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それは、魔法だった。

彼が口にしたたったひとつの呪文が、自分の全てだった。

                                                                        (side Cloud)

 

 

――まるで、月が欠けて満ちていくかのよう。

当然のように、クラウドはザックスに惹かれた。

 

 

彼はクラウドに、新しい世界をくれた。

半ば強引に、彼に引きずられるように出ていった街は、全てが新鮮だった。

クラウドはミッドガルに出てきてから、一人で街に出かけたことはほとんどない。

遊び方も、買い物の仕方もわからなかった。

そして隣を歩く誰かも、いなかった。

 

――二人、いろんなところへ行った。

 

ザックスのお気に入りのブティックで、いろんな服を着せられる。

彼は自分のものよりもクラウドの服を選ぶのに必死で、どんどん買い込んだ。

そんなお金はないとクラウドが慌てると、俺がお兄さんなんだからと会計をすませてしまう。

ザックスはいつも強引だ。

彼だってまだ成人していないのに、年上ぶって世話を焼く。

子供扱いするなと反抗すれば、わかったと言って頭をなでてくる。

(少しもわかってないじゃないか。)

睨んでやるが、実はその満足そうな笑顔に、クラウドは弱い。

 

 

 

――そして二人、いろんな顔をした。

 

クラウドが初めて行った映画館。

不覚にもラストシーンで感動してしまい、二人そろってバカみたいに泣いた。

こんなの男らしくない、と情けなさにクラウドが肩を落とすと。

「男の涙に女は惚れるんだ!」とザックスは言い切る。

鼻水を垂らしながら言っても――説得力がない。

お互いの顔を見て、二人声をあげて笑った。

 

 

 

――二人は少しずつ、心を寄せて。

 

ザックスは人ごみを歩くとき、クラウドの手をとる。

一度、街中ではぐれてしまったからだが――それはまるで幼い子供にするようで。

自分は甘やかされているのだと、クラウドは自覚がある。

恥ずかしくて手をふりほどこうとしても、離してくれない。

だけど本当は、その迷いなく掴まれた手が嬉しかった。

人ごみを過ぎれば、手を離される。

…いつかくる終わりを思って、恐怖した。

 

なぜザックスは、自分を構うのか。

いろいろな物を買い与えたりするのか。

なぜそんな優しい眼で、自分を見るのか。

クラウドには、わからなかった。

 

 

 

 

二人が少しずつ仲を育んで、一ヶ月が経った頃。

5月の爽やかな昼下がりだった。

買い物をした後、8番街のオープンカフェでお茶をした。

空はまるで、ザックスの瞳のような、曇りない青だ。

こんな安らかな休日を、彼と出会うまでクラウドは知らなかった。

ザックスはクラウドの好きそうなものを、たいてい勝手に注文する。

それが、本当は嫌じゃなかった。

彼が選ぶものは、何でも特別な気がした。

実際、運ばれてくるのはどれもおいしい。

 

向かい合いながら、二人たわいもないことを話す。

ザックスは、いつもいろんな話をしてくれる。

故郷に出没するカエルと戦った、子供時代のこと。

最近、総務の女の子にアプローチしたら、英雄を紹介しろと言われたこと。

報告書に描いたパラパラ漫画が傑作だったとか。

そんなくだらない彼の話がおかしくて。

いつだって、幼い子供が絵本を読んでとねだるような。そんなキモチだった。

 

「どんなとこ?」

彼に故郷のニブルヘイムについて聞かれたとき、ギクリとした。

自分同様、故郷は何も持たない、つまらないところだと思う。

……そして、醜い場所だ。

「魔光炉と雪しかない、とこだよ。」

声が震えたのがばれなかっただろうか。

 

ザックスがやっぱり、とふざけて言う。

「だってクラウドの白い肌!雪国ならではでしょ!その透明感、うらやましいわ〜」

いきなりのオネエ言葉に、思わず噴出した。

ザックスは自分のどんな返答にも、こうして笑いを返してくれるから不思議だ。

本当は、白い肌は嫌いだった。

女みたいだし、男に犯された痕が目立つから。

でも、彼がそう言うなら悪くないかな、と思えた。

 

「それに、その十字架。」

「え?」

「クラウドがいつも首から下げてるやつ。北の方の神様だろ?」

そのザックスの一言で――

脳裏を、忘れかけていた過去がよぎった。

教会と、神父に汚された自分。

 

首から下げている十字架は、クラウドが生まれたときに母親から譲り受けたものだ。

――神に愛される、子供として。

8歳のクリスマス、汚された体。

自分が神に見捨てられたと知ったあの夜、この十字架を投げ捨てようとした。

でも、クラウドは出来なかった。

たぶん、何かにすがりたかったのだ。

救いはあると、一縷の望みにすがりたかった。

 

それはあまりに滑稽だ、と思う。

もし神様がいたのなら、あの日あんなことは起こらなかったのだ。

あんなに、死ぬほど、祈ったのだから。

 

この十字架を、壊れそうなほど強く握って。

 

「……神様なんか、信じてない。」

想像以上に冷たい声が出て、クラウドははっとする。

ザックスを見あげると、彼は悲しそうな顔をしていた。

 

その帰り道、二人の間はどこか気まずい雰囲気があった。

普段うるさいほど喋るザックスが、沈黙している。

彼は今、どんな顔をしているのだろう。

クラウドは隣を歩きながら、そんな彼の顔を見ることができない。

(もしかして、怒ってるのか?)

(それとも、つまらないヤツだって思われた?)

(…まさか俺の汚い過去に、感づいた?)

 

ザックスが、笑わない。

それだけで、どうしようもなく不安になった。

この空気に耐えられず、クラウドは寮についてすぐ自分の寝室に閉じこもってしまった。

 

 

 

部屋の中でうなだれていると、ドアがノックされる。

「……クラウド?」

返事ができない。何と言ったらよいかわからない。

(これ以上、嫌われたくないのに。)

「疲れて、寝ちまったか?」

クラウドは沈黙を決め込んだ。眠ったふりをしようと思った。

 

ザックスは寝ててもいいや、と喋り続ける。

「俺、さっきからずっと考えてたんだけど。」

(いったい、何を?)

あの長い帰り道、ザックスは何を思っただろう。

拒絶の言葉なら聞きたくない。

その先を聞くのが、恐い。

 

「神様なんかいなくてもさ――」

耳を塞ぎかけたクラウドに、ドアの向こうから聞こえてきた声は。

 

 

「俺が、いるだろ?」

 

 

帰り道、ずっと黙って何を考えてたのかと思えば。

そのバカバカしい言葉が嬉しくて、クラウドは少し泣けた。

……鼻をすする音で。寝たふりだってこと、ザックスにはばれただろうか。

 

 

 

 

――なあ、ザックス。

アンタの一言に傷ついて、アンタの一言に喜んで。

まるで、恋、してるみたいだったな。

 

……嘘に嘘を重ねてきた俺だけど。

この気持ちだけは、ホントウだったよ。

 

  

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C-brandMOCOCO (2008.11.8

 

 

 

 


 

 

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