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共に生きていけるなら。

他にはもう、何も望まない。

                                                                                               (side Zack)

 

 

クラウドの手をひいて、ザックスは1ST専用のマンションに帰った。

クラウドが住んでいた寮室は、まだ調査部が何やら調べていて出入りができない。

だがザックスはどの道、あそこに彼を帰す気はなかった。

 

あの部屋で、クラウドはどんな目に合っていたのだろう。

どんなに泣いて、どんなに絶望して…何度『ザックス』の名を呼んだのか。

クラウドは3度も自殺を図ったと、ラザードは言っていた。

もし、そのとき彼が――命を絶ってしまっていたら?

想像しただけで、身の毛がよだった。

ザックスはクラウドの冷たくしなやかな手を、強く強く握り直す。

 

ラザードにビデオを見せられたとき、そして尋問室で彼がレイプされているのを見たとき。

今まで抱いていた彼への欲望だとか、彼に拒絶されることへの恐怖だとか。

そういう弱い心が消えて――ただ彼を護りたい、ひたすらにそう強く思った。

もしも共に生きていけるなら、もう何もいらない。

体を求めたりしないし、理想を押し付けたりもしない。

 

 

 

何も求めない。ただ、与えてあげたい。それだけでいい。

 

 

 

マンションの玄関に入った瞬間、クラウドは困惑した顔をして立ち止まった。

「クラ。何もしないよ。」

そう笑って、クラウドの髪を撫でてやると、彼は首を振る。

「…え?ごめん、違う…ザックスと帰ってきたのが不思議な感じがして…二度と、会えないと思ってたから」

そう言いながらクラウドが俯く。そんないじらしい言葉が、たまらなく愛しい。

本当は抱き締めたかったけど。

それが性的な意味に捉われるのが恐くて、やめた。

 

 

 

ザックスは早めに夕飯を作ってやり、クラウドに勧める。

彼の体を暴いたときになぜ気付かなかったのか――クラウドは以前より痩せた。

ただでさえ折れそうだった腰が、さらに細くなったのが服の上からでもわかる。

顔色も恐ろしく白く、少しの赤みもない。

皮肉なことに、それらは彼の美しさをいっそう際立たせているようだ。

どんなときでも、彼は美しい。

……たとえ、何度男に犯されようと、少しも変わらず。

 

「ほら食えよ。オマエ、グラタン好きだろ?」

「うん…いただきます。」

風呂に入ってから一度も口を利かなかったクラウドが、そう言って食べ始める。

それを見てザックスは安堵し、自分もスプーンを動かす。

考えてみれば、自分もまともに食事をしたのは久しぶりだ。

 

「…母さんの、グラタンもおいしいんだ。」

突然そう言われ、ザックスはクラウドに微笑みかける。

「うん、クラの母ちゃん、料理うまいって言ってたよな。」

「けど、一番おいしいのはクリームシチューなんだ。キノコいっぱい入ってて。ザックスにも食べてもらいたい。」

胸が熱くなって、ザックスは笑顔で言う。

「うん。すげえ食いにいきたい。クラの母ちゃんに会いたいし。年末の連休にでもさ、行かないか?」

彼は静かに笑う。

「行けたら、良かったな。」

「クラ?

過去形なのが気になって、聞き返す。

「もう、帰れないから。」

 

なんで、とザックスが言う前に、クラウドは席を立ってしまった。

慌てて追いかけると、クラウドはキッチンでコーヒーを汲んでいる。

「…どうした?」

もしかして、フリードを殺してしまったことが母親に伝わったと、恐れているのか。

「今回のことだけど…ニブルの母ちゃんには連絡してないって、統括が言ってたぞ?」

「……らしいね。」

「もし伝わったって、正当防衛なんだから。……それに、聞いた。あいつら俺を殺す計画、立ててたんだろ?」

クラウドは振り向かない。

表情が見えなかったので、ザックスは後ろから優しく抱き寄せる。

『抱きしめる』のは、恐がられてしまいそうでまだ気がひけた。

 

