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きっと誰もが、彼を愛している。

                                                                                  (side Zack)

 

 

ずっとずっと、思い馳せていた恋人同士の朝=\――

 

ザックスは、クラウドを胸に抱いたまま目が覚めた。

外は薄暗いのに、腕の中の金髪が、窓から漏れるわずかな光さえも反射させて眩しい。

その金糸をとくように、指を差し込んで撫でてやる。

この柔らかい感触が、ザックスはとても好きだ。

 

クラウドは少し身じろぎ、肌を寄せてくる。

窓の外は、雪が降っている。

寒いのかもしれない。

少しずり落ちた毛布をかけ直してやると、クラウドの足がザックスの足に絡められる。

…やはり、寒いようだ。

 

体ごと引き寄せ、抱き締める。

腕の中の温もりが、どうしようもなく愛しい。

人の体温が、こんなに心地よいものだったなんて、知らなかった。

(寒いのは、俺かな?)

 

眠るクラウドの顔に、見惚れる。

昨夜、ザックスの腕の中で泣き続けた彼の目じりは、まだ少し赤い。

起こさないように、その目元に軽くキスをする。

昨夜はお互い見つめあって。いつまでも抱きしめ合った。

…それでも、何度でも見とれてしまうのは何故だろう。

こんなに間近で見ても、白く抜けるような美しい肌。

甘い吐息が漏れる、ピンクの唇。

女の子より長い金色の睫毛が、影を落としていて。

いつだって彼は、誰よりも。

「綺麗だな………。」

 

「そういうこと、寝てるときに言うの悪趣味。」

いきなりクラウドが目を開けたので、ザックスは笑う。

「ごめん、起こした?」

寝顔も好きだが、金の睫から現れたアイスブルーの眼もたまらなく好きだ。

「…久しぶりに、よく寝た。もう昼かな?」

彼の少しかすれた声が、昨夜の愛し合った証拠かと思うと、笑顔になってしまう。

恥ずかしいのか、顔を毛布で隠すクラウドが、どうしようもなく可愛い。

「まだ、朝だよ。もうちょい寝たら?っていうか、俺がこのままでいたいから。」

腕枕をしたまま、クラウドの髪に顔をうずめる。そしてまた、髪をといてやる。

もう少し恋人同士の朝≠味わっていたい。

 

「……朝から優しくするなよ。」

そう言ってクラウドがまた足を絡めてくる。

「これから一生、優しくするよ。寒いの?」

ザックスが笑って返すと、彼が毛布から少し顔を出していう。

「ザックスが、寒いと思って。」

そうしてクラウドと目が合ったとき、昨夜の彼の言葉が思い出された。

ザックスに向けられた、愛の言葉。

 

――もう息の仕方もわからない

 

彼がいなければ、息もできないのは自分だ。

眼の奥が熱い。

「……そうだな、寒いのは俺かも。あっためて。」

そう言ってどちらからというわけでなく、ただ自然にキスを求め合った。

 

 

窓から見える、白い雪。

腕の中の、白い肌。

抱き締めれば溶けてしまいそうなほど、不確かで、儚い――あまりに非現実なそれ。

けれど確かに、彼はここにいる。

 

それを確かめるように、何度も肌をさまよった。

 

 

 

 

クラウドは、やはり無罪になった。

レイプの事件は公になり、フリードの仲間もすぐに逮捕された。

ビデオを買った上層部の人間も、一部処分されたという。

ザックスとしては、たとえ法で裁かれても、今まで彼に手をあげた人間を許す気はない。

何かの形で痛めつけたいという黒い気持ちは、やはりどうあっても消えない。

でもそれを知ったらクラウドが気にするだろうし、今はそれ以上に、彼が心配だった。

…事件が公になったことで、彼が辛い思いをするのではないかと。

「ザックスに知られることよりも、恐いことなんてないよ。」

だから大丈夫だと、クラウドは笑う。

 

事件のことから、クラウドはしばらく休暇になった。

状況が沈化するまで自主訓練のみという、おそらくは上からの配慮なのだろう。

周囲は事実を知って、正当な憤りを感じる者もいれば、彼を好奇の目で見る者もいる。

ザックスとしては、彼をくだらない噂話の的にしたくなかったし、少し痩せすぎた体のことも心配であるから、

長く休めるぐらいがいいと思っていた。

それに今は、なるべく二人の時間を大切にしたい。

これまですれ違ってきた分、鬱陶しいほど甘やかしてやりたい。

だからザックスも、彼の休暇に合わせて無理やり休みをとりつけた。

 

