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別に、彼を自分のものにしたいわけじゃない。

だって彼の傍にいられるのは、嘘がばれない今だけなのだから。

                                                                                     (side Cloud)

 

 

ザックスがミッションから帰る予定の夜、二人の部屋の扉を叩いたのは彼ではなかった。

ドアを開けた瞬間知らない男がいてドキリとしたが、警戒しているクラウドに気付いたのか、

その男は被っていたマスクをとって挨拶した。

「ソルジャー2ndのカンセルだ。心配すんな、ザックスのダチだよ。」

そういえばザックスを神羅ビルで見かけたとき、よくソルジャー用のマスクを規則正しく被った男が

近くにいた気がする。

 

「ザックスの……。ザックスさんは、まだ帰ってきていませんが。」

ソルジャー相手ということで、背筋を正して答える。

「ああ、別にいい。用があるのはオマエにだから。」

言われた瞬間、背筋が凍った。

 

「何の用だ!」

クラウドはカンセルと距離をとって殺気だつ。

1年前、ルームメイトが連れ込んだ仲間達に犯されたことを思い出していた。

(まさか、ザックスがコイツを呼んだのか……?!)

「そんなわけない!ザックスは、俺を裏切ったりはしない!!」

自分に言い聞かせるように、クラウドは叫んだ。

そして腰にかかっていた銃を抜く。

ここで、男に犯されるのだけは嫌だと思った。

このザックスと出会い、過ごした部屋で。

 

クラウドの殺気に驚き、カンセルは慌てて言う。

「おい、何のことだよ。どうしたんだ?」

「俺はもう、オモチャじゃない!情けないまま生きるなら、死んだ方がマシなんだ!」

カンセルは何かを感じたようで、手をあげてクラウドに言い聞かせる。

「わかった。何もしたりしない。ここから動かないし、お前は銃をむけたままでいい。

だから、話を聞いてくれないか?」

しばらくクラウドは興奮していたが、カンセルに他意がないことに気づいたのか、銃を下ろした。

 

距離はそのままで、クラウドは口を開く。

「……話って何ですか。」

警戒は解かないが殺気は消えたので、カンセルは安心したように話し始めた。

「クラウド、オマエのことは噂で聞いた。全てを信じてるわけじゃない。だがそんな噂でも、

少しは真実があるんだろ?

クラウドは目を見開いて沈黙するが、やがて静かに話し出す。

「……真実って、俺が汚れてるってことですか。」

「オマエと寝たってやつの話を、さんざん聞いた。実際、俺もお前のビデオを見た。」

クラウドの顔が青ざめる。

 

「それ……も、見たの?」

「え?」

クラウドの消え入りそうな声に、カンセルは聞き返した。

「ザックスも、見たの?」

クラウドは、かつて男たちに暴行を受けた時に、その痴態を録られたことが何度かあった。

だから、そのテープが回ったとして驚くことではない。

だがザックスに――

汚い自分を見られてしまったのだろうか。

 

カンセルは、かわいそうなほど顔色が白くなり、震えはじめたクラウドを見て言った。

「ザックスは、見てない。そのテープは俺が処分したから、もうないはずだ。」

クラウドの目には涙が溜まっていた。

それを見て、カンセルはクラウドに歩み寄る。

クラウドは体を硬直させるが、カンセルはクラウドの頭に手をのせ、髪の毛をかき混ぜるように撫でた。

いつも、ザックスがクラウドにやる癖だった。

その行動に、クラウドは少し安心する。

「ひとつ、聞くぞ?」

クラウドが小さく頷くのを待って、カンセルは問う。

「合意じゃ、なかったんだな?」

 

耐え切れなかったように、大きな瞳から宝石のようにボロボロと涙が零れた。

「みんな、言うんだ…」

「うん。」

「おまえが、誘ったんだって…!おまえが悪いんだって……!」

カンセルは自身の上着の袖で、クラウドの涙を拭く。

「つらかったな…。」

そう一言カンセルが言うと、関を切ったようにクラウドは声をあげて泣いた。

 

 

クラウドが落ち着くのを待って、カンセルは帰っていった。

帰り際、クラウドはザックスにだけはどうか言わないでほしいと懇願した。

汚い自分を知られて軽蔑されたくないと。

ザックスに知られた瞬間、全てが終わる気がした。

カンセルは、ザックスの気持ちがよくわかったと言いながら、優しい眼差しで言う。

「ザックスが、好きか?」

クラウドは素直に頷けなかった。

――だがこんなに顔を真っ赤にしていては、答えは明白だったに違いない。

 

 

 

 

ザックスは朝になって帰ってきた。

なぜ、同じミッションにいったカンセルが昨夜きて、ザックスは帰らなかったのか。

クラウドは気になったが、ザックスが帰宅して傍を通ったとき、その訳に気付いた。

ザックスから、酒と女性の香水の匂いがしたから。

(彼女のところに、行ってたんだ。)