「俺を、護ろうとしてくれたんだろ?ありがとな、クラウド。」

きっとクラウドは、自分のために戦ってくれたのだ。その綺麗な手を汚してまで。

「…許せなかったんだ。」

ぽつりと、クラウドが言う。

「あいつら、ザックスに言わないって言ったのに、ビデオ見せて。しかもザックスを、殺すとか言って。」

「うん、ごめんなクラウド。」

どう言ったら良いかわからず、ザックスは謝る。

 

「母さんにも、ビデオ送った。」

「…え?」

「母さん、何も言わないけど。電話で泣いてた。」

ザックスに、衝撃が走った。

 

フリード達は、そんなことまでクラウドにしたというのか。

何度も彼を殴り、ビデオを盾に脅し。

望まないセックスを強要して、彼の心をさんざん辱め――

しかも母親にその映像を見せるなんて、悪趣味にもほどがある。

なぜ彼だけがこんな目にあうのだろう。

(…いや、俺も同じことをした。)

彼を犯し、その綺麗な体と心を弄んだ。彼を苦しめたのは、自分も同じだ。

 

「……帰ろう、ニブル。俺も一緒に行くから。」

「…一緒…?」

「ああ、ずっと。―――ずっと一緒だ。」

今度こそ、彼を力強く抱きしめた。

 

(全てクラウドに、話そう。)

汚い欲望を彼に持っていたこと、嫉妬に狂って彼に暴力を振るったこと。

そして――彼にどんな過去があっても、変わらず愛しているということ。

むしろ今まで以上に、愛していると。

 

二人でただ、生きていきたい。

彼との未来がほしい。

だから。

 

 

 

 

「ザックス。」

ベッドに洗いたてのシーツを敷き、クラウドの寝床を作っていると、彼が寝室に入ってくる。

クラウドはザックスの紺色のパジャマを着ていて、小さな体には不釣合いなそれがたまらなく可愛い。

ザックスは今までパジャマなんてほとんど使ったことはないが、こんな風にクラウドが着てくれるなら。

何着でも買っておけばよかったなどと考えてしまう。

こんなときにも平和な自分の頭が、情けないが。

 

「オマエはこのベッド使って。俺はソファ使うから。」

どこでも寝れるし、とザックスが笑って言うと、彼が俯いて言う。

「話が、あるんだけど。」

「うん?いいよ。……俺も、あるんだ。」

クラウドに言うなら、早い方がいいだろう。

このまま騙すように傍にいるのは、心苦しい。

 

二人ベッドに腰かけて、話をする体制になる。

「オマエの話って、なに?」

なかなかクラウドが話し始めないので、ザックスが問う。

すると彼は膝を抱えて顔を伏せたまま、小さな声で言う。

「……軽蔑、した?」

「え?なに、どういう…」

いきなり言われた言葉が理解できず、ザックスは戸惑う。

「だから、あんな……男とやるような、ヤツで……」

「んなわけあるか!」

 

思わず大きな声を出してしまい、ザックスは頭をかく。

「あ、大声出してごめん…。軽蔑なんてするわけないだろ。そんな風に言うなよ。」

「…優しくしてくれなくて、いい。軽蔑されたって、怒鳴られたって当たり前なんだ。だって俺、騙してたから。」

「騙されてなんかない。」

ザックスは、はっきりと言う。

クラウドが悪いんじゃない。そう、今ならわかる。

悪いのは、クラウドを無理やりねじ伏せた男たちだ。

クラウドを信じきれず、嫉妬に狂ったザックス自身だ。

 

「騙してたよ。ザックスに、綺麗なふりしてた。…どこが綺麗なんだか、笑っちゃうよね。」

「綺麗だよ。今だって。」

心からそう思う。彼は綺麗だ。今だって、誰よりも。

「綺麗じゃない。――8歳のころからだよ?」

「え?」

 

クラウドは、まるで他人事のように、淡々と続ける。

「教会の神父に、ヤられた。村長は俺が誘ったんだって言ってた。」

ザックスは、言葉を失った。

8歳の少年に誘ったなどと―――あまりに馬鹿げている。

そんな幼い頃から、彼は苦しんできたというのか。

 

「こないだなんか、ザックスに似た奴がいて。暗くて見えなかったけど、声とか行動とかすごく似てたんだ。」

「それは…」

それは、自分だろう。

「そいつにヤられて、喜んでた。男にヤられて、普通じゃないよ。でも、」

「あのな、クラ」

「ザックスとしてる気分になってた。」

「え」

「最低だよ、俺。…汚いよ。……汚すぎる!」

 

