あっという間に、日々はすぎていく。
もう時間がないと思うと、少しでもそばにいたくてミッションは一切入れなかった。
――というか、仮病を使った。
ラザード統括は、演技力も修行したらどうだ?と笑っていたが、なんとか許してくれた。
たぶん、統括はクラウドの除隊処分を知っているんだろう。
だが、クラウドは普通に今日も任務に行く。本社での内勤のようだ。
あと3日しかないのに、クラウドは真面目だ…。
定時には終わると言うので、待ちきれずに迎えに行った。
だって1秒でも早く会いたい!軽くストーカーっぽいが、せめて過保護と笑ってほしい。
本社のエントランスで待っていても、クラウドは出てこない。
受付の子に聞いても、クラウドはまだ出てきていないと言う。
クラウドの担当と言っていた、ヘリポートまで上がるがすでに交代の奴が来ていた。
「ストライフ、もう帰ったか?」
その交代の一般兵に聞くと、そいつはひどく動揺し、そして小声で言った。
「…あの、実はストライフのやつ、サー・セフィロスに呼ばれて…」
「え、セフィロス?」
なんで1stのセフィロスが?クラウドとは会ったこともないはずだ。
「なんか、俺の目をごまかせると思うな、とか言われてましたけど…」
もしかして、セフィロスにばれたのか?
セフィロスの執務室に走る。
別にセフィロスに隠すことでもないが、変な誤解を生んで説教されているのかもしれない。
女が軍に紛れ込んでいる、とか。
セフィロスの執務室のドアをノックもせず勝手に開けると、その光景に目を疑った。
セフィロスに迫られるかのように、壁に背をつけて立ちすくむクラウド。
そして一般兵の肩当やら銃やらが床に散らばり、彼の上着の前が思い切りはだかれている。
中に着ているベストも破られたのか、白い胸をあらわにして。
「セフィロス!オマエ何やってんだよ!」
どう見たって、セフィロスに襲われたとしか見えない。
「…この女はなんだ?どうやって紛れ込んだ?」
セフィロスがクラウドを壁に押しやったまま、俺に聞く。
「クラウドは正式な神羅の兵士だよ!」
「それは知っている。クラウド=ストライフ、一等兵。過去に2回名誉勲章も与えられている。
だが女だったとは初耳だ。」
クラウドはセフィロスの前で、小さく震えている。
頭に血が上って、クラウドを引き寄せた。
「これには事情があるんだよ!なんでクラウドの服が乱れてんだ!」
すました顔をして、クラウドに乱暴しようとしたのか?許せねえ…
今まで信用していたのに。憧れてたし、それなりに親しい戦友だった。なのに。
「ちがう、よ。ザックス。」
「え?」
まだ震えが止まらない様子のクラウド。
慌ててその乱れた服を直してあげて、自分の上着も着せてやる。
ボタンを止めるときに、俺の指先がクラウドの柔らかい胸に触れてしまい、動揺する。
同時に、セフィロスにどこまでされたのか考えて、怒りがこみあげた。
セフィロスを睨みあげても、この男はにぶいのか、俺の殺気などとるに足らないのか、
相変わらず涼しい顔をしている。
「女じゃないと言い張るもんだからな。ためしに見てみただけだ。――やはり女だったがな。」
少しも表情を変えずに言うセフィロス。
どんな理由があったって、横暴すぎる。
だが何とか苛立ちを抑えて、セフィロスに説明する。
「これは、科研の新薬実験でこうなったんだ。もし男に戻れなかったら」
言葉に詰まる。言葉にしてしまうの嫌だった。
「――戻れなければ、あさってには除隊します。」
そうクラウドが続きを言う。
「それは――もったいないな。」
「は?」
気付けば、セフィロスの視線はクラウドだけを捕らえている。
「クラウド=ストライフ、なかなか興味深いと思っていた。もしオマエが俺のものになるなら、
軍に残らせてもいい。」
「は?お前何言って…」
耳を疑った。
「女ならばなおよい。さすがに男を抱いたことはないしな。」
ちょっと待て。この神羅の英雄が何俗っぽいこと言ってんの?
それは、つまり。
「クラウドを好きだって言ってんの?」
「――そういうことになるな。」
そう言ってほんの微かだが、口元を緩ませる。
そのとき、馬鹿なことを言うな、と思うよりも先に。
とても焦った。
ソルジャーの頂点にいるセフィロスは、軍内で大きな発言権も決定権もある。
こいつが一言、クラウドを除隊させるなと内管に言えば、それは普通に通るかもしれない。
そして何より、俺が動揺した理由は。
クラウドは、もうずっと前からセフィロスに憧れていたということ。
セフィロスに憧れてソルジャーになりたいのだと、以前言っていたぐらいだ。
――まさか、クラウドは。セフィロスのものになる?
気付くと俺は叫んでいた。
「断る!!」
「おまえには聞いていない。…クラウド、どうだ?」
セフィロスはちょっと前までの態度とはだいぶ違う、穏やかな雰囲気になっている。
クラウド≠ネんて呼び捨てにして、しかも優しげな視線。
確かに、俺の出る幕じゃないかもしれない、けど黙っていられるか!
