

 

ザックスは、クラウドから逃げ続ける。

彼を避けるように生活して、ソルジャー専用のマンションにほとんど引きこもっていた。

今まで欠くことのなかった任務やトレーニングにすら、出なかった。

任務に出ればクラウドに会うかもしれないし、それ以前にそんな精神状態ではなかった。

食事もほとんどとれず、体重は一気に減った。

眠ることさえままならない。眠れば、クラウドを無理やり犯す悪夢にうなされる。

それは今までのような、性欲からくる夢とは違う。

夢の中でクラウドは、ザックスに対し嫌悪と失望に満ちた表情になり――

自分はどうしようもなく最低な人間なのだと、思い知らされた。

 

ザックスが何かに怯えるように『病む』のは、周囲の目にはとても奇異に映った。

明るくバイタリティあふれる、どこにいてもムードメイカー的存在だった男が、

突然廃人のようになったのだから当然だ。

ザックスの上司や友人はひどく心配し、病院やカウンセラーを勧めた。

だがザックスは、そんなのは気休めにもならないと知っている。

どんな治療を受けても薬を飲んでも、クラウドをレイプした現実は変わらないのだから。

 

 

 

 

そんな中、カンセルは特に、やつれたザックスの状態を普通でないと感じ取っていた。

何度もザックスの部屋を訪れては、掃除や食事など、身の回りの世話をして帰っていく。

 

「何があった?」

ある日、いつも通り部屋に来たカンセルにそう問われ、ありのまま答えた。

「あいつを、犯した。」

ザックスは、ほとんど感情が働いていなかった。

 

カンセルは一瞬、表情を硬直させたものの、「そうか」と言っただけ。

カンセルだってクラウドを可愛がっていたし、とても好意的に見えた。

だから責められると思ったのに、カンセルはそうしない。

むしろ、責めてほしかったのに。

 

「クラウドに、謝ってこい。話はそれからだ。」

そう言うカンセルの言葉は、正しい。

悪いことをして謝罪するのは、最低限のモラルだ。

 

――でも、拒絶されたら?

そして二度と彼に触れることが叶わなかったら。

二度と、笑顔を見せてくれることがなかったら。

 

 

 

 

現実から――クラウドから%ヲげ続けて、しばらくが経った。

そして季節が移り。

クリスマスを目前にした、ある冬の日。

『それ』は、起きてしまった。

 

 

――クラウドが、ソルジャーのフリードを殺したのだ。

 

 

いつのまにか、フリードは退院していたらしい。

ザックスはラザードに詰め寄っていた。

「クラウドに何があった?!今すぐ会わせてくれ!!」

もはや、クラウドから逃げている場合ではない。

「彼は今、聴取を受けているから君には会えない。そもそも、彼がそれを望まない。」

ラザードはザックスが任務を拒否していたことを責めることもなく、そう答える。

「何でわかるんだよ?!」

 

「彼がこれまで――何度自殺を図ったか、知っているか。」

ザックスは、頭を鈍器で叩かれたような衝撃が走った。

クラウドはあの捕虜になった日に、一度だけ自害を試みたのではなかったか。

初めての拷問にショックを受けたことによる、衝動的なものだと思っていた。

 

「キミと部屋を別れてから、彼は3度も自殺を図った。どれも、本気な行動だった。」

ザックスの心臓が、凍りついた。

「そんなの、知らない…俺は、聞いてない…!」

声が震えて、うまく喋れない。

「彼がキミに言いたくない、ことだからだ。」

「…まさか、俺のせいで…?」

そうザックスが口にすると、ラザードは不思議そうな顔をする。

「いったい、どうしたんだ…?君の最近の様子を見る限り、彼と何かあったようだが。

だがクラウドの自殺の原因はキミじゃない。それは明らかだ。」

 

…では、いったい何が原因だというのか。

なぜ一言も相談してくれなかったのか。

「俺は、そんな、その程度のトモダチだったのか…何だって、してやれるのに。あいつのためなら、何だって…」

何があったか知らないが、彼が望むならフリードだって自分が殺した。

そう思うほどに、いつだって愛していた。

今だって、叶うならその罪を喜んで代わってあげたい。

 

ラザードは声を低くして、言う。

「キミは、愚かだな。」

ザックスの体が硬直する。

「都合の良いものしか見ようとしなかった。彼に、捕虜になった日。なぜ自殺を図ったのか、

一度でも聞いたのか?」

 

聞かなった。

それだけじゃない、彼は何か騙していると言っていたのに、全てのことを聞けなかった。

傍にいてくれるなら、嘘をつかれたままで構わないと言って。

本当の彼を、彼の闇を、見ようとしなかった。

ただひたすらに、彼を失うことだけを恐れて。

(その結果が、これなのか?