そう泣き叫ぶように言って、クラウドはもう何も喋らない。

「あのな、クラウド…。オマエは汚くなんかない。汚くなんか、ないよ。」

繰り返し言う。

あの日の自分の愚行が彼を苦しめているならば、全部自分のせいだ。

 

「…汚くないって言うなら」

クラウドが、顔をあげる。

涙が大きな眼にたまって、とても綺麗だ。

 

「うん?」

ザックスは優しく聞き返す。

「一度だけで、いい。一度だけでいいから…それでもう、生きていけるから……」

彼は言いづらそうにしながら、でもザックスの顔を見て言った。

 

「――――して。」

 

一瞬ザックスは、固まった。

して?何を?

そして思い当たったとき、一気に赤面した。

「あ、あのな、クラウド?ものには順序というものがあってだな?てか俺、勘違いしてないよな??」

ザックスは、この上なく焦った。

まさか彼にそう言われると思っていなかったし、まだ自分は真実を打ち明けてすらいない。

そもそも、もう体を求めないと心に誓った矢先だ。

 

「……だめだ。今は、まだ。」

深呼吸して自分を落ち着かせてから、ザックスは言う。

もっと、彼を大事にしたいのだ。

体だけ欲しいのだと、思われたくない。

 

クラウドは目を伏せ、悲しそうな顔で言う。

「そう、だよね…。こんな汚い体じゃ嫌だよね。そもそも男だし。」

「そうじゃないって。ただ、大事にしたいんだよ。ずっと一緒にいたいから、だから」

とても誠実な気持ちで、ザックスは言う。

そのとき。

クラウドが突然――――噛み付くようなキスをしてきた。

 

思いもしなかったその行動に、ザックスは放心する。

だがその相変わらず下手なキスに、愛しさが込み上げて。ザックスはそれに応える。

…クラウドは確かに、多くの男達の相手を強いられてきたかもしれない。

でもきっと、ザックスとのキスが初めてだったのだ。

別に理想を押し付けるつもりはもう、ない。

彼の真実だけを見ていこうと思う。

 

いつのまにかザックスがキスをリードしていて、クラウドの口内を味わう。

歯磨きをした直後だからか、ミントの味がした。

ずっとこのまま味わっていたい、そう思ったとき。

「ふぁ、は…」

クラウドの声が漏れるのを聞き、ザックスは慌てて口を離す。

彼に、ばれたかもしれない。

自分の下半身にクラウドの太ももが触れており――熱を持ってしまったことが。

こんなに好きなのに、大切にしたいのに。

性欲だけは相変わらず強い自分が、本当に嫌になる。

 

「ごめん、クラウド。俺、そんなつもりじゃなかったんだけど。」

そう言って誤魔化す。

(水でも浴びて頭を冷やすしかない。)

逃げるように部屋を出ようとすると。

「俺じゃ、だめなの?」

――クラウドは、泣いていた。

 

拒絶したと、思われたのだろうか。

そんな風に泣かしたくなかった。もう、彼の涙は見たくない。

ザックスは、ベッドに座っているクラウドの前に立ち、包むように抱きしめた。

「オマエ以外、何もいらねえよ。」

「……俺のほうが、そうだよ。」

そう可愛すぎる泣き顔で言われ―――限界だと思った。

愛しさを抑えるのは、もう。

 

「俺が今、どんだけ余裕ないかわかってないだろ。」

「……。」

「優しくする、から。―――抱いていい?」

「…ううん。ひどくして、ほしい。」

「どうして?」

「許されてるって、勘違いしたくない。だから、ひどくして。」

クラウドは、やはりクラウドなのだ。ずっと自分を責め続けるのだろう。

 

 

「―――嫌だ。これ以上ないってほど、優しくする。」

そう言って二人、ベッドに沈んだ。

 

 

 

 

――なあ、クラウド。

そんなに脅えないで大丈夫、愛しているよ?

オマエとの未来があれば、もう何も望まない。

 

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C-brandMOCOCO (2008.12.20)

 

 

 

 


 

 

 

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