C-brand

 

 


 

 

 



 

 

 

――人を好きになる気持ちが、キレイなだけのものなら良かった。

                                                                               (side Zack)

  

気付けば、いつも彼のことばかり考えている。

この気持ちの意味を、ザックスはわからなかった。

こんな一人だけを想うなんてこと、今まで知らなかったから。

 

彼は、何かを背負っているように見える。

14歳の少年には相応しない、影がちらつくことがある。

「俺がいるだろ?」

なんて――トモダチにかけるにはずれた言葉だった気がして、ザックス自身驚いた。

でも辛そうな彼を見て、そう言わずにはいられなかった。

扉の向こうで、クラウドが寝ていても起きていても構わない。

とにかく独りなんかじゃないと、言ってあげたかった。

 

翌朝、クラウドが『昨日はごめん』と謝ってきた。

二人分の朝食を作っているとき、彼がザックスのシャツを引っ張って一言そう言う。

クラウドは俯いているが、きっと恥ずかしいのだろう。

耳を赤くさせて、手が少し震えている。

昨日なぜクラウドが不機嫌になったのかわからないが、そんなことより。

 

ザックスは愛しさでいっぱいになって、彼を抱きしめた。

クラウドは、触れられるのをひどく嫌う。

殴られるかと思ったが、クラウドは少し体を硬くさせたものの、抵抗はしなかった。

また少し、距離が縮まった瞬間だった。

 

 

 

 

クラウドの良くない噂を聞いたのは、それからまもなくのことだった。

ミッション帰りの輸送機の中。

ソルジャー仲間であり友人のカンセルに、同室のクラウドの可愛さについて喋り倒していると、

彼がため息まじりに言った。

「クラウド=ストライフには気をつけた方がいい。」

カンセルとは入隊以来の付き合いで、情報通で知的な男だ。

真面目な性格で、他人を中傷するような男ではない。

 

「は?どういう意味だよ?」

つい聞き返す言葉が喧嘩調になってしまう。

だがいかんせん内容が内容なだけに、仕方がないだろう。

「オマエ、もう食われたのか?」

そうカンセルに言われるが、意味がわからない。

 

「クラウドは大人しいけど、いいやつだよ。周りからアイツがちょっかい受けてるのは知ってる。

前は虐めっぽいのもあったみたいだし…。でもそれは周りが妬んでの事だろ。」

よく知りもしないで、クラウドを悪く言ってほしくないと思った。

カンセルは静かな声で、ザックスに言う。

 

「あいつが、何でお前と同室になったか知ってるのか?」

「知らない。たぶん、前のやつと合わなかったとか、だろ。」

「――痴情のもつれ、だってさ。」

カンセルの言葉が、理解できなかった。

 

「アイツは男を食って出世に利用するとか。貢がせるとか。そんな噂は序の口。」

「は?」

「んで利用し終わった男はみんな簡単に切られるって。実際、クラウドと同室になったやつは、

みんなあいつと争って入院してる。1年で4回も部屋を変えて、4人ともみんなだ。」

「ちょっと待てよ、男を食うってなんだよ。意味わかんねーよ。」

「…あいつが入隊してから、有名な話。誰とでも、寝るって。」

オマエは鈍いから知らないだろうけど、とカンセルは言う。

 

カンセルの言葉を理解するのに、時間がかかった。

あまりにザックスの知るクラウドと、かけ離れた内容で。

そして苛ついた。

「ふざけんな!んなわけあるか!オマエ、クラウドと話したことあんのか?あいつと話せばわかるよ。すっげえ

優しいヤツだし、とにかく純粋なヤツなんだ。そんなくだらない噂、口にするなんてオマエらしくねーだろ。」

ザックスはクラウドがいかに無垢で、初心か知っている。

手をひくだけで顔を真っ赤にし、ゴメンという謝罪さえ震えながら言うような子なのだ。

むきになるザックスに、言いづらそうに顔を歪めながら、カンセルは言う。

「会ったことねーけど。でも見た。」

「何をだよ!」

「………ビデオ。アイツが男とヤってるのが映った、映像。」

――頭が、真っ白になった。

 

 

 

 

神羅本社に着くと、ザックスはすぐにラザードに会いにいった。

ザックスの強張った表情に、ただ事でないとラザードは感じたようだ。

「クラウドは、何で4回も部屋を変えた?」

突然の問いかけに、ラザードは躊躇しながら答える。

 

「クラウド=ストライフは傷害事件を起こして、そのたびに部屋を変えた。」

「…何が、あったんだ?」

「それは、私から言えることじゃない。」

ラザードは困ったように答える。

「じゃあ、俺と同室になったのも?」

「今回は、少し違う。彼は精神的に不安があった。だから私の考えで、君と同室にした。

君のような明るい男は、彼にとって良いクスリになると思ってね。」

「精神的な、不安って……」

 

「彼は捕虜になったとき、自殺を図った。」

「自殺?!」

そんなことは、聞いていない。

胸がざわめいた。

いったい何故、と詰め寄るザックスに、ラザードはそれ以上のことは教えない。

そしてラザードは静かに、しかし力強く言った。

「君が出来ることは一つ。……君が君でいることだ。」

 

 

 

 

何が何だかわからず、ザックスは自室に帰らず夜のスラムに行った。

以前よく通ったバーで、浴びるように酒を飲むが、いっこうに酔えない。

(ビデオなんか信じない、何かの間違いだ。誰とでも寝るって?あんなキスもしたことがないような

クラウドが?ありえない!)