 

彼はミッションに行く前に、クラウドの傍にいられなくて寂しいと言っていた。

ふざけて抱きつきながら、泣き真似までして。

「一番にオマエのところに帰るよ。」

そう言う彼の言葉に、トモダチというには少し近すぎるような、照れくささを感じた。

でも、その近さが嬉しかった。

 

(だけど帰ったのは、俺のところじゃないんだ……。)

別に、彼の一番になりたいわけじゃない。

そう成れるとも思っていない。

「ただいま、クラ。」

とびきりの笑顔でザックスに言われる。

持ってはいけないはずの独占欲が、心に染みを作った。

 

 

 

 

その日から、ザックスは少し変わった――ように思う。

今までと変わらず、彼は優しい。

だが夜に帰らなかったり、女性を部屋に連れ込むことがあった。

部屋に連れ込むといっても、むろんクラウドがいるときに連れてきたりはしない。

クラウドが遠征に行ってるときなど不在時に限っているようで、同室の自分にそれなりに気を使っている

ようだった。

 

ザックスは、とても女性にもてる。

クラウドと二人でいるときも、彼の携帯はひっきりなしになる。

しかしザックスはクラウドの前で、携帯をいじらない。

一度、出なくていいのかと聞いたことがある。

「どうせろくでもない誘いだから、いいの。」とザックスは笑った。

だがしかし、クラウドが彼に電話をすれば、仕事時を除いてほぼ1コールで出る。

メールも驚くべきスピードで返してくれる。

それが、トクベツと言われているような気がして。

とても嬉しかった。

 

だが、彼には彼の世界があるのだ。

彼から女性の香りがするたびに、それを改めて知った。

ザックスはカンセルのような良い友人もいるし、夜をともにする彼女もいる。

誰かに、ザックスがあのとびきりの笑顔を見せているのかと思うと。

クラウドにするように、もしくはそれ以上に甘やかしているのかと思うと。

顔も知らない女の子達に感じるのは――

 

(ばかげてる。)

 

嫉妬なんてする資格はない。

こんな何も持たない自分が傍にいるのを、彼が許すこと自体、不思議なのだ。

それ以上なんて望まないはずなのに。

満たされれば、欲望は次から次へと生まれる。

 

――彼との未来を、願ってしまう。

 

 

 

 

あるときクラウドは、ミッションから離脱した。

駐屯先のテントで、夜の相手をしろと上官に命令され、それを拒絶したのだ。

クラウドには退去命令が出て、ミッドガルに一人帰還した。

この後、何かしらクラウドには処分が出るのだろう。

降格か、減給か、いいとこ注意勧告で始末書を書く程度か。

ひどく落ち込んだ気分だった。

この女のような外見のせいで、これまでも正当に評価されないことが多々あった。

 

「戦場が恐くて脱走したって?」

帰還後、神羅ビルのエントランスで、数人のヤジをあびる。

「中身までオンナノコかよ。」

「敵の息子でもしゃぶってればいい戦力になったのになあ。」

下卑た中傷には、慣れている。

(こんなことで諦めたりはしない。)

クラウドはソルジャーになるのだ。

ザックスが恥じないような、強い男になりたいと思った。

 

 

クラウドは兵舎の自室に戻る。

帰還予定まで5日ほど残っていた。

帰還を知らせていないから、ザックスに何と説明しようか…

言い訳をつらつら考えながら、カードキーを通して自室のドアを開ける。

 

玄関に女物のハイヒールがあった。

その瞬間、部屋に入ったのを後悔する。

案の定、薄暗い部屋の奥から聞こえてきた声に、クラウドは耳を塞ぎたくなった。

……女の喘ぎ声と。ベッドがきしむ音。

気が狂いそうだと思った。

クラウドはダイニングで路を返す。

ザックスが誰かを抱いているこの部屋に居たくない。

 

クラウドが部屋から出ようとすると、ザックスの寝室から『嫌な音』がピタリと止まった。

そして女の非難めいた声。

「ちょっとザックス?何なのよ?!」

寝室のドアが開く。クラウドは思わず固まった。

ザックスが、一糸まとわぬ姿で出てきたから。

 

「やっぱクラ!!おまえ何で?帰還までまだあんじゃねーか。怪我でもしたのか?!」

部屋は暗いとは言え、ザックスの格好をクラウドは直視できない。

あさっての方向を見ながら、クラウドは答える。

「怪我はしてない。ちょっとミッションで失敗しちゃって、帰されただけ。それよりアンタ、パンツぐらいはけよ!」

その言葉に、自分が全裸であることに気付いたらしいザックスが、わりいわりいと言いながら服をとりにいく。

すると薄いバスローブを着ただけの女の人と、寝室の前でぶつかった。

 