今日の任務が終われば、後は年始まで連休に入る。

12月24日――神様の降誕祭。

いわゆる、クリスマス・イヴだ。

 

 

 

 

ミッション帰りの輸送機の中、ザックスがクリスマスソングを歌っていると、カンセルが突っ込む。

「おい、この音痴。何浮かれてやがる。」

少しの遠慮も無い大声で歌っていたから、顰蹙を買っても当たり前だが、そんなのは気にもしない。

浮き足立ってしまうのは、しょうがない。なぜならば。

 

「今日はクリスマス・イブだろ?家でクラが待ってるからさ〜」

「独りもんには辛い夜だな…」

肩を落とすカンセルに、ザックスは笑う。

「うち来る?飯ぐらいなら出してやるぞ。クラも喜ぶし。ケーキもでっかいの、予約してあるんだ。」

カンセルは苦笑して肩をすぼませる。

「いや、さすがに今日はやめとくよ。馬に蹴られて何とやら、だろ。」

「さすがカンセル!空気読むね〜。」

ザックスがふざけて言うと、カンセルに頭をはたかれる。

「クリスマスって、もとは北の神様の祭りなんだろ?きっとクラウドにとっては特別な日だろうな。」

カンセルは、ザックスの首にかかる十字架を見ながら言う。

 

 

クラウドはわずか8歳のとき、教会で乱暴を受けたと言っていた。

そのときから、神様なんか信じないと言って生きてきたのだろう。

…それでも救いはあると、この十字架にすがりながら。

無意味な十字架≠ニわかっていながら、それにすがることしか出来なかったなんて。

――何て悲しいんだろう。

 

二人がひとつになったあの夜、クラウドはザックスの腕の中で。

声をあげて、子供のように泣いていた。

彼は今まで、こんな風に泣くことすらできず、いつも一人で声を殺し泣いていたのだろうか。

誰かに助けを求めることもできず。…独りぼっちで。

 

叶うなら、8歳の彼に会って護ってやりたい。

そんなできもしないことを、考えてしまう。

 

 

「…カンセルは、さ。普通じゃないって思う?」

「何が。」

「俺たちのこと。」

「男同士だって?…何をいまさら。」

 

移民の多いミッドガルは、他民族国家であり多宗教国家だ。

同性愛者も多いし、寛容もされている。実際、同性婚が認められているのが良い例だ。

だが信仰の深い地域は、たいていそういうものに理解は薄い。

クラウドから聞いたことはないが、おそらくニブルヘイムも例外ではないだろう。

彼にとって、同性愛は禁忌でありインモラルなはずだ。

 

(男だとか女だとか、俺はどうでもいいけど。)

彼を前にすれば、性別など意味をなさない。

ただ『クラウド』という存在に、惹かれて。

自然の摂理に反しているとは思えないほど、まるでそれが当然のように、恋に堕ちた。

 

「…そんなの、気にしてんの?」

カンセルが意外そうな顔で聞く。

「俺は別に。神様も信じてないし。でもクラウドはさ…可哀想じゃん。

神様からも、誰からも祝福してもらえなかったらさ。」

「誰からもってことはないだろ。偏見の無い奴だっているし。」

「そう?オマエは?」

「祝福、してやるよ。」

悩んでるオマエって鬱陶しいから、とカンセルは言う。

 

 

ヘリから、ミッドガルが小さく見える。

雪に埋もれ、白で埋め尽くされた街。

温暖化の昨今、この街に雪が降るのは、数十年ぶりだという。

ザックスの故郷は南の離村であるし、雪を見たのは生まれて初めてだった。

……彼と肌を重ねた朝に、窓から見た雪が。

ザックスの人生に舞い降りた奇跡的なこと≠ノ思えて。

 

―――それはまるで、彼という存在のような、奇跡。

 

「…ほんとは、少し。」

カンセルが白い息を吐きながら言う。

「なに?」

寒い機内で、カイロを振りながらザックスは聞き返す。

「少しだけ、恋してたかも。あの子に。」

 

「え?!」

「うざい顔すんな。」

思わず振っていたカイロを破ってしまった。

「だって、クラウドに?!」

「別にどうしたいわけじゃないって。ただ幸せになってほしいだけだよ。」

カンセルが着陸に備えて、ザックスの前にあるシートに戻る。

そして窓の外を見たまま、振り返らずに言う。

 