「――わかりました。」
そうクラウドの声がして、俺は固まった。何を、言っているんだ?
「なに、言ってんだよオマエ……?」
クラウドは俺の言葉を遮って、続ける。
「ただし、一度だけ。一度だけでいいなら。それが不満ならお断りします。」
一度??それはなに?
「一度…か。つまり心は俺のものにならないというわけか。」
「そういうことになりますね。」
さっきのセフィロスの言葉を使ったように言うクラウドに、セフィロスは苦笑する。
「いいだろう、一度でも構わない。――ずっと手に入らないと思っていたからな。」
ずっと≠チて、そんなの俺のセリフだ。何、勝手に話を進めてんの?
クラウドも、クラウドだ。一度ってそれはつまり。
「クラウド、オマエ、こいつに抱かれるって言ってんだぞ?!意味わかってんのか?!」
きっとねんねなクラウドだ。
いつもの天然でよくわからないこと言ってるんじゃないのか?
「一回寝ただけで軍に残れるなら、それがいい。」
そうクラウドは、セフィロス以上の無表情で言う。
「それ、マジで言ってんの……?」
もう、頭が回らない。
なにそれ?今まで俺に頼りたくないとか言って、諦めてたのに。
俺とマンション借りて住むより、セフィロスに一発ヤらせた方がマシだって言うのか?
もう何て言ったらいいかわからない。
「いつにします?俺が軍にいられるのは、今日を含めて3日間だけですが。」
「俺は今すぐでもいいが…あいにく、オマエの番犬が許してくれないだろうからな。」
「……。」
もう怒りを超えて、言葉が出ない。
怒っているのは、セフィロスに対してか?クラウドにか?……きっと二人にだ。
「明日の夜、ここに来い。できるか?」
「了解致しました。」
「それまでに、ザックスを黙らせておけ。」
「……はい。」
「それとザックス。」
セフィロスに声をかけられる。今さら俺になんだ?
「おまえの執着ぶり、普通じゃないな。ただの、同室なのか?」
ただの、ルームメイトなんかじゃない。
「親友………だったよ。」
過去形にしたことで、クラウドの呼吸が乱れたのがわかった。
きっと悲壮な顔をしているんだろう。
でも、もう親友じゃない。親友なんかじゃ、ない。
クラウドと部屋に戻った。あれから何の会話もしていない。
普段うるさいぐらい喋る俺が、一切口をきかないもんだから、クラウドは焦っているようだった。
リビングのソファに力なく座っていると、クラウドが少し離れたところに座る。
「ザックス、少し話して、いい?」
今まで一度だって、クラウドがこんな脅えたような顔をしたことはない。
「……いいよ。」
何とかそう言ってやる。
「あの、俺のために一生懸命になってくれて。本当にありがとう…。ごめんね、俺。」
「…気持ちは変わらないのか…?」
聞きたいのは、それだけだ。
それ以外、頭が働かない。
「軽蔑、するかもしれないけど。俺、それでも軍に残りたい。夢…捨てられないし、ザックスとだって。」
「なに?」
「一緒にいたいから…」
「ならなんで?俺とマンション借りて住めばいいじゃん。」
軍にはいられないかもしれないが、男にヤられてでも残りたいというの?
そんな、簡単に体を売れるのか?あの初心なクラウドが。
「寄りかかりたくないって言っただろ。対等でいたい。だから――男に戻りたい。」
「…ここにいたって、戻れないだろ。」
そう、科研は解決策を知らない。クラウドは、ただ自然に戻るのを待つしかないのだ。
「本当は――男に戻る方法、あるんだ。」
「え?!」
クラウドの言葉に思わず、ソファに沈んでいた体を起こす。
「科研の人に、聞いたんだ。でも、ザックスには言わないでって口止めしてた…ごめん。」
「方法ってなに?」
「言えない。」
「……だから、時間稼ぎのために、あいつと寝るのか?」
クラウドの顔を真っ直ぐ見る。すがるような気持ちだった。
「ちょっと違うけど。そう、かな。」
そう言ってクラウドは席を立つ。
その後ろ姿を、目で追うことしかできない。
あまりにクラウドの意思が固いと感じたから。
「…今まで、ありがとう。ザックスにとってもうそうじゃなくても、俺にとっては、」
寝室のドアが閉められていく。
「今だって、大事な人だよ。」
そして静かな音をたてて、完全にドアが閉まった。
方法って、なに?
何だか知らないが、じきに男に戻れるかもしれない。
でもそれは今すぐには無理だから、あいつと寝て軍に残りたいと。
「男に戻りたい」という気持ちはわかる。
そのためにあいつと寝なければならないなら、それも仕方ないと考えたのだろう。
理解はできる。
――でも。
どうしたって、許せない。
ずっと我慢していたのに、こんな簡単にあいつに汚されてしまうのか?
あいつに汚されるぐらいだったら。
もう、親友なんかじゃない。
親友≠ニいう位置を壊したって、もういい――
|