「ザックス!途中でやめるなんてどういうことよ!せっかくいいとこだったのに…!」

何やらすごい剣幕の女性に、ザックスは得意の笑顔で明るく謝る。

「いや〜ゴメン、ゴメン!クラが帰ってきた音がしたからさ〜」

すると女性が、クラウドに詰め寄る。

「あんた、ザックスの女なの?!セックスの邪魔するなんて、どんだけ空気読めないのよ!」

クラウドは女性の勢いに押され、すみませんなどと謝ってしまう。

 

ザックスが女性を宥める様に言う。

「違えよ、クラウドは。ここはこいつの部屋でもあんの。」

ザックスが、その女性に優しい声を出していう。

それが嫌で、この場からいなくなりたかった。

「俺、今夜トモダチのとこいくよ…。だから、そのひと泊まらせてあげて。」

 

その言葉に、ザックスは言う。

「悪いけど…いなくなってくれるか?」

自分で言い出したことなのに、心がひどく痛んだ。

裏切らたような気持ちにクラウドがなるのは、お門違いだというのに。

「うん、俺、いくね。」

強がって笑いながら、部屋を出ようとする。

ザックスのところ以外、クラウドに行くアテなど無い。

 

「オマエじゃなくて――この子の話。」

ザックスに腕を引かれて、よろめいた体を抱きとめられる。

「え??」

困惑したのはクラウドだけではない、女性もだ。

「は?!私に消えろって言ってんの?!」

「そう、ほんとにすまないんだけど。」

ゴメン!と両手を合わせながら、ザックスがかわいく謝る。

本当に悪いと思っているのか。

 

女性は頭に血がのぼったように、ザックスの腕の中にいるクラウドのシャツを掴む。

考えれば、女性が怒るのも無理はない、とクラウドは思う。

なぜならクラウドは、ザックスの腕の中で抱きしめられるようにしていて、しかもザックスは全裸なのだ。

彼女に男女の仲を誤解されても、絵的にしょうがない。

そう冷静に思案していると――女性の手があがり殴られる、とクラウドは判断した。

 

「ストーップ」

呑気な声とともに、ザックスが女性の手を掴む。

「あのさ、悪いのは節操なしの俺なんだから。クラウドに当たっちゃダメでしょ。」

「こんな子、まだ子供じゃない?!どこがいいの?!」

クラウドが誤解ですと言おうとした声は、頭上から聞こえてきた彼の声に消された。

 

「――全部だよ。」

ふざけた口調ではもうない。

その低い声に、クラウドは脳が痺れるように感じた。

 

 

 

 

女性がさんざん癇癪を起こして帰った後、シャワーを浴びたザックスが夕飯を作ってくれた。

クラウドの好きな、クリームシチューだ。

それを口に運んでいると、向かいに座ったザックスがこちらを見ているのがわかった。

「…なに」

気まずくて拗ねたような顔を作ると、ザックスは優しい声で言う。

「ミッション。何が、あったんだ?」

まさか上官に体の関係を強要されましたとは言えず、嘘をつく。

「敵を前に、逃げた。恐くなって。」

たぶん明日には、上官によってそういうことになっているだろうと想像し、そう言った。

 

「嘘、だろ。」

ザックスの一言に、クラウドはスプーンを落とした。

リビングにガシャンと音が響く。

ザックスは優しい眼差しのまま、まっすぐにクラウドを見ている。

「……何で、そう、思うの。」

やっとのことで声を出す。

「なんとなく。こうやってオマエを落ち着いて見てると、嘘だってわかる。」

それに逃亡なんか、オマエに限ってはないだろと言った。

 

「なあ、何で嘘をつく?」

ザックスは怒っているわけではない、むしろ慈しむような声だった。

「……言いたくない。」

もう、ザックスの眼を見れなかった。

深い青が揺れるザックスの瞳に、全てを見透かされてしまいそうで。

「まあ、オマエが言いたくないなら聞かないよ。」

そう言って、ザックスはクラウドの頭をくしゃりと撫でた。

 

コーヒーをくみに立つザックスの背を見ながら、クラウドは恐怖した。

ひとつ、嘘がばれることで。

今までついてきた嘘が、少しずつ剥がれるような、音が聞こえたから。

 

 

 

 

――なあ、ザックス。

どんな嘘でもつき続ければ真実になるって、どっかの独裁者が言ってたっけ。

もし、死ぬまで嘘を突き通してたら。

アンタの傍に、いられたのかな。

 

そんな風に考えてしまう俺は、どこまでずるくて汚いんだろうね。

 

 

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C-brandMOCOCO (2008.11.8

 

 

 

 


 

 

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