 

「幸せになってほしい。―――あの子と、オマエに。」

 

 

 

 

輸送機が神羅ビルのエアポートに着陸した後、ザックスは帰宅する前に、街へと出た。

クラウドに渡す、クリスマスプレゼントを取りに行くためだ。

一刻も早く彼のもとへ帰りたかったが、やはり特別な夜にしたい。

少し前に、何か欲しいものはないかとクラウドに聞いたら、彼は特にないと答えた。

物欲のない、彼らしいと思う。……だけど。

 

ザックスには、どうしても渡したいものがあった。

別にクリスマスだからじゃない。ただ、すぐでも『それ』を贈りたかっただけだ。

ベタと言われようと、キザったらしと思われようと、ロマンチックな男は気持ち悪いと怒られようと――。

老舗の宝石店で、予約しておいたものを手にいれて店から出ると、声をかけられる。

 

「ザックス?!ザックス、だよね…?」

そこにいたのは、花売りの少女だった。

「久しぶり、だね。……ずっと連絡くれないから、心配した。」

「ごめん。ここんとこ俺、いっぱいいっぱいで…。元気だった?」

 

少女は、とても柔らかい表情で笑う。

「うん。無事だったならいいんだけど。でも、」

ザックスの手にある小さな紙袋に気付いた彼女は、悪戯っぽく言う。

「……恋人、か。振られちゃったんだね、私。まだ何も言ってないうちに。」

彼女とは、クラウドと出会う前に知り合い、確かに惹かれ合っていた。

クラウドに対する激しい恋慕とは違うが、温かい気持ちだった。

だけど。

「大事に、思ってたよ。でも、ごめんな…。」

彼と、出会ってしまった。

未来を共に歩きたいのは、彼しかいない。

 

「早く、行ったら?待ってるんでしょ?かわいい子が。」

「うん、またな。」

彼女はゆっくりと首を振る。緑の瞳に、優しい光が宿っていた。

「――さよなら、だよ。思い出を、ありがとう。」

そう彼女は、ザックスを真っ直ぐに見て微笑む。

「……うん、さよなら。」

彼女の凛とした強さは、とても素敵だと思う。

でもザックスは、クラウドの持つ壊れそうな心が、その弱さがたまらなく愛しいのだ。

 

――もう、彼との未来しかいらない。

彼のために死にたいと思うほど、彼しか見えない。

 

 

 

 

ザックスは夜の街を、雪を踏みしめて歩く。

愛しい人の待つところへ。気持ちが競って、自然と早足になる。

「――見ちゃったぞと!」

振り返ると、サンタクロースのカッコをした男がいる。

赤い衣服に赤い帽子。ついでに赤い髪…これはもとからだが。

「レノ。…何、そのいかれた格好。」

 

「オマエ、子供の夢に向かって最低だぞと。今の子、本命?」

「そんなんじゃねえよ。オマエこそ、どっちが本命の子なんだよ。」

レノは、両脇に華やかな女の子をはべらかしている。

(こいつも俺に負けない女好きだよな…。)

レノとは以前よく、女の子を連れて遊びまわったものだ。

 

ザックスとレノは、女の子の好みが似ている。

華やかで、巨乳で、少し年上のセクシーなお姉さんが好き。

今回の女の子達も、例に漏れずそんなタイプの子達だ。

雪が降っているというのに、露出が高く、胸の谷間が強調された服を着ている。

ザックスはその谷間を無意識に目で追っていたが、彼≠フ薄い胸の方が

はるかに興奮するななどと冷静に思案していた。

(それに女の子より、クラウドのが甘い匂いするよな…)

どんな美女も、彼の前では霞んでしまう。

少なくともザックスは、そう思う。

 

気付けば彼のことばかり考えている自分に呆れつつ、女の子に笑顔で挨拶する。

自慢ではないが、爽やかさには自信がある。

ザックスにとっては、礼儀のうちだ。

 

「ザックスさんだ〜!これから一緒にパーティー行きません?」

「超カッコイイ!背高〜い!感動!」

イヴだからか、女の子のテンションは異様に高い。

「…レノさんがいるのに、何なんだぞっと…。」

ザックスに纏わりつく女の子達の態度に、レノは本気で凹んだようで、ため息をついている。

 

