C-brand

 

 


 

 

 



 

 

 

死よりも孤独よりも、恐れていたこと。

それがついに起きた。

汚い自分を、彼に――――

                                                                                  (side Cloud)

 

 

母親から、長距離電話がきた。

フリードが母に送ったというビデオテープ――

ニブルヘイムは山間部にあるため、郵便事情で今頃届いたのだろう。

クラウドの母親はビデオについては少しも触れず、

「元気にやっているか」「いつでも帰ってこい」を繰り返していた。

あのビデオを見て、母は何を思っただろう。

どれだけの衝撃を受けただろう。

電話の向こうで母親が泣いていることを、クラウドは気付いていた。

自分が情けなく、そして申し訳なく――もう二度と故郷には帰れない、そんな気がした。

 

 

 

 

悲しいことは重なるもので。

――事件は、起きた。

 

夜、クラウドが自室のリビングで講義のレポートをまとめていると、何者かが部屋に入ってくるのがわかった。

『あの男』だろうか、とクラウドは一瞬期待した。

結局、ピアスは返してもらっていない。

あの夜、クラウドは男との行為の途中で気を失った。

そして目が覚めたとき、すでに男の姿はなかった。

クラウドは、いまだ彼の顔すら知らないのだ。

 

しかしクラウドの部屋に入ってきたのは、最も嫌悪を感じる男――

フリードとその数人の仲間たちだった。

いつのまに、退院したのか。

再び襲ってくるであろう悪夢に、クラウドは絶望を感じる。

 

「よう、クラウド。なんだ?ずいぶん元気そうじゃねえか?」

そうフリードに言われると同時に、いきなりクラウドは頬を殴られた。

突然のことで足に力が入らず、壁に叩きつけられてしまう。

そのままフリードはクラウドの腹に馬乗りになり、何度も顔や腹を殴り続ける。

「誰のせいで、こんな目にあったと思ってやがる!!」

「な、に…言って…。」

意味がわからない。

「ザックスだよ!!」

その出された名前に、クラウドの肩が震えた。

 

「おいフリード、そいつに手を出したらまたザックスに半殺されっぞ。」

フリードの仲間が笑いながら言う。

(何で、ザックスが?フリードを入院させたのはザックス?)

無抵抗に殴られながら、クラウドは混乱していた。

 

「うるせえ!こっちは腹の虫が治まらねえんだよ!」

そう言って、フリードはクラウドの着ていたシャツを破り、ボタンが勢いよくはじける。

少しのいたわりもない力で、床に押さえつけられる。

 

…なぜか、ふとあの顔も知らぬ男のことが、頭をよぎった。

同じ力ずくの行為でも、あの男はこんな風にはしなかった。

クラウドに怪我をさせるようなことは絶対にしなかったし、少しでも痛いといえばクラウドの頬をさすり、

ごめんなと繰り返す。

こんな風に髪をつかむ様な事もしない、なぜか優しくとくばかりで。

 

――また、この男達に犯されるのか。そうクラウドが諦めかけたとき。

 

「待てってフリード。そいつで楽しむのは、ザックスを殺してからだろ。」

(――え?)

「いいんだよ。どのみちさっさと殺せばいい話だ。」

(何、言ってるの?)

「で、いつ殺るよ。」

 

クラウドに悪寒が走った。

(これは、何?)

男の荒い息が、クラウドの顔にかかる。がさついた指が、体を這いずり回る。

その感覚に、吐き気がする。――だが今はそんなことより。

今、この横で、まるで当たり前のことのように、話されている内容が信じられない。

フリードの仲間たちが酒ビンを片手に、細かい計画について話しているではないか。

――ザックスを殺す計画が。

 

「やめて!!!!」

クラウドは、無意識に叫んでいた。

「なんで、ザックスを…、ザックスに手を出さないで!」

思わず大声で叫んでしまったため、声がかすれる。

そしてクラウドに覆いかぶさっていたフリードに、また顔を殴られた。

口内に広がる血の味。

「残念だったなぁ、クラウド。ザックスは、知ってんだぜ?」

「……え……?」

 

 

「てめえが腰を振ってるビデオ。ザックスにプレゼントしたよ。」

 

 

頭が、真っ白だ。

ザックスが、ビデオを見た?