 

ラザードは、今度はザックスを宥めるように言った。

「クラウドは、たぶん有罪にはならないだろう。もう自殺を図るような態度も見せないし、

落ち着いているらしい。」

「有罪に、ならないって…」

フリードを殺したのに?

「正当防衛だ。多少、過剰防衛の感もあるが…ソルジャー相手に抵抗するならば、いたしかたないだろうと、

私がかけあった。クラウドは品行方正だし、模範的な兵士だ。それに、彼の無罪を主張できるだけの証拠が

山ほどある。」

「証拠…?」

ラザードは、ザックスから視線をそらさずに言う。

「ビデオテープだ。」

 

そのラザードの言葉を聞いた瞬間、以前に見た映像が、思い出された。

それは、男を誘うクラウドの姿。

金のために売っていると聞いたビデオテープ――

 

 

「その、内容って。」

あの映像の中で、クラウドは何か言葉をしきりに口にしていた。

嫉妬に狂った自分は、男に悦びの声をあげているのだと思っていたけれど。

「…見るか?知らないということは、罪にもなりうる。」

ラザードはザックスにそう言って、その場で一本のテープを端末に入れる。

そしてザックスを一人残し、彼はブリーフィングルームから出ていった。

 

俺は知らないってことも、罪だと思う

 

いつかカンセルに言われた言葉。

あの時は、その意味がわからなかった。でも今は――

意を決して、ザックスは再生ボタンを押す。

 

 

 

 

その映像は、以前にザックスが見たものと、同じような内容だった。

大勢の男に囲まれて、行為に及ぶクラウドの姿だ。

ただひとつ明らかに違うのは、このテープには音声があったこと――

男たちは、クラウドを口汚くなじる。

『淫売』とか『精液便所』とか、とにかく耳を塞ぎたくなるような罵声。

 

そしてこうして冷静に見れば、その行為はとても暴力的なものに見えた。

クラウドの華奢な体を、少しの加減もなく、何人もの男たちが押さえつけている。

出会った頃に一度見たように、彼の綺麗な肌には無数の痣があった。

クラウドが抵抗すると男達は下肢を強く握りこみ、その痛みに彼はか細い悲鳴をあげる。

少しも慣らさないまま男を受け入れたそこは、ひどく出血していて。

 

男に貫かれながら、クラウドは―――――泣いていた。

生理的な涙じゃない。悦びの声なんかじゃない。

泣き叫ぶように紡がれた、その言葉は。

 

 

『ザックス、ザックス…!!』

 

 

涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら、必死で自分の名前を呼ぶクラウド。

何度も、何度も。まるでその言葉しか知らないように、何度も。

これは、なんだ?

これはどう見たって――

『ザックスにばらされたくなかったら、腰を振るんだよ!!』

 

ガシャン!!

 

ザックスは、ビデオの入った端末ごと、素手で破壊する。

拳からは血が流れたけれど、そんなのはどうでもいい。

放心状態のまま、ザックスはブリーフィングルームを出る。

 

扉の前で、ラザードが待っていた。

虚ろな目をするザックスに、ラザードはしばらく眼をつぶり、そして静かに言う。

「――別に、フリードだけじゃない。クラウドは、入隊当初から兵士やソルジャーに暴行を受けていた。

あの捕虜になったときも。」

「暴行…」

それは、やはり。

 

 

「レイプだ。」

 

 

心の臓を抉られるような、衝撃を受けた。

それは、発狂したくなるほどの。

 

 

 

 

――なあ、クラウド。

嫉妬に狂って、欲に狂って。

本当のオマエを見失っていたのは、俺だった。

オマエの綺麗な魂が好きだったのに、なんで信じてやれなかったんだろうな?

 

…叶うなら。

オマエの手で、殺してほしい。

 

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C-brandMOCOCO (2008.12.11)

 

 

 

 


 

 

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