(でも自殺って…何だ?そんなの聞いてない。一番近い気でいたのに、それは勘違いなのか?

俺の知らないこと、クラウドには沢山あるのか…)

 

頭を抱えながら酒を飲んでいると、知った顔の女の子たちに声をかけられる。

「ザックス!すごい久しぶりじゃない?!」

「最近連絡もくれないと思ったら。彼女、できたんだって?すごい妬ける!」

「……彼女なんて、いないって。なにその話」

もともと軟派なザックスは、少し前まで恋人を切らせることはなかった。

だが最近は彼女も作らなければ、女の子と連絡をとることも減っていた。

クラウドと、同室になってからだと思う。

女の子と喋るより、デートするより、エッチするより。

クラウドと一緒にいる方が、楽しくて癒されて――変な意味でなく興奮した。

 

「金髪のすごい美人と歩いてたって、噂だよ。なんでも、ザックスがメロメロなんでしょ?

一人の子に思い込むなんて、ザックスらしくないじゃない。」

…それはクラウドのことか。

たしかに、溺愛している自覚はあるが、恋人なんかじゃない。

だが沈黙を肯定ととったのか、女の子たちは騒ぎ出す。

「もうやっぱり彼女なんだ!ザックスが夢中なんて、その子どんなテクなのよ?!」

 

(…そんなの、知らない。)

彼はザックスの恋人ではないし、これからもそうなることはないのだ。

同姓で、トモダチ――なのだから。

だがもしも、そのクラウドが。他の誰かのものになったとしたら。

ザックスに得ることのできないほど深く――例えば、体で繋がるような関係が生まれたら。

考えるだけで、ひどい焦燥感を覚えた。

 

 

 

 

まるで現実から逃げるように、女の子の一人に誘われるままホテルに行った。

何も考えたくなくて、行為に走った。

女の子は、金髪の巻き毛を振り乱しながら、腰をふる。

 

金髪で、色白で、細くて――クラウドを思わせるような綺麗な子だった。

でもクラウドはこんな化粧で作られた美ではなく、天然のそれだ。

彼の金髪は、もっと色素が薄く神々しい。

肌ももっと透き通るようで、あまり触ったことはないが触り心地も滑らかだ。

決して柔らかくはないが、折れそうな細腰は男とは思えないほど華奢で。

あの恥ずかしがり屋な彼が、自分の下でどんな声で鳴くのだろう。

どんなカワイイ顔でイクのだろう。

 

そう考えて、はっとした。

(いったい今、俺は何を考えていた?!)

クラウドに似た女の子とセックスしながら、彼のことばかり考えていた。

まるで彼を抱いているかのような妄想をしながら。

 

「最低だ――」

そのまま、ザックスは女の子に謝ってホテルを出た。

カンセルにあんな話を聞いたからだろうか。

今まで性的な意味でクラウドを見たことはなかったのに、急にいかがわしい妄想をしてしまった。

 

いや、たぶん違う。

 

今までもクラウドに対して、性的な興奮を覚えたことはきっとあった。

風呂上りで彼の肩に流れる雫を見たき、目が離せなかった。

くの字で眠る彼の無防備な寝顔に、言いようのない衝動が走った。

ケーキを食べる彼の赤い舌が唇をなめるたびに、誘われるように見つめていた。

頬を染めて彼が照れるたびに、抱きしめたかった。

 

だけどそれ以上に、彼が大切で。

彼の真っ白さを護りたくて、自分の汚い欲を打ち消していた。

このキモチが、恋なのか友愛なのかわからない。

兄だとか友達だとか恋人だとか―

そんな分類わけはどうでもいいのだ。

そんな言葉で表現するのがひどく陳腐に思えるほど、大切なキモチだったから。

 

クラウドに対する性的な欲求は、トモダチという言葉に喜んだ彼への、ひどい裏切りに思える。

今さら酒が回ったのか、突然気分が悪くなりザックスは道端で吐いた。

心の中で、クラウドに何度も謝った。

(アイツを、汚したくない。)

 

 

 

 

寮の部屋に戻ったのは朝だった。

部屋に入る直前、ザックスの携帯が振動する。カンセルからのメールだった。

『昨日はごめん。クラウドのことだけど、会ったこともないのに言いすぎた。近くで見てるオマエが、

一番よく知ってるよな。オマエの見てるクラウドが、ほんとのクラウドだと思う。』

 

ドアを開けると、クラウドは仕事に行く仕度をしていた。

「お帰り。遅かったから心配した。」

クラウドはそう声をかけてきたが、それ以上の追求はしない。

朝日の中で、清潔そうな軍服を着こなすクラウドは、とてもストイックで綺麗だ。

この彼が、汚れなんか知るわけがない。

 

(俺は、俺の見るクラウドを信じる。)

ザックスは、カンセルのメールを思い出してそう強く誓う。

「――ただいま、クラ。」

そしてとびきりの笑顔で言った。

 

 

自分の中に芽生えた、男としての衝動を抑えながら。

 

 

 

――なあ、クラウド。

俺はオマエが思うほど、綺麗な人間でもカッコイイ男でもないよ。

そんな俺を、軽蔑するか?

本当の嘘つきは、俺なんだ。

 

だからこれ以上。

自分のついた嘘に、もう傷つかないでいいんだよ。

 

 

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C-brandMOCOCO (2008.11.8

 

 

 

 


 

 

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