ザックスに、全て、ばれた?

―――――――嘘だ。

 

「う、そ…」

体が一気に冷え、震えが止まらない。

「てめえがどんだけ淫乱か知って、吃驚したんじゃねえの?いきなり俺に襲いかかってきやがったよ。」

「…うそ…でしょ…?」

もはやすがるような気持ちで、そう再び聞く。

「しかもその後も、そのビデオに写ってたやつを探してるとかって話でよ」

クラウドの願いもむなしく、フリードは嫌な笑みをうかべながら言う。

 

すると今度はフリードの仲間達がそれに続く。

「そうそう、だから俺たちも、命の危機なのよ。」

「殺られる前に、殺らなきゃだし?」

「――ってことで、殺るのは明日だな。だからよ、あの倉庫に呼び出してよ、」

「いきなり頭に一発ぶちこめば、さすがのあいつもくたばるだろ。」

 

この男たちは、何を言っているのだろう。

つまりザックスは全てを知り、クラウドのためにフリードを襲ったと。

あの堕ちるところまで堕ちた自分の醜い姿を、彼は知ったというのか。

 

――こいつらは。

母親にビデオを送りつけ。

ザックスにまでばらし。

そしてザックスを、殺すというのか?

冗談じゃ、ない。

 

「そんなの、許さない!!」

クラウドは覆いかぶさっていたフリードのこめかみを、力いっぱい殴りつける。

「なんだあ?!いきなりこいつ!!」

殴られたフリードも、周りの男たちも怒りを露にして騒ぎ出す。

だが一番興奮しているのは、クラウドだ。

 

「ザックスに手を出すな!!」

…もう、ザックスにばれてしまったというのなら。

 

 

失うものなんて、何もなかった。

 

 

 

 

「――つまり、それがキミの犯行の動機だね?」

「はい。」

クラウドは、もみ合ううちにフリードを殺してしまった。

仲間たちはそれを見て逃げ出し、クラウドは自分で通報したのだった。

調査部からの尋問をうけている間、クラウドは冷静に対応した。

 

クラウドは、どうやら無罪になるらしい。

押収されたフリードの部屋のビデオテープの山が、レイプの証拠になったという。

それを公然と知られてしまったことは、今更恥じも感じない。

だが。

ザックスに知られてしまった事実――

それを、どう受け止めたらいいのか……

 

 

 

「ところで、ストライフ君?」

「はい。」

「キミのビデオは、私も見たよ。…本当に、無理やりだったのかな?」

ガタイのいい調査部の中年の男が、厭らしい笑みを浮かべていう。

「そう、言ったはずですが。……どういう、意味ですか。」

「キミは、誘うような体をしてるね…。今もそう、私を誘ってるんじゃないのか?」

 

そう言って、息を荒げながらクラウドの服の間に手をいれる。

あまりの不快さに、ぞわりと鳥肌がたった。

「やめろ!!」

クラウドがその男の手を叩き落す。

するとその男は急に声を荒げ、すごい力でクラウドを机に押し付ける。

「おとなしくしろ!!この淫売が!」

 

抵抗しても、クラウドの2倍近い体格の男が相手では、意味をなさない。

なぜ、自分は。

こんなところでまで、情けない目にあわねばならないのか。

「もう、やだ!!誰か!誰か助けて!」

「誰もこねえよ、おじょうちゃん。」

そう気味悪く言って、クラウドのズボンと下着を下げる。

机に顔を押し付けられたまま、クラウドは叫ぶ。のどがかれるほどの精一杯の声で。

「誰か助けて!!」

 

 

――デモ、『誰カ』ッテ誰?