ザックスはそれを見て苦笑する。

女の子達に騒がれるのは悪い気はしないし、レノが凹むのは少しだけ愉快だ。

でも、この子達に興味は全くわかない。

可愛いとは思うけど、それを言うなら、クラウドのほうが数倍可愛い。いや、数百倍か。

彼の肌を知った今は、なおさらのこと。

…彼の心を知った今は、なおさらのこと。

 

―――彼の全てに、溺れている。

 

「ね、パーティーくるよね?!私ザックスさんになら遊ばれてもいい〜!」

どうやら女の子達は遊び人≠セったザックスの過去を知っているらしい。

「いや、悪いけど。部屋で待ってる子いるから。」

そうウインクして、ザックスは答える。

以前の自分ならば、お持ち帰りしていたであろうブロンドの美女。だけど今は。

「えっ彼女?!」

「どうかな。でも、この世で一番大事な子。」

 

クラウドは男なのだから『彼女』ではないが、それを正直に言うには

彼が可哀想な気がして、適当に誤魔化した。

相手が男といえば、やはり偏見の目で見られかねない。

ザックスはそんなの、気にも止めない性格だが――

セックスのときに女役になってしまう方としては、羞恥があるのではないかと思った。

ただでさえ、彼は潔癖だ。

 

―――綺麗な彼の心を、守りたいから。

 

女の子達に別れを言って、その場から去ろうとすると。

「おい、ザックス!」

レノが持っていた白い袋から包みを取り出して、ザックスに投げる。

30cmぐらいの黒の箱に、金のリボン。どう見てもクリスマスプレゼントだが。

……プレゼントを投げつけるなんて、何て横暴なサンタなのか。

 

「なに、俺に?微妙に気持ち悪いぞっと。」

レノの口調を真似てザックスが言えば、面白くなさそうにレノは言う。

「んなわけあるか!部屋で待ってる金髪美人にだぞっと。」

――金髪美人、それは。

 

「え?なんでオマエが、あいつに?」

「好きだから。」

「は?!」

カンセルならともかく、意味がわからない。

そもそもクラウドと知り合いだったのか。

クラウドのことは可愛いルームメイト≠ニして、多少レノに話したことはある。

だが二人の仲がいいなんて、ザックスは聞いていない。

 

「変な意味じゃねえぞと。ただお前の言うとおり、すげえ可愛い子だったからな。」

「どこが変な意味じゃねぇんだよ?!」

こんなそれなりのサイズのプレゼント、たまたまポケットにありました、というものでもない。

それに、オシャレにラッピングまでされている。

そもそも――かつてのザックス以上に、薄情で遊び人のレノだ。

そのレノが誰かに贈り物なんて雪が降る!

(……雪、降ってるけど。)

 

「だから、ただ優しくしてやりたくなっただけだぞっと!いいだろ?別にプレゼント渡すぐらい。」

「……いいけど。」

渋々納得する。レノは女の子達に手を回して、ザックスとは反対側に歩き出す。

ザックスはプレゼントの中身が気になって、その箱を少し上下に振っていると。

 

 

「――お幸せに。」

 

 

そう言って一度だけ、振り返った悪友は。

…今まで見たことのない、優しい笑顔で笑っていた。

レノには、クラウドとの関係までは話していない。

だが、きっと知っているのだろう――少なくとも、ザックスの想いは。

知った上で、祝福してくれているのだ。

 

 

 

 

―――カンセルも、レノも。

きっと、クラウドへの想いがある。

それがどんな想いにせよ。彼の持つ綺麗な心に、どうしようもなく惹かれたのだろう。

そして、彼の幸せを祈っている。

なんだか自分のこと以上に嬉しくて、ザックスはそのプレゼントを優しく抱え直した。

 

今夜はクリスマス・イブ。

街中にクリスマスソングが流れ、イルミネーションが星屑を散りばめたように、眩く輝く。

粉雪が舞い、子供達や恋人達の笑い声が、絶え間なく聞こえてくる。

 

 

それはまるで彼≠フ未来を、世界中が祝福しているようだと――ザックスは思った。

 

 

 

 

――なあ、クラウド。

神様に祝福されなくたって。誰もがオマエを愛しているよ。

オマエの持つ優しさや弱さ、それが皆どうしようもなく好きなんだ。

 

それを、忘れないで。

 

 

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C-brandMOCOCO (2008.12.25)

 

 

 

 


 

 

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