 

 

ふと、気付いた――。

自分には、ずっとザックスしかいなかった。

そしてこんな汚れた自分を知った以上、もう彼が笑いかけてくれることはない。

ビデオを見て、ザックスはどんな顔をしたのだろう。

男に犯されている醜い自分を見て、あの優しい青の瞳を、失望の色に染めたのだろうか。

……今頃、軽蔑してるか、気持ち悪がられているか。

それとも、彼は優しいから、哀れんでいるのだろうか。

――どのみち自分はもう、『彼の一番』には成りえない。

 

そう考えた瞬間、男の凶器が、自分の中に割り入ってくるのがわかった。

8歳のとき、教会で神父に犯されたときと同じ。

その後も何度も繰り返された悪夢と同じ。

少しも変わらない。

なんて、醜い世界なんだろう。

なんて醜い自分なんだろう。

 

――どこに逃げたって、少しも変わらない。

 

 

 

「何、やってんの…?」

 

 

 

そのとき、絶対に聞きたくない声を、聞いてしまった。

尋問室の扉から聞こえてきた声――それがクラウドを、更なる絶望へと導く。

だってその声は――

それが誰かわかってしまって、クラウドは振り向けない。

 

「おい、何やってんだよ!!」

――ザックスだ。

「いや、これは、その、コイツが誘ってきて…」

調査部の男は慌てて言うが、次の瞬間にはザックスの拳によって、壁に吹っ飛ばされていた。

骨がくだけるような音がして、その男は失神した。

 

クラウドは押さえ付けられていた机から、床に崩れ落ちる。

顔はふせたまま、ズボンや下着もだらしなく膝まで落としたまま。

「…クラウド、平気、か…?」

そう言って、ザックスがクラウドの前で膝を落とす。

(平気なわけ、ない――)

男に犯されている場面を、他でもないザックスに見られてしまったのだ。

「ごめん、な…もっと早くきてやれば…。」

そう言って、クラウドの乱れた服を直し始める。

 

「…いで…」

「え?」

「見ないで!!」

耐えられず、クラウドは泣き叫ぶ。

そして床に伏せて、蹲ってしまった。

 

ザックスはしばらく沈黙し、クラウドを抱きよせるようにして言う。

「……無理だよ、ごめん…。もう見ないふりも、気づかないふりもしない。

…俺、オマエに謝らなきゃいけないこと、あるんだ。」

震えるクラウドの背をさする。

「……俺の、ビデオ、見たんだろ?」

「…クラウド…」

「気持ち悪いって、思ったんだろ?!」

こんなことをザックスに怒鳴りつけてどうなるというのか。

悲しくなるだけなのに、クラウドは抑えきれない。

 

―――消えてしまいたかった。

彼の目の前から、欠片も残さず消えてしまいたい。

 

「…見た…よ。ごめんな。」

そう言ってザックスは、なおもクラウドの背中を優しくさすり続ける。

(やめて…!)

そんな風にしないでほしい。

そんな風に、優しくされると切ない。

心が痛くて、死んでしまいそう――苦しい。苦しい。

(汚いとか騙してたなとか、罵ってくれればまだいいのに…)

そう思ってみても、結局ザックスはそんなことを言う人でないと、わかっていた気がする。

 

落ち着かせようとしているのか、何度もクラウドの背をさするザックス。

思い切ってクラウドが彼を見上げると、彼は真っ直ぐにこちらを見ていた。

目が合うと、もう一度「ごめんな」と繰り返す。

――なぜ、ザックスはここにいるのだろう?

ふと疑問に思った。

 

「…何しに、きたの?」

かすれた声でクラウドが聞くと、ザックスはことさら優しい声になる。

「迎えにきた。」

背中をさすっていた手がとまり、クラウドを支える様に腰にまわされる。

「でもまだ」

「保釈金、払ったから。もう帰れるよ。」

さっきの男と同じところを触られているのに、その感覚は全く違う。

その優しい手の力が、どうしようもなく切ない。

「かえ、る…?」

 

ザックスの言葉を反芻したクラウドの肩に、彼は自分のグレイのジャケットをかけると。

とても甘い声で言う。

「一緒に、帰ろう?」

そして、いつかそうされたように――

 

 

 

触れるか触れないかの、キスをされた。

 

 

 

――なあ、ザックス。

誰か助けて≠チて叫びたくても、その『ダレカ』なんて、生まれたときからいなかった。

 

だけど今なら、呼んでもいいのかな?

アンタの名前、呼んでもいいのかな?

 

NOVEL top

C-brandMOCOCO (2008.12.15)

 

 

 

 


 

 

inserted by